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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
4章 夏の前の嵐
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梅雨の報せ

 暖かかった春も終わり、ジメジメジとした梅雨の季節がやってきた。

 ついこの間までは若干、ピンク色の花弁を残していた桜の木は今では見るに堪えない枯れ木と化していた。

 そしてその報せもこの降る雨と同じく、唐突にやってきた。


 その日、六月初めての雨が降った日。俺はいつも通り、桜木と共に学校に向かった。

 いつも通りの教室。いつもと同じ顔ぶれ。雨が降っていたこともあり、教室の雰囲気が少し暗いようにも感じたが大した問題もない一日だった。

…そう。だった。


教室の扉が横にスライド。その勢いはいつもより激しい。直ぐに担任の教師が中に。そして教壇に立つや否。先生は酷く怯えた表情。声でこう言った。


 「皆さん。殺人犯がこの町に出ました。至急、下校の準備をしてください。尚、帰宅時は少人数で帰らず、集団で帰ってください。いいですね?もし、犯人に出くわすような事がありましたら迷わず警察へ通報して逃げてください。間違っても話し掛けたり、馬鹿な行動はしないでくださいね。本当にお願いですから。」


 青ざめた顔で以上の事を言い終えた新人教師は言うことを伝えると直ぐ、教室を出て行った。恐らく、今から職員会議やらを開くのだろう。

とはいえ先生。もう少し教室の状況を見てから出て行って欲しかった。平凡で凡庸な学園生活を送っている俺ら学生にそんな刺激的な報せを流せばどうなるか?そんなの‥

 そんなのこうなるに決まってる。


 「おい、嘘だろ?」


 「やっば!どこ?近くに出たの?」


 「うっわ。俺と同じ方向の奴いねぇ!マジ、死んだわ。」


 などの声が賑わいを増しに増し、帰る気配がこれぽっちもない。


 「…ねぇ、ゆうちゃん‥?」


 「ん?あぁ‥。」


 まるで休日の動物園。そんな教室をそれとなく眺めていると、いつの間にか桜木が近くまで来ていた。


 「先生の言っていたこと本当なのかな‥?」


 見る桜木の表情はクラスメートにはない正真正銘の恐怖がにじみ出ていた。

 普通はこういう反応だよな。うん。

 冷静にクラスを傍観している俺も人のこと言えないのだが‥。


 「まぁ、嘘吐く必要なんてねぇわな。急いで俺達を帰らせるにしてももっとマシな言い訳があるだろうし。」


 「そ‥そうだよね。」


 降る雨は勢いを増し、教室の中も当分、声は止みそうにない。


 「‥帰るか?」


 ここにいても仕方がない。先生からは至急、帰れと言われたのだ。クラスメートに合わせる必要なんてどこにもない。

 実際、既に帰宅している生徒もチラホラいるし。


 「う、うん。じゃぁ、蔓実さんと波瀬さんも呼んでくるね。」


 「あっ。あぁ、そうだな。」


 そう言えば珍しくあの二人、ここに来てねぇな。

 そんな事にも気付かぬとは‥。実は俺もけっこうビビってたりして‥。

 脳が正常に動いていない。感覚が鈍い。


 そんな事を帰る準備を完璧に済ませ、考えていると二人がやってきた。


 「‥ん?どうした、お前ら?特に蔓実。」


 桜木に連れて来られた二人は明らかにいつもと様子が違う。向けられる視線は床だし、小刻みに体も震えている。


 「‥こ‥怖いのよ。‥おかしい?」


 震える声に嘘はなさそうだ。

 声を発したのは蔓実だが、隣の波瀬も恐らくは同じ。殺人犯が怖いのだ。


 「別におかしくねぇよ。てか、おかしいのはこのクラスだろ?‥まぁ、俺もだけど。」


 出た犯罪者は殺人犯。これが強盗犯だとか放火犯だったら少しは安心できたかもしれない。‥放火犯は安心できないか?

