九話 六月三十六歳《商業都市への旅》
薄明に包まれた村の中、村の入口には一台の荷馬車が止まっていた。
荷台には商業都市へ運ぶ荷物が丁寧に積み込まれており、その傍らには鎧姿の男が二人。ロベルの父であり領兵小隊長のローランさんとその部下ニールさんだ。
「父さん!紹介しとくよ。この子がヴィリ、んでこっちは...って父さんは知ってるか」
「ニールさん、こっちはアル」
ロベルが一歩前へ出て二人に僕らを紹介してくれた。僕らを静かに見渡した後ローランさんは穏やかに頷いた。
「話は聞いている。護衛中はよろしく頼む」
「ヴィリアルです。よろしくお願いします」
(この人はなんだか...品があると言うか堂々としててなんかカッコいいなぁ)
僕はロベルのお父さんを見て自分の中のなりたい大人像が見えた気がした。
僕とアルは揃って頭を下げる。すると僕が視線を逸らした隙にロベルが悪戯っぽく笑っていた。
「そういえば父さん、ヴィリって俺より年上なんだ」
「……そうなのか?」
「今年三十六歳」
一瞬、空気が止まる。
「「……は?」」
ローランさんとニールさんの声が見事に重なった。
「...そうか、君はエルフだったね」
「あ、はい、そうです」
(.....え、紳士的だ!)
僕はローラン達を尊敬の眼差しで見ていると二人は何度も僕とロベルを見比べていた。
「エルフってのは本当に不思議だな……。」
その言葉に皆が笑い、和やかな雰囲気のまま旅は始まった。
商業都市までは馬車で約五日。前回マルロさん達が森に迷い込んでしまったのは魔獣を発見して迂回しようとしたら森に迷い込んでいたらしい。
なので今回からはローランさん達、領兵の護衛がつくことに決まったと説明された。
道行は草花が轍を避けるように生えている。山吹色の花が下風に撫でられる平原を抜け、揺蕩う水草と自由に泳ぐ小魚が陽光を反射し煌めく小川を渡る。ときに小さな森の中を進んだ。
僕は道中の景色を見回し目に焼き付けるように堪能した。
昼は馬車を止めて食事を取り、夜は焚き火を囲んで順に寝る。狩りは禁止されていたため、移動中は自然と会話が増えた。
「ロベルは今でこそしっかりして来たが小さい頃は落ち着きがなかったな」
「五歳の時なんかは、大木に登って降りられなくなってな」
ローランさんが馬に跨り、昔を懐かしむ様に笑う。
「やめろよ父さん!」
「最後は泣きながら助けを呼んでたな」
「だから、もういいって!」
「今も似たようなもんだよな!」
ロベルの静止を聞かず語り続けるローランさんにアルが茶化し腹を抱えて笑っている。
「ロベルくんにもそんな頃があったんだな!」
ニールさんまでロベルを見つめて笑い出す。
ロベルは耳まで真っ赤になりながら抗議していたが、その姿がおかしくて僕も思わず笑ってしまった。
賑やかな旅は順調に続き、五日目を迎えた。
日が昇り切ろうとしている頃、先頭を歩いていたローランさんが突然足を止めると、その表情が鋭く変わった。
「……待て」
全員が止まり、葉擦れの音に耳を澄ます。
風に混じって遠くから金属のぶつかる音が鼓膜に触れる。怒号や馬の悲鳴、そして魔物の咆哮。
「戦闘だ!急ぐぞ!」
ローランさんが短く告げて馬を走らせ、僕らも後を追う様にして馬車を走らせる。
森を抜けた先に広がっていたのは、凄惨な光景だった。
数台の馬車が横倒しになり、護衛らしき騎士たちが必死に剣を振るっている。
その周囲には巨大なトロールが三体、さらに十五頭ほどのダイヤウルフが群れを成して襲いかかっていた。
「三星級が三体だと……援護する!」
険しい表情のローランさんが剣を抜き放つ。
僕は返事をするより先に弓を矢は番えずに構えていた。
弓へ魔力を込め詠唱を始める、狙いは敵集団の少し上空。
「轟雷よ彼の者を縛れ―Thunder Rain!」
雷属性の魔力が弓に集まり矢を形成すると青白い光彩をチカチカと放つ。
詠唱終了と共に矢を空へ放つ。
ギャシュッ――!
