六話 六月三十六歳《イタズラ小僧再び》
ウィンドホーンを仕留めた。
しかし誰もすぐには動かなかった。
静寂に包まれた森の中、やがてグレンさんが立ち上がり今し方ウィンドホーンが立っていた場所にゆっくりと歩み寄る。
「....急所を一発....しかもウィンドホーンに....」
ウィンドホーンの横で仕留めた結果を確認している。
遅れてロベル、アル、僕が近づく。
「師匠...今の、矢が曲がって飛んでた様に見えたんだけど」
ロベルがこちらとグレンさんを順に見た後グレンさんに尋ねた。
「あぁ...俺にもそう見えた。ヴィリ、今のは魔法か?」
呆れたような面持ちでグレンさんが見たままを僕に確認する。
「はい、初級の風の魔法を使って矢を運んでもらいました」
僕はよく狩りでやる方法を素直に説明した。初級でも魔力制御を鍛えればもっと距離も取れるし精度も上がるからと里では制御の訓練も徹底的にやっていた。
グレンさんが少し呆れたような顔で、ロベルは驚いた顔でそれぞれ僕を見つめて来る。
「あのな、いいか?普通の魔法使いは威力の高い魔法を使い魔獣や魔物なんかと戦うらしい」
なぜかグレンさんが子供に諭す様な口調で話し始めた。
「お前のような狩りは初めて見る」
「そうなんですか?」
「そもそも補助目的で、しかも弓矢をそんな精度で使う魔法使いは聞いたことがないな」
里では皆んな使う方法だけど外では違うらしい。
「そもそもお前の様な歳でよくそこまでの技を磨けたな」
「あぁ!それは−−−」
ひとつだけ訂正しなければいけないことが聞こえて思わず声が漏れると僕が説明するよりも早く、今まで静かにしていたアルが手を挙げて身を乗り出してきた。
「はい!実はヴィリは今年で三十六歳だからです!」
ついこないだも見たイタズラ小僧の笑みを一瞬だけ浮かべ、真面目そうな顔を取り繕ったアルが手を上げて僕の年齢を暴露した。
別に良いんだけど何だか少し恥ずかしい。
「...........................」
「...........................」
「「.....はぁあああ!?」」
ついさっきまで神妙な空気だった森の中、涼しげな風が二人の絶叫を運んでいく。
ロベルも知らなかったのかグレンさんと同じく驚いていた。二人してコレでもかと目を見開いた顔で勢いよく僕に振り向く。
渋くて逞しい森の男、狩人然としていたグレンさんが驚く顔は少しだけ面白かった。
◇
森から戻ると道行く人が僕らの方を見ていた。
四人で運ぶウィンドホーンを見ているのか、気まずさから複雑な面持ちのアル以外の三人か、はたまた一人だけしたり顔のアルか。
そんな四人を不思議に思っているのか僕にはわからなかった。
午前中に四人で出発した狩人会の古屋に昼過ぎには帰って来れた。
血抜きだけを終わらせたウィンドホーンをぶら下げて。
運び込んだ瞬間、狩人さんたちの間に小さなざわめきが広がった。
誰もすぐには僕に話しかけてはくれなかった。
代わりに他の狩人さんはグレンさんに集まり仕留めた経緯や方法を畳み掛ける様に疑問をぶつける。
「おい!コレどうしたんだよ!たまたま死んでたのか?」
「グレンがやったのか!」
「オマエ昨日罠なんか張ってたか⁈」
グレンさんはあまりの勢いに負け、どんどん後ずさる。
「仕留めたのはヴィリだよ!」
問いただされてるグレンさんを見かねたロベルが代わりに事実を述べる。
「ヴィリが魔法と弓矢でウィンドホーンを仕留めたんだ!」
ロベルの発言を聞いた狩人の人達は僕を一瞥だけして、またグレンさんに視線を戻す。
「ぁあ!その通りだ。正確には四十メートル離れたところから射抜いた。魔法は風魔法で矢を風に乗せ誘導したそうだ」
グレンさんが両手を上げた姿勢のまま、僕の狩猟方法を簡潔に説明してくれた。
狩人さんたちは僕を見た後お互いを見つめ合って大きなため息を一つ。
「はぁーそれじゃ敵わん」
「あぁ、俺たちには真似できねー」
狩人さんたちはグレンさんと同じ両手を上げたポーズで口々に言い放つ。
「だろ、俺はその瞬間は訳がわかんなっちまった、方法を聞けばこれまた聞いたことがない」
グレンさんは仲間が同じ気持ちになったことで緊張が解けたのか少しだけ戯けた口調で説明した。
「確かに急所をひと突きだ」
「ほんとだぜ、いくら魔法を使ってもそんな離れた場所から急所を射抜くなんてどんな修行をしてきたんだよ」
「確かにな、すげーよ坊主!」
狩人の皆さんがそれぞれ獲物の状態を確認し感想として称賛をくれる。
「ありがとうございます、でも僕は...」
称賛され素直に感謝を返し、さっきもあった勘違いを訂正しようとした。
何度目かのやりとりに少しだけ罪悪感が芽生え、罪を告白するような気持ちになっていた。
そして呼吸を整えて−罪の告白を−
とその間に勝手に話し始める復讐者。
「びっくりだよな、でもコイツは俺より年上なんだぜ!」
仕返しとばかりに僕の釈明の場を奪いこれまた悪い顔をしたグレンさんがオチをつける。
