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『削除世界の記録者 〜最弱職《レコーダー》は見えない過去を再生する〜』  作者: 黒豚
第1章 削除された残響

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15/16

第15話 仕様だろ

第15話です。第1章の最終話になります。

クロウの一件を知ったユイが、時計塔の下のセナに会いに来ます。


時計塔の下で、俺は、しばらく、空を見上げていた。


雲の切れ間から、作り物めいた星が、いつも通り、必要以上に美しく瞬いている。その美しさが、今夜は、なぜか、少しだけ空々しく感じられた。


「セナさん」


声のした方を見ると、ユイが、小走りに駆け寄ってくるところだった。メッセージだけで済ませると思っていたのに、わざわざ、ここまで来たらしい。


「クロウさんのこと、心配で。直接、話が聞きたくて」


「わざわざ来たのか」


「はい。文字だけだと、伝わらないこと、ありますから」


ユイは、俺の顔をまっすぐ見た。俺は、少し迷ってから、今日あったことを、順を追って話した。クロウが、単独でギルガメシュに突っ込んだこと。門番に、あっさりと退けられたこと。そして、彼が抱えていた、強さへの不安。


「……クロウさん、それ、辛かったでしょうね」


ユイは、話を聞き終えると、そう呟いた。


「誰かと比べて、自分の存在意義を疑うの、私にも、覚えがあります。セナさんと出会う前、私、本当に何もできなくて、お兄ちゃんの後ろを、ただついていくだけだったから」


「今は違う」


「はい。でも、それは、セナさんが、隣にいてくれたからです。クロウさんには、多分、それがなかった。強さを、たった一人で、抱え込んでた」


その言葉に、俺は、何も言えなかった。ユイの指摘は、正しかった。俺は、クロウに向かって「比べる必要はない」と言った。だが、それを言うだけの立場に、俺自身がいたのかどうか。俺には、ユイという、隣に立つ相手がいた。クロウには、いなかった。


「セナさんも、無理してませんか」


不意の問いに、俺は、少し詰まった。


「……無理は、してる」


正直に、そう答えた。今さら、誤魔化しても意味がない気がした。


「現実の感覚が、少しずつ、薄くなってきてる。それでも、止まるつもりはない」


ユイの表情が、一瞬、曇った。だが、すぐに、まっすぐな目で、俺を見返した。


「止めても、聞かないですよね」


「ああ」


「なら、せめて、一人で無理しないでください。クロウさんに言ったこと、セナさん自身も、守ってください」


その言葉は、さっき、俺がクロウに向けた言葉と、そっくり同じ形をしていた。俺は、思わず、小さく笑った。


「……分かった」


「本当ですか?」


「ああ。約束する。無茶はするが、一人ではしない」


微妙な言い回しだったが、ユイは、それで納得したように、小さく頷いた。


「それでいいです。多分」


俺たちは、しばらく、時計塔の下で、並んで立っていた。広場の喧騒が、遠くから、途切れることなく聞こえてくる。誰も、俺たちの間に流れている空気には、気づかない。


「セナさん、次は、どうするんですか」


ユイが、静かに聞いた。俺は、白紙の書に、そっと手を置いた。ページの中に眠る、これまでの全ての記録。その一つ一つが、今、確かな重みを持って、俺の中にあった。


「名前を置いていけ、という条件の意味を、調べる。それが分かったら」


俺は、一度、言葉を切った。


「今度は、俺が、ギルガメシュに踏み込む」


ユイの目に、驚きと、それを上回る覚悟が浮かんだ。


「私も、一緒に行きます」


「危険だぞ」


「知ってます。それでも、です」


その即答に、俺は、それ以上、何も言わなかった。彼女の意志は、もう、揺るがない。それを、無理に曲げようとする方が、かえって、間違っている気がした。


「……分かった」


俺は、白紙の書を閉じた。震えは、もう、収まっている。だが、その静けさの中に、これまでにない、確かな重みがあった。


「セナさん」


「何だ」


「今日は、もう休んでください。私も、帰ります」


「ああ」


ユイは、小さく手を振って、ログアウトしていった。俺は、しばらく、その場に残っていた。


広場の空を、もう一度見上げる。作り物の星々が、変わらず、そこにあった。俺は、白紙の書を、胸元にそっと押し当てた。


「……仕様だろ」


いつもの独り言が、今夜は、ただの口癖以上の、確かな響きを持って、口から漏れた。


俺は、静かにログアウトボタンに指をかけた。指先から、現実の重さが、いつもより、少しだけ重く、戻ってくる。


それでも、構わなかった。


第15話を読んでいただき、ありがとうございました。これで第1章は一区切りです。

最弱職《記録者》として、見えないものを見てきたセナ。「今度は、俺が、ギルガメシュに踏み込む」。その言葉の先にあるものを、次の章で描いていきます。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。面白いと思っていただけたら、ブックマークや、下の☆☆☆☆☆からの評価をいただけると励みになります。

第2章も、よろしくお願いします。


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