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八話 六月三十六歳《残りの金策》

 翌朝。


 朝靄の残る村の中は閑寂(かんじゃく)な趣を漂わせていた。

 薄墨色(うすずみいろ)の空を鳥のさえずりだけが独占し空気を震わせ、東の空から差し込む陽の光が家々の屋根を縁取り眩く輝かせている。


 僕は旅立ちの時に父から授かった弓―若葉の風《ラウフヴィンドル》を静かに手入れしていた。


 その横ではアルが落ち着きなく荷物を確認している。

 「よし!今日はフェルドボアだ!」

 「朝から元気だね」

 僕が微笑を浮かべて返すと、

 「当たり前だろ、今日稼げばショートソードまであと少しなんだから!」

 アルは確認の手を止めて代わりに拳を握った。

 (その剣が欲しいのは僕なんだけどね)

 朝から自分の事のように気合を入れてるアルに心の中で感謝をしていると家の外から聞き慣れた声が飛んできた。

 「おーい、準備できたかー!」

 二階の窓から下を見るとロベルが迎えに来てくれていた。二人で急いで身支度を終わらせ三人揃って狩人会へ向かう。


    ◇


 古屋にはすでにグレンさんと数人の狩人さんたちが集まっていた。

 グレンさんは僕らを順に見た後、最後にアルを見て微笑みを浮かべて腕を組む。

 「今日は一段と気合が入ってるな!」

 「あぁ、今日で目標達成するつもりだからな!」

 グレンさんの言葉にアルは今朝と同じように拳を握って返答をした。

 「まぁ、こないだは初っ端ウィンドホーンと遭遇したし、俺も居たからな。だが今日はオマエらだけでやるんだ!」


 ロベルも真面目な顔で本日の作戦内容を語る。

 「狙うのはフェルドボアだ」

 「俺が痕跡を探す、見つけたらヴィリが仕留める!アルには道中狩りについて教えるけど、基本は後ろから見て覚えろ!」


 「分かった!」

 アルは返事をすると口を一文字に引き結ぶ。


 そんな僕らを静観していたグレンさんが頷く。

 「昨日はヴィリの腕を見せてもらったからな。今日はロベル、お前の腕も見せてもらう」

 その一言に真剣な表情のロベルの顔がさらに引き締まる。

 僕のためでもあるから単純に嬉しい。


 ロベルからは父やグレンさんに認められたい。そんな思いが伝わってくるようだった。


    ◇


 四人で昨日と同じ森へ入る。

 朝露が枯草を濡らし、湿った土の匂いが薄く漂い霧と共に鼻腔くすぐる。


 しばらく森を進んだが僕らとグレンさんは言葉を交わさずに昨日よりも静かに歩を進めた。

 不意にロベルがしゃがみ込み、地面を注意深く調べ始める。

 折れた枯れ枝。踏み潰された草。落ち葉の影に残る蹄の跡。


 「……新しい。二時間以内だ」

 ロベルが小声で呟くと僕らの後ろで見定めていたグレンさんが頷く。

 「続けろ」

 グレンさんがしっかり採点している様でこれはロベルの試験でもあることが伝わってきた。

 ロベルはゆっくり前へ進む。

 何度も足を止めながら痕跡を確認していく。

 僕は感心していた。

 (すごい、僕なら魔力探知で探してしまう。でもロベルは何も使わず見つけてる、これなら魔力に敏感な魔獣も追跡できる)

 里とは違う技術だった。


 その後も森を注意深く進む。


 突然ロベルが手を斜め下に伸ばし合図する。そして全員が止まる。

 草むらの向こうに二頭の大きなフェルドボアが地面を掘り返していた。


 巨大な牙。盛り上がった筋肉。

 村人が恐れる理由がよく分かる。


 後方のグレンさんが小声で尋ねる。

 「距離三十五〜四十だな、ヴィリどうだ?」

 僕は静かに頷き弓に矢を番え構え引き絞る。

 ――ギギギ――

 風を見る。

 木々の葉が右へ揺れ弱い追い風。呼吸を整え小さな声で詠唱する。

 「風よ導け−−−Laser Vind(初級・風道の矢)」

 フシュッ!――


 弦から手を放し矢が飛びだす。

 風をまとった矢は一直線に飛び、先頭のフェルドボアの首元へ突き刺さる。

 「VHUWOOOOO!!!」

 巨体が大きく揺れた、だが倒れない。

 怒号のような鳴き声を上げる。

 「もう一頭来るぞ!」

 グレンさんが叫ぶともう一頭が突進してきた。

 グレンさんの叫びと同時に素早く二本目を番え眼前のフェルドボアに向けて素早く引き切る。

 ―ギ―フシュッ!


