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七話 六月三十六歳《初成果》

 「おーい、昨日のウィンドホーンがどうなったか見にいこうぜ!」


 「おぉ!こっちも準備出来てるぜ!」


 ウィンドホーン討伐から一夜明けた翌日の午後、僕らの居るマルロさん宅に元気に声を掛ける来訪者。

 アルは窓辺に駆け寄り挨拶もそこそこ、二階の窓越しにその来訪者と息の合ったやり取り始める。

 アルに釣られるようにして窓から顔を出すとアルの幼馴染がそこにいた。

 「ヴィリ、今日はお前が主役だからな」

 ロベルがニヤニヤしながら不穏なことを口にする。


 「主役?」

 「あぁ、昨日の話、もう村中に広まってたぞ」

 「えぇ……」

 思わず小さく不満な声を上げて顔をしかめてしまった。

 別に目立ちたかったわけじゃない。

 それなのに村へ来てからというもの、何かと騒がれている気がする。

 「そりゃそうだろ、だって狩りに出てすぐ帰って来たと思ったらウィンドホーンを仕留めて帰って来た子供だぞ!」

 「そう!しかも街でも殆ど見かけないエルフの子供だからな!」

 アルとロベルが僕を揶揄うように話し合う。

 「まぁ、話が広がったのは狩人会に見に行った村の子供が原因だろうけどな」

 ロベルがここに来る途中にも見た村の子供伝道師たちをの様子も教えてくれた。

 まぁ子どもなら仕方がない何せ僕は三十六歳、人間のいう子供とは倍以上の年齢差がある。

 

