五十一話 君主を崇拝する教団よ
あのオス個体は、セイレーン界隈でもトップクラスの権限を誇る王様でしょう。あんなにも発達したたてがみは異例でした。
数多の縄張り争いに勝利し、決闘を申し込んだ挑戦者を屠っていった筈です。屈指の戦闘経験のある、歴戦のセイレーン。そういう事になりましょう。
……そういえば、知人の悲願の叫びの中には、『多いって!』という苦情がありました。きっと、王様のハーレム要員たちが刺客として表れたのでしょうね。
助けたいのもやまやまで、私は心を痛めながら何度も葛藤したけど、自分がやりたい事を遂行する方が至極当然に価値があると判断したため、後には戻れない仲間の死を乗り越えていった。
まあ、ロインはしぶとく善戦してると思いますが。彼は、災難こそその身に降りかかりますが、容易く亡命する男ではないでしょう。
「この辺りでいいかな……、誰かいる」
随分歩いた所で、ふと人影に気がつく。数は三人。三人とも僅かに前屈みになり、微動だにしない。
それにしても……首回りが太い。まるで顔と肩が繋がっているよう。
近くを過ぎるのは億劫だし、ここら辺でいいか。
波が目指す先には、砂浜を跨いで臨海部に群生する植物が茂っている。
「えっと、確かこのページに……これだ。うーん、よく分からないけど、この呪文を唱えたら召喚出来るのかな?」
くすねてた異本をご開帳。興味が惹かれた目的のページを開き、ポップな字体で『みんなも唱えよう!』と載せられた呪文を指さし確認する。詳細は読んでいないけど、感覚でなんとかなるでしょう。
深く深呼吸して……。
「……いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん! ふんぐるい むぐるう───ひぃっ!?」
怪文書を音読すると、遠くにいた三人は突如、水を得た魚のように反応し、もの凄い速さで私に接近し始めた。ビーチフラッグでもやってるのかというほどに。
思考がうまく巡らず、半ば混乱状態に陥ってしまって護身の為の行動は起こせなかった。
刻々と迫る三人、次第に細部がハッキリと観察出来るようになり、遂には握手をする距離まで来た。
「君! 呪文を唱えたのは君だろう!? 君も我らと同胞か?」
「うわああああっ!」
人間とカエルや魚を合成させたような、のっぺりとした顔。微妙に飛び出す眼球。サメのようにザラザラとした体表や、水掻きのある指。背丈は成人男性並だが、冒涜的で奇妙な容姿により、圧力や怖気が増す。
そんな怪人が三人もいれば、発狂もしたくなる。
「落ち着け、我らが若きが同胞よ!」
「同胞じゃない!」
こんな見た目で流暢に言語を発してくる!
「だが君も、死した我らが主を称えていたではないか!」
「そうだぜ? お前さんも主の復活を願う者だろう?」
「残念ながら、我々にはそのような力はない。だが、いつの日か主が君臨し、地上を支配する時は訪れるのだ! さあ、君も我らと共に主を迎えよう!」
「なんですかあなたたちは! 宗教勧誘ですか!?」
「「「我らこそは! 主の復活を夢見る『ダゴン秘密教団』である!」」」
紛れもない宗教だった! 関わっちゃいけないやつだ! しかも秘密教団なのに名乗っちゃった!
ここまでの一語一句、主、復活、君臨、支配。危ない香りがするワードしか出て来てない。
「……ところで君は、同胞ではないのに何故その言葉を存じているのだ?」
「あ、それはこの本に……って違う! 私、もう帰りますね!」
阿呆みたいに正直に曝してしまった。この本だけは死守しなくては! 店主さんに申し訳が立たなくなってしまう!
「待たれよ! 我らが主が復活すれば、世界は我らの支配下となる! ……どうだ? 忌まわしき地上を奪還する絶好の機会ではないか? 全てが終息すれば、なにもかもが思い通りだ」
「至高なる、至福なる混沌蔓延る世界を築き上げ、君主を蘇らせるのだ!」
「そうやで!」
「うっ……くっ……!」
魔力が含まれたりような、魅惑の言葉を垂らされる。
おかしい。普段の私ならば、こんな陳腐な戯れ言に傾ける耳はないのに、洗脳されるように揺らぐ。
「再度、問おう。我々と共により住みやすく、歓びに満ち溢れた世界に再構築しないか?」
私は……私は……!
「私は……絶対に、貴方たちには屈しない!」




