十七話 三月三十七歳《王都召喚》
孤児や難民を保護してから約一カ月が過ぎた頃、僕らは揃って王都に来ていた。
なぜ?
ことの始まりは誤解の襲撃を受けた翌日、エイドル子爵の執事さんが僕らの屋敷まで迎えに来てからだ。子爵邸に招待されて誤解の件をエイドル子爵から直々に謝罪を受けた。その時に後日、正式な謝罪も行うと言われていた。
そして一カ月後、僕らが忘れた頃に再び呼び出されたと思ったら今度は転移門で王都に行くと言われて初めての転移門に皆んなで大興奮だった。
転移門は『門』とは言っているが実物は魔法陣が彫られた大きな魔道具で各地に同じ物が設置されているらしい。
使い方は台座に乗り、台座の外に設置された教壇のような石碑に起動者が触れて目的地を唱えると同じ物が置かれた都市に台座に乗った僕らだけ一瞬で移動するという物だった。
初めての転移門にアル、ロベル、エレナ、エマ、の子供組だけではなく、フォーさんやフラエフの二人も興奮気味に楽しんでいた。
「ほぉーコレが大昔にダークエルフとドワーフが共に作ったと聞く魔道具か!」
「凄いわね、こんなのが毎回使えたら商人なんか大喜びなんじゃ無い?」
フォーさん、エフティルさんが観察する横で僕も転移門を観察していた。
台座の外周には多分製作に携わった人の名前だろう、古代語で人の名前が沢山彫られてあった。
先人の努力に敬意を払いつつ一人一人名前を確認しながら転移門の周りを歩くと起動点の石碑近くに『約定之門畢生職能交名』と書かれていた。
「これらは遥か昔に転移門建設に携わった者達の名が書かれていると言われております」
夢中になって名前を確認していると後ろからエイドル子爵に話しかけられた。
「…言われている。ですか?」
「はい。今で人間領で読めるのはおりません。ドワーフ領や巨人領にも同じ物がありドワーフ領のダークエルフの方々が解読して下さるのです。ヴィリ殿も読めるのですか?」
「はい、森に居た頃にある学んでいますので」
「それは素晴らしい!ではこちらは何と書いてあるのですか⁈」
「え⁈あ、これは氏族名ですね。」
「ほぉ!ではこちらは⁈」
エイドル子爵さんの興味を刺激してしまった様で交名に書かれている人名などを読んでは子爵さんに説明するを繰り返していると少し離れたところでフラミルさん達の声が耳に入って来た。視線を向けるとフラミルさんはエレナの肩を抱いて盛り上がっている。
「おい!一瞬で臭いが変わったぞ!本当に一瞬だったなぁ!この匂いは本当に王都だぞ!」
「え!匂いでわかるんですか⁈どんな匂いですか!」
「王都はな、甘酸っぱいような独特な花の香りがするぜ!」
「花なのですか⁈何と言う花なのですか!」
いつの間にかエマも混ざり三人仲良くはしゃいでいた。
「人間領の神樹が咲かせる花のことだ!もう少ししたら桃色に咲く神樹が見られるんだ!」
「え!フラミルさんは神樹の花を見たことあるんですか!」
僕のそばでフラミルさんとエレナとエマが匂いの話で盛り上がって何かと思っていたら人間領の神樹の話をしているではないか!僕が興味津々で話に耳を澄ませていると今度は子爵さんが神樹について色々教えてくれた。
そんな感じで僕らは勝手に謝罪は王都観光!とはしゃいでいた。
しかし――
王都へ到着した翌日。
僕とフォーさんは王城へ呼び出されていた。
この場に呼ばれたのは僕たち二人だけ。
カイくんを含めた孤児たちと難民の皆さんは、子爵様の計らいで一時的に屋敷へ保護されている。
一枚の大きな扉を見上げて息を深く吸い込むと、その巨大な扉がゆっくりと開く。思わず吸った息を飲み込んだ。
重く軋む音が反響して耳に届き、その先に大きな空間があることが感じられた。
開かれた扉の先には大きなホール。
目の前には真紅の絨毯が一直線に伸び、その先には黄金で彩られた玉座。
左右には街の騎士とは違う儀礼用かと思う鎧を着た近衛騎士団、魔術師の様な人もいる。
前へ進むと沢山の貴族さんたちが列席している。
宰相さんと子爵さんの姿も見えた。
僕とフォーさんは玉座の前まで進み、静かに跪く。
場内は静まり返り、やがて威厳ある声が一つ。
「面を上げよ」
僕たちはゆっくりと顔を上げた。
目の前に立つ国王は静かに全員を見渡す。そして穏やかな声で口を開いた。
「まずは余の臣下である宰相と子爵の命を救ってくれたこと。国王として礼を述べる誠に大義であった」
