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十一話 九月三十六歳《それぞれの日々》幕間

 ヴィリくんの故郷にカイとお世話なり始めて一ヶ月程過ぎた。

 始めは不安でカイとくっつけていることが多かった。

 それでも皆さん優しくて、特にヴィリくんの家の家事をしているブラウニーのエマさんにはすぐに慣れた。

 『何か足りない物はないのですか!』

 『ご飯をもっと食べるのですよ!』

 『早く元気になると良いのですよ!』

 ――と言った様にいつも元気に声を掛けてくれる。

 小さくてカイと同じくらいの年の子に見える。

 なのに今年で六十歳だと聞いてヴィリくんの歳を聞いた時以上に驚いた。


 最近ようやく身体に力が入る様になって来た。

 そんなある日、エマさんが里の案内をしてくれると言うのでカイを連れて三人で里の中を歩いていた。


 来た時は緊張と不安しかなくて気付かなかった。

 ここは深い森の中なのにとても澄んだ空気が満ちていている。

 居るだけで力が湧いてくる様だった。

 里の雰囲気も街とは違う、静かだけど賑わいを感じ、優しい雰囲気が溢れていた。


 「こっち方は試練の間と言って精霊の棲家があるのですよ!」


 道の途中でエマさんが指を指す。

 この前ヴィリくんとロベルくんが入った試練の間がある。里に来てすぐの頃、見送りに来たけどしっかり見れていなかった。


 エマさんに案内され進むと綺麗な花が沢山咲いた木のトンネルがある。


 「うわぁ!すご〜い!」


 わたしの隣りで今にも走り出しそうなくらい元気になったカイ。

 この場所が気に入ったのか飛んで喜んでいる。


 そんなカイを見て突然涙が出そうになった。



 故郷が魔獣に襲われてカイと二人で逃げ延びた。

 街では誰も手を差し伸べてはくれず。

 わたし達は孤児となった。


 お金も働き口もなく。


 たまに施しを貰えても育ち盛りのカイに全てあげた。


 お腹が減って。


 カイにご飯を上げたくて。


 フラフラになりながら街を歩いてた。


 裏路地の片隅で動けなくなったわたしを抱き起こし、カイと生きる為に必死だったとはいえ荷物を奪おうとしたわたしを咎めず救ってくれた。


 服も、ご飯も、家も与えてくれた。


 ヴィリくん達にどうしようもないくらいの感謝とこんな何も出来ないわたし自身に強い憤りを感じる。


 何が返せるのか、どう返せば良いのかわからない。


 「おねえちゃん...」


 感傷に浸るわたしに気が付いたカイが不安そうに手を握る。

 わたしはその場で屈みカイと同じ目線になる。


 「ごめん、大丈夫…もっと見て回ろっか」


 カイの手を握り約束する。

 カイが笑顔で返事をしたのを見て立ち上がり静かに見守ってくれていたエマさんにお礼をする。

 「すみません...案内の続き、お願い出来ますか?」

 「良いのですよ!まだまだ自慢の場所があるのですよ!」

 「はい、お願いします」


 エマさんがいつもより元気に案内を再会してくれる。そんなエマさんに歩み寄る。

 エマさんの笑顔に釣られるようにわたしの笑顔が勝手に溢れる。


 「ん、?ちょっと待つのです!止まるのです!」

 エマさんに向かって歩き出してすぐ。

 両手で静止のポーズを構えたエマさんに止められる。


 「え、何ですか⁈」


 いつも優しいエマさんの突然の拒絶の姿勢に慌てて尋ねる。


 「.....精霊が...」

 「え?...」

 「エレナに精霊が集まってるのです!」


 この日から、わたしはエマさんに教えてもらいながら精霊術と魔法を学ぶのです。


    ▼


 ヴィリの故郷へ来てから、半年が過ぎた。

 季節は少しずつ巡り、森の景色がさらに色鮮やかな花々へと姿を変えている。


 俺――アルは、この半年間ほとんど毎日剣を振っていた。


 朝はヴィリの親父さんから魔力制御を学び、身体強化の鍛錬。

 昼からはケンタウロスのエイクさんとの戦闘訓練。気を抜けば地面へ転がされ、木剣は何度も弾き飛ばされた。それでも立ち上がり続けた。


 最初は一太刀も届かなかったけど今では十本に一本くらいは届くようになっている。


 「よし!」

 剣先がエイクさんの肩をかすめる。

 「悪くない」

 エイクさんに短く褒められただけで顔がニヤけちまう。


 確実に強くなっている。


 昔の俺なら、半年前の三星級オークなんて絶対勝てなかった。

 今なら——戦える、そう思えるくらいには成長した。


 だけど……


 俺の胸の奥には、どうしても消えないものがあった。


     ◇


 広場の隅では俺とロベルとエレナが揃って精霊術の勉強をしている。エマさんが地面に魔法と精霊術の違いを図を描いて説明していた。


 「魔法は自分の魔力を使い詠唱、計算式の部分をしっかり唱えないと発動しないのですよ。その点精霊術は精霊に魔力を集めて貰い詠唱も簡略でお願い出来るところがすごいのですよ!」


