四十四話 取り残されたお留守番
─隠れた雑貨屋─
……うーん、頭が割れる……。
どれだけ経過しただろう。あの忌々しい軍団の愚行、波乱な大潮。視界が湾曲したり、拡大したり縮小したり、脳内で騒音が喚き散らす頭痛。
本当に耐え難い。あんな種族なんか死滅してしまえ。昔、部屋の天井に張り付いていた、キングサイズの蜘蛛を目撃して以来の発狂であった。
「う……うぅん……」
自堕落ではないが、休養を摂るためにも重力に負ける。そこらに置かれた日用品や装飾品は、彼女を見守るように設置されている。
カーテンの向こう側には、人の気配は無い。床下……雑貨屋として機能している部屋からも、自分以外の誰かがいる様子も無い。
皆は、何処にいったんだろ?
きっと、依頼を請けに行ったか、単なる暇潰しに出掛けたかでしょう。……私を置いて、高級料理店やら観光名所に行くような人たちでは……ある。
まあきっと、事件には巻き込まれていないでしょう。
─山道(ロイン、ロンゴ、店主)─
「…………」
「「…………」」
「…………そろそろ聞いていい? ちょっとこれは……聞かずにはいられないというか、心配というか……」
「……嬢ちゃん、聞くのは野暮ってもんよ」
「でも……なんでヌメヌメてるのかとか、異様な臭いがする事くらいは……」
「店主さん、そんな些細な変化を気にしてたら、世の中大変だよ」
「いや君、ルイシュから聞いたけど、つい先日村から出たよね? それと、ヌメヌメと臭いで商品に支障が……」
「それだけはもう、どうしようもないです。鬼人のの特技なので。今の内に慣れておいた方がいいよ」
「えー……なにそれ……。もしかして昨夜、怪物に襲われた?」
「いいいいいやそんなことはないぜ嬢ちゃん?」
「そそそそそうだよな怪物なんかいなかったよなロンゴ?」
「……じゃあ、なんでそんなヌメヌメで臭いの?」
「オレが唾液を撒き散らしたからだ。臭いのはオレの魔法だ」
「えっ……うわ……」
後者は真実だが、前者はなんかもう酷い。もっとまともな言い訳あっただろ。
─隠れた雑貨屋─
一晩は越したのかな? だとしたら、アイシャはここに泊まった筈ですが……そんな跡形はありませんね。
「……起きよう」
気怠い身体を起こし、貧血症に悩まされながらも、階段を降りて一階へ。
「……誰もいない」
エルフの店主さんが、店番をしているという予測を立てたのですが……ここには私しかいないのですね。
一旦自室に戻って、財布を胸元に忍ばせる。勿論、自分の財布を。
出入口の扉を開けようとしたけど……鍵が掛かっている。内側からなら開けられるけど、やめておこう。
あ、窓の鍵は開いてる。不用心だなぁ。まあいっか、ここから出よう。
……お腹空いた。そうだ、お風呂も入っていなかったな。先に銭湯に行って、その後にご飯にしよ。
窓を開き、よっこらしょと縁に右足を踏み込む。
「「…………あっ」」
ある程度乗り上げると、鶏冠がそびえる男の存在に気が付く。
「ど……泥棒か!?」
「えっいや、違います! 誤解です! 泥棒じゃないです!」
「じゃあなんで窓から出て来たんだ? 普通そんなことしないだろ? ……もしかして、ここの店主の関係者か?」
「えっ……まあ、部分的には。知人程度ですけど」
「そうか、悪かったな。気を悪くしないでくれ」
この人、凄く常識人なんですが……。外見との落差のせいで、対応が追いつかない……。
「代理か?」
「え?」
「いや、もし代理だったんなら、買い足したい物があるんでな」
「あ、ええとですね、私、ただの留守番係なので接客は出来ないのです。すみません」
展示品に値札は書いてあったけど、無断で売り捌くのは如何なものか……。そもそもそんな権限はないし、何処に何が保管されているのかが分からない。
物品を移動させたり、誤って不良品にでもしたら、それこそ店主さんにご迷惑。
「そうか、じゃあな。店主によろしく伝えといてくれ」
「はい、ではサヨナラ……ちなみに、何を所望しているんですか? 伝達しておきますので」
手助け出来ることは進んでやっておこう。この御方は、こんな着飾りをしているけど、根は良い人っぽいし。
「哺乳瓶二個と粉ミルクだ。哺乳瓶は、蓋がゴム製で軽い素材のヤツだ。粉ミルクは、なるべく日が経ってなくて清潔なやつにしてくれよ? 病原菌なんかが混入してたら、洒落にならんからな」
えっ。
「……了解しました。じゃあ知らせておくので……」
「あと、コイツを店主に渡しといてくれ。『いつも御礼』ってな。それじゃ」
そう言って、お手軽なバッグを差し出してきた。中身は……豊富な野菜。
育児の真っ最中なのでしょうか……こんな男が? 避難も否定もしないけど、なんか……えぇ……。しかもテキトーじゃなくて、適当なオーダーだったし……。
……野菜、何処に置いておこう。
一先ず、窓から店内へ侵入し、野菜が傷まないであろう場所を独断で考案する。
……冷蔵庫、ないかな? 食べ物だから、なくっちゃ困るのですが……きっと、店主さんの自室にあるのでしょう。勝手にお邪魔するのは心が引けますが、やむを得ません。
「失礼しまーす……」
ちょっとだけ、野菜を冷蔵庫に詰めたら直ぐに退出するから。部屋を荒らすとか、余計な事は絶対しない。
冷蔵庫は、入って右手側に佇んでいた。ササッと空席に野菜を並べ、パパッとこの場からおさらばした。
「……ん?」
この異本に、注意を惹かれなければ。
もし、面白いと感じて頂けたならば、評価をしていただけると幸いです。