僕とフォーさんは揃って胸へ手を当て、頭を下げる。
「身に余るお言葉にございます」
前日転移門ではしゃいでいた後のこと。
僕とフォーさんだけ軟禁され騎士の方に作法を頭に叩き込まれた事を思い出す。
国王は頷き、宰相へ視線を向けた。
「宰相」
「はっ」
宰相さんが一歩前へ進み深く一礼する。
「彼らが居なければ、私は三星級相当、上級魔獣の餌食となっておりました。私の命の恩人にございます」
宰相さんが言い終わると続いて子爵さんも前へ出た。
「陛下、私も同様に命を救われました。さらに王都へ向かう護衛任務では五星級相当、公爵級魔獣を討伐し、我が領民も救われております」
子爵さんが発言した瞬間、謁見の間がざわめいた。
「五星級だと……」
「まだあの若さでか」
「信じられぬ……」
「静まれ」
国王は静かに手を上げると一言で場内は水を打ったように静かになり国王は再び僕らを見つめる。
「フォー・グランガルならびにヴィリアル・レイダル・ホルテンシア。余は全ての報告を受けている。宰相の救出、子爵の護衛、五星級魔獣の討伐、孤児たちを命懸けで守ったこともだ」
そして少し間を開けると国王の表情が少し悲しそうになり言葉を続けた。
「騎士団の誤認による襲撃を受けながらも、報復することなく事態を収めたこともな。騎士団長」
「はっ」
「報告に相違はないか」
「ございません、全て事実にございます。また、騎士団を代表し深く謝罪申し上げます」
国王の前で跪いて答えていた騎士団長は僕らへと向き直った。
「フォー殿、ヴィリアル殿。我らの未熟さゆえ、恩人であるあなた方へ刃を向けてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
「どうかお気になさらないでください。誤解は誰にでもございます」
団長さんに向けて静かに頭を下げて言葉を返すと貴族さん達の間から感嘆の声が漏れ聞こえてきた。
「器まで大きいとは……」
「見事な青年だ」
この言葉も昨日散々覚えさせられたセリフなんです!と僕は心の中で謝罪をしていた。
ちなみなぜ僕が代表して受け答えをしているかと言うと昨日の内に「俺ではなくクランリーダーのヴィリお前さんがやれ!」と年功序列を無視してフォーさんが僕に仕事を投げたからだ。
国王がゆっくりと玉座から立ち上がった。
「フォーならびにヴィリアル。其方の勇気、慈悲、そして王国への貢献、その全てを余は称えよう」
すると近衛騎士さんが一つの美しい箱を運んでくると国王が箱を開き、中から白銀と黄金で彩られた勲章を取り出す。
「王国最高功労勲章の一つ『聖樹守護勲章』これを授ける」
国王自ら僕の胸へ勲章を付けてくれるとまた場内からどよめきが起こる。
「陛下自ら……」
「前例がないぞ……」
国王は僕を見つめて穏やかに笑いかけてくれた。
「この勲章は王国を守護した英雄へ授けられる。其方はまだ若い。しかしその功績は年齢で測れるものではない」
さらに侍従さんが箱を運んで来ると国王が声を張って告げた。
「褒賞として金貨三百枚、子爵家より謝礼として金貨百枚、さらに騎士団の賠償として金貨百枚。合わせて金貨五百枚を授ける」
そして場内が再びざわめく。
「金貨五百枚……」
「平民には破格だ」
ザワザワと騒がれて居心地が悪いがあとは騎士さんが褒美の内訳を再度宣言してようやく謁見が終わる。僕は静かに息を吐き終わりを待った。
しかし国王はそこで言葉を続けた。
「そして、もう一つ。ヴィリアル、其方には望みを一つ叶える権利を与えよう。何でも申してみるがよい」
練習には無かったことで僕は少しだけ驚いたが跪いたまま答える。
「陛下、すでに十分過ぎる褒賞を頂きました」
僕の返答に場内が見守るように静まり返るが僕は真っ直ぐ国王を見つめた。
「私は身寄りのない子どもたちが、安心して暮らせる場所を作りたいのです。そのためのお力添えを賜れれば幸いにございます」
言い終えても今度は誰一人として声を発しない。静寂だけが流れ返答をミスったか?と不安になったが国王は微笑んでくれている。
「……見事だ。ヴィリアル、其方は英雄である前に、一人の善き人、良き隣人だ。余が責任を持って支援しよう。王都のみならず、各地へ孤児院を設立する際には王家も惜しみなく協力する」
宰相さんは静かに頷き、子爵さんは感極まったように目を潤ませる。
すると近衛騎士さんが一歩前へ出て、高らかに宣言した。