 だが、殺人犯となれば話は別だ。出会ったら無差別に殺される可能性だってある。

 だから、蔓実。波瀬。桜木の反応が正しいのだ。命は大切なもの。尊きもの。


 「とにかく帰ろうぜ。なんなら俺、最後でいいから皆の家まで付いてくし。ここにいても雨が止むかどうかも分かんねぇし。」


 昨日、何の気まぐれか観た天気予報では雨が止む確率は三パーセントと言っていた。その三パーセントを信じてもいいが。雨が止もうが、なかろうが殺人犯には関係ないだろう。


 「‥家付いてくるとかマジ?」


 向く視線は床のまま。だが、声にいつもの感じが戻っている。そんな気がした。

 そう。いつもの俺を馬鹿にするような声。


 「あぁ。怖いんだろ?一応は俺も男だし。」


 ここで男を見せる俺。ヤダ、かっこいい。


 と、自惚れていたら。  かっこいいとは言われない。その前の言葉だけを言われた‥。



 「いや、やだし。何であんたに送迎とかされちゃうわけ?桜木だけしてあげなさいよ。堂々としてんじゃないわよ。ったく。」


 「いや、俺はただ純粋にだな‥」


 「いいから、いらないって言ってんの!私は麗華を送るから。私の方があんたよりよっぽど強いしね!!」


 「まぁ、そうだが‥」


 さっきまで体震わせてたの誰だよ?

 そうは言えず。

 

 だが、まぁ。蔓実一人だけだが調子が戻ってよかった。護身術を体得している蔓実なら確かに俺なんかよりもよっぽど心強い。


 「だが、相手はどんな奴か分かんねぇんだ。俺なんかが行ったところで十が十一になる程度だろうが、それでも連絡くらいはしろよ。」


 いくら合気道のスペシャリストだろうが蔓実は女だ。相手が男であったならば力では絶対に負ける。

 それに力を使われなかったら。例えば拳銃やらを所持している人物であったならば。合気道は全く、意味を持たない。

 言った通り、俺が加勢したところでだが護ってやることはできる。俺は俺自身の事をよく知っているから。

 殺人犯がこの町に現れたと聞いても表情一つ。心情一つ変化がない。その理由を知っているから。

 俺はここにいる三人の盾となれる。


 「‥ばっかじゃないの。」


 何でか蔓実に罵倒された。頬赤く染めながらだと全く嫌な気はしないのだが‥。


 「波瀬?お前もだからな?」


 もう一人。こっちはこっちで全く調子が戻っていない。そんなに怖いのだろうか?

 ‥うん。まぁ、怖いのか?


 と、心の中で頷いていたのだが違った。波瀬が怯えていたのは殺人犯への恐怖ではなかった。恐らくは蔓実もだったのだろうが。


 「うん。‥嫌な感覚を思い出しただけだから。それに関しての心配はいらないわ。でも、その心遣いは素直に嬉しい。ありがとう。」


 「お、おう。」


 こんな素直にお礼を言われたのは初めてではなかろうか?なんか緊張してしまったじゃねぇか。


 「‥大丈夫なのか?」


 それはそうと波瀬の言葉。嫌な感覚。それは言わなくても分かる。殺人という言葉から連想したのだ。

 また発狂とかされたら困るとかそういうレベルじゃない。ここは教室でまだ生徒は半分位いる。

 それにまたあのやり方で抑えられるという保証もない。‥てか、桜木にあんな事はさせたくない。

 だから、俺は真剣に波瀬へ問いたのだ。その内なるもの全てを見るように。


 「‥うん。大丈夫。こっちも心配ないわ。今は一人じゃない。それは理解してるから。」


 「‥そうか。」


 照れもせず、そんな台詞を口にする波瀬。こっちが照れてしまうではないか。


 「ねぇ、もう。いい‥?」


 「あ‥。あぁ。悪い。悪い。もう大丈夫だ。帰ろう。」


 何だかんだでここに残ってしまった。さっさと帰るつもりが。元帰宅部エース。俺としたことが‥。


 窓の外は相変わらず。それよか、雨の強さは激しさを増しているとさえ思える。

 出た殺人犯がどんな人物かは分からない。それでもこの時の俺は全く関係のないことだと関心さえ示していなかった。

 どうせ出たと言っても町を挟んだ遠方。どうせ出たと言っても訳ありでどうしようもなくと言ったそんな人。

 俺達には関係ない。この雨が止む頃にはまたいつもの生活が。またいつもの日常が。

 

