十九話 四月三十八歳《拠点竣工》
屋敷の改修工事が始まってから、およそ一か月。
急ピッチで進められた工事は無事に終わり、それからさらに一週間が過ぎ、屋敷はすっかり見違えていた。埃に覆われていた床は艶を取り戻し、壁は新しく塗り直され、広かった応接室は子どもたちが学ぶ教室へと姿を変えている。
中庭には洗濯物が風に揺れ、裏庭では新しく建てられた倉庫が堂々と建っていた。
そして何より。
保護した当初、不安そうな表情で僕らの後ろを歩いていた子どもたちの笑い声が、この屋敷いっぱいに響いていた。
◇
朝食を終え食器を片付け終えたアルが大きく伸びをした。
「んじゃ、今日も行ってくる!」
ロベルも剣を腰へ差しながら笑う。
「夕方には戻るよ」
エレナも荷物を整え、僕へ振り返った。
「ヴィリ君、子どもたちはお願いします」
「うん、三人とも気を付けて」
三人はここ何日か毎日のように冒険者ギルドへ通っていた。
僕とフォーさんが四星級、フラミルさんとエフティルさんは三星級でアル達は一星級。
僕と冒険者として旅をするために自分たちの冒険者ランクを上げ、より高難度の依頼を受けられるよう努力している。
三人を見送り屋敷の中を進むと子ども達の声がまばらに聞こえるだけでとても静かな屋敷。
微かな声の聞こえてくる部屋を覗くとそこでは子ども達がエイドル子爵家の使用人さんから読み書きを教えてもらっている。さらに別の部屋を覗くと数人の女の子とエイドル子爵家の使用人さんが居る。
「ゲストをエスコートをする時は左前方で歩調を合わせて」
「はい」
「椅子は音を立てずに静かに引きます。ゲストが腰を下ろすのに合わせてゆっくり押して」
「はい!」
保護し子ども達の中で数人が屋敷で働きたいと言ってくれた。それではとエイドル子爵の提案もあって礼儀作法をその子たちに教えている。教えているのはこれまたエイドル子爵家のメイドさん、みんながやりたいことをできる様に支援してくれるエイドル子爵には感謝する毎日だ。
静かな屋敷の中はそれはそれで長閑で平和でとても良い空間なのだがそれも午前中まで。
昼食後に中庭へ向かうと、すでに元気な声聞こえてくる。
「やー!」
「えいっ!」
木剣を握った子どもたちが、一生懸命振り下ろしている。
その前では、鎧姿の騎士さんたちが丁寧に指導していた。
「そうです、腕だけではなく、腰から振る!もう一度」
「はい!」
騎士さん達が子ども達一人ひとり動作を見て指導しその言葉に元気よく返事をする子ども達の姿。
騎士団の方々は、以前僕たちを誤認して襲撃してしまったことへの謝罪として、交代で僕らの屋敷に来てくれていた。
午前中は読み書き、計算、礼儀作法。
年長の子どもには簡単な歴史や地理まで教えてくれている。そして午後は護身術。
◇
子どもたちの授業が終わる頃になると、孤児院ではもう一つの恒例行事が始まる。
「全員、木剣を置け!」
「ありがとうございました!」
子どもたちが一斉に頭を下げて訓練は終了、子ども達が駆け足で庭の隅の方へとかけて行く。すると入れ替わりにフォーさんが騎士さん達の前に立つ。
「よーし!次はお前さんらの番だ!」
「「「はっ!」」」
騎士さん達の前に仁王立ちで佇むフォーさんに若い騎士さん達が整列し姿勢を正す。
◇
「もっと気合いを入れろ!相手の刃ばかりに気を向けるな!」
「申し訳ありません!」
こうして始まるのが、フォーさんによる騎士団特別訓練だ。
きっかけは工事中の合間に何気なく騎士さんへ剣を教えたところ、その指導が驚くほど分かりやすいと評判になったのである。
それ以来、教師役の騎士さんたちは授業が終わると、そのままフォーさんの弟子になるという妙な流れが定着していた。
「もっと腰を落とせ!」
「はい!」
「力み過ぎだ!肩が上がっておる!」
「はい!」
騎士さんが振るう真剣が何度も弾き返される。
「おぉーーっ!」
「力の強い相手に無理に争うな!重心を意識し自分の有利な場所に瞬時に移動しろ!」
ガンッ!
若い騎士の剣が空高く飛んだ。
「ぐあっ!」
「次!」
「はい!」
横では別の騎士さんが真剣な表情で頷いている。
「なるほど……。」
「確かに、この踏み込みなら間合いが……」
「そうだ!頭で考えるだけじゃなく身体で覚えろ!」
訓練は熱を帯び、裏庭はまるで騎士団の演習場のようになっていた。
その様子を、子どもたちが目を輝かせながら見つめている。
「ししょーすげぇ……」
「ぼくも強くなりたい!」
「僕も!」
男の子たちは夢中になって歓声を上げる。
女の子たちも興味を引くようで知らないうちに男の子達に数人混じっている。
「わたしも剣やってみたい!」
「私も!」
その光景を見ていると思わず笑みがこぼれた。
(ここ……一応は孤児院だよね?)
