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『削除世界の記録者 〜最弱職《レコーダー》は見えない過去を再生する〜』  作者: 黒豚
第1章 削除された残響

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第10話 開きかけた扉

第10話です。

《再生》の仮許可は、誰が出したのか。答えを求めて、セナとユイはシオンを訪ね、あの日開かなかった扉へ向かいます。


森を出て、広場へ戻る道すがら、俺は、さっきの違和感について、ずっと考えていた。


「セナさん、さっきの輪郭、私にも少し見えたの、変じゃないですか」


ユイが、同じことを考えていたらしく、そう切り出した。


「変だな。これまで、お前には何も見えなかった」


「私も、びっくりしました。なんでなんでしょう」


俺は、少し考えてから、答えた。


「多分、お前との関係が深くなったことと、無関係じゃない。お前と一緒に動くようになってから、白紙の書に『関係権限』が出るようになった」


「じゃあ、これからも、もっと見えるようになるかもしれないってことですか」


「かもな。良いことなのか、悪いことなのか、まだ判断できないが」


正直な答えだった。見える範囲が広がるということは、それだけ、この世界の「隠されたもの」に、二人とも近づいているということだ。シオンが以前言っていた、「見たくないものも、含めて」という警告が、頭の隅で小さく疼いた。


「セナさん、権限のことなんですけど」


ユイが、ふと、疑問を口にした。


「観測権限と、関係権限。二つとも、進んでるみたいですけど、それで、《再生》は解放されるんでしょうか」


俺は、その質問に、はっと気づかされた。ユイの言う通りだ。二つの権限が進んでいることは分かる。だが、それが《再生》の解放に、直接繋がるのかどうか、俺は確かめていなかった。


俺は、白紙の書を開いた。二つの権限表示の下に、あの日から変わらず、こう記されている。


『次段階《再生》解放条件:確認中……仮許可』


仮許可。この言葉の意味を、俺は、これまで漠然としか捉えていなかった。だが、改めて見返すと、これは「観測」でも「関係」でもない、別の何かを指しているように思えた。


「セナさん、大丈夫ですか。難しい顔してます」


「……仮許可。これは、多分、俺たちが今、満たそうとしている権限とは、違うものかもしれない」


「え?」


「見てきたことも、お前との繋がりも、俺たちの側で積み上げてきたものだ。だが、仮許可は、どこか外から与えられたものに見える」


ユイは、俺の言葉を、じっと聞いていた。


「じゃあ、仮許可は、どこから来るものなんでしょうか」


「分からない。ただ、心当たりが、一つだけある」


俺は、頭の中に、ある言葉を思い浮かべていた。管理AI。この世界の運営を、自律的に動かしているとされるシステム。もし、この世界そのものに「許可」を出す何かが存在するとしたら、それは、管理AI以外に、考えられなかった。


「管理AIに、直接聞いてみるしかないかもしれない」


「そんなこと、できるんですか」


「分からない。だが、シオンなら、何か知ってるかもしれない」


俺たちは、自然と、中央図書館へ向かう足取りになっていた。


---


図書館に着くと、シオンは、いつもの場所で、静かに本を整理していた。俺たちの姿を見つけると、少し驚いたような顔をした。


「今日は、お二人とも、何かを見てきた顔ですね」


「聞きたいことがある」


俺は、単刀直入に切り出した。


「《再生》の仮許可。あれを出したのは、管理AIか」


シオンの手が、一瞬、止まった。彼女は、しばらく黙って、俺の顔を見つめていた。


「……鋭くなりましたね、セナさん」


「答えになってない」


「はい。……その通りです。仮許可は、この世界そのものが持つ、管理の仕組みから発行されるものです」


やはりそうか、と俺は思った。


「じゃあ、その先の許可は、どうすればもらえる」


「それは、私には決められません。ただ」


シオンは、少し言葉を選ぶように、間を置いた。


「管理の仕組みは、普段、プレイヤーの前には姿を見せません。ですが、時々、世界の均衡が大きく揺らいだ時に、その一端が、表に現れることがあります」


「均衡が揺らぐ、というのは」


「たとえば……昨夜、街に現れたという、あの異常な存在のようなものです」


俺は、はっとした。あの黒い獣。あれもまた、この世界の均衡が揺らいだ結果だったのか。


「あれが、また起きれば、その先に近づける、ということか」


「起きてほしくは、ありません。ですが、可能性としては、否定できません」


シオンの声には、はっきりとした憂いが滲んでいた。世界の均衡が揺らぐことは、彼女にとっても、望ましいことではないらしい。


「他に、方法はないのか」


シオンは、しばらく考えるように、視線を落とした。


「……一つだけ、あります。ただ、確実ではありません」


「聞かせてくれ」


「この図書館の奥、あなたが以前触れた扉。あそこには、管理の仕組みに、直接触れられる可能性がある場所が、まだ残っています」


俺は、あの日、開かなかった扉のことを思い出した。『権限不足:管理権限 未確認』。あの時は、まったく歯が立たなかった。だが、今の俺は、あの時とは違う。


「もう一度、行ってみる価値はあるか」


「あります。ただし」


シオンは、俺の目を、まっすぐに見た。


「今度は、開くかもしれません。開いた先に、何があるかは、私にも分かりません」


その言葉には、以前にはなかった緊張感があった。俺は、白紙の書を、そっと握りしめた。


「行こう」


隣で、ユイが、静かに頷いた。


「私も、一緒に行きます」


---


螺旋階段を降りていく間、俺は、前回訪れた時の感覚を、体に思い出させていた。あの時は、湿った重さの中に、ただ怯えるしかなかった。だが、今回は、その重さの中に、微かな熱を感じる。腰の白紙の書が、階段を降りるごとに、確かな脈動を刻んでいた。