次の瞬間、空一面へ雷光が走った。
無数の稲妻が花びらのように広がり降り注ぐ、雷鳴がダイヤウルフとトロールを次々と撃ち抜く。
「Gwauauauaaa!」
「Glaoauawawaa!」
身体を走る電撃に魔物たちの動きが一斉に止まる。騎士たちも思わず空を見上げた。
「行きます!」
僕はショートソードを抜き、トロールに向けて一気に駆け出す。
すり抜けざまに痺れて動きの鈍ったダイヤウルス数匹を処理する。
首。
喉元。
首。
父から教わった通り、急所を狙って剣を振るう。
「っロベル!アル!一緒にダイヤウルフを頼む!」
「おう!」
「任せろ!」
ローランさんが指示を飛ばし、ニールさんも加わり、群れへ突撃した。
その時だった。
「ハハハ!」
爽快な笑い声が戦場へ響く。
この場に不釣り合いな笑い声に振り向くと少し離れたところで四本腕の巨人が四本の剣で舞う様な戦いをしているのが見えた。
「やるなぁ!坊主、こっちも負けはいられんな!むっ!」
その刹那、大剣が一閃。
剣舞の相手をしていたはずのトロールの巨体が真っ二つになった。
「なっ……!」
思わずその光景に瞠目する。
四腕の剣士に気を取られていると二つの影が突風のように駆けて行った。
「ガキンチョのくせにつえーな!」
「褒めてる暇があるなら、自分の獲物に集中しなさい!」
その風の正体はウェアウルフの二人の女性だった。
息の合った連携。二人の剣が交差した瞬間、もう一体のトロールが崩れ落ちる。
その光景を横目に僕も最後の一体へ到着し左手をかざした。
「獄炎よ、彼の者を焼き尽くせ──Inferno!」
「Gubwooooooー!」
突如発火し燃え盛るトロール、しかし倒れることはなく業火から逃れる様に這い出たのを見て驚愕する。
(え!コレでも倒れないのか、じゃぁーもう少し絞って.....)
燃え盛る炎を背に僕に向かって来るトロールに再度左手をかざす。今度は魔力を多めに、そして絞って放つ。
「獄炎よ、彼の者を焼き尽くせ──Inferno─Pillar!」
「Vrwaaaaaaah―!!」
今度は轟音と共に地面から巨大な火柱が噴き上がる。
業火はトロールを包み込み、その威力によって魔石が砕かれたのか業火に紛れて消滅の時の燐光が見えた。
(おー凄い威力、、火力が上がるとは思ったけどこんなに勢いがいいとちょっと怖いなぁ)
熱風が戦場を吹き抜け魔法で作り出した炎の柱が消えると同時に静寂が訪れた。
少し離れた場所では、ロベルたちも最後のダイヤウルフを倒し終えていた。
「ヴィリ!」
ローランさんが僕の名を呼び駆け寄る。
「無茶をするな!一人で前へ出過ぎだ!」
「……すみません」
心配させたことを素直に謝罪し頭を下げる。すると近くに来ていた四腕の巨人が愉快そうに笑った。
「さっきの小僧、腕は良いが怒られてやがるぞ!」
彼は僕に近づき肩を軽く叩く。
「俺はフォーだ、坊主ランクはいくつだ?」
「ランク?」
初めて耳にする単語に僕は小首を傾げる。
(もしかしてこの人達がアルの言う冒険者の人かな?)
「僕はまだ冒険者じゃありません」
僕の回答が想定外だったのか三人の動きが止まった。
「……はぁ?冒険者じゃないだぁ?」
「今の強さでですか?」
僕が困っていると、鎧姿の護衛騎士が近づいて来て深々と頭を下げる。
「皆様、助太刀いただき感謝します」
「こちらの馬車には宰相閣下とエイルド子爵がお乗りでした、皆様のおかげで命拾いしました」
騎士さんは一通の紹介状を僕に差し出し、同じものをフォーさんにも手渡した。
「商業都市へ着かれましたら、ぜひお訪ねください、閣下も改めて直接お礼を申し上げたいと仰っています」
僕は両手で紹介状を受け取り、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。フォーさんたちもまたお会いできたらよろしくお願いします」
僕が冒険者ではないと言ってから難しい顔で黙り続けるフォーさん達に別れの挨拶を告げて逃げるようにその場を離れた。
◇
ヴィリ達が魔獣と戦っている場所から少し離れた森の影で一人の人物、ピクシーの少年が戦況を傍観していた。
雷が空を裂き、増援が戦場に到着する。
「なんだなんだ?」
その人物は次々と片付けられてゆく魔獣を見て困惑していた。
「なんだよ?アイツら、あ!...」
炎が大地を焦がし、魔獣たちが倒れていく。
「ちっ!邪魔だなぁー」
やがて魔獣は掃討されされ談笑し出すヴィリ達
「くっそ〜........」
「はぁーまぁ、今回のが弱かったってコトだなぁ」
その者は我慢する様に、やがてため息を一つだけその場に残して振り返る。
気持ちを切り替え呪文を唱えた。
「彼方へ繋げ──World Step!」
その言葉を最後に、その者の姿はフッと揺らぐ。
次の瞬間には森から完全に姿を消していた。
風だけが静かに吹き抜けていく。
◇
僕にとては長い旅を終え、ようやく商業都市エイルドへ到着した。
都市を囲む巨大な外壁、何本もの見張り塔。