 エマさんが元気に嬉しそうに授業をしてくれる。


 「でも、俺たちヴィリみたいに凄い火柱の魔法とか出来なかったぜ?」


 ロベルが試してみた内容をエマさんに質問した。


 「ロベルは精霊(リーヴ)と契約出来てるから炎の魔法適正が無くても炎属性の魔法は使えるはず。多分魔法が発動出来ないのは魔力操作がうまく出来てないんだと思うよ」


 ヴィリがロベルの質問に答えるとロベルの手の甲から、小さなトカゲが顔を出した。


 「グェ。」


 コイツがリーヴだ。最初に見た時は驚いたが、今では皆にもすっかり慣れている。

 ロベルは木の実を一つ取り出して笑った。

 「また出てきたのかよ、ほら」


 「グェ!」

 嬉しそうに木の実へ飛びつく——飛びつくと言っても動きは凄く遅い。

 その姿に皆が笑う。


 ロベルが精霊と契約した証。

 ヴィリの見送りにみんなで行ってロベルだけが異界に呼ばれて契約出来た。


 リーヴが出てきて勉強会が休憩になった。辺りを見渡すと少し離れた場所ではエレナがヴィリと向き合っていた。

 護身術の稽古だ。ヴィリは優しくエレナに教えている。

 「こうやって相手の力に逆らわないで流す感じ」

 「はい!」

 まだ動きはぎこちない。でもエレナは驚くほど飲み込みが早かった。

 朝は回復魔法。

 午後は精霊術。

 その合間に体術。

 エマさんもエレナに教えるのが嬉しそうだった。

 「エレナは本当に精霊に好かれているのですよ!」

 その言葉通りだった。


 森を歩くだけで小さな光が彼女の周りへ集まるっているらしい。

 俺には見えない世界。

 俺の持っていない才能。

 エマさんの言う精霊に好かれるとはそのまま魔法適正の度合いが関係するらしい。

 エレナは回復と水魔法と土魔法が使えた。


     ◇


 (くそ……)

 木剣を握る手へ自然と力が入る。

 (なんで俺だけ何もないんだよ。)


 ヴィリとロベルには契約精霊。

 エレナには精霊術の才能。

 俺には——無属性の身体強化だけ。

 身体強化は他の魔法系統の適正が無い人が使う魔法だ。

 もちろん身体強化は強い、エイクさんもヴィリの親父さんも言っていた。

 極めれば一流になれる、と。


 頭では分かっている。それでも。

 (もっと強くなりたい。)


 その気持ちだけが膨らんでいく。

 別にロベルを嫌いになりたいわけじゃない。

 エレナを妬みたいわけじゃない。

 ヴィリに腹を立てているわけでもない。


 そうじゃない!—

 

