五十話 依頼/船乗り曰く、噂の美人 後編
当然のように無計画な乱射をする。これは頭が悪い。
手から噴き出す、炎を纏った雨霰。標的なんぞ定めぬ無差別テロは、水面を橙色に染め上げた。
「おまっ……せめて二、三発にしろよ!」
「慌てず騒がず、これも私が編み出した究極の策略です。果報は寝て待てと言うじゃないですか」
「これは違うよな? 自分が播いた火種だよな?」
「じゃあ後は任せますね、私は私の使命を果たすので。あっちの砂浜にいますね」
「厄介事が嫌なら依頼請けんなよ! 頭無いのか?」
犯人は、早足で現場から離れた。どー考えても、あの本が怪しい。
そんな討伐に加担するのが嫌だったんなら、依頼を請けなくても勝手に海に行けばいいじゃん。任せたって言われても……俺、セイレーンの知識は皆無なんだが。どうすれば───
──────────ッッ
「……セイレーンの……歌?」
火の海が鎮圧され、さざ波うつ岩石の篭城する怪獣。彼は空を仰ぎ喉を震わせ、美声を上げた。
まるで子守唄。切なく響き渡る無垢な歌声は、老若男女を問わずしても、多忙な労働の最中であっても、その手を止め脚を止め、ついつい聴き入ってしまうだろう。
だが、勘違いしてはならない。海原へ誘う鎮魂歌は、集客のために開かれた演劇でもなければ、愛嬌を振り撒くファンサービスでもない。
クォオックォオッ!! クォオックォオックォオッ!!
「うおっ!? なんかいっぱい来た!」
深き海より這い出るゴブリン。体長は人間大の1.5~2メートル。サル顔で薄毛の頭皮、毛むくじゃらの背中。オールのようなヒレを交互に匍匐させ、数匹と陸へ参る。
依頼用紙に載った怪物、討伐対象となっている『メス個体』だ。出でる下半身は水性哺乳類のような、オス個体と同じく尾ヒレがある。
……この下半身と尾ヒレ、遠近感の為業かもしれないが、オス個体よりもごんぶとい。体格もゴツい気がする。それに、長い。
同種族と提言されても、まず疑いから入るであろう似ても似つかぬ雲泥の差。どうしてこんな生物になってしまったのか、甚だ疑問である。
岩場で指揮を執るオス個体はメス個体を呼び出して、自分の代わりに、自分の命を防衛するべく戦闘へ送り出したのだ。
「ちょ、数多いって!」
陸を住み家とする我々にとっては、陸に不慣れな怪物を一方的に叩ける、かなり有利な局面であるが……あいにく、投擲武器も射撃武器も持っていない。
あるのは、生活費やら家賃やらを視野に入れて悩みに悩んで購入した、結局鉄製のロングソード。ちょっと背伸びした感じで、ちょっとお高い。財布が痛いが、爪痕も残せない短剣より数段良い。
依頼において、存在意義がピンとこない魔法使いさんはどっか行ったので、魔法で一掃もサポートもないです。もう知らん。
「……だがな、人間様が陸上で負ける訳がないんだよ。こんな余裕すぎる勝負なんか、ちゃっちゃと終わらせて───」
意外! それは生命の進化、セイレーンたちの隠し球。
前脚を着地させなければ陸上での活動は不可、そう考えていた時期が、俺にもありました。
俺が執着していた予測、前脚を駆使して、鈍足ながらも一生懸命陸地に進出する。
……を、裏切ってくれた。
彼女らは、太くご立派な下半身を砂浜と垂直に立て、コブラの様な態勢をとった。
接地面積が広い尾ヒレによって安定されたバランス。つまり、不器用ながらも陸に適応しているのだ。
クォオッ!
「おわっ!」
こいつ、折り曲げた下半身を一気に伸ばし、その瞬発力によって跳びかかってきた!
こんな不細工なメスにのしかかれてもなぁ!
「セ、セリス! お前まだ近くにいるんだろ!?」
「いませーん。頭の無い私は助け方が分かりませーん」
「悪かったから! 訂正するから! 助けてくれませんかねぇ!?」
「嫌です」
「畜生め!」
発言には、責任を持つと誓った瞬間であった。
怒りと絶望を糧に、馬乗りされた状態からセイレーンの腹部を蹴り上げ、窮地を脱する。
クォオックォオッ!
「オラァ!」
さらに二体が同時に仕掛けてきたが、時間差があったため、一体は我武者羅なまぐれ一太刀で斬りふせ、もう一体は咄嗟の判断で、何とか後退してのし掛かりを防いだ。
それでも、彼女らはやる気満々である。
こうなったら……
───────ッッ!
クォオッ! クォォォオオッッ!!
「オルァアアア!!」
自棄になっての脳死突撃。こういう時には、意外と効果てきめんだったりもする。
無知による無謀で無略な特攻は、海獣を蹴散らす画期的な手段となるかもしれない。
一筋の賭けに、命運を託す!




