一話 《未知との遭遇》
僕が初めて人間を見たのはその日の午後だった。
木の陰に身を隠しながら息を潜める。
少し先の開けた場所には二人の人間が立っていた。
二人のうち一人は二メートル違い躯体で僕の父より大きくがっしりとしている。
日焼けた肌に、広い肩と厚い胸板、腕は丸太のように太い。僕の父と組合になればきっと負けてしまうだろう。
二人の人間は同じ髪色をしていて大男の方は短く切り揃えられた髪と顎には薄く髭が生えている。
もう一人は僕と同じくらいの歳だと思う。まだ幼さの残る顔、風に揺れる茶色の短髪は癖がある。
背丈は高くない。細身だが革製の胸当てを着込み左腕には小ぶりな盾を装備している。
そして腰には子供サイズの剣まで下げている
近くには荷物を布で覆われた荷馬車が停められ、大きな馬が草を食んでいる。
森のすぐ外に人間がいるという話は聞いたことがあった。
でも僕が人間を見るのは初めてだ。
二人の装備を確認しているとやがて二人はカバンを漁り、かと思えばキョロキョロと周囲に目を向ける。
僕らに気がついたのか?
僕は二人の人間の一挙手一投足にどきどきと胸が轟き目が離せないでいた。
そんな僕の隣で父と森の警護をしているケンタウロスのエイクさんが静かに矢をつがえ弓を構える。
二人が動き出し僕は思わず父に目を向けた。
いつも穏やかな父の表情が警戒し鋭くなっている。
僕は父の表情を見て、緊張感から思わず息を呑んだ。
父とエイクさんは一瞬だけお互いに顔を向けて目配せをした。そしてゆっくりと木陰から身を出すと人間二人に姿を晒した。
「止まれ!」
「そこで何をしている」
いつもの優しく柔らかな声とは全く違う。
初めて聞く二人の低く響く声、第一声でエイクさんが叫び、続け様に父が問いただす。
人間の二人はびくりと肩を震わせた。特に少年の方は固まって動けずにいる。
大人の男はゆっくり身体をこちらに向けて両手を上げた、敵意がないことを示しているのだろうか?
「ま、待ってくれ!怪しい者じゃない!」
男は叫び怪しくないと訴える。
だが父は警戒を解かず矢を向けたまま逸らさない。
父の気迫を見て男は少し慌てた様に言葉を続けた。
「わ、私はマルロ・ライナーという行商人だ。この子は息子のアルフレッド!」
「ぁ、アルです!」
固まっていた少年はマルロという父親を見たが慌てたように僕らに体を向け直し省略で名前を名乗る。
少年が答えた瞬間、庇うようにして立つマルロと名乗った大男。庇われた少年は父親を一瞥し、すぐに陰から身を出し僕らに向かって身構えた。
「行商人だと⁈どうやって森に入った!」
「あぁ、商業都市へ向かう途中だったんだが、どうやら道を間違えたらしい。気付いたら見たことのない森に迷い込んでいたんだ!」
エイクさんが問いかけると慌てて大きな声で答えた男。その男の大声に僕の父が弓矢を構え直す。
「ほ、本当だ!」
少年は僕の父を不安そうな面持ちで見据えている。
大きな体で息子を庇いながら訴えかけるマルロという男。不安げな表情の少年も、もしものことに備えて剣の柄に手を添えた。
父はしばらく二人を観察する様に見つめていた。
相手の様子を探っているのだろう。
やがて父は静かに弓を下ろした。
「少なくとも敵意はなさそうだな」
父の言葉と共にエイクさんも弓を下ろす。
構えを解き弓が降ろされるとマルロと名乗る男はほっと息を吐く、アルと名乗った男の子は剣から手を離すがその顔には未だ不安が覗かせていた。
「では、付いてきなさい」
「…え?」
父がいつもの声色に近づいた、幾らか優しい口調で二人の人間にそう告げる。
「森の出口は複雑です。このまま歩けばまた迷う」
僕に振り返り父が続けて言葉をかけた。
『そもそも悪意がある者は森に入ることはできないですし』
その言葉は僕にだけ聞こえる声で父が教えてくれた。
「今から出てはすぐに暗くなる、今日は我らの里へ案内しよう」
マルロという男の顔がぱっと明るくなった。
「本当か!助かる!」
「ただし妙な真似はするな」
「もちろんだ!」
こうして僕たちは人間の親子を連れて里へ向かうことになった。
◇
帰り道。僕はついつい後ろを振り返ってしまう。