 「気にしたって仕方ないって!」

 「そうだぜ!そんなことより早く狩人会に行こうぜ!」

 僕は二人に急かされながら昨日約束した狩人会に向かう事にした。


 「おはようございます、グレンさん」

 「おぉ、来たかお前ら」

 狩人会の古屋の前でグレンさんと挨拶をして古屋の中へと4人で入る

 昨日仕留めたウィンドホーンの解体と査定は終わっていたらしい。

 古屋へ入ると狩人さんたちがすでに集まっていた。

 僕の姿を見るなり声が飛んでくる。


 「おう!来たぞ!」

 「あ!子供先輩、おつかれさまです!」

 「よ!ウィンドホーン殺し!」

 狩人さん達がふざけた呼び名で僕を呼んで迎え入れグレンさんが呆れ顔で発言者を見ていた。

 中の狩人さん達にも挨拶をして奥の席に移動する。小屋の奥には二つのテーブルがありその内一つにグレンさんが腰かけたのでその向かいの席に腰を下ろした。


 「ヴィリ!」

 「はい」

 「とりあえず結果からだ」

 そう言ってグレンさんが差し出した革袋の中を見ると金色の貨幣が何枚も入っていた。


 「……え?」

 思わず固まる。


 「ウィンドホーン本体で金貨八枚、角と皮の状態が良かったから追加で二枚」

 「合計金貨十枚だ」

 僕は袋と皆さんの顔を何度も見比べた。

 「こんなに……?」


 里では獲物は基本的に共有だった。

 父が仕留めた獲物も。

 僕が仕留めた獲物も。

 みんなで分けて使う。

 だから自分が稼いだお金を見るのは初めてだった。


 「お前が獲ったんだ、当然だろ」

 「遠慮するな」

 「次回から解体は自分達でやれよ、もし解体して欲しかったら手数料で一割貰うからな」

 僕が色々考えていると狩人さんたちが口々に声を掛けてくる。

 僕は再び金貨の入った袋を見る。袋に添えていた手に力が入り金貨のこすれる感触がした。

 少しだけ胸がドキドキと鳴っていた。

 これが自分で働いて得たお金。


 自分の成果に価値がついたのは初めてだ。

 外の世界では当たり前のことなのかもしれない、でも僕には新鮮だった。

 「ありがとうございます!」


    ◇


 その足で鍛冶屋へ向かった。

 親方さんは僕を見るなり目を丸くする。


 「おいおい、もう稼いだのかよ」

 金貨の入った袋を片手に駆け込んで来た僕を見て勘違いをしてしまった親方さんに説明する。

 「まだですけど、ウィンドホーンが金貨十枚になったのでその報告ともう一度剣を見に来ました」

 「あぁ、村の子供に聞いたぜ。ほんとにウィンドホーンを狩れたんだな。びっくりしたぞ!」

 「運が良かったんです」

 「運でウィンドホーンは獲れねぇよ」

 「それより見て下さい!初めてお金を貰いました!」

 「ふっ、良かったじゃねーか」

 僕は少し興奮したまま、さっき感じた感動を説明しようとした。そんな僕を見た親方さんは優しい顔で僕を誉めてくれた。


 親方さんは笑いながら棚に向かい、ショートソードを取り出して僕に持たせてくれる。

 昨日見た時と同じ、いや、昨日より良く見える。


 右手に持ち替え軽く構える。

 重さも重心も丁度いい。

 握りやすい。

 森の中でも扱いやすそうだ。


 「どうだ?」

 「すごく良いです」


 親方さんは少し誇らしげだった。


 「お前の実力は解った」

 そう言うと親方さんは鼻を鳴らした。


 「今回は負けてやる、村へ来た祝いと、ウィンドホーンを獲った記念だ」

 そう言う親方さんに嬉しい気持ちになったが、ふとあることに気付き僕は首を振る。


 「......ありがとうございます。でも、自分で稼いだお金で買いたいんです」


 親方さんは真面目な顔で黙るが僕は続ける。

 「もう少し頑張ります。それに僕の働いた結果に価値がついたんです」

 「僕はそれが嬉しかったんです。それなのに親方の働いた結果を安くしてもらうのはしたくありません」


 僕が感じたことを正直に話した。

 やがて親方さんが真剣な眼差しで小さく笑った。


 「……そうか。なら、今度は残りの金が出来たらまた来い!」

 親方さんはそれだけ告げて工房の奥へ戻ってしまった。


    ◇


 工房からの帰り道。

 ロベルが腕を組みながら言った。


 「なぁ、明日も狩りに行くか?」

 「うん」

 「じゃあ次こそフェルドボアだな」


 「なあちょっといいか?」

 ロベルが明日の予定を決めているとアルが不意に話に割り込む。

 「二人にお願いがあるんだ!」

 僕はロベルと顔見合わせ再びアルの方を見る

 「俺にも狩りを教えてくれ!」

 「え?」

 「俺だって二人に負けたくない!」

 その言葉にロベルが少し驚いた顔をする。

 僕も同じだった。


 でも次の瞬間、ロベルが笑顔になりアルに答える。

 「良いに決まってんじゃねぇか、どうせなら一緒にやろうぜ!」

 「おう!」

 アルが嬉しそうに拳を握る。


 アルは基本的に狩りの仕方を知らない。

 前回の狩りでは僕だけではなくロベルもかなり狩人として学んでいる事がわかった。

 そのことを目の当たりにしてアルは競争心が刺激されたらしい。


 そうして三人並んで夕暮れの村中を歩き出し明日の狩りの話をしながら村の広場へやって来た。

 収穫祭で使われた飾りはまだ少し残っていて、子供たちが走り回っている。

 風が吹くたびに色とりどりの布が揺れている。

 

