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『削除世界の記録者 〜最弱職《レコーダー》は見えない過去を再生する〜』  作者: 黒豚
第1章 削除された残響

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第12話 都合の良い記憶

第12話です。

記録庫から戻った翌朝。現実で目覚めたセナは、あの場所で見たものに、小さな違和感を覚えます。


窓の外が白み始める頃、俺は、ようやく眠りから覚めた。


はっきりとした夢は覚えていない。ただ、記録庫の、あの発光する球体の残像だけが、瞼の裏に焼き付いていた。体を起こすと、節々が、いつもより重かった。長時間のダイブの疲労が、まだ抜けきっていないらしい。


キッチンで水を一杯飲んだ。味が、また、少し薄い気がした。以前、ヨハに「現実の飯、味薄く感じることない?」と聞かれた時のことを思い出す。あの時は、まだ、他人事のように聞いていた。今は、はっきりと、自分の症状として自覚している。


ログアウトする前に見た、白紙の書の一文を、頭の中で、もう一度、思い返す。


『記録:セナ自身の記憶(欠落あり)』


思い返すうちに、妙な引っかかりを覚えた。


自分自身の記憶を記録した、あの瞬間。何を思い出そうとしていたか、感覚としては、はっきり残っている。だが、実際に、どんな順番で、どんな言葉で記録したのか、細部を思い出そうとすると、輪郭がぼやける。まるで、あの体験自体が、後から都合よく整えられたような、そんな感触があった。


考えすぎだろうか。俺は、一度、その違和感を頭の隅に押しやった。だが、押しやったそばから、また、別の引っかかりが浮かんでくる。


ユイが聞いた、「お兄ちゃん」という声。あれは、本当に、蒼太のものだったのか。俺たちは、あの瞬間、そう信じたかった。だが、信じたい気持ちと、実際にそうだったという確証は、別のものだ。


俺は、ベッドの縁に腰掛けたまま、しばらく、天井を見つめていた。


---


夕方、オルタ・アーカイブにログインすると、ユイが、いつもの場所で待っていた。だが、その表情には、以前のような、確信めいた輝きがなかった。


「セナさん。あの……変なこと、聞いてもいいですか」


「何だ」


「あの日、記録庫で聞いた、お兄ちゃんの声。あれ、本当に、お兄ちゃんだったんでしょうか」


俺は、一瞬、言葉に詰まった。俺自身、同じ疑問を抱えていたからだ。


「……お前も、そう思うのか」


「はい。あの時は、無我夢中で、疑う余裕もなかったんですけど。落ち着いて考えると、なんだか、都合よく出来すぎてる気がして。それに……お兄ちゃんが何て言ってたのか、一言も思い出せないんです。お兄ちゃんの声だったことだけは、はっきり覚えてるのに」


その言葉は、俺の中の違和感と、正確に重なっていた。


「セナさんの、自分の記憶を記録した時のことも、はっきり思い出せますか」


「……いや。感覚は残ってる。だが、細部は、思い出せない」


俺たちは、しばらく、無言で顔を見合わせた。二人とも、同じ場所に、同じ違和感を抱いている。それは、偶然とは思えなかった。


「あの記録庫、なんだか、私たちが見たいものだけを、見せられてたような気がするんです。私は、お兄ちゃんの声が聞きたかった。セナさんは、自分の記憶と、向き合う必要があった。それが、ちょうどいいタイミングで、ちょうどいい形で、目の前に用意されてた……って考えると、怖くなってきて」


ユイの言葉が、俺の中の漠然とした違和感に、はっきりとした輪郭を与えた。


「都合が良すぎる、か」


「はい」


俺は、白紙の書を、もう一度開いた。ページに並んだ記録の数々を、順に見返す。どれも、確かに、俺たちが望んでいた通りの形をしていた。望んでいたものが、望んでいた通りに手に入る。それは、喜ぶべきことのはずだった。だが、今は、そのことが、逆に、薄気味悪く感じられた。


「セナさん、あそこ、本当に、信じていい場所だったんでしょうか」


俺は、すぐには答えられなかった。あの記録庫で得たものを、俺は、大切な手がかりだと思っていた。だが、その土台が、揺らぎ始めている。


「……分からない。だが、確かめる価値はある」


「どうやってですか」


「まだ、分からない。ただ」


俺は、時計塔を見上げた。広場は、いつも通り、何も知らない人々の喧騒に包まれている。


「あの場所を、鵜呑みにするのは、もうやめる。もう一度、一から、疑ってかかる」


ユイは、しばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。


「……はい。私も、そうします」


その声には、落胆よりも、静かな覚悟に近いものが滲んでいた。俺たちは、それぞれ、白紙の書に刻まれた記録を、もう一度、見つめ直していた。


一度、確かなものだと思っていたものが、根底から揺らいでいる。この世界は、俺たちに、都合の良い記憶を見せることさえできる。だとしたら、これまで見てきたものの、どこまでが、本当に信じていいものなのか。


答えは、まだ出ない。


俺たちは、しばらく、時計塔の下で、無言のまま立ち尽くしていた。夜の風が、静かに、二人の間を通り抜けていった。


第12話を読んでいただき、ありがとうございました。

望んでいたものが、望んでいた通りに手に入る。それは本当に、喜んでいいことなのでしょうか。セナとユイは、記録庫を一から疑うと決めました。

次話、二人は、ずっと避けてきた場所へ目を向けます。

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