第15話 仕様だろ
第15話です。第1章の最終話になります。
クロウの一件を知ったユイが、時計塔の下のセナに会いに来ます。
時計塔の下で、俺は、しばらく、空を見上げていた。
雲の切れ間から、作り物めいた星が、いつも通り、必要以上に美しく瞬いている。その美しさが、今夜は、なぜか、少しだけ空々しく感じられた。
「セナさん」
声のした方を見ると、ユイが、小走りに駆け寄ってくるところだった。メッセージだけで済ませると思っていたのに、わざわざ、ここまで来たらしい。
「クロウさんのこと、心配で。直接、話が聞きたくて」
「わざわざ来たのか」
「はい。文字だけだと、伝わらないこと、ありますから」
ユイは、俺の顔をまっすぐ見た。俺は、少し迷ってから、今日あったことを、順を追って話した。クロウが、単独でギルガメシュに突っ込んだこと。門番に、あっさりと退けられたこと。そして、彼が抱えていた、強さへの不安。
「……クロウさん、それ、辛かったでしょうね」
ユイは、話を聞き終えると、そう呟いた。
「誰かと比べて、自分の存在意義を疑うの、私にも、覚えがあります。セナさんと出会う前、私、本当に何もできなくて、お兄ちゃんの後ろを、ただついていくだけだったから」
「今は違う」
「はい。でも、それは、セナさんが、隣にいてくれたからです。クロウさんには、多分、それがなかった。強さを、たった一人で、抱え込んでた」
その言葉に、俺は、何も言えなかった。ユイの指摘は、正しかった。俺は、クロウに向かって「比べる必要はない」と言った。だが、それを言うだけの立場に、俺自身がいたのかどうか。俺には、ユイという、隣に立つ相手がいた。クロウには、いなかった。
「セナさんも、無理してませんか」
不意の問いに、俺は、少し詰まった。
「……無理は、してる」
正直に、そう答えた。今さら、誤魔化しても意味がない気がした。
「現実の感覚が、少しずつ、薄くなってきてる。それでも、止まるつもりはない」
ユイの表情が、一瞬、曇った。だが、すぐに、まっすぐな目で、俺を見返した。
「止めても、聞かないですよね」
「ああ」
「なら、せめて、一人で無理しないでください。クロウさんに言ったこと、セナさん自身も、守ってください」
その言葉は、さっき、俺がクロウに向けた言葉と、そっくり同じ形をしていた。俺は、思わず、小さく笑った。
「……分かった」
「本当ですか?」
「ああ。約束する。無茶はするが、一人ではしない」
微妙な言い回しだったが、ユイは、それで納得したように、小さく頷いた。
「それでいいです。多分」
俺たちは、しばらく、時計塔の下で、並んで立っていた。広場の喧騒が、遠くから、途切れることなく聞こえてくる。誰も、俺たちの間に流れている空気には、気づかない。
「セナさん、次は、どうするんですか」
ユイが、静かに聞いた。俺は、白紙の書に、そっと手を置いた。ページの中に眠る、これまでの全ての記録。その一つ一つが、今、確かな重みを持って、俺の中にあった。
「名前を置いていけ、という条件の意味を、調べる。それが分かったら」
俺は、一度、言葉を切った。
「今度は、俺が、ギルガメシュに踏み込む」
ユイの目に、驚きと、それを上回る覚悟が浮かんだ。
「私も、一緒に行きます」
「危険だぞ」
「知ってます。それでも、です」
その即答に、俺は、それ以上、何も言わなかった。彼女の意志は、もう、揺るがない。それを、無理に曲げようとする方が、かえって、間違っている気がした。
「……分かった」
俺は、白紙の書を閉じた。震えは、もう、収まっている。だが、その静けさの中に、これまでにない、確かな重みがあった。
「セナさん」
「何だ」
「今日は、もう休んでください。私も、帰ります」
「ああ」
ユイは、小さく手を振って、ログアウトしていった。俺は、しばらく、その場に残っていた。
広場の空を、もう一度見上げる。作り物の星々が、変わらず、そこにあった。俺は、白紙の書を、胸元にそっと押し当てた。
「……仕様だろ」
いつもの独り言が、今夜は、ただの口癖以上の、確かな響きを持って、口から漏れた。
俺は、静かにログアウトボタンに指をかけた。指先から、現実の重さが、いつもより、少しだけ重く、戻ってくる。
それでも、構わなかった。
第15話を読んでいただき、ありがとうございました。これで第1章は一区切りです。
最弱職《記録者》として、見えないものを見てきたセナ。「今度は、俺が、ギルガメシュに踏み込む」。その言葉の先にあるものを、次の章で描いていきます。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。面白いと思っていただけたら、ブックマークや、下の☆☆☆☆☆からの評価をいただけると励みになります。
第2章も、よろしくお願いします。