 だが、違った。


 激しい雨降りは続き、また新たな事件が起きる。そして、その事件に残念ながら俺達も巻き込まれる羽目となる。

 そんな事は知る由もなく、ただただ雨降る帰路に憂鬱を感じた。本当に今年の梅雨は雨がよく降る。

 

 ***************


 あれから一週間。学校からの指示は相変わらず。

 ただ、休みだ。ウェーイ。などとテンション高めにはしゃぐ事はない。

 だってどうせ、この埋め合わせは夏休みだかどこだかで取られるんだ。そうだよ。分かってるんだよ。なのに課題出すとか何なん?学校の教師ってSな人しかなれないの?


 とか何とかブツクサ言っていても仕方がない。机に広がる課題がそんな事を言ってるだけで消化できるのであれば誰だってそうしてるだろう。

 にしても多いな。こん畜生。


 『‥尚、この事故による外傷はないとされ退院後はチームに復帰できるとの様子です。』


 ここ一週間。俺は普段、動かしていないテレビを稼働させていた。その理由たるは勿論、ニュースを聞く為だ。

 とは言え、興味や関心がある訳ではない。ただ何となく、自分の町に出没した殺人犯がどんな野郎なのか?それは知っておきたいと思った。


 ‥のだが。


 ここ一週間のニュースではそんな報道は一つもされていない。 仮にも殺人事件だ。しかも学校を停止するような。

 俺のタイミングが悪かっただけ?

 そう思った事もあった。だが、テレビだけではない。ネットでも大した記事はなかった。おかしいと思うのに時間は掛からない。

 しかし、思ったところで何がどうできるわけではない。

 だからという訳ではないが結局、何もできず。何も分からず。この一週間を過ごした訳だ。


 ぐ~。

 

 テレビのニュースはいつの間にか終わり、昼ドラに指し変わっていた。

 

 「もう、そんな時間か‥?」


 課題を机に広げただけで殆ど手にしてない。だというのに体というのは現金なもので腹だけは空くのだ。 腹が減っては戦ができぬ。

 まぁ、戦などはじめっからしていないのだけど‥。


 とは言え時間は昼時。何か作らねば。


 机に置いてあるリモコンを手に。その電源を押し、付いてたテレビを消す。その後、台所へ足を進め冷蔵庫の扉を開く。

 

 うん。分かってたけど何もねぇな。

 卵一個と飲みかけの牛乳って‥。オムレツくらいしか作れる気がしない。


 買い物にでも行くか?


 と、思うのだが外は相変わらずのドシャ降り。正直な事を言えば外出は控えたい。殺人犯がこの辺、ウロチョロしてるかもしれないしね。

 

 「米はあると。」


 炊飯器の蓋を開けるとそこには真っ白なご飯が半分ほどだが詰まっていた。米のストックもまだ半分くらいはある。買っておきたいのは山々なのだが。やはり外に行くのはなぁ‥。


 思う頭と体が合わさっていない。こんな時、勝つのは思考よりも体だ。


 ボウルの中に卵を割り入れ、塩・コショウ。牛乳を混同させ、かき混ぜる。フライパンにサラダ油を少々。混ぜた卵を一気に入れる。

 ジュワーッ。と、飢えた腹には少し刺激が強い音が部屋中に響く。

 

 料理は得意な方だ。どっかの女装趣味のアイツと比べれば天と地くらいの差だが、一般男子の部類では上位に組み込む程だと自分では自負している。

 だから今焼いている卵料理の基本であるオムレツも焦げることなく。形も崩れることなく仕上がった。

 