「....................」
「....................」
「「「.....はぁああああああああ!」」」
「ん?...ええええー!」
今日一番の驚きの大合唱が小さな狩人会の古屋を揺らす。
僕も本日一番の衝撃を受けていた。
「びびったろ!」
グレンさんが狩人然とした顔ではなく今はただの悪ガキの顔でニヤけている。
まさかグレンさんが僕の年下だったなんて。
僕はその事実に村に来て一番驚いていた。
◇
その後も色々話し合ったが殆どが里での生活とかを聞かれた。
話している内に狩人さんたちと仲良くなれて今回は村での初狩猟の成功祝いとしてウィンドホーンの素材回収と換金は狩人会の皆さんがやってくれると言ってくれた。なので今回はお願いし、後日また来る約束だけして狩人会を後にすることにした。
そして、僕らは三人で狩人会からマルロさんの家に戻る途中。
アルとロベルと僕の三人で今日のことを話しながら村の中を歩いているとロベルが里の事を尋ねてきた。
「なぁヴィリ」
「なに?」
「お前さ、エルフの里でいつもどんなことしてた?」
「どんなことってさっきも話してたけどロベルと同じだと思うよ?」
「同じって、例えば魔法も弓も剣術だってどうやって修行してたんだよ」
真剣に尋ねるロベルを見て少し真面目に考えてみる。
「...んー身体を動かす様な修行は剣術、弓術、魔法と小さい頃は体術だけだったかなぁ」
「お父さんに見てもらいながら午前中はずっと体を動かして」
ロベルはその場で止まった。
「午後は魔法の勉強か植物系の勉強をして狩猟の日はお父さんと狩猟に行ってたよ」
止まってしまったロベルを目で追いながら里での生活を教えた。
「……マジかよ.....それを三十年ずっとかよ」
アルが横から笑う。
「俺だって毎日やってるぜ!」
「っ!」
ロベルがアルの軽口に顔を歪ませるが何も言い返さなかった。
「...............」
「...............」
ロベルは色々考える性格で
今も何か複雑な考えが頭を巡ってる気がした。
正直今のロベルの気持ちは僕にわからなかった。
僕はアル達親子が里に来るまで何も考えて無かったと思う、毎日言われたことを続けてきただけだ。
どう言ったら良いかわからずにいるとアルが代わりに声を掛けた。
「ロベルは俺と一緒に冒険者になるんだろ」
「...............」
「ヴィリだって三十年頑張ったんだから凄い強いんだよ」
「...............」
「俺たちだって三十年頑張れば良いだけじゃん!」
「....簡単に言うなよ!俺はお前みたいに単純じゃねーよ!」
ロベルはウィルにぼやく様な言い方でそれでも我慢して少しだけ自分の思いを吐き出した。
「何だよ、ロベルは考えすぎなんだよ!」
「....................」
「....................」
ふと、昔お父さんに言われたことを思い出した。
『続けることは何より難しく何より強くする』
「...え、何それ?」
アルに突っ込まれてしまった。
頭によぎった言葉が口をついて出てしまっていたみたいだ。
「えっと、僕が修行するときによくお父さんに言われてたことだよ。僕は別に強くなりたかった訳じゃないし毎日何の目標もなくやり続けたんだ」
「本当は植物を見てたり、魔法の勉強の方が好きだったし、」
「....................」
「....................」
「でもお父さんが教えてくれたことが今の僕のやりたいことの助けになってるから僕に修行をつけてくれたことに今はとても感謝してるよ」
「....................」
「...それは、辛くなかったのかよ?」
ロベルが信じられない風に聞き返す。
「そうだね、別に好きじゃなかったから何の為に?とは思ってたよ」
「でも今思えば僕のそばでその言葉をくれたから頑張れたんだと思う」
「ロベルには同じ目標の俺がいるじゃねーか!」
「....................」
ロベルはゆっくりとアルを目で捉えて考え込んしまった。
「俺たち二人は大先輩のヴィリの後を追えば良いだけだぜ!なっ!」
アルは相変わらずでいっそ清々しいくらいだ。
「.....はぁー、俺はお前が羨ましいよ」
「.....はぁ?何言ってんだお前?」
ロベルがアルを羨むがアルには理解出来なかった様だ。
「やめだ!...たまにはお前を見習うよ!」
ロベルはアルを見習って頭の中で考えていたことを手放した。
「お、元気出たか?」
「おう、切り替えたよ!」
「流石だな!」
(ホントに流石だ!)
どうやらロベルは気持ちの整理がついたらしい。
流石の切り替え上手だ。
「ヴィリの言葉も参考にするぜ」
「『続けることは何より難しく何より強くする』だな!」
ロベルの言葉を聞いて僕もロベルを元気付ける事が出来て嬉しくなった。
その後、三人で明日以降の仮の話で盛り上がりながら帰路に着いた。