「セナさん、前より、緊張感、違いますか」


「ああ。前は、この先に何もないかもしれないと思ってた。今は、違う」


「私も、なんとなく分かります。前は、ただ怖かったですけど、今は、怖いのと同じくらい、期待もあります」


階段の先に、あの扉が見えてきた。石造りの扉に刻まれた無数の文字は、以前と変わらず、判読不能なままだった。だが、俺の目には、その文字の一部が、以前よりも、微かに発光しているように見えた。


「セナさん、あの扉、光ってませんか」


ユイの言葉に、俺は頷いた。彼女にも、それが見えているらしい。関係権限の進み具合が、また一段、彼女の視界を広げているのかもしれない。


俺たちは、扉の前に立った。俺は、深く息を吸い込んでから、手を伸ばした。


指先が、扉の表面に触れる。


前回とは、明らかに違う感触があった。冷たい石の感触の奥に、微かな鼓動のようなものを感じる。まるで、扉の向こうに、生きている何かがいるかのような。


『権限不足:管理権限 未確認』


同じ表示が、扉の中央に浮かび上がった。俺の胸に、一瞬、落胆が過ぎった。だが、その文字は、以前とは違い、すぐには消えなかった。


『観測権限:充足』

『関係権限:進行中』

『管理権限:接触検知……応答待機』


新しい表示だった。応答待機。何かが、俺たちの存在を、確かに認識している。俺は、白紙の書を強く握りしめた。


「セナさん、これって」


「反応してる。前とは、違う」


俺は、もう一度、扉に手を押し当てた。今度は、意識を集中させて、これまで積み重ねてきた全てのものを、扉の向こうへ伝えるように念じた。あの日見た残響。ユイと歩いた道のり。クロウとの読み合い。ヨハの言葉。シオンの警告。全部が、俺の中に確かに刻まれている記録だった。


扉の文字が、一斉に、青白く発光した。


『管理権限:仮発行……条件付き許可』


その文字が浮かんだ瞬間、扉が、重い音を立てて、わずかに開いた。完全にではない。だが、確かに、隙間が生まれていた。


冷たい空気が、隙間から流れ出してくる。俺たちは、その隙間の奥を、じっと見つめた。暗闇の中に、何かが、微かに光っている。人工的な光じゃない。もっと、有機的な、脈打つような光だった。


「セナさん、開きました……」


ユイの声が、震えていた。俺は、その隙間に、ゆっくりと手を伸ばした。


だが、指先が扉に触れる寸前、白紙の書が、突然、激しく震えた。


『警告:条件付き許可のため、完全な立ち入りは推奨されません』


文字が、点滅するように浮かび上がる。俺は、手を止めた。


「セナさん、どうしますか」


ユイの問いに、俺は、しばらく答えを出せずにいた。ここまで来て、引き返すのは、簡単じゃない。だが、「条件付き」という言葉の重さを、無視するわけにもいかなかった。


俺は、深呼吸を一つしてから、答えた。


「今日は、ここまでにする」


「……いいんですか」


「仮の許可でも、扉が反応したことは、大きな前進だ。焦って踏み込んで、取り返しのつかないことになるよりは、今日はここで止めておく方がいい」


ユイは、少し名残惜しそうな顔をしたが、最終的には頷いてくれた。


「セナさんが、そう言うなら」


俺は、扉から手を離した。隙間は、そのまま残っている。完全に閉じることはなかった。それは、まるで、次に訪れる時のために、この世界が、俺たちを待っているかのようだった。


俺は、白紙の書を閉じた。ページの表示は、まだそこにあった。


『管理権限:仮発行……条件付き許可』


管理権限の仮発行。ようやく、その糸口を掴んだ。だが、これは、ゴールじゃない。むしろ、ここからが、本当の意味での始まりのような気がした。


「セナさん」


ユイが、隣で、静かに言った。


「私たち、確実に、前に進んでますね」


「ああ」


俺は、扉の隙間から漏れる光を、もう一度、振り返った。あの向こうに、何が待っているのか。答えは、まだ分からない。だが、確かに、道は、少しずつ、開かれ始めていた。


俺たちは、螺旋階段を上り、図書館を後にした。夜の広場に、時計塔の音が、静かに響いていた。


第10話を読んでいただき、ありがとうございました。

『管理権限:仮発行……条件付き許可』。扉は、わずかに開いたまま、二人を待っています。

次話、セナは扉の先へ進む前に、もう一度ヨハを訪ねます。

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