十話 八月三十六歳《神獣ミルス》
短いけど夢のような旅だった。
商業都市エイルドでの日々は振り返ればあっという間で、けれど僕たちを少しだけ成長させてくれた。
そして今、僕たちはエルフの里、僕の故郷”ミーミル”へ戻ってきた。
森をめぐる軟風が薫りを運び。
常盤木の花木は変わらず里を彩り。
無数の木漏れ日がどこか静謐な森を作り出す。
旅立つ前とただ一つ違うのは、ここへ戻ってきたのが「旅人としての僕たち」だということだ。
今回里に戻ってきたのは僕だけではない。
アルとロベルも一緒に来ている。
二人は成人まであと一年余り有るらしく、僕の故郷で同じ訓練をして過ごすことにしたのだ。
そして他には孤児だった女の子で今年十六歳のエレナとその弟、今年十歳のカイも居る。
エレナが起きてすぐにカイの事を心配していたのでエレナをロベルが背負いカイを迎えに行ったのだ。
彼女達兄妹は僕が預かる事になっているので療養もかねて一緒に故郷に連れて来た。
初めてエルフの里を観たロベル、エレナ、カイは息を呑みそれぞれあたりを見回していた。
エレナは不安そうに僕の袖をつまみ、反対の手でカイの肩を抱いていた。
カイは笑みを浮かべて眺めている。
「ここが……エルフの森?」
エレナの小さな声が耳に届く
「うん。僕の故郷だよ」
ロベルは腕を組みながら周囲を見渡し、アルは今回で二度目だからか落ち着いていた。
「すげぇな……空気が違う」
「そうだろ!俺も初めて来た時は興奮しっぱなしだったぜ!」
二人のやりとりに傾聴し雑談を楽しみながら、まずは父の元へ向かった。
家に入ると、父はすぐに僕たちを見つけて歩み寄る。
「ヴィリ……戻ったか」
「うん」
僕は一度深呼吸をしてから父に打ち明けた。
「父さん。……僕やっぱり外の世界を見てくるよ」
一瞬、父が悩ましげに押し黙る、けれど父は驚くほど落ち着いていた。
「そうか」
それだけだった、そして窺うように少しだけ目を細める。
「そちらの者達は?」
「紹介するよ.....」
僕は先ずロベルを紹介し村で経験したこと、エレナ達を紹介し商業都市でエレナ達兄妹と出会った事を話した。
「お父さんが言ってたみたいに世界は良いところだけでは無かったよ。でも...だからやりたい事も見つけたんだ」
世界を見たいと思った他に、エレナ達兄妹のような子の為に自分ができる事をしたい。
そう思ったことを父に話した。
「ならば、準備をしましょう」
そう言うと父は立ち上がり先ずはエレナ達兄妹を空き部屋へと案内した。
父は別室に移動して二人の不安げな様子を見ると静かに頷き、二人に向けて優しい声で伝えた。
「ここは安全です。安心して休みなさい」
エレナは小さく頭を下げ、カイはぎゅっと僕の服を握った。
「またすぐに来る?」
「もちろん、少し待っててね」
僕はそう答えて一度部屋を後にした。
そのまま台所に向かい夕食の支度をしていた母とブラウニーのエマに声をかける。
「ただいま」
「ヴィリ!帰ってたの?」
「坊ちゃん!お帰りなさい!」
母とエマにただいまの挨拶を済ませて、エレナとカイと出会い保護したことを二人に説明。
エマに二人のお世話をお願いする。
「−というコトで弱ってるエレナとカイのお世話をお願いしても良いかなぁ?」
「そういうことならエマに任せるのですよ!坊ちゃんのお世話もエマがしていたのですよ!」
小さい体で腰に手を添え、胸を張り、お安いご用意だと請け負ってくれた。
「お願います。僕もお手伝いするけど、あと二人連れて来てるからそっちを案内してくるね」
エレナとカイをエマに任せて僕はアルとロベルを連れて族長の元に四人の滞在許可を貰いに行った。
二人は真面目な顔で礼儀正しく族長に挨拶をして無事滞在許可も貰えた。
族長への挨拶を終えてアルとロベルを僕が毎日訓練をしていた広場へと案内した。
「お前の住んでた里って、思ったより広いな」
「まぁ、そうかも?」
緊張が解けてきたロベルは不意に呟く。
アルはすでに走り回りそうな勢いだった。
「よし!修行だ修行!」
その日の夕方、みんなで食卓を囲んだとき、静かに父から告げられた。
「ヴィリ、成人の儀を行います」
「成人の儀……?」
「本来ならば百歳を迎えて行いますがお前が旅に出るならば正式に終えておくべき事です」
