五話 六月三十六歳《村の狩人》
村での生活が始まって数日が経った。
最初は何もかもが新鮮で、ただ歩いているだけでも楽しかった。
雨季の涼しげな風も色々なモノを僕に運んでくる。
里とは違う土と干し草の薫りやギシギシと鳴り響く風車の音と村人の声が聞こえてくる。
風車の方を見ると村人達が荷物を台車に載せて運び出していた。
「あれか?あれは脱穀と製粉をあの中でやって終わった小麦を運び出してんだ」
風車の方を見ているとアルが教えてくれた。
それら全部が、里とは違う「生活の音」だった。
今日も僕らはロベルに連れられて村の中心へ向かっていた。
「ちょっと面白い話があるんだよ」
ロベルはいつものように歩きながら笑っている。
「面白い話?」
「ドワーフの鍛冶屋だよ」
その言葉に少しだけ胸が動いた。
鍛冶屋。
剣や弓を作る場所。
里ではレプラコーンのラークさんがやっていた。
そのラークさん曰く、作るモノにもよるがドワーフはどの種族よりも武器を作る事に秀でているらしい。
「鍛冶屋の親方にヴィリを紹介する。ついでに店の武器を見せてもらおうぜ!」
「見ていいの?」
「ダメなわけないだろ」
そう言われて村の中を歩き続ける。
しばらく進むとカン!カン!カン!と金属を叩く音が聞こえてくる。
そして村の奥にあった鍛冶屋は外からでも熱気が伝わってくるように微かに炎の上がる音も聞こえて来た。
中へ入ると、筋肉質の男が大槌かと思うほどの大きさの手鎚を振るっていた。
「親方、来たよー」
ロベルが声をかけると、そこにはドワーフの男性が作業をしていた。
里での鍛冶はレプラコーンのラークさんがやっていたからドワーフを見るのは初めてだ。
親方さんは一瞬こちらを見て作業を止めた。
「おう、ロベルか」
ロベルを見つけた親方はズンズンと僕らの側に近づいて来た。
僕らと同じくらいの身長なのにそれ以外が大きい。
視線が一瞬、僕に向く。
少しだけ驚いたような顔をした。
「エルフか」
(この人がドワーフ、筋肉が!威圧感がすごい!)
僕は心の中で初めて見るドワーフに密かに興奮していたが冷静に軽く頭を下げる。
「はい、ヴィリアル・ホルテンシアと言います」
親方は興味深そうに僕を見たあと、作業台の上に置いた作りかけの一本の短剣を指差した。
「剣に興味あるのか?」
「はい、少し」
正確には、弓と剣の両方に興味がある。
父の影響だ。
親方は鼻を鳴らすように笑った。
「なら見てけ」
作業の合間に、鍛冶場を案内してくれる。
鉄の焼ける匂い。
炉の熱。
部屋の中の蒸し暑さ。
叩かれる金属の響き。
どれも里とは少し雰囲気が違うものだった。
作業場の奥には剣や防具が並べてられ、僕は部屋の中に沢山置いてある武器や防具に目移りしながら中を見て回った。
そして棚に何本か立てかけてあった内の一振りに目が止まった。
一本の剣。
装飾もなく飾り気はない。
磨かれてもいないが刀身には僅かに艶が感じられる
何となくだけど凄く丈夫そうだ
しかも適度に短く使いやすそうな剣だ。
「それは?」
僕が尋ねると、親方は少しだけ嬉しそうに説明してくれた。
「おぉ、それはショートソードってので騎士なんかが持つロングソードより短く、いざという時すぐ抜ける。何にでも使えるやつだな」
「何にでもですか、素材は何ですか?なんだかすこし黒っぽいんですけど」
「素材はあまり物だが黒鉄鉱を使ってある、普通の鉄鉱石なんかより丈夫で.......オマエさん達エルフは精霊術や魔法を使うが魔力の蓄積や伝導率なんかもそれなりに良いぞ」
「やっぱり普通の鉄とは違うんですね。それに鉄より丈夫なのも惹かれます!」
思っていたよりかなり自分と相性が良さそうなのと饒舌に説明してくれる親方にびっくりしながら鉱石の説明を頭の中にしっかりメモをとる。
僕はじっと見つめる。
手に取ってみたいと思った。
そんな僕に親方は言葉を続ける。
「欲しいか?」
「はい!」
少しだけ親方が笑う。
「金貨十五枚だ」
その言葉に空気が変わった気がした。
金貨十五枚。
確かアルから聞いた村人の一ヶ月の収入が銀貨二十〜三十枚。
金貨は銀貨十枚分だったはずだ。
つまり短くとも村人五ヶ月分、かなり高い。
僕が黙っていると、後ろからロベルの声がした。
「大体フェルドボア三頭分ってとこだな」
「そんなに?」
アルが驚いた声を出すがすぐに意見を変えた。
「まぁ、ヴィリなら頑張ればすぐじゃん!」
「いや無理だろ」
ロベルが即座に否定する。
「フェルドボア舐めんなよ」
そのやり取りを聞きながら、僕は少し考えていた。
狩りならできる。
でも、いつも狩る感じでどれくらい稼げるかよく分からなかった。
とりあえず武器屋を後にしてアルが父マルロさんに相談してみようと言うのでマルロさんのお店まで戻る事にした。
「ただいま、父さんちょっと話があるんだけど、」
お店に着くなりアルがマルロさんにさっきまでの経緯を説明してくれた。
