四十九話 依頼/船乗り曰く、噂の美人
─海岸(ロイン、セリス)─
エルメス城の貿易目的に整備された船着場より、延長線上に遠く離れた海岸。白い砂浜、蒼い海、絶好のビーチスポットである条件は申し分ないが、人っ子一人いる気配は無い。
いるとすれば、カニや貝という小さな海洋生物。大型の怪物のように、威風堂々と世界を牛耳る力はないが、これでも生態系を支えている。
波打ち際の沿岸という事もあり、漂着物がそれなりにある。船か何かが破損したのか、板状の木が多い。
見劣りするレベルの荒れ具合ではないが、点々と不純物が混じるのは心が落ち着かない。改良したら一つの観光名所として、大賑わいしそうなのだが。
そんな身も蓋もない安易な政策を考えていると、
「……あれは……セイレーン?」
海面から岩肌が顔を出し、ちょっとした陸地となっている所に、人間の後ろ姿と思しき艶姿が。
あれがセイレーンか? 噂では、とんでもない美貌を持つ美女とされているが……。人外であることは承知の上だが、期待が膨らむ。
後ろ姿は、ヒレが窺える事以外は紛う事無き人間だが……。
「どうしたものか。アレをどうやって討伐するかだが……おいセリス、何処へ行く」
「あ、私は海に来てやりたい事があるので、討伐は任せましたよ。無事に終わったら呼んでください。あっちにいますので」
「おーそうか、二度と俺を呼ぶな。……って、その本はなんだ? 禍々しさが尋常じゃないんだが……」
砂浜に足跡を並べるセリス、その懐にはどこに隠していたのか分からぬ、辞典のような異本が抱かれていた。
海辺に来るのに、あんな本を……? 妙だな……。
「気にしなくて結構ですよ! ロインは依頼に集中してください!」
「お前が言うな、セリスが選んだ依頼なんだから手伝いなさい」
小さな反発をするも、セイレーン討伐に嫌々参加するセリス。なんでここに来た。
さて。討伐するにあたって、距離をどうにかしなければなるまい。小舟を借りられる施設もないし……遠距離攻撃を仕掛けるか、あっちから来てもらうか。
この娘が扱う魔法の的中率には、疑念が宿る。魔法が地平線の彼方へ旅立って、セイレーンが魔法に怯えて海に潜られても困るし、石でも投げて敵視してもうらおう。
「セリス。俺がセイレーンの気を引くから、それまで待機だ。後はヤツの出方次第になるが、交戦する兆しが見えたら───」
「おりゃあ火炎魔法!」
「それがお前の応えかセリス! 撃つなって言ったばかりだろうが!」
「だって、早く終わらせた方が良いでしょう? それに逃げませんよ、あのセイレーンは」
「……はぁ?」
燃える炎は、セイレーンが休息する岩場ではなく、その舞台を囲う潮水へ。そして消沈。ジュオッと消火された。
奇襲されたにも関わらず、野生生物らしからぬ冷静さで、水に濡れたヒレと面を背面へ回した。
水も滴るいい怪物。愁いに染まる髪、妖美な風貌、海水を優しく愛でる淑やかなヒレに、玉の肌。美女に該当する上半身とは対極に、人ならざる怪獣のような尾ヒレがある下半身。
極めて人間に近い顔立ちに、心が奪われる男性は少なくないだろう。慈悲深き瞳は二人の人間を捕らえ、魔女のように妖しく笑む。
「……セリス、セイレーンの上半身、人間だよな?」
「人間っぽいですよね。完全に人間ではないですが、遠目に見たら区別が難しいです」
「見た目的に、哺乳類に属しているよな?」
「そうですね。赤ちゃんには母乳を与えて、栄養を摂らせるんですよ」
これは……なんというか、目のやり場に困るな。
不可抗力として、無意識に鼻筋を伸ばし顔を赤らめる。
魅惑の怪物相手にソワソワし始めた俺を横目に見て、セリスは
「……ああ、そういう事ですか変態。なにを欲情してるんですか」
冷たく指摘した。解せぬ。
「俺、変態、違う。一人の男として、正しい反応をしたまでだ」
「そう……残念ですがあれはオス個体なので、いわゆる乳房は無いですよ」
「……えっ!? あれってオスなの!? どう見たって女……というかメスだろ!?」
「メス個体は別にいます。先にネタばらししてしまうと、依頼用紙に描かれた不細工なサル顔が、メス個体です」
「嘘……だろ……?」
よく船乗りの間では、セイレーンは『美女』として謳われている。その固定概念に縛られて、というより人間の観点からして男性ではなく女性扱いされているがために、こういう事態が発生する。ソースは俺。
「裏切られた気分だ……。でも、討伐するのは人間味のある方じゃないんだろ? だったらまぁ……うん。精神的な苦痛は少ないな」
「そんな気落ちしなくても。……で、どうします? セイレーン(オス)は警戒したままですが」
「うーん、もう一回ちょっかい出して様子見を───」
「そりゃっ炎魔法!」
「話を最後まで聞こうか!」
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