四十三話 防衛/不敵に嗤う、森の道化師
何も起こらぬよう願うも、時間は待ってはくれず、『目玉』は動き出した。段々と大きくなっていき……瞬く間に消え、その代償として、
キキキッ
「ンンンンンン!!?」
正体が解明された。
大きな、大きな猿のような怪物、身長は三メートル程。顔面と指先以外、全身は闇に溶け込む黒い体毛で覆われ、顔の面積の半分を占めるほどの巨大な瞼。茄子のように出っ張る鼻に、翼のように広がる耳。先端部分はギザギザしている。醜く、乳房のように垂れる頬。
これは……怖くはないぞ……? ムスッとした、無愛想な表情には『同族と出会う』ような愉悦さを感じる節がある。仏と面会している感覚だ。
あっでも臭ぇ。オレの魔法と良い勝負だ。
「な……なんだコイツぁ……? トロールか……うお!?」
フスッフスフスッ
不意に接近してきて、鼻水を啜るように全身の臭いを嗅がれた。もうお婿に行けない。
オレに興味を無くし、食糧から何までが山積みにされている荷車へ寄り添った。手前で熟睡中のお二人は、この猿に被われても帰ってこない。
悪臭すら感知しないって、どんだけ快眠なんだよ。羨ましいがな。
……じゃなくて、
「……っと、おいおい、荷物荒らすんじゃねぇよ」
キキャッ? ……キキキッ
尻尾を手繰ると、押し返された。そしてまた、猿は物色しだした。
「おら、無視すんな。オメェはさっさと森に戻れ───」
キキャーッ! (バチンッ)
「あぶぁっ!」
振り向き際に、強烈な一撃を披露された。鉄板のように厚く、硬く、広い掌により、無事に顔半分が犠牲になった。
ぜってぇ鼓膜破れたって……なんでこんな仕打ちされなきゃならねぇんだよ……。
普段のように、項垂れる鬼人。
だが、今晩は一味違う! なんと鬼人は、反撃と不屈の精神を手に入れたのだ!
「っ……てんめぇ、よくもやってくれたなぁ……オレ様の魔法で悶絶しやがれ───」
キッ!? ……グロァッ!
……結局、ソレとコレとはまた別問題。逆境から立ち上がる勇気はある。苦境を耐え抜く精神もある。疎遠される要因となる風魔法もある。
持ち合わせているものは多くとも、それが優勢の起因となる保障はどこにも無い。
バクッ…………。
「アアアアアアアア! クッセエエエエエ!!」
まるで、魚を丸呑みにする鵜のように一口でスッポリと。
脳天から喰われた鬼人は、猿の体臭より劣悪な、体内の悪臭を鼻腔に直送され、追撃として生暖かい分泌液の餌食となった。
「ンガアアアアア!!」
「…………うっ……あっ! やべぇ寝ちまってた───」
任務を全うする事を忘れ、飛び起きたのはいいものの、これは我が目を疑った。
……陣営内に、怪物が居座っているではないか。しかも、口元には赤く筋肉質な脚が二本、地面に突き刺さった矢のように、天を貫いていた。
「おっ! 起きたか相棒!」
まだ夢うつつなのだろうか、それとも悪夢か。猿のような怪物の腹部から、なんか聞こえちゃいけない声が聞こえた。
「どういう経緯でそうなった!? 大丈夫なのかお前!?」
「おうよ! こんなヤツに力負けするほど柔じゃねぇしな! 心配しなくとも、悪臭にぁもう慣れたわ! ガッハッハ!」
「突っ込み処が多すぎるわ!」
両手で獲物を押し込もうとする怪物と、御託を並べながら嬉々として奮闘している。そんな余裕あるんだったらさっさと抜け出せよ!
「ここはオレに任せて、相棒はしっかり寝ろよ!」
「こんな状況で寝れるわけねぇだろうが!」
ゴルロォッ!
怪物が嘔吐いている。なんかもう、どっちも可哀想だ。
「今助けるから! もう少し持ち堪えてろ!」
腰に携えたものの、イマイチ使い所無かった剣を引き抜き、怪物の脹ら脛に一振りを! ……する気でいると、
「大丈夫だ相棒! そんで、風魔法使うから離れとけよ?」
「最初っから使えよ!」
ロンゴは風魔法を使用し、自力で生還すると言いだした。後始末も含めて、それだけはやめて欲しいんだが致し方ない。
許可しよう。
ブボシュウウゥゥウウン!!
グオォッキキィィイ!! キュィィイ!!
汚い放射音と汚い煙が、怪物の鼻や口から漏れる。そして、魔法を駆使した本人は勢いよく、スポーンと吐き出された。
キィィイ!! キキイィィイ!!
「………………」
怪物は疾く去った。自然界ではあり得ない激臭から逃げるべく。
やはりというか、想像を絶する、吐き気を催す臭いが充満する。
唾液塗れになったロンゴは、片腕を振りながら来やがる。
「な、言ったろ? オレにかかりゃ楽勝よ!」
「いや、あの、こっち来ないで。来るな」