門の前では次々と馬車が出入りし、人々の話し声が絶えない。
「すごい……。」
思わず言葉が漏れる。
これまで見ていた村とは比べものにならない。街というより別世界のように感じた。
門を抜けた瞬間、耳へ飛び込んでくる音が一気に増える。
露店の呼び込みに子供たちの笑い声。
工芸屋さんか何かの槌の音色に荷車を引く車輪の音。
どこを見ても人、人、人。
人間や色んな種類の獣人。
少数だけどブラウニーやレプラコーンに巨人も見える
匂いも里や村と違う。
焼きたてのパンや鼻をかすかに刺激する香辛料の匂い。
果物に革に鉄の匂い
色々な匂いが入り混じっていた都市の香り。
(すごいすごい!あ、あれは何だ⁈)
「さて」
周りに目が奪われているとマルロさんが荷馬車を止めた。
「俺たちは商業ギルドへ行って荷物を納めてくる。終わったらいつもの宿へ来いよ、今晩は一雨降りそうだからな!」
「はいよ!」
マルロさんの言葉に空を見上げると南の空には雨雲が集まっている。確かに今日は雨夜となりそうで明日に残らないでと願ってしまった。
「私達もマルロさんについてギルドまで行った後、この都市の兵舎に報告に行かねばならん。夕方までには戻る」
そう言ってローランさんたちは大通りを歩いて行った。
大人たちを見送ると、アルが大きく胸を張る。
「じゃあ、今日は俺が商業都市エイルドを案内してやる!」
「俺も何度か来てるから案内出来るぞ」
ロベルもアルと一緒に案内を買って出る。
「まず、ここはエイルド子爵様の領地なんだ」
「俺たちの村も、このエイルド領の領地でアインっていう名前なんだぜ」
「え?」
ロベル、アルの説明に僕は思わず立ち止まった。
「今知ったの?」
僕の反応に二人が笑う。
僕は今まで『アルたちの村』としか思っていなかった。
アイン村。初めて知った最初の村の名前だ。その後も二人は街の説明を続けてくれる。
どこが商業ギルドで。
どこが冒険者ギルドで。
市場があって、噴水広場があって、劇場があってと。
でも――。
僕の耳には半分も入ってこなかった、目に映るもの全てが新鮮だったからだ。
見たこともない果物に色鮮やかな布。
異国の服を着た人や耳や尻尾の違う獣人。
吟遊詩人の歌声と大道芸人が盛り立てる楽しげな歓声。
左見右見と、僕はまるで夢の中を歩いているようだった。
気が付けば日の入りの時刻を迎えており空を漂うまばらな雨雲が綺麗な茜色へと変わっていた。
「今日はこのくらいかな」
「全部回るには一日じゃ足りないし、また今度来た時に案内してやるよ」
「…うん」
ロベルの言葉に後ろ髪を引かれる思いで頷いた。
夕暮れと共にポツポツと降り始めた夕立に三人急いで宿へ向かった。
宿に向かう途中、路地裏が目の端に留まった。
そこは昼間の賑わいとは別世界のような場所だった。
壊れかけた小さな小屋。
薄汚れた布。
座り込む人。
小雨を避けて奥に駆けてく子供たちの姿もある。
「……あそこは?」
思わず足を止めて尋ねると、ロベルが少しだけ困ったように、寂しそうに答えた。
「スラム街....大きな街には、ああいう場所ができるんだ」
「村を追われたり、家族を亡くしたり、居場所がなくなった人たちが集まる場所…」
そこはさっきまで賑わっていた街の輝きと対照的に街の影を作り出しているようだった。
しばらく目を逸らせずに眺めているとその先で壁にもたれ掛かるようにしていた一人の子供が力無く、そっと倒れた。
「!」
「ヴィリ!」
おもわず駆け寄り抱き起こす。二人の声が聞こえたが僕の足は止まらなかった。
「大丈夫ですか!?」
咄嗟にその言葉しか出て来なかった。
抱き寄せたその子の身体は同じくらいの背丈なのに、とても細くて信じられない程に軽い。
着ている服は洗濯が出来ないのかボロ布と化し、少しばかり異臭を放つ。
髪も煤汚れておりゴワゴワしている。
その子ども自身も唇は乾きひび割れ血が滲んでいる。
身体のところどころに泥が付き擦り傷も負っている。
僕が慌てて抱き起こしたからか突然暴れ出した。
「いや!話して!」
声を聴いて女の子だと気が付いた、その子の発した掠れた声はとても、か細く僕を拒絶した。
「.....それ!.....っん!」
震える腕で僕を振り解こうとし、鞄を見つけて必死に掴もうとする。
なりふり構わず、生きることに必死なその姿を見た瞬間、僕は今まで感じたことの無い程に胸が苦しくなった。
「…ごめんっ大丈夫…大丈夫だから…」
暴れるその子を傷つけないよう、そっと抱き留めると小さな身体は震えていた。
その子の身体は怖いほどに痩せこけ骨張っており何かの拍子に崩れてしまいそうだった。
微かにその子の温もりが伝わってくると、胸の奥が締め付けられるようにとても苦しくなった。
目に熱を感じた、喉も何かが込み上げてくる。
気付けば僕は涙をこぼして抱き留めていた手を緩めていた。
その子は突然涙を流す僕を見て微かにたじろぐとやがて力尽きるように意識を失った。
◇
柔らかい...温かい
久方ぶりの感覚に瞳を開けると、
(ベッド……?)
