四十六話 滝壺での入水
─滝壺(ロイン、ロンゴ、店主)─
ふつくしい。蒸れるような森の中、ひっそりと形成される雄大な滝壺。透き通った淡い青は心身を癒し、澄んだ空気は心情を穏やかにする。流るる清水は降下し、窪みへと積水されていく。
見る者を凌駕させ、澱みのない清水には息を呑んだ。
「……身体、綺麗にしておいてね? 私はあっちにいるから、なるべく早く終わらせてね」
「合点承知! 相棒は───」
「見苦しいので店主さんの護衛を務めます。野郎の裸なんて見たくもないからな」
「おいおい相棒、肉体美を知らずして人生を楽しめるか?オメェも漢なんだったら、筋肉の一つや二つ愛情込めて育成する───」
「早く行け」
そんな聖域に、ゲルに塗れた不潔な鬼人が、侵入しようとしている。
聖女やら僧侶やらが、その身を清めるために聖水を浴びる、という場面は納得いくが、これは目が腐り落ちてしまいそうだ。
ロンゴはタオルを手渡され、あたかも汚物を除けるように厄介払いされた。
事実、汚い。
「おお、見事な滝よ! オレ様にお似合いの背景だ……あ?」
ここは自然界の水飲み場のようで、いろんな生物たちが清水を補給している。
小さなトカゲから大きな怪物まで、種族間の溝を気に留めず、穏便に。
その中でも、より広範囲を占領している怪物が。それはオレでも知っている、醜く皮膚が垂れ下がる怪物、ドムデイロであった。
ソイツだけは、この統率された穏便さを掻き乱す荒くれ者。後からやって来た生物たちを威嚇し、私有地を誇張して宣伝している。
「小娘と一緒に討伐したヤツか……性格は見た目で決まるんだな。姑息なヤツよ」
ま、関わるだけ無駄だな。
オレは豪快に荒々しく水浴びをしたい。そして汚れを完璧に落としたい。なんたってオレは『ド』が付くほどの清潔好きだからな。
という訳で、滝の直下で滝行の真似事をしようではないか。
「───────────っ」
ドドドドという轟音によって、いくら叫んでも自分の声すら聞こえない。
怒涛の降水によって、肩凝りも解消された気がする。
ああああああ、こいつぁ気持ち───
こんな危機察知なんて出来やしない。視覚、聴覚などの感覚器官は制御された、ある意味水中では外部の情報など取り入れる隙が無い。
故に、頭上から急降下する固体には、為す術なし。
ゴスッ……
視界は暗転。最後まで映っていた映像から、自分が意図せず水中にダイブする様子が読み取れた。
水の流れに身を任せ、どんぶらこ、どんぶらこと水面を漂う赤き者。その者は川原へ漂流し、醜悪な怪物の盃へと流れ着く。異物混入、まったなし。あれよあれよと思わぬ収穫、我が胃袋に仕舞われよ、我が空腹の足しとなれ。
バクッ……
大食い大好きドムデイロ、不浄の赤人も口の中。後は焦心抱かず腹の中。
「……ねぇ、オーガくん遅くない? 水浴びだけなら時間掛かり過ぎだと思うんだけど……安否確認してくてない? 私、見たくはないから」
「俺も見たくはないんだが……行ってくる。怪物が来たらすぐ呼べよ? ロンゴより優先して助けるから」
「大丈夫よ。こんなでも、森人だからね。弓の扱いは一丁前よ」
店主さんは荷車に引っ掛けられた弓を、顎で指した。
森人の腕前は俺もよく知っている。コレもまた、旧友と一緒にいたからな。
……ふつくしい。この滝は何度見ても飽きないな。水源を囲うように多種多様な生物がいるのも、また一興。
さてさてロンゴは何処にいるかな。店主さんは、さっさと呼び戻して出発したいらしいから早急に───
「………………」
グオッ…………ゴォッ…………
いいかげんにしろよお前……。
「いいかげんにしろよお前!!」
『どうしたのロインくん!?』
「ロンゴが怪物に喰われてる! 出来れば援護を求む!」
脳内に響き渡る声に応答し、支援を要求をする。
昨夜と酷似した緊急事態、相違点といったら、ロンゴを呑み込まんとする怪物が別種である、ということのみであり、それ以外は同じ。
旗のように突き立った二本の生足。蛇が卵を丸呑みするような、そんな状況下。
「うおおおおお!」
今度こそ、今回こそは傷跡を残してやる。今の今まで、俺が活躍した場面は零であったから。俺も戦闘経験を積んでおかないと、いざという時に適切な対処が執れなくなってしまう!
ブニョン
自前の剣で、助走を付けながら怪物の皮膚を突き刺したが、スポンジのようにめり込んだだけだった。しかも微動だにしないぞコイツ。
俺の全力は虫が止まったレベルなのかよ
十字に裂くも、滅多斬りにするも、切り傷一つ負わせられない。
なにこの武器、不良品だろ。絶対に俺の非は認めないからなこんなの。
「ロインくん! しゃがんで!」
颯爽と駆けつけた店主さんは、グローブをした手で弓を構え、大切な労働従事者を救うために、文字通り一矢報いる。
瞬発的に弾き飛ばされた弓矢。練磨された矢じりは、醜い怪物の首筋に命中し、俺の連撃よりも威力がある痛恨の一撃を与えた。
グオォオッ!
短く悲鳴を上げた怪物は、これまた既視感のあるように、口に含んだ鬼人をスポーンと吐き出した。そして吐しゃ物は滝壺へ沈んだ。合掌。
怪物は、参った参ったと退散した。人は寄りつかない、のどかな森へ。
「……オーガくん、引き上げようか?」
「もう少し待とう。唾液が洗われてから、引き上げようか」
「死んじゃうでしょ!」
仲間がとても心配なので、善意が赴くままに人命救助を行った。と言っても、浮かんできたロンゴを手繰り寄せただけなんだが。
店主さんは、ロンゴの身体を触るのに抵抗があるので、俺が看病してやった。
なのが悲しくて、半裸の男を見守らねばならんのだ。
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