 とは言え、オムレツとご飯だけとは‥。なんて質素倹約なのかしら。


 「いただきます。」


 何はともあれ外に出なくても昼は食えた。

 ‥うん。まぁ、昼は。 

 夜どうしようか?やっぱ、買い出しは絶対か‥。

 米だけで何とかなるか?‥いや倒れるかもしれん。それに、そろそろちゃんとしたご飯が食べたい。


 腹が減っていたのもあってかオムレツと白米は、素早く胃に収まっていた。

 気付いたら皿が空っぽとか自分でマジシャンだと思ったレベル。


 皿も洗い終え、課題も身に入らない。心なしか降っている雨も勢いが弱まっている気がする。外出するなら今しかない。

 汚れた部屋からマイバックを探し、財布を探し、上着を羽織る。おっと、携帯を忘れるところだった。えっと、携帯。携帯っと‥。


 ブーブー。


 見当たらない携帯ではあったがすんなり見付けることが叶った。とは言え、こんな時間に。こんな時に誰だ?

 振動する時間が長いことから電話だと思えるし‥。


 「あぁ‥。」


 携帯を手に取り、そこに記載されてあった名前を見て何故か納得した。そういえばここ一週間、コイツは何でか電話もメールもしてこなかった。そんな事に今気付く。


 「はい、もしもし。どうした?」


 まず、一声。

 すると電話の主は何故か低い声で俺の名前を呼んだ。


 「‥ゆうちゃん?」


 「あぁ。俺だが。」


 予想外の返しに少し嫌な胸騒ぎがした。

 直ぐ終わらせるつもりだったが、そうはいかなさそうだ。立った状態から近くにあった椅子に腰を下ろす。また雨が強くなった。


 「‥今、いい?」


 「あぁ。大丈夫だ。何だ?何か問題でもあったか?」


 野暮な質問かと思えたがそれしか言えなかった。電話口の相手は、やはり直ぐに答えてくれない。

 だが、程なくして掠れた声が耳に届く。


 「‥分かった。」


 「は?何が?」


 数秒の沈黙。窓を打つ雨音がよく響く。

 

 「‥殺人犯の犯人。」


 「おっ‥」


 予想外の言葉に何を言っていいのか分からなかった。

 ここ一週間。桜木も俺と同じような事をしていたのだ。


 「‥で、どうだったんだ?」


 桜木の言葉が脳に入るまで時間にしては三十秒程。雰囲気に合わせてしまったのだろう。電話口には小声を通していた。


 「・・・・・・。」


 予想はしていたが直ぐに答えは返ってこない。 そしてその声は外の雨音に紛れ、通された。


 「‥英智君。」


 ボソリ。呟かれた声はあまりに小さく。そして暗かった。


 「英智?‥知り合いか?」


 少なくとも俺は知らない。‥と、思う。


 英智。過去の友人リストを思い出していた。そんな時だ。


 ピカッ。


 光は一瞬。

 

 ドカッ。ゴロゴロ。

 

 続いて派手な音が地面すら揺らした。


 近くで雷が落ちたのだ。 そしてそんな音に続いて桜木からは小さな声が。


 「‥英智君は僕の小学校の友達だった人。」


 「‥お、おぉ。」


 何も言えなかった。それでも電話も切れない。

 お互い、無言。

 桜木はコレを一人で抱えきれないと判断したから俺に電話を掛けてきたのだろう。だが、少し待ってくれ。そんな事は予想を遥かに超越している。

 この町に潜伏している殺人犯が友人だったとか‥。笑えないし、偶然にしては馬鹿すぎる。


 雷の後に続いて降る雨は嵐とも言えるような激しく、強いものに変わってしまった。


 全く、コレでは買い物なんて行ける訳がない。

 今夜の夕飯をどうしたものかと考える隅で思う事も一つ。


  今年の梅雨は酷く荒れそうだ。

 

 思わず電話口にため息を零してしまった。

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