二十六話 依頼:蛮勇なる無法者/トロール
トロールの原種は、針葉樹が乱立する森の奥深くに住む。嗅覚が鋭く、警戒心が強い。好奇心旺盛で、動く物を掴んでは弄ぶ習性がある。
知能はドン底だが、学習能力が高い。
人里に降りてきては家畜を襲い、味を占めてはそこに居座る。
醜い容姿から、人を馬鹿にするときに『トロール』と揶揄する。これにはトロールも抗議していい。
─針葉樹林(一行)─
遠く彼方から、四方八方から聞こえる小鳥のさえずり。爽やかな風に吹かれて擦れる木の葉の音。
自然界の無垢な音に混じって、人為的に鉄を研磨するシュッシュッという音が断続的に聞こえる。
音を発生させている主は、上面が平たい、両手を回せる程度の岩の上に腰を据えた、一人の女性である。
逞しく、しかしシンプルな柄を持つサーベルを研いでいる。
その近隣では美しい白銀の目、白銀の髪を持つショートヘアの女性が。
そしてその二人から離れた所に、大きな耳を持つ、ウサギと小型犬を合わせたような小動物と遊ぶ、肌の赤いスキンヘッドの男性がいる。
「このイナバどうにかしろ! 俺の食料食いやがった!」
訂正。小動物に”遊ばれている”男性がいる。怒りが頂点に達したのか、唐突に声を荒げ怒号を飛ばした。
「しらんがな。それにソイツ、野生だからどうにも出来んよ」
全く興味が無さそうに、赤髪の女性がサーベルを研ぎながら応える。
「なんの警戒もせずに近寄るって事は、誰かが餌をげちゃったんでしょうね。困ったものです」
銀髪の女性がやはり興味が無さそうに応える。
「こいつちょこまかと……! あっ! 逃げた! 追え! 追いかけろ野郎共!」
「イナバに蹂躙される程のバカなお前に命令される筋合いはねぇし”野郎”でもねぇよハゲ」
「んだとオオィ!? 俺はハゲじゃねえ! このフッサフサの髪が目に入らねぇか!?」
そう言うと、男性は太陽光が煌びやかに反射する頭を撫で始めた。
「煽られすぎて思考がおしゃかになってますね。無いモノを撫で始めましたよこの人」
銀髪の女性から辛辣に対応された男性は、腑に落ちない様子で、小声で文句を言いながら近くの木の根に腰を掛けた。
しばらくの間、三人の中で無言が続いた。三人のがいるのは森の中、陽光が入る少し開けた場所である。
少し後、不意に小鳥たちの鳴き声が消えた。
直後、微かにパキパキと木を薙ぎ倒す音が断続的に聞こえてくる。
その音が大きくなるにつれ、小震動が起こる。三人は既に感知しており、赤髪の女性は研ぎ終わったサーベルを、スキンヘッドの男性は背中の棍棒を手に取り、銀髪の女性は両手を前に伸ばしだした。
パキパキという音がこちらに向かい、更に鮮明に聞こえてくる。
「さあ……くるぞぉ」
「今からでも逃げます?」
「バカタレ」
赤髪の女性とすっきりした頭の男性のやり取りが終わった2秒後
「おまえら一生恨むからなアアアアアアアアア!!!」
木々の間を走り抜けながら三人に向けて怒号を飛ばす黒髪の男と
グオオオオオオォォオォォオオォオ!!!
見上げるほど巨大な体躯を持つ、全身に焦げ茶色の体毛が生えた天狗鼻の巨人が、木を薙ぎながら荒々しく出現した。
「勝負に負ける方が悪いんだよバーカ」
イラッとしたので、アイシャ目掛けて走りながら石ころを蹴り飛ばした。
まあ当然、標準はブレるが。
余計なことをしている暇はねぇや!
進行方向には、作戦のため制作された罠が。
二本の大木に、腰の位置程の高さで縛られて、張ったロープをくぐり抜ける。
「どっせい!」
グオッオオォォオ!?
俺はロープをくぐってすぐ横に回避し、罠に引っかかって倒れる巨人をやり過ごした。
「とりゃっ!」
地面に衝突した直後、セリスはトロールの真下に泥の沼を生成した。
粘着性のある物体に身体がめり込んだため、必死に起き上がろうとする巨人。しかし泥濘む事も相まって困難。
全てが計画通りに進んでいる。
「やれ! オーガ!」
「合点承知!」
赤髪の指令受け、トドメの一撃を繰り出さんと、全力疾走でトロールに駆け寄る鬼人。
ジャンプをして、落下する勢いもつけながら、トロールの脳天へ棍棒を振り下ろす!
「ごへぇっ」
「あっ」「えっ」「なっ」
つもりが、拘束から抜け出したトロールによる、疾風の右ストレートが火を噴いた。
大きな拳が全身へモロに直撃し、走る速度より何倍も速く吹き飛んだ。
「え、ちょ、ロンゴ……?」
グホッグホッグホッゴォッゴォッゴォッ!!
泥沼から脱出し、力の限り大暴れし始めたトロール。
「ダメだ! オーガは息がない! もう死んだんだ!」
「……生きてる……から……グフッ」
「オーーーガーーーーッ!!」
「私が背負います! 皆さん退避を!」
アイシャは仲間の死を嘆いた瞬間、即座に皆を置いて逃走。
セリスは赤いオーラを纏い、大柄な男性をひょいと雑に持ち上げ、この場から離れた。ロンゴの顔面や脛に、枝や幹がビシバシと当たる。
同じ方向にすたこらさっさと姿を隠した三人。
あれ? こっち側にいるの、俺だけじゃね?
フゴッフゴッフゴッ
「あ……」
鼻を鳴らして臭いを嗅ぐトロール。その身体からは悪臭が漏れる。
己に危害を加えた邪魔者を捜し当て、つぶらな瞳と俺の目が合う。
グオオオォォォオオオ!!
「何で俺だけなんだーっ!!」
唾液をまき散らしながら、牛のような尻尾をブンブン振り回して咆哮をし、空気を揺らす。重く響く叫びは、俺の緊張感を最大値にするには充分すぎた。
ドスンドスンと背後から迫り来る巨人。
またもや、生死を賭けた鬼ごっこが始まってしまった。
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