「...そうか、では一緒に狩人会に行ってみるか?」
「え!?」
マルロさんとアルの話を黙って聞いていたロベルが思わずと言った様子で声を出す。
◇
その日の午後。
マルロさんが紹介してくれるというので僕たちは村の狩人会に向かうことにした。
「ロベルくんは狩人会で習い始めて何年になる?」
マルロさんがロベルの横で歩きながら話していた。
「えっと、こないだ四年経ちました」
ロベルは兵士のお父さんに剣術を習いながら狩猟も学んでいるらしい。
そんな話をききながら四人で村外れにある古屋に到着した。
そこにはすでに数人の狩人さんたちが集まっていた。
そしてその中心に、ひとりの男がいる。
ロベルの師匠でもある熟練の狩人――グレンさんだ。
鍛えられた体と、無駄のない動き。
まさに森で生きる人間の顔だった。
「この子が例の?」
グレンさんの視線が僕たちに向く。
ロベルが頷いた。
「ヴィリと...アルは知ってるよね?」
「あぁ」
グレンさんは腕を組む。
「フェルドボアを狩るにはいくらエルフでもまだ早いと思うがな」
その言葉に、周囲の狩人さんたちも苦笑した。
ロベルが肩をすくめ、腕を組んだままのグレンさんが話し始めた。
「とりあえずは試験からだな」
「試験?」
「ホーンラビットくらい狩れれば合格だ」
その言葉にアルが少し安心した顔をした。
「それなら余裕だな!」
ロベルは呆れた顔をする。
「だーかーらー簡単に言うなよ!」
狩人さんたちの中にも半信半疑の空気があった。
本当にフェルドボアを狩れる気なのか?
それを若いエルフがどうこうできるとは誰も思っていない。
そんな空気のまま、僕たちは森へ入った。
『試験とは言ったがダメでもロベルの友達ならしばらくまとめて面倒見てやろと思ってたのに...』
後日、グレンさんからその時の気持ちをそう聞いた。
◇
森の中は静かだった。
鳥の声は遠く、涼しげな風だけが木々の間を抜けていく。
グレンさんが先頭を歩く。
その後ろをロベル、僕、アルが続いた。
「まずは周辺確認、痕跡を見つけろよ」
グレンさんが小さな声で僕らに言う。
「焦るなよ」
ロベルも小声で僕に話しかける。
「とりあえずホーンラビット見つけろ」
「了解」
アルは珍しく少し緊張しているようでその目は真剣そのものだった。
しばらく進んだその時だった。
グレンさんが立ち止まり手を上げる。
全員が止まる。
「……アレをみろ」
グレンさんの視線の先。
木々の隙間。
そこにそれはいた。
ウィンドホーン。
鹿に似た魔獣。
額に大きな二本の枝角を持ち、風の流れに敏感に反応する魔獣
ただ弓矢を射るだけでは絶対に仕留められない存在。
グレンさんが低く呟く。
「……距離は大体四十メートルか。」
ロベルも小声で僕らに語る。
「運がいいな、見れるだけでも珍しい」
それを聞いたアルが息を呑む。
「あれを狩るのか?」
「いや、無理だ」
ロベルが即答した。
「普通は罠だ、それも狙って罠にかける事はないし捕まえられたらラッキーだ」
グレンさんが同意し補足説明をしてくれる。
「矢じゃ当たらん。風を操り、風を読むからな」
その言葉を聞きながら、僕は少し考えていた。
「...風を読んでるんですよね?」
グレンさんがこちらを見る。
「そうだ」
「じゃあ....風魔法で.....」
「……なにぃ?」
その瞬間、皆んながこちらを見てきた。
アルとロベルが同時に振り向く。
グレンさんは無言で訝しげに僕を見る。
「やってみても良いですか?」
僕は静かに矢をつがえ弓を構えた。
静かに弓を引き、風の流れを感じる。
右から左へ。
弱い上昇気流。
それを少しだけずらす。
ほんのわずかに。
ウィンドホーンの耳が動いた。
警戒。
次の瞬間。
「風よ導け−−− Laser Vind」
風に流して、矢を放つ。
矢は本来の軌道から逸れ風に沿って舞う様に。
目標に吸い込まれる様に獲物へ向かった。
命中。
ウィンドホーンがよろけて崩れ落ちた。
沈黙。
森が完全に静かになる。
誰も動かない。
「……え?」
最初に声を出したのはロベルだった。
「今の……当たったのか?」
アルも目を丸くしている。
「え、何今の?」
グレンさんは一歩前に出た。
こちらを見る。
そして静かに呟く。
「お前、今の魔法か」
僕は頷きながら肯定する。
「...はい、風を少し変えただけですよ?」
再び沈黙。
誰も何も言わない。
グレンさんが低く息を吐く。
「……ウィンドホーンは最低でも金貨八枚分だぞ、あれは....」
ロベルが後ろで小さく呟く。
「いや、意味わかんねぇ」
アルはなぜか少し興奮していた。
「すげぇ……」
僕もよく分かっていなかった。
ただ、いつも通りやっただけだった。
でも、周りの空気は明らかに変わっていた。
森の静けさの中で皆んなが僕を見ていた。
まるで僕が過ちを犯したような気分だった。