 —ヴィリたちは関係ない。


 情けないのは俺自身だ。


 もっと強く、もっと速く、もっと皆に並びたい。

 俺は誰よりも英雄に憧れて、生まれ育った村を出たんだ。


 だったら——。


 頑張るしかない。

 ヴィリ達と一緒に世界を旅するために。


 その日の夕方。

 誰もいなくなった訓練場で、また一人剣を振っていた。

 一振り。

 二振り。

 三振り。

 身体強化を維持したまま振り続けると汗が地へ落ち、足元だけが湿っていた。

 腕が悲鳴を上げる。

 それでも止めない。辞めたくない。負けたくない。


 「……無茶をするな」

 不意に後ろから声がした。

 びっくりして後ろを振り返るといつの間にかエイクさんが広場に来ていた。


 「.....まだ出来ます」

 「出来るかどうかではない」

 エイクさんは静かに近づき、俺の肩へ手を置く。


 「焦っているな」


 ドキッとした。図星で俺は何も言えず押し黙ってしまった。そんな俺を見てエイクさんは肩に触れたまま苦笑を浮かべて言葉を続けた。

 「自分は身体強化しか出来ない無能とでも思ったか?」

 遠慮のないエイクさんの言葉に悔しくて、地面を見つめる事しか出来なかった。

 「お前は身体強化を軽く見すぎだ」

 「……え?」

 遠慮のない言葉だけど、訓練の時とは違う優しい口調に気付き顔を上げた。


 「魔法とは何だ?」

 突然の問いに俺はまた答えが見つからなかった。


 「魔力を扱う技術だ。身体強化も同じ魔法、そして身体へ魔力を流し続ける身体強化は最も難しい魔法の一つだ」

 俺は思わず目を見開き真剣に耳を傾ける。


 「お前は習得したらそれで終わると思っているようだがそれは違う。極めればどんな魔法使いより速く動き、どんな魔獣より強く踏み込み、一撃で勝負を決めることが出来る」


 「それがお前の道だ」


 いつの間にか訓練の時のような真剣な眼差しで語るエイクさんの言葉に胸が熱くなった。


 「だが....口で教えても意味はない、構えろ!」

 エイクさんが木剣を構える。

 「っ!」

 次の瞬間、エイクさんは後方に飛び退き一瞬で十メートル程間を開けた。

 「いくぞ!」

 エイクさんは掛け声と同時に今までで一番強い踏み込み——

 ————!