こうして、数日後、僕は試練に向かうことが決まった。
翌日、アルとロベルをケンタウロスのエイクさんに紹介しそのまま二人はエイクさんに鍛えられる事になった。
「甘い!もっと足を使え!」
広場に響く声と、木剣のぶつかり合う音。
ロベルは汗だくになりながらも何度も立ち上がり、アルは歯を食いしばって食らいついていた。
その姿は、ただの「友」から「戦士」になりつつあった。
◇
儀式当日の早朝、森の奥にある異界への入り口。
そこには色とりどりの花樹が絡み合う大きなLiving Archが立っていた。
まるで生きているかのように、花々が風を受けて揺れている。
「行ってくるよ」
僕は振り返ってみんなに声をかけた。
エレナが小さく手を振り、カイが心配そうに見ている。
ロベルは静かに頷き、アルは親指を立てた。
父はただ一言。
「頑張って来なさい」
僕は向き直ってアーチをくぐった。
瞬間、目の前が暗転する。
◇
白く深い霧――
上下の感覚が曖昧などこか――
やがて足元に確かな地面を感じ――
そこは木々の生い茂る清涼な森の中―
視界が広がると木々は歪に生えて―
どの木々もガサガサな肌触りで大きな棘を有して―
赤、ピンク、オレンジ、青、白、無数の色の花―
一つひとつが無数の花弁を八重咲きさせている
禍々しさすら感じる木々のあちこちに咲き誇る美しい花に僕は思わず深く息を吸う。
「はぁー」
ため息を一つ、里でも感じるどこまでも澄んだ空気似ていて声が漏れ出る。
僕は棘に気を付けながら歩き出し―
森を歩くのは慣れているが疲れも感じない、不安もない、ただこの先を歩く―
森を抜けると、そこには色とりどりの花が咲き誇る広大な丘、遥か先には切り立った山々が雪化粧を残して聳え立って――
ただ美しくいつまでもここに居たい―
しばらく景色に見惚れてていたが目線を落として花を見――
見た事もない可憐な花が咲いて―
腰を下ろして観察すると黄色い花弁は薄く透き通っていて見る角度で緑にも紫にも見える
花に見惚れていたが目線を上げるといつの間にか切り立った山脈に立っていた。
雲しかないほどに高く周囲に在るのは岩と僅かな草が生えるのみ。
山脈を歩いていると黒くゴツゴツした岩の影に小さく可愛らしい真っ赤な花―
腰を下ろして観察すると霧で湿った葉は細かい起毛を有し表面はキラキラと――
花の方は真っ赤な花弁に真ん中の雄しべと雌しべは黄色く控えめに咲いて―
花を見ていると不意に目の前が暗くなる
顔を上げると夜の帳が下りていた。
満天の星々は大小さまざまに星彩を放ち見た事のないほどに光り輝いて―
宙に呑まれるような凄まじい光景に――
ただ茫然と眺めていた―
とても感動して言葉も出ない
しかしなぜか胸がざわつき。
何が心に引っ掛かる。
「違う....」
いつまでもここに居たいと思う、けど居て良いとも思えない。
何かをしないといけない、何かを、誰かと約束した気がする。
目線を落とし考えているとまた景色が変わっていた。
ただ真っ白な場所
そこには扉が二つ
一つは扉が開かれ、丘と僕の見た事のない大きな湖、”海”が見える。
もう一つは閉じられているが僕はなぜか知っていた。
一つ目はこの世界の扉、さっきの続きが僕を待っている。
もう一つの扉はこの楽しい世界の終わりだ。
迷わず扉を選んで僕は進んだ。
扉を開けて世界を選んだ。
◇
「ん、ここは....?」
目を覚ますとそこは深い森の中だった。
今さっきまで何か見ていた気がするけど頭の中に霧がかかって思い出せない。
不審に思いながら森を観察すると少し先に泉が見えた。
木々を避けて泉に向かうと花々に囲まれた大きな泉があった。
泉に近づき中を覗くとキラキラ瞬く大小さまざまなな色とりどりの丸いガラス玉が沈んでいた。
「うゎー綺麗ー!」
そう言葉が漏れた瞬間、目の前の水面に影が落ちる。
なんだ?と思い顔を上げた。
白いく長い巨体、僕と同じ金色に輝く瞳。
白い龍、いや――大蛇。
龍と見紛うほどの大きさと神々しさすら感じる角のように尖り発達した顔の周りの鱗。
だが不思議と、恐怖はない。
「よく試練を乗り越えた」
低い声が鼓膜に響く。
「え?」
試練とは?目の前の大蛇が言い出した事に疑問を感じた。
僕はさっき試練を受けに異界に入ったはずなのにすでに試練は終わったのか?