 今度は目を狙った。

 矢は正確に眼窩へ吸い込まれ、そのまま脳を貫いた。

 「Vbo!...」

 巨体が地面を抉りながら崩れ落ちる。

 一頭目も数歩進んだところでやがて力尽きた。


 長くもない戦闘が終わり本来の穏やかな森の空気を取り戻した。

 「終わった……」

 「ヴィリはやっぱりすげぇな!」

 アルが呆けたように口を開き、ロベルは大きく息を吐くと歓喜した。

 しかしロベルの言葉にグレンは首を横に振る。

 「違うな、今日はロベルもよくやった!」

 「わかりにくい痕跡を見つけて最後まで見失わずに標的まで導いた。」

 「まぁ、ヴィリが最後もしっかり仕留めてくれたからな」

 「ロベルが見つけてくれたからだよ」

 ロベルは照れ臭そうにはにかみ頭を掻く、僕も笑ってロベルにお礼を告げた。

 その言葉にロベルはまた少しだけ照れながらもとても嬉しそうだった。


 喜びを分かち合ったが、まだ狩りは終わらない。ここからが大仕事だった。

 三人で協力し、フェルドボアの血抜きを済ませる。


 アルは僕が教えた通りにナイフを動かし、少しずつ一生懸命に解体方法も覚えていく。

 「そうそう、使う所の皮を傷付けないように。」

 「あぁ!こ、こうだなぁ!」


 ロベルは荷車を引いてくる。

 三人で力を合わせ、一頭ずつ荷台へ載せた。

 「重っ!」

 「あはは!当たり前だ。かなりの大物だぞ!しかもニ頭だ!」

 アルが情けなくも嬉しい悲鳴を上げてロベルが笑いながら突っかかる。

 僕も思わず笑みを浮かべた。


    ◇


 最低限の処理を終えて僕らが村に戻れたのは昼を少しばかり過ぎた頃だった。

 荷車を引きながら村へ戻ると畑仕事をしていた人々が僕らを見つけては瞠目し振り返った。

 「あれ……フェルドボアじゃないか?」

 「二頭も?しかもちょっと大きくないか?」

 「またあのエルフの子か?」

 昨日に続き、村中がざわつく。

 僕らは嬉しい重みを感じながらまっすぐ狩人会へ向かった。


 狩人会でグレンさんに獲物を渡すと査定はすぐに始まった。

 皮。牙。魔石。肉。

 傷の少なさ。

 一つ一つ確認されて、やがてグレンさんが顔を上げた。

 「今回も状態がいいし、二頭で金貨十五枚だな」

 アルは手を叩いて飛び上がると拳を突き上げ、ロベルも思わず口笛を吹く。

 

 「十五枚!?えぇぇ…すごぃ…」

 僕だけは驚きながら革袋を見つめていた。


 昨日は金貨十枚。

 今日は十五枚。

 合わせて二十五枚。

 ショートソードを買っても、まだ金貨十枚も残る。


 自分の力で稼いだお金。

 その重みを手の中に感じながら、僕は小さく微笑んだ。


    ◇


 狩人会を出た僕たちは、その足で鍛冶屋へ向かうことにした。

 革袋の中には金貨二十五枚。歩くたびに金貨同士が小さく触れ合い、かすかな音を立ている。

 初めて自分で稼いだお金、その重みが嬉しくて、何度も袋を握り直してしまう。


 「カンカンカン」

 鍛冶屋に近づくにつれて槌の音が大きくなる。

 中に入ると鉄を打つ音が工房の壁や天井で反響されて響き、炉の熱気と共に身体を包んだ。


 「おーやーかーたー!」

 親方さんを呼んでくれたロベルは珍しく年相応の子供の様だった。

 (実際、ロベルは親方さんにとっても近所の子供か)

 ロベルは村の子供達の中ではとてもしっかりしていて大人びているから少しだけ違和感がある。

 そんなふうに思っていると親方さんは槌を振る手を止めて、こちらを振り返った。


 「おう、来たか」

 「はい」

 僕は手に持つ革袋を親方さんに差し出す。

 「ショートソードを買いに来ました」

 親方は袋を受け取ると、中身を確認しながら豪快に笑った。

 「本当に稼いできやがったな!しかも二・三日でだぁ⁉」


 ロベルが親方さんに今日の狩りをある程度説明してくれた。どの様にして索敵したとか、自分はどんな気持ちだったか、どんな連携をしたなど興奮気に親方に報告していた。

 「ウィンドホーンにフェルドボア二頭……村じゃしばらく話の種だぞ!」

 「運が良かったのとロベルもアルも手伝ってくれましたから」

 僕は少し照れくさくなって小首を掻くと親方さんは破顔し肩を揺らす。

 「ふっ、謙遜し過ぎも良くないぜ、実力がなきゃこんなにポンポン獲物は獲れねぇよ」


 そう言うと工房の奥へ歩いていった。

 しばらくして戻ってきた親方の手には、一振りのショートソードがあった。

 昨日見たものと同じ−−−剣?