 「なっ!」

 俺の目では追えず、気付けば木剣は首元に添えられていた。

 「見え……なかった」

 「これも身体強化だ」

 喉元に添えられた木剣に視線を落とし息を呑む。

 魔法だけではなく、剣術だけでもない。

 剣術と合わせた鍛え上げられた身体強化。

 「これが、お前の目指す道だ」

 俺は無意識に拳を強く握り締めた。今の自分にはまだまだ届かない。

 でも——進む道は見えた気がした。


     ▼


 俺——ロベルはエマさんにお願いして授業の延長を受けていた。

 精霊術は思っていた以上に難しい。

 自分の魔力じゃなくて外の魔力、精霊に魔力を借りる。

 理屈では分かっても全然上手くいかない。


 「グェ。」

 手の甲の紋様が光る。

 小さなリーヴがまたひょこっと姿を現した。

 「また腹減ったのか?」

 「グェ!」

 このやりとりにも慣れてきて最近貰ったコイツ専用のご飯入れから木の実を差し出す。

 ご飯入れ。里の鍛冶屋レプラコーンのラークさんにヴィリが頼んでわざわざ作ってもらった物で最近はいつも腰につけている。


 リーヴは夢中でモソモソと食べ始めた。

 「ふっオマエは相変わらずだな」

 思わず笑みが零れる。初めて出会った時は腕ほどもある大きさだったのに、今では両手へ乗る程の大きさしかない。

 「精霊とは仲良くするのですよ!」

 「仲良くって言われてもなぁ、コイツ何考えてるか全然分かんねぇし」

 エマさんが近づきリーヴの頭を優しく撫でる。

 「グェ?」

 首を傾げるリーヴ。その間の抜けた顔がおかしくてまた笑ってしまう。

 「まぁ」

 そっと俺も頭を撫でる。

 「お前はもう俺の家族だからな、これから一緒に頑張ろうぜ!」

 「グェ!」

 嬉しそうに鳴くリーヴ。その返事を聞いて、俺は笑顔のままメモ帳へ視線を戻した。

 覚えることは山ほどあるのに不思議と苦ではなかった。

 皆、それぞれ違う道を歩いている。


 だからこそ——


 旅立つその日までに、自分だけの強さを見つけよう。

 そう心に決め俺たちは今日も森で汗を流し続ける。


    ▽


 わたしたちがヴィリくんの故郷へ来てから、一年が過ぎた。

 厳しかった夏の暑さも少しずつ和らぎ、森には秋の気配が漂い始めている。

 木々の葉はまばらに色づき、小鳥たちの歌もどこか穏やかだった。


 そして今日、わたしたちは再び商業都市エイルドへ向かう準備を進めていた。

 一年間、振り返れば本当にたくさんのことがあった。

 最初は剣も握ったことがなく、魔法も何一つ使えなかった。

 それでも恩を返したかった。


 ヴィリくんがわたしとカイを助けてくれた。

 あの日、何も持たなかったわたしたちへ家も食事も居場所も与えてくれた。

 そんな折に精霊術、魔法の適正を知って少しだけ怖かった。けれどわたしはそれと同時に安堵もしていた。。

 これで恩を返せる。わたしが皆んなを守れる。

 今度はわたしが皆を支えたい、その一心だった。


 朝はエマさんから精霊術と回復魔法。

 午後はヴィリくんから護身術や魔力制御

 ロベルくんやアルくんに混ざって一緒に体力づくりもした。

 最初は皆について行くだけで精一杯だった。

 それでも少しずつ身体は応えてくれるようになった。

 魔法も以前より安定して使えるようになり、今では簡単な傷なら治療できる。


 「順調なのですよ!」

 「....でも旅に出たら、わたしは皆さんを守れるでしょうか……」

 いつものようにエマさんが元気に励ましてくれるが、不安が口をついて出てしまう。

 回復、支援、仲間が倒れないよう支える役目。

 もしわたしが失敗したら、そんなことばかり考えてしまう。

 エマさんは困ったように苦笑を浮かべ、背伸びをして”ポンポン”とわたしの頭を優しく叩いた。

 「気負いすぎなのですよ!」

 「え……?」

 「坊ちゃんが居るのですよ」


 坊ちゃん。小さい頃のヴィリくんを知るエマさんはそう呼ぶ。

 「坊ちゃんはきっと誰よりも仲間を大切にするのです」

 「だからエレナが全部背負わなくていいのです、困ったら助けてもらえばいいのですよ!」

 エマさんの優しさに胸が少し軽くなった。


 「……はい。」


 自然と笑顔になれた。


 そんなエマさんは森へ来た日からずっとわたしたち兄妹に優しかった。

 初めの頃は何度か体調を崩しその度に看病をしてくれた。

 元気になってからは精霊術以外にも洗濯、掃除、料理も教えてくれた。時には失敗して落ち込むわたしを励ましてくれた。気付けば本当のお姉さんのような存在になっていた。


 わたしにお姉さんが居たらこんな気持ちなんだろうと思っていた。

 だから、旅へ一緒に来てくれると聞いた時は嬉しくて思わず聞き返した。

 「本当ですか!?」

 「本当なのですよ!」

 エマさんはいつものように背伸びをして胸を張る。

 「坊ちゃんのお世話をする人が必要なのです!坊ちゃんは放っておくと食事を忘れて調べ物ばっかりなのですよ!」

 エマさんが口にする理由に思わず笑ってしまう。

 確かに里で見てきたヴィリくんならありそうだ。


 嬉しい気持ちが収まらずわたしは思わずエマさんへ抱きついた。

 「ありがとうございます!」

 「わっ!」

 「これからもよろしくお願いします!」

 エマさんも少し照れながら笑った。

 「こちらこそなのですよ、みんなで楽しい旅にするのですよ!」


     ◇


 僕は父と族長の家からの帰り道。

 成人の儀から一年が経ってアルもロベルも十五歳を越えた、旅立ちの日がやって来たのだ。

 隣で歩く父は静かに僕を見つめる。

 「やり残したことはありませんか?」

 「うん、大丈夫」

 アル達の成人を待つこの一年エレナとカイの療養は終わりエレナ頑張った。

 エレナから一緒に冒険者になると聞かされた時は驚いたけど、エレナの気持ちを聞いてその意思を尊重した。

 元気になってからはある程度、身を守れるようにもなったし魔法も覚えた。

 アルやロベルも出来る限り里で訓練をしてかなり実力も上がったと思う。


 あとは僕の気持ちだけど迷いはない。

 世界を見たい。その夢は今も変わらない。

 旅の途中で困っている人がいたら、苦しんでいる人がいたら。

 その人の居場所を作れるような人になりたい。

 その想いを変えないと心に決めた。


 成人の儀のあと、父から教えられたことがある。

 僕が契約した存在は、普通の精霊ではなく神獣、正確には神樹を守護する存在。

 ミルスが契約の証として僕に宿っているらしい。

 ミルスはロベルのように精霊がすぐに現れる契約とは少し違うらしく、いまだに出てくる気配がない。

 父や族長が言うには僕と共に成長してそのうち出てこられるだろうとのことだ。


 そしてもう一つ、僕らエルフは生まれた氏族と名を持つ。

 しかし僕は族長から特別な祝福を受け取った。

 「ヴィリアル」

 族長が静かに告げる。

 「旅立つお前へ新たな名を授ける。それは——レイダル」

 その名は旅路。

『旅路を進む者』

 世界を巡り、歩み続ける者へと旅の安全、想いを込めて送られる。

 今の僕に、これ以上ふさわしい名前はないと思った。

 父が静かに微笑む。

 「今日から、お前は——ヴィリアル・レイダル・ホルテンシアです」

 「はい!」

 世界はまだ見たことのない景色で溢れている。

 仲間と共に歩く旅が、もうすぐ始まる。

 その第一歩を胸に刻みながら、僕は新しい名前を静かに噛み締めた。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

今回はヴィリの故郷での生活を各視点で書いてみました。

楽しんで頂けたら幸いです。

もし気に入って頂けましたら私の励みにもなりますので、いつでも読めるようにブックマークをお願い致します。

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