二人の人間が歩いている。
里には時々フェアリー領や獣人領から行商人が来るが人間は初めて見た。商人さんに頂いた本が里には何冊があった、その中には御伽話・魔法書・歴史書なんかがあり、その殆どは魔法書だった。
昔の僕は御伽話の本“セイルーン開国記”が好きで愛読書としていたがそこにも人間が登場していた。
しかしその本も愛読していたのは幼少期のわずかな期間だ。
なんだか不思議な気分だった。
何度も振り向き見ていたら、アルフレッドと名乗った男の子がこちらを見た。
目が合う。
僕は気まずくなり思わず視線を逸らしてしまった。
もう一度二人を見るとアルフレッドが微笑んだ。
なんだろう。少し悔しい。
でもアルと名乗る少年は悪い奴には見えなかった。
さっきも彼は小さな体でマルロさんを守ろうとしたその姿勢からもそう思った。
◇
私は二人の人間を連れて息子と共に里に向かっていた。
エイクの知らせを受けてヴィリを連れたまま現地に向うとそこには人間が我らの森に迷い込んでいた。
幸い、二人の人間には敵意はなく我らエルフをどうこうしようとは考えてはいないようだった。
ただ迷い込んだと言い精霊のざわめきもなかったことから本当の言葉であろう。
私は二人の人間を安全と判断した情報を再確認しながら里へ向かっていた。
ふと、私の横へ息子のヴィリが小走りでやって来た。後ろの方へと意識が向いている、まだ人間が気になって仕方ないらしい。
そんな息子に私は笑い掛け、ヴィリにだけ聞こえる声で囁く。
「心配はいらない」
「.......え、どうして?」
意識が相当二人に向いているのか、少し遅れ気味に返事を返す私の息子。
「さっきも少し言いましたが、この森は悪意ある者を受け入れない。彼らがここに来られたということは、それだけで一つの答えなのです」
「そう...だった、ね」
チラチラ二人の人間を見ては返事を返す可愛い我が息子に言葉を続ける。
「お前も知っていることですが、里の奥にある神樹の恩恵によって森が豊かに育っています。その森を守るため遥か昔、フェアリー領と共に森に対して強力な守護結界を張ったと言われています。覚えていませんか?」
私は二人の人間に気もそぞろで話が聞こえていない息子に苦笑し問いかける。
「あ、ごめんなさい、知ってます。けど、初めて見たから少し気が動転してたみたい」
ようやくいつもの調子に戻った息子に微笑みを返し肩口で切り揃えられた銀髪が木漏れ日を浴びて金にも銀にも反射する息子の頭を撫でると私を見上げる息子は破顔していた。
エルフの里では成人ではない幼い息子を私もエイクも厳しく育てた。
その甲斐あってか剣術や魔法に関してはすでに一人前の腕を持つ。
この子は何をするにも器用にこなし、興味があればその事にしか目が向かない。
そして好きな事も多いこの子は知識に関してもとても広く、薬草や草花は私より詳しい。
私は後ろを歩くマルロ親子を再度見る。
人間。
数十年ぶりに森へ辿り着いた来訪者。
この出会いに私達の息子はまた新たな何かに興味を持つ、私は息子をもう一度見てそんな予感がした。
◇
しばらく歩くと僕らの里が見えてきた。
静謐が漂う森の中、巨大な樹々の間に建てられた木造の家々。
花畑。
薬草園。
茶畑。
緑色いっぱいに色んな花々が咲き誇る自慢の里。
森と共に生きるエルフの他にはレプラコーンやブラウニーも暮らす。
そして森の奥に一際大きな大樹が見える。
それは里で語り継がれる『大樹ノ王』にも出てくる。そのお話はエルフたちが『神樹』と呼ぶ森の守護者、神樹に選ばれた王が森を豊かにしたというお話でこれも子供の頃によく聞かされた里に伝わる昔話。
里の光景を見たマルロさんが目を大きく見開き見惚れるように感想を口にした。
「これはすごい……童話で聞く妖精の国のようではないか!」
「すげぇ、初めて見た!」
アルフレッドも思わず感嘆の声を漏らす。
二人の呟きが聞こえて僕は少しだけ誇らしい気持ちになった。僕たちにとっては当たり前の景色でも外の人から見れば珍しいらしい。
そんな二人の歩調に合わせて歩いている僕の父さんの横を歩き里へ入る、予想通り大騒ぎになった。
「おい、あれは人間か?」