 …同じゃなぃ…


 そう思ったのは一瞬だった。

 近づくにつれ違いに気付く。

 鞘はなかったのに今は鞘に収まってる。

 鞘には控えめに草花の模様が彫り込まれ、派手ではないが丁寧な装飾が施されていた。

 派手さを競う装飾ではなく長く使う者のための美しい仕事だった。


 「ん!ほれ、抜いてみろ」

 僕は静かに剣を受け取りそっと柄を握る。そしてゆっくりと刀身を引き抜いた。


 ――シャッ。


 工房の光を受けて黒い刀身が姿を現す。

 黒鉄鉱で鍛えられた刃。

 鏡のように磨き上げられている。

 表面には僅かな艶が宿り、淡い霞がかかったように白と黒が幾重にも重なって艶めいていた。


 静かな美しさだった。

 華美ではない。

 けれど目を奪われる。


 「……綺麗」


 思わず声が漏れた。

 親方さんは腕を組み、小さく笑う。

 「どうだ、気に入ったか⁉︎」

 「はい、すごく」


 何度見ても飽きなかった。

 父の剣とは違う。里の誰とも違う。


 これは――僕だけの剣だった。


 「でも……」

 僕は鞘へ視線を落とす。

 「前よりとても良い物です」

 「気付いたか?鞘は新しく作り直した、刀身も最後に少しだけ仕上げ直してな!」

 「祝いだ、俺からの、あと村へ来た記念、初めて自分で稼いだ金で買う武器なんだろ?」


 僕は驚いて親方を見つめた。

 「追加の金額は.....」

 「言っただろ」

 親方さんは照れ隠しのように頭を掻く。

 「値引きは嫌だったな、だから値段はそのまま。これは俺からの贈り物だ!」


 一瞬、言葉が出なかった。


 胸の奥が温かくなる。

 里を出てから、こんなふうに自分のために何かをしてくれることが何度もあった。

 マルロさん。グレンさん。ロベル。アル。

 そして親方さん。


 村の人も皆んな優しくて

 外の世界は知らないことばかりだった。

 でも、人の温かさは里と変わらなかった。


 「……ありがとうございます」

 自然と深く頭を下げていた。親方は少し照れくさそうに笑う。

 「大事に使えよ」

 「はい!」

 僕は嬉しくて、何度もショートソードを見つめた。


 工房を出ると、いつの間にか表に出ていたロベルとアルが待っていた。

 「どうだ?」

 僕は静かに鞘から刀身を抜いて見せる。

 ロベルは目を丸くした。

 「うわっ!格好いいじゃねぇか!」


 アルも身を乗り出す。

 「いいなぁ!俺も早く自分の武器が欲しい!」

 三人囲んで笑い合う。


 その日から数日間、僕たちは毎日のように村の外へ出た。

 朝はロベルと剣を交えた。ロベルは剣と盾、特に守りが硬い、僕は無駄を省いた剣。互いに違うからこそ学ぶことが多かった。


 アルはバランスの良い攻防一体な剣。

 新たな発見はアルもちゃんと剣士の形を取れていたこと、アルがよく『何年も剣術の訓練してたからな!』とっ言っていたことがホントだった様で安心した。

 二人は汗だくになりながら何度倒れても立ち上がった。


 昼には三人で狩りへ向かう。

 ロベルが痕跡を追い、僕が弓を放ち、アルが解体を覚える。

 二日目以降はロベルが狩りをしたり、アルが挑戦したり、基本は交代で狩りをした。

 気付けば荷車いっぱいの素材を狩人会へ並び、路銀も十分に貯まっていた。


 そして、ある日の夕方。

 マルロさんが店へ戻ってきた。

 「やっとこっちの準備も整った、商業都市への荷造りも終わったぞ」

 「本当!」

 アルが勢いよく立ち上がりロベルも思わず笑顔になる。

 「いよいよだな」


 僕は振り向き窓の外を見た。

 村へ来てから過ごした日々が頭をよぎる。

 村での狩り、初めての人間の友達、初めて自分で稼いだお金。

 そして初めて手に入れた、自分の剣。

 この村で得たものは、お金や武器だけではなかった。初めてづくしの経験と、大切な仲間だった。


 明日、この村を発つ。


 その先には、まだ見ぬ商業都市が待っている。

 知らない景色。

 知らない文化。

 知らない人々。

 僕の旅は、また新しい一歩を踏み出そうとしていた。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

少ない戦闘シーンにかっこいい剣術を入れたかったのですが今回は出来ませんでした。

また今度の機会に書いてみたいと思います。

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