騎士さんを鍛える孤児院なんて、聞いたことがない。
でも、誰も嫌な表情は見られなかった。
むしろ子どもたちは自分達よりレベルの高い訓練をキラキラした眼差しで観ているし騎士さん達も強くなることにはとても前向きな姿勢で大量の汗をかきつつもとても良い表情をしていた。
夕暮れ時、空が茜色へ染まり始めた頃だった。
フォーさんの特別訓練のおかげで庭の至る所で騎士さんが倒れ伏しフォーさんだけが立ち尽くしている。
そして最後の騎士さんもフォーさんと対面したところで疲れて昏倒したところだった。
(あの騎士さん、気を失ってない?)
ここ最近、毎日目にする光景だが他の騎士さんも疲れて昏倒するまで訓練する人が何人か居る。しかし後で聞くと皆さん翌日が非番の時に来てくれているようで翌日はしっかり寝込んで次の日は兵士の仕事にちゃんと行っているらしい。ここに来るのも強くなりたい向上心のある若い騎士が順番待ちで来てくれているのだとか。
中々真面目な騎士さんが多くて嬉しい気持ちと驚きの気持ちでいっぱいだ。
「ふむ、今日はここまでだな。基礎体力も鍛えた方が良いぞ」
剣を鞘に納めて騎士さん達にアドバイスを投げ掛けるフォーさんだが疲れすぎて誰も返事が出来ないでいた。
「貴様らか!」
日課に成りつつある動けない騎士さん達を治療しようかと思った矢先、不意に聞き覚えのない声で怒鳴られた。何事?と声の主を確認するため振り返ると鎧姿の青年が庭へ飛び込んで来ていた。
後ろには冒険者らしき男女三人だ。
ケンタウロスの男、大斧を担いだドワーフの戦士、それとダークエルフの魔術の様な格好の女性だ。
先頭の青年は僕を指差し、高らかに叫ぶ。
「お前達が孤児を攫い、人身売買を企む悪党だな!」
「えぇ!?」
どこかで聞いたような台詞に思わず声が上ずる。
(……また?)
嫌な既視感が全身を駆け巡る。
「違います!誤解です!」
しかし青年は聞く耳を持たないらしく。剣を抜き放ち、真っ直ぐ僕へ向かってきた。
「悪党の言葉など信じられない、我らセントフォースがお前達を討つ!」
「覚悟っ!」
「だから違うんですって!」
キィンッ!
慌ててショートソードを抜き、斬撃を受け止める。
鋭い一撃だった。
(はや!)
青年は止まらない。
袈裟斬りをそらすと素早く切り返し。返された切先スレスレを後方に飛び退き後退、空中で一回転をして避ける。
視界が剣士に向くと着地の瞬間を狙っている様に僕を見据えている。
着地と同時に剣士の切先が僕の喉元に迫る。
突き、流れるような連撃に受け流しながら後退するしかない。
「本当に誤解です!」
「黙れ!その場にいる子どもたちが証拠だ!」
「え?」
思わず後ろを見ると視線の先には授業を終え庭の隅に固まって先ほどまでの特別訓練を見学していた子どもたち。
そして。
地面へ倒れ込み、肩で息をする騎士さんたち。
(……確かに初めて見た人からしたら完全に悪の組織……。)
青年の言う証拠を改めて確認した僕は頭を掻きむしりコレは違うんだ!と叫びたくなった。
良い言い訳が思い付かず視線を先ほどまでその騎士さんと訓練をしていたフォーさんに移すと三人を相手に暴れていた。
そんなフォーさんを見て釈明の助けが期待できないことを突きつけられ、さらに悶々と言葉に窮する僕はそれと同時にあの人はどうしてあんな芸当ができるのか不思議で仕方がない。
「何なのだお前さんらは!」
「コイツはオーロックかなんか⁉︎」
「こんなの殺さず取り押えるなんて無理よ!」
「四の五の言わずに捕縛魔法を打ち続けよ!」
フォーさんは前回に引き続きまたかと叫びつつダークエルフが放ったと思われる拘束用魔法の木の根によって手足が掴まれるが即座に空いている剣で斬り払い引きちぎり抜け出す。
ドワーフの振り下ろされた物凄い勢いの戦斧をこれまた神速で繰り出した拳で横から殴り弾く。
ケンタウロスの放つ矢は急所を腕で守り暴れていた。
(本当に何なんですかね.....)
僕も心の中で激しく同意し小さくため息をついた。
子どもたちも少し離れた場所からその光景を眺めていた。
「きゃーししょー」
「え!ししょー矢が!」
「ししょー負けないでー!」
子どもたちの声に耳を澄ませるとフォーさんを応援しているが力一杯に叫ぶ歓声で悲鳴の様に聞こえる。
子ども達の応援の成果か獅子奮迅の戦いを繰り広げるフォーさん、もちろん相手の実力が高い事もあっての激戦になっているのであろう。
「君は悪党の癖に中々真摯な剣を振るうね!」
「だから悪党じゃありません!」
またこの展開かとうんざりした気持ちを抱きつつ前回同様耐えるしかなかった。
「何をしているんですか!」
今度は聞き覚えのある声、いつもどこか遠慮気味に優しいく話す声が珍しく非難する様な声色に変わっている。
青年の剣が止まった。
振り返ると、依頼を終えて帰ってきたエレナ達が立っていた。
「君は!?」
青年が目を見開く。
「な、何故君がここに!?ここは危険だ!」
エレナは信じられないと言わんばかりに非難の眼差しを青年に向けている。
エレナの様子に青年はひどく狼狽し出していた。
「何でこんなことになっているんですか!」
尚も怒りが収まらない様子のエレナ。この青年と知り合いなのか?と疑問を感じたがそんなことよりも僕の中ではようやくこの騒動も終わりを迎えそうだと心から安心していたのである。