 「明日のフェルドボア狩り、楽しみだな!」

 アルが元気に前を歩く。


 「お前は見学だろ」

 僕の隣でロベルが即座に突っ込む。


 「分かってるって、ちゃんと覚えるからな!」

 そんな二人のやり取りを聞きながら歩いていると、不意に視線が止まった。


 広場の端に小さな花壇が目に留まる。

 村の景色に自然と溶け込んでいて、気付かなければ通り過ぎてしまいそうな場所だった。


 「どうした?」

 ロベルが聞いてくる。


 「あそこ!花だよ」

 僕は花壇へ近づくとそこには見たことのない花が咲いていた。

 青く透き通るような花弁。

 風が吹くたびに小さく揺れている。

 その隣には白い鈴のような花。

 さらに夕暮れの光を受けて金色に輝く小さな花も咲いていた。


 「えぇーこんな花もあるんだ、初めて見る」

 思わず呟く。


 その時だった。

 後ろから穏やかな声が聞こえた。

 「気に入ったのかい?」

 振り返ると髪の毛が真っ白に染まったおばあさんが立っていた。

 どうやらこの花壇の世話をしている人らしい。

 「はい、とても綺麗です」

 おばあさんは嬉しそうに笑った。

 「この花は風花って呼ばれていてね、村外れの丘一面に咲いているのよ」

 「こっちは白鈴花、丸いお花が沢山咲いて可愛いでしょ」

 「こっちが夕星草、夕方だけ花が開くのよ」


 僕は夢中になってこっちは?コレは?と質問し話を聞いていた。

 葉の形。

 育つ場所。

 咲く季節。

 どれも知らないことばかりだった。

 里にも花はたくさんあった、けれど同じ花は一つもない。

 環境が違えば生きる植物も違う。

 そんな当たり前のことが、今はとても面白かった。

 気付けばおばあさんとしばらく話し込んでしまっていた。


 「若いのに詳しいねぇ」

 「植物が好きなんです」

 そう答えると、おばあさんは優しく笑った。

 「なら旅はとても良いと思うわ」

 その言葉でまだ感じていた旅の不安が少しだけ和らぐ。

 もっとたくさんの花。

 もっとたくさんの森。

 もっとたくさんの景色。

 ほんの少ししか知らない世界。

 不安が和らぎ、期待が募る。


 お礼を言って花壇を離れると、ロベルがどこか呆れたような顔で言った。

 「お前、本当に植物好きなんだな」

 「うん」

 ロベルの問いに即答で答える。

 「世界には僕の知らないことがもっとたくさんあると思うんだ、見たことのない花とか、見たことのない森とか」


 二人は黙って聞いてくれる。

 僕は少しだけ空を見上げ世界を夢想する。

 見上げた先には雲が赤く染まって空を彩っている。


 この村だけでも里に居たままでは見られなかった景色だ。

 「ここに来るだけでも初めてのことが沢山あったし、初めて見る草花も沢山あった」

 「だからもっと色んな場所へ行ってみたい、アルが言った砂漠とか雪の山とか海の近くとかどんな綺麗な景色があるのか見てみたいんだ」


 言葉にすると自分でも少し驚いた。

 前まではこんなこと考えたこともなかった。

 里で暮らし、里で生きる。

 それが当たり前だった。


 でも今は違う。


 知らない世界を知りたい。

 そう思っている。

 ロベルは少しだけ笑った。

 「ヴィリらしいな、普通そこは強くなりたいとか有名になりたいとかじゃねぇのか?」


 「それは別に興味ないかなぁ」

 正直な感想だった。


 ロベルは肩を落とした。

 「変な奴だな」


 「お前も十分変だぞ」

 アルが笑う。


 「俺は普通だ!」

 「どこがだよ!」

 二人の言い争いが始まる。

 それを見ていると自然と笑みがこぼれた。

 楽しい。ただそう思った。

 里を出てから毎日が新鮮だった。

 でも景色だけじゃない。

 こうして友達と話している時間も楽しいのだ。


 しばらく歩いていると村の外れにある小さな丘へ辿り着いた。

 村にやってきた時、初めて村を視界に収めた場所だ、そこからは村全体が見渡せた。

 風車。

 畑。

 家々。

 そして遠くへ続く街道。

 夕日が沈み始めている。

 三人並んで腰を下ろした。

 しばらく誰も喋らない。

 静かな時間だった。


 やがてアルが口を開いた。

 「俺は絶対冒険者になる」


 アル口癖だが彼の声はいつも真剣だ。

 「世界を旅して、強い魔獣や魔物を倒して、伝説みたいな冒険者になるんだ」


 ロベルが笑う。

 「相変わらずだな」

 「ロベルは?」

 アルに聞かれてロベルは少し考えた。


 「.....俺も強くなる。父さんみたいな立派な男になりたい!誰かを守れるようにな」


 それもロベルらしいと思った。

 二人の視線が僕へ向く。


 「ヴィリは?」

 僕の答えは決まっていた。

 「僕は――」

 風が吹く。


 遠くの草原が揺れる。

 夕日が街道を赤く染めていた。

 「世界を見てみたい、まだ見たことのない景色を」

 世界への期待が今も膨れ上がる。


 静かな沈黙が流れた。

 そして。アルが笑った。

 「じゃあ決まりだな」


 「何がだよ」

 ロベルがアルに聞き返す。


 「俺たち三人で旅するんだよ」

 「勝手に決めるな!」

 ロベルが叫ぶ、だがその顔は笑っていて僕も笑う。


 きっと楽しい旅になる。

 そんな気がした。

 そしてロベルは立ち上がった。

 「まぁその前に、明日のフェルドボア狩りだな!」

 「あぁ」

 「そうだった!」

 アルも慌てて立ち上がる。


    ◇


 村へ戻る帰り道。

 三人で明日の作戦を話しながら歩いた。

 来た道とは違う道を進み村に帰る。

 「お、あれは....また帰りが遅くなるなぁ。」

 僕らの中で一番背の高いロベルが何かを発見して知らせてくれる。


 「はぁ?その為にこっちに歩いてたんじゃないのか?」

 アルは見えてはいないがこの先に何があるのか知ってるようだった。


 しばらく三人で坂道を登っていく。


 やがて視界が開け、その先には、どこまでも続く青い花畑が広がっていた。

 風に揺れる無数の花々は、淡い青から深い蒼へと幾重にも色を重ね、緑の絨毯の上に静かな波を描いている。

 西へ傾いた夕日が花々を黄金色に染め、青と橙が溶け合うその光景は、まるで世界そのものが絵本にあるような一枚の絵画になったかのようだった。


 思わず足を止め、言葉を忘れて見入ってしまう。


 その余韻を胸に歩き続けるうち、村へたどり着く頃には、藍色へと染まり始めた空に、ひとつ目の星が静かに瞬いていた。


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