慌てて身体を起こすと、そこはわたしの知らない部屋だった。
(どこ⁈...攫われた⁈)
何もわからず怖くなり逃げようとした。
その瞬間、部屋の隅にいた少年が立ち上がる。
「誰!」
思わず叫ぶと少年は困ったように笑って落ち着いた声色で答えた。
「昨日、お前を路地裏で見つけてヴィリが連れてきたんだ」
「……ヴィリ?」
知らない名前。少年はわたしの側の床を指差す。
「昨日、お前を助けて泣いてたソイツだよ」
少年を目の端に捉えつつ視線を向ける。ベッドへ片手だけ乗せたまま床で眠る昨日の子がそこに居た。
存在を確認してゆっくり距離をとった。その時だった。
「……ん。」
その子が目を覚ましわたしを見るなり飛び起きた。
「あ!起きたの⁈身体は大丈夫?痛むところは無い?」
わたし達の話し声で目覚めたヴィリという子はわたしの手を取り優しく温かな両手で包み込む。その表情はとても心配してくれる。
「君名前は?…どこにも行く所がないなら僕と一緒にいよう…?」
孤児となってから向けられなくなった優しい笑み。
わたしに向けられた善意の籠ったその金色の瞳を見た瞬間。
満たされたように胸の中がいっぱいになった。
嫌じゃないに。
悲しくないのに。
それなのに。
わたしの両目が壊れたように、涙が流れて止まらなかった。
◇
翌日の早朝には雨が止み、僕はアルと一緒に街へ出て着替えや生活用品を買い揃えていた。
孤児は落ち着きを取り戻し、僕の提案を静かに受け入れてくれた。
歩きながらアルがぽつりと言う。
「ヴィリ...なんか、ごめんな」
「え?」
アルが突然、謝り始め困惑してると続けて
「お前は綺麗な景色を見たかったんだろ?なのに最初に見たのがあんな場所でさ……」
歩きながらアルの謝罪に首を横に振る。
「アルが謝ることじゃないよ」
「でもさぁ……」
やっぱりアルは責任を感じているようだった。
「確かに全然良い景色じゃなかったけど、本当の世界って綺麗な場所だけじゃないと思うんだ。だから知れて良かった」
アルは黙って僕の言葉の続きを待っていた。
「あの子を見て放っておけなかった。それで思ったんだ、僕が世界を旅してその途中であの子みたいに辛い思いをしている人がいたらその人の居場所を一緒に作ってあげたいって」
僕の気持ちをアルに打ち明けるとアルはしばらく呆然としていたが、やがて大声を出して笑い出した。
「ふっ!あはははは、それ良いな!俺の憧れの英雄みたいじゃんか!」
「はは!そうかもね!手伝ってくれるの?」
僕も釣られて笑い出し、少し冗談めかしてアルに問う。そしてアルは自らの胸をトンと叩いた。
「あぁ!もちろんだ!」
旅をする理由は変わらない。
世界を見たい。
でも、その旅で誰かの居場所になれたなら。
僕の「世界を見たい」という夢に、新しい願いが一つ加わった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
前回戦闘の機会があればと話していたと思いますがやはり魔法で終わらせてしまいました。
今度こそは挑戦してみたいと思います。
どのキャラクターも私は好きですが、ようやくまた一人登場してくれて嬉しく思います。
引き続きお話を書いていきますので皆さんの好きなキャラクターが見つかる様に魅力ある人物に描けるように精進致しますので暖かく見守って頂けたらと思っております。