「あのー乗り越えたってどういう事ですか?」
「すまんが我の試練は”夢”その者の願望を体験させて選ばせる。そのままの心地の良い夢を選ぶのか夢と気付き現実を選ぶか」
「はぁ、夢ですか」
大蛇さんの説明を聞いて何のことかさっぱり分からず生返事で返していた僕に大蛇さんは蛇なのに笑いながら教えてくれた。
「ふふっ、覚えていないのも当然だ。何せ夢なのだからな。お主は試練を見事乗り越えて我の前に現れた、契約しようではないか」
コレが成人の儀なのか?と思いながら話を聞いて一つ気になり尋ねてみた。
「大蛇さんはただの精霊とは違うように思いますが今まで誰も試練に合格しなかったのですか?」
試練に合格出来なかった人達はどうしたのかと尋ねると大蛇さんは優しく教えてくれた。
「今まで試練を乗り越えられた者も居たが遠い昔に一度だけだ、その後、受けても乗り越えられる者がおらずその者達は夢から覚めるとお主と違い、ここではない精霊の棲家に飛ばされて精霊と契約する」
よく出来た試練だなぁと感心していると大蛇さんにせかされた。
「では、契約を」
「あ、はい」
間の抜けた返事を返すと大蛇さんが近づき僕に触れた。
「我はミルスというこれからよろしく頼む」
「あ、僕はヴィリです。こちらこそよろしくお願いします。」
挨拶を自己紹介と共にした瞬間、視界が白く深い霧に覆われた。
◇
気付けば僕は元の場所に立っていた。
花のアーチの前。
仲間たちがこちらを見ている。
「ヴィリ!ロベルが!」
アルが駆け寄りながら叫んでいる。
みんなを見回すとロベルはその場に居なかった。
▲
ヴィリが成人の儀とやらを受けるらしい。
俺――ロベルとアル、エレナ、カイでヴィリの試練の見送りに来ていた。
場所は精霊の棲家の異界の入り口
森のトンネルの様な所だった。
「行ってくるよ」
ヴィリがそう言って振り返った。
一人づつの顔を見て向き直り歩き出した。
ヴィリが入り口を潜る。
次の瞬間、
ヴィリが消え、俺の目の前が白く弾けた。
◇
目が覚めるとエルフの森より深い森に居た。
さっきまでと違う空気、見渡す先はずっと先まで森が深く、木々の緑も濃い、誰の気配もしない。
「ど.....どこだ?ここ⁈」
自分に何が起こっているのかわからずその場で当たりを見回す。
木々は高く、根は地を這い、苔が岩を覆っている。
そして背後には――洞窟。
「っ!とりあえず動き回らない方がいいか」
嫌な予感がする時ほど、変に動くのは危険だ。
(洞窟の安全確認だけはしておこう)
そう思い洞窟へ足を向けた。
洞窟内は湿っていた。
水滴がぽたぽたと落ち、岩肌を伝って流れている。
足元には大きな石が転がり、奥へ行くほど空気が冷えていく。
足元と頭上を確認しながら慎重に進む。
そこで見たことのないような景色が映り込んできた。
綺麗な水源と天井が崩れ、陽の光が差し込む開けた空間。
苔むした岩の間から水が湧き出し、自然に出来たそれは大自然の滝と滝壺を小さくしたようだった。
「何だよここは....」
言葉が続かない、見惚れていた、その時。
水源の影から何かが動いた。
「グェ」
人の腕くらいの大きさのトカゲが姿を現した。
反射的に剣を抜く。
「な⁈こんな所に魔獣が!」
腰に下げていた剣を抜き油断なく構える
(エルフの里の中だと思いたかったけどやっぱり違うみたいだ)
トカゲ魔獣と距離を測りながら出方を伺う。
「グェ」
トカゲ魔獣は俺を見ているが警戒していない様だ。