「本物だぞ!」
「何十年ぶりだ?」
「もっと前じゃなかったか?」
あちこちから人が集まってくる。
マルロさんは礼儀正しく一人一人挨拶を返して苦笑いを浮かべていた。
その日の夜。
僕は父さんと共にマルロさん親子を連れて族長の元を訪れていた。僕の父よりことの詳細を聞いていた族長がマルロさんに滞在の許可を正式に出した。
「里での滞在を許可します」
「ありがとうございます」
「よいのです、代わりと言ってはなんですが商人だと聞いています。もし差し支えなければ滞在中は里での商いをして貰えぬか?」
「宜しいのですか、滞在の許可も頂きその上商いも?」
「えぇ、里のもの達もたまに来る商人を楽しみにしていますからね」
「ありがとうございます、こちらとしても都市に行けずこのまま腐らせる事を心配しておりました」
族長の判断で、マルロさんたちはしばらく滞在すること、滞在期間中は里での行商が行われることが決まった。
◇
翌日から村はさらに賑やかになった。
マルロさんの荷車には珍しい品がたくさん積まれていたのだ。
金属製の見た事のない道具。
食べた事のない保存食。
柄の入った布。
調味料や小麦。
「コレは何だ、見たことのない柄があるぞ?」
「コレは私の住む村で作った毛織物の服です、刺繍は人間領で有名な神樹を模した刺繍があしらってあります」
人間領の神樹と聞いて興味が湧き、僕が覗き込むと里の護衛をしているエルフのネルさんと交換した後。僕が声を掛ける前にネルさんは足早に去っていってしまった。
村人たちは薬草や果実、木工品などを持ち寄りマルロさんの商品と交換をする。物々交換だ。
ちなみにさっきのネルさんはいつも愛用していた弓と交換していた。流石にそれはどうなのかと思っていたが後で見たネルさんはしっかり新しい弓を背に装備していた。すでに新しいのは持っていて新調するタイミングを窺っていたらしい。
そんな感じで里では見かけない物がほとんど、住人が殺到して広場には人が集まり、小さなお祭りのようになっていた。
僕も何度も足を運んだ、もちろん目当ては品物だけじゃない。
僕の本当の目当てはアルフレッドだ。
彼は好奇心旺盛で、会うたびに色々な話をしてくれた。
旅の思い出。
村の生活。
商業都市の話。
冒険者の話。
僕の知らないこと見たことないモノばかり、だから話を聞くだけで楽しかった。
そして気付けば、僕たちは自然と一緒に行動するようになり午後からはほとんど一緒にいた。
「なぁ、あっちは何があんだ?」
「あっちにあるのは薬草園で大体が食べられる野草なんかだけど里でたまに使う回復薬の材料だったりもあるよ」
「あっちは?」
「あそこは−−−−−−」
村の花畑を案内したり。
薬草園を見せたり。
茶畑に行ったり。
森の中を歩いたり。
族長が許可したところはほとんど見て回った。
アルは何を見ても楽しそうだった。
そんなある日の風が心地良い午後、僕たちは広場の木陰で休んでいた。そしてアルが不意に話しかけて来た。
「そういえばさ」
「ん?」
「ヴィリって何歳なんだ?俺と同じくらいだよな?」
笑顔で質問したアルに僕は首を傾げた。
たしかにそんなことを話したことはなかったし聞かれるとも思わなかった。
別に隠すことでもない。
だから普通に答えた。
「今年で⬛︎⬛︎歳になったよ」
「へー⬛︎⬛︎..............?」
アルの動きが止まった。
ぽかんと口を開けている。
「……え?」
「........?ん」
聞きそびれたのか、アルは確認する様に僕の歳を口にする。
「......⬛︎⬛︎....⬛︎歳?」
「うん」
「⬛︎⬛︎歳って……⁈」
なぜかアルの目が泳いでる。
口は開いたまま僅かに動いているが声は出ていない。
彼が今、何を言おうとしてるのか、僕には全くわからなかった。
やがて彼は宙を彷徨わせていた指で自分の父親のマルロさんを指差した。
「三十六歳って、うちの父さんと同い年じゃん!!」
「...え?」
今度は僕が固まる番だった。
マルロさんと?
あの立派なお髭のおじさんと?
僕が?!
同い年?!!
「えええええっ!?」
訓練の時より大きな僕の叫び声が森と里中に響いてた。




