四十二話 未知との遭遇
俺の記憶が正しければ、この鬼人は店主さんの家で寝ているとき、普通に瞼を閉じていた気がするんだが。
……性懲りもなく、脳内を空っぽにして、護衛とはとても言えない護衛をする。武器なんか手に取ってないし、シーツに己の肉体を預けている。
寄っ掛かってる荷車の向こう側は監視してないし、俺の頭は真っ白。ロンゴは……どうなんだ。
あ、ダメだ……『寝てはいけない』と復唱すればするほど夢魔が襲って……く……る…………だが、店主さんを……護らね……ば…………。
もしこの男が、王宮の守護者であったり、牢獄監視員であったならば、即刻クビに処されるであろう。
もっぱら、生死に関わる役職を命じられたにも関わらず、こっくりこっくりと船を漕ぎ、生理的欲求には抗えずに夢世界へと誘われた。
…………。
……………………うぐっ……。んぁ? ……まだ怪物は来ちゃいねぇ、か。荒らされた形跡もねぇ。焚き火も、まだ余裕はあるな。
相棒は……寝てんじゃねぇか。ったくよ、コイツには使命感がねぇのか? 護衛を任された身なのに、放棄して自分だけぐっすりってか。まったく、自己中心的なヤツよ。オレを模範しろっての。
炎々と熱気が伝わってくるが、それでも夜は冷える。怪物が跋扈する世界でもあるが、自然の驚異も敵になることも忘れてはならない。
「うおっ、寒い寒い」
オレら鬼人は、灼熱の炎天下でも影響を受けずに活動が出来るが、反面、寒気にはめっぽう弱い。先日の宝石集めもそうだったが、途端に動きが鈍くなっちまうんだよな。
すぐに身体は温まるけどな。だが、本質は変わらねぇ。
オレも防寒具を購入しねぇとなぁ。でもモコモコしたりサラサラしてんのは気に障るし。なんかこう、無性に腹が立つ。オレの愛用スーツみたいに、防風効果があって、なお且つ保温効果もある服、どっかにねぇかな。
……にしても、夜って怖いな。いやべつに、心霊的な怖さじゃなくて、怪物的な、人為的な、ね?
心霊なんて極限までに怯えた臆病者が幻覚を見てそれがあたかもこの世に存在しない亡霊の姿に見えただけで決して本物なんていない週刊誌にも載ってたしちゃんと根拠があるし───
キキッ────
「ふぐん!?」
……今、不自然な音が……いや、声か?
あれおかしいな。暑くもないのに冷や汗が顎を伝い、喉を伝う。
呼吸が乱れる。身体が震える。筋肉が変に力む。筋肉を攣る。痛い。
これはただの幻聴だ。週刊誌にも載ってた。極限状態になったら幻覚や幻聴などの症状が出るって、週刊誌に乗ってたから間違いな───
───視線の先。鬱蒼と草木が茂る、暗夜の魔界に、不可解な現象を見た。
揺れ動かない、不動の円光。それも二つ。ソレはこちらを観察している目玉のようであった。
「いっ……!」
いいいいいいや、これはあれだ、まつげにゴミが付いて、それが炎の光を反射しているだけだ! その証拠にほら……。
どうか、どうか憶測が的中していてくれ。目を擦ったら、あの奇々怪々な幻覚は消える筈なんだ……!
……ほらな、やっぱりそうだ。がはは、やっぱり迷信じゃねぇか。あれもこれも、臆病者の戯言だったに違いねぇ。幽霊なんていやしねぇんだ───
キャッ───キキキッ───
「ぅぐん!?」
右から、またも奇妙な声が。人間のようで、人間ではない。鬼人のようで、鬼人ではない、嗤うような、愉しむような、揚がるような。
嬉々とした子供のように、不釣り合いな無邪気な声。
心の中で、『存在しない』と言い聞かせても、好奇心が勝ってしまい、右を向いてしまった。
……いる。ギラつく二つの真円が。
……がっはっは! 最後にステーキを食いたかったぜ。
お陀仏も承知。とにかく、二人を安静にさせなければと思い、一人で震える足を立たせ、未確認生物との決闘を申し込んだ。




