二話 《二人の夢》
「三十六歳って、うちの父さんと同い年じゃん!!」
アルは父親のマルロさんを指差し、大きく開かれたその双眸で訴え、僕は時が止まったように茫然としていた。
アルのその顔にも驚いてはいるが『同い年』とは?
確かに僕は今年で三十六歳だ。
ついこの間、父と母それに........家のお手伝いをして一緒に暮らすブラウニーの家族にも祝われたはず。
それは間違いない。
.......同い年
いや、待ってほしい。
たしかに人間はエルフやフェアリーに比べて短命だと勉強して知っている。
しかし.......でも.......目の前のアルのお父さん、マルロさんはどう見ても”大人”だ。
馬車を進めて旅をして『広い肩と厚い胸板、腕は丸太のように太く、僕の父と組合になればきっと負けてしまうだろう』なマルロさんと僕が同い年⁈
いやいやいや.......
だって、見た目の年齢だけで言ったら族長か僕の父の方が遥かに近い気がする。
どう考えても僕よりずっと年上に見える。
「え、本当に三十六歳?」
「本当だよ!」
「嘘じゃなくて?」
「嘘ついてどうするのさ!」
惚け気味にマルロさんの年齢を聞き返すとアルは興奮した様子で真実だと訴える。すると近くで品物を整理していたマルロさんが笑っていた。
「ははは! 驚くだろう? 私も最初にヴィリアルくんのお父さんに聞いた時は耳を疑ったよ、やはりエルフは人間とは違うのだなぁ!」
マルロさんはすでに父から聞いていたらしく、僕とアルの驚きを懐かしい思い出を語るように笑っている。本人が言うなら本当なのか?
「だって父さんと同い年だよ!?」
「人間とエルフでは寿命が違うからなぁ、ヴィリアルくんのお父さんは四百歳を超えているそうではないか」
「四百⁈父さんより若いと思って.......痛って!」
今だに信じられずえ?え?と動揺しているアルが何故かマルロさんにゲンコツをもらっていた。
マルロさんはそう言ったが、アルはまだ納得できないらしい。
殴られた頭をさすりながら何度も僕とマルロさんを見比べている。僕だって納得できていない。
「マルロくん?.....」
「.......ふっふははははは!子供の姿でそう言われるとすごい違和感だな!」
狼狽えて馬鹿な事を口走った僕は咄嗟に失礼なことを言ってしまった事に気が付き、アルと同じゲンコツと言う名の鉄拳が降ってくると思った。
しかし僕を見てマルロさんが目尻のしわを指でかばうようにして笑う。
人間ってそんなに成長が早かったのか⁈
知識としては知っていても実際に見るとほんとに驚く。
「じゃあアルは何歳なの?」
「おれか?俺は今年で十四歳だぜ!」
「........」
「十四?!」
そんな!アルなんて赤ちゃんと変わらないじゃないか!
今度は僕だけが目を剥きアルに驚く番だった。
「十四歳で旅してるの?!」
「えー普通だけど?」
「普通なの!?」
「だって来年には成人だし、早めに旅の予行演習をしてんだぜ!」
「成人?」
「うん」
僕は思わず瞬きを繰り返した。
人間――十四歳――来年成人。
頭の中で言葉が繋がらない。
エルフの里ではまだ子供の年齢で、むしろ訓練や勉強を続けている最中だ。
「十五歳で成人なの?」
「そうだよ?」
「早すぎない?」
「え?」
「え?!」
「.......」
「.......」
今度は二人揃って苦笑する。
どうやらお互いの常識が違うらしい。
その日から、僕はアルに人間の世界の話を聞くようになった。
最初はただ面白かった、知っていても価値観が違う。
例えば外の世界ではモノは共有でも物々交換でもなくて基本的には”お金で売り買い”をする。欲しいモノはお金を支払い交換する。
逆にお金は何かを誰か欲しい人に売って集める。
お金は金貨と銀貨と銅貨があって村人は大体月に銀貨二〇〜三〇枚を稼いで、それで日々を生活する。
だからお金はとても大切だと言う事。
知っていても細かいところはまでは知らなかった。
知らないこともたくさんあった。
アル達が行く予定だった商業都市の市場には毎日何百人も人々が集まること、都市の大通りには屋台が並び、珍しい食べ物が売られていること。
他国からは冒険者や商人、旅する芸人や詩人もいること。
他種族も沢山いて他の種族の人も街で働いている人もいること。
世界の各地にも神樹があって、神樹はそれぞれが違い同じ木は他に無いこと。
人間領には神樹を信仰する教会と言うものも何個かあって有名なのは人間領の”樹環教会”で『神樹は神がその土地の存在を祝福した証』と言って大切にしてること。
人間領の神樹の他にも花を咲かせる神樹があってとても綺麗な花を咲かせるらしいこと。
僕も里での勉強を通して知識としては知っていた。
けれどアルの話を聞くたびに高揚していた。
「アルは見た事あるの?」
「神樹はここが初めてだけど、ワクワクするだろ⁈」
僕が興奮するのはアルから聞く内容にどれも憧れが含まれているからかもしれない。
「街にはそんなに人がいるの?」
「いるよ」
「ほんとに全員知らない人?」
「当たり前じゃん!」