すぐには襲って来ないらしい、ジリジリと間合いを詰めて一撃で仕留められる位置まで移動する。
「グェグェ、」
トカゲ魔獣は全く警戒してない。
もうすでに剣が届く距離だ。
「グェ」
呑気にこちらを見て鳴いている。
「...マジでなんなんだよ!」
俺は剣を下ろした。
気が抜ける。
一応トカゲと距離を置き水源近くの岩に腰を下ろした。
◇
落ち着いてきたが冷静になっても意味がわからなかった。
今、把握出来ているのは―
―ここはどこかわからないエルフの森とは違う場所
―綺麗な水源...あと肉付きの良いトカゲがいるだけだ。
長期戦にもなるかも知れない。
そんな事を思いながら自分の荷物を確認する。
手持ちに有るのは村を出る時、持ってきたロングソード
解体用ナイフ
後は今朝見送りに向かう時にヴィリがくれた小さな木の実だけ。
(.....アイツがくれたやつか)
ヴィリの顔が一瞬浮かぶ。
(森で食料がなかったら、そこのトカゲを食べるか)
自嘲気味にそんな事を考えていた時、トカゲが近づいてきた。
「グェ!ググェ!」
一瞬警戒したが目線が木の実に向いている。手に持っていた木の実が欲しいのか?
「何だよ!腹減ってんのか?」
(俺はおまえを食べようと思ってんのに警戒心ゼロかよ)
何もわからない状況に苛立っていたのか。
心の中で魔獣に悪態をついていた。
「グェ〜」
「ほらよ!」
呑気なトカゲに木の実を放るとゆっくりした動きで木の実を食べ始めた。
(ノロいなぁ〜コイツ、こんな森でどうやって生きてきたんだよ)
その後もグェ〜グェ〜と泣くたび木の実を放っていた。
◇
「あはははは、ホントノロいなお前!」
気付けば手に持っていた木の実を全て放って最後の一つまで放っていた。
ゆっくり動き、食べる仕草は妙に愛嬌がある。
よく見ると顔までツボにハマっていた。
最後の一つを食べる様子を見て笑っていた。
視線を戻すと姿がなく、慌てて視線を彷徨わせる。
気付けばトカゲは足元まで来ていた。
「っな!」
油断した。
得体の知れない魔獣に俺の食べ物をエサとして全て与え、おまけに噛まれる距離まで気付かなかった。
毒で死んでも仕方がない。
瞬く間に自分の失態、反省点が頭をよぎる。
そんな事はお構いなしにトカゲは前足で俺にふれた――
◇
「ロベル!」
また意識が飛んでいたのか気がつくとヴィリを見送った場所に尻もちをついていた。
声のした方を見るとアルとヴィリとエレナとカイ、それとヴィリの親父さんが駆け寄って来ていた。
(何だったんだ⁈......ゆめ?、夢でも見ていたのか?)
自分の状況がわからずそのままの姿勢でいると横から声がして誰かが俺の”手に手”を重ねて来た。
「グェ」
「ひっ!!!!」
◇
後でヴィリのおじさんが教えてくれた
俺が居たところは精霊の棲家の異界で、俺がトカゲと思っていたのはリーヴというサラマンダーの
精霊だったらしい。
自然回復能力が抜群に高いらしく水、火、雷の化身。
能力は契約者にも影響するらしい。
そして俺はコイツと精霊契約が出来てるらしい。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
今回は夢についてたまに見る自分の夢を参考に頑張って書いてみました。
夢とは見方によっては気分を害するか不安になりながら書きましたがどうでしたか?
口直しにロベルのお話はその分クスッとなる様に書きました。
楽しんでもらえていたら幸いです。