「怖くない?」
「なんで?別に怖いことなんてないよ!」
アルはゆるゆると笑う。
僕には想像もつかなかった。
里ではみんな顔見知りだ。
誰がどこに住んでいて、何をしているか大体知っている。
知らない人はたまにフェアリー領や獣人領から行商人が来る程度だ。
だから知らない人が何百人もいるなんて、別の世界の話に聞こえた。
「あと冒険者もいるんだぜ」
「冒険者?」
「あぁ!」
僕はその言葉に反応した。なんだかまた楽しそうな名前だ。
「何をする人なの?」
「色々だよ。魔物退治とか、護衛とか、迷宮探索とか」
「迷宮?」
「興味あるのか⁈冒険者は迷宮に行って強敵と戦って、高ランク冒険者になると街じゃ英雄なんだぜ!」
アルの目が輝く。
どうやら好きな話題らしい。
「迷宮っていうのはな、大昔に今の魔境に生えてたって言う、でっっっかい世界樹が根を張った後の洞窟でそこから黒い魔獣とか魔物が出てくるんだ!」
「黒い魔物?」
「あぁ、俺たちがいる地上の生き物に似てるけど地下深くの淀んだ瘴気から生まれるらしい!それを冒険者とか公国だと騎士団とかが討伐して地上に出てこないようにしてるんだ!」
「なるほど」
アルは本当に好きな話題だったらしく話した中ではダントツで興奮気味に説明してくれた。
「お宝が見つかることもあるんだぜ!」
「お宝!?」
「そう!」
僕もつられて身を乗り出した。
話を聞くだけなのに楽しい。
勉強しているだけではわからない景色がどんどん頭の中に浮かんでくる。
なんでも、世界各地に迷宮があって出てくる魔物も植生も景色も違ってるらし。
迷宮の創り出す様々な景色。
都市の高い城壁。
大きな市場。
冒険者ギルド。
旅人たち。
お宝。
アルから聞く話はどれも里にはないものばかりだった。
「俺は冒険者になりたいんだ、だから村でも訓練してるし今回の行商だって親父を護衛してたんだぜ」
俺ばっか喋ってごめんなと言いながら未だ興奮気味なアルがお前はどうなのだと水を向ける。
「ヴィリは将来何になるんだ?」
突然そう聞かれ僕は言葉に詰まってしまった。
将来。
考えたこともなかった。
「えっと……」
何になるんだろう。
薬草師だろうか。
狩人だろうか。
魔法使いだろうか。
アルの話を聞いた後だとどれも違う気がしてくる。そもそも決める必要があるのだろうか。
そんなことを考えたことすらなかった。
「.......わからない」
結局そう答えるしかなく、アルは少し驚いた顔をしていた。
「決まってないの?」
「うん」
「三十六歳なのに?」
「.....うん」
また変な空気になる。
僕たちエルフにとっては普通だ。
でもアルには普通のことじゃないらしい。
アルは僕より遥かに年下なのに夢もあってやりたいことも沢山あって、僕は少しだけ悔しい気持ちになっていた。
◇
その日の夜。
僕はなかなか眠れなくて窓から夜空を見上げていた。
森の中、里で暮らすのが当たり前だった。
父や母と一緒に暮らし、勉強をして、訓練をして、時々狩りを手伝う。
それが僕の人生だと思っていたし疑問に感じたことも一度もなかった。
だけど今日は少し違って見えた。
木々の隙間から満天の星が輝いていた。
里から見る夜空はいつも綺麗で僕が昔から好きだった景色のひとつ。
でも――あの星空の向こうに一体どれだけの驚きがだろう――
――この木々に囲われた森の外では――どんな景色が見れるんだろう――。
アルの話が頭から離れない、それどころか胸の内側がバクバクとうるさい程に鳴り響く。
アルが楽しそうに言っていた。
他の市場を見てみたい。
大きな都市で暮らしてみたい。
迷宮も見てみたい。
冒険者になりたい。
そんなこと、僕は今まで考えたことがなかった。
だけど――。
アルの話を聞いてから焦りに似た感覚がずっとする。
何かが僕の胸の中で生まれた気がする。
まるで長い眠りから目を覚ましたみたいだ。
僕も知らない世界を見てみたい。
知らない花だってあるかもしれない。
知らない森だってあるかもしれない。
行ってみたい――
――知りたい――。
翌朝、僕はいつも通りに目を覚ました。
しかし、いつもと違う気持ちで目覚めと共に昨日の夜中に考えていたことで頭の中がいっぱいになった。
商業都市。
大きな市場。
見たことのない食べ物。
見たことのない人々。
遠い国。
海。
山脈。
砂漠。
そして、その先にはアルも知らない景色。
僕は体を起こして窓を開ける。そこにはいつも通りの里の生活があった。
朝日に照らされキラキラと煌めく木々の葉や、鳥の歌声、僕より早く起きて働き始めるブラウニーの人達。
僕は三十六年間、この里で暮らしてきた。
それが不満だったことは一度もない。
父も母も里の住民は皆んな優しい。
森は美しいし。
花も好きだ。
でも――
――もし――世界には僕の知らない綺麗な景色があるのなら――
――見たことのない花が咲いているなら――
僕はそれを見てみたい。
そんな思いが胸の奥から湧き上がってくる。
そして、その気持ちはきっと簡単には消えてはくれない。