「国王陛下のご裁定により、ヴィリアル殿へ『聖樹守護勲章』ならびに褒賞金貨五百枚を授与する!」
そして謁見の間には盛大な拍手が響き渡った。
◇
謁見を終えた僕たちは、王城の来賓用客室へ案内されていた。
「おぉー凄い!」
とびっきり豪華な部屋に思わず声が漏れてしまった。
大きな部屋に敷かれた赤い絨毯に部屋の隅にある大きな暖炉。
磨き上げられた家具や調度品に窓からは王都の街並みが一望できる。
「っふぅーーー!」
僕が部屋に見惚れていると一緒に入室したフォーさんは三人掛けのソファへどさりと腰を下ろした。
「疲れたなぁ、ヴィリ!」
窮屈そうに首元の帯を緩め、上着を脱ぎながら大きく息を吐くその姿を見て思わず笑ってしまう。
「まだ脱ぐには早い気もしますけど……やっぱり窮屈でした?」
「当たり前だ!」
確かに着こなしは格好いい。今のフォーさんは礼服に合わせロマンスグレーに染まり切ってほとんど銀色の長髪を少し高めの位置で結い上げたハーフアップスタイルである。
普段の無精髭は綺麗に整えられている。
黙って立っていたらどこぞの寡黙な武人然とした大人の色香を漂わせていた。
事実の裏付けの様にここに来るまで何度もすれ違った王城のメイドさん達は皆フォーさんを目で追い見惚れていた。僕もいつかこんな大人にもなってみたいと思う。
「礼服なんて着る機会はそうそうねーが戦う服じゃぁねえな!ハハハ!」
だけど本人は心底疲れているようだった。
二人で寛ぎ始めたその時。コンコン、と扉が叩かれる。
使用人さんが扉を開けて、入ってきたのは宰相さん、子爵さんと見覚えのない若い青年だった。
「あ、宰相さん、子爵さん、お久しぶりです」
僕は立ち上がり、一礼すると促されるまま席へ着く。それを見届けて宰相さんが青年を紹介した。
「こちらは――ミズガル王国王太子レイヴ・バルドル・ミズガル殿下にございます」
「えっ!?」
宰相さんと子爵さんのサプライズに僕は慌てて立ち上がる。
「は、初めまして!ヴィリアル・レイダル・ホルテンシアと申します!」
慌てて自己紹介をすると王太子は柔らかく笑い返してくれていた。
「そう畏まらずともよい、私は王子という立場に過ぎぬ。それにエルフとは長命種、見た目だけでは年齢は分からぬと聞いている。もしや私より年上ではないか?」
爽やかな笑みを浮かべた王太子の言葉に思わず僕は目を丸くした。旅へ出てから、年齢を先に見抜かれたのは初めてだ。
「はい、今年で三十八歳になります!」
「やはりそうか!私は今年十八になる。年齢では私の方が後輩だな」
その言葉に場が和むと、そこへフォーさんが快活に笑い出した。
「ハハハ!やはり最初は驚くだろ!ヴィリは俺と一つしか違わねぇからな!」
しれっと話に混ざるフォーさんの言葉に王太子は気を悪くした様子もなく自然体で会話を続けた。
「それだけではありません。先ほど陛下も仰っていました『英雄である前に、一人の善き人、良き隣人だ』と。まさにその通りだと私も思いました」
するとフォーさんが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「おう!俺たちもつい最近、その志に惚れて仲間になった!」
突然始まったフォーさんの自慢話に、僕は少し恥ずかしくなったが、王太子は興味津々だった。
「孤児や難民を保護していると聞きました。以前からですか?」
「あぁ、俺たちとクランを組む前にエレナとカイって姉弟を助けて一年ほどエルフの森で面倒を見ていたそうだ!」
「一年も⁈森では何を?」
驚きつつ質問する王太子にフォーさんは指を折りながら答える。
「衣食住を与えて療養。魔法の勉強。読み書き。体力づくり。将来困らねぇように勉学まで教えてたらしい」
「幼い子どもにもですか……」
王太子は感心したように呟いた。
「うむ、その時エレナは十六でカイは十歳だったか?」
「学ぶ機会を与えることも救うことなのですね」
しばらく二人だけで話が盛り上がっていたがようやく一息ついた頃、王太子は改めて僕へ向き直った。
「さて、少し話し過ぎたようだ。本題へ戻ろう」
和やかに話していた王太子が雰囲気を切り替えたので僕も姿勢を正す。
「其方たちは冒険者を続けながら、孤児や難民を受け入れる施設、そして子どもたちが独り立ちできるよう学べる学舎を作りたい。その認識で間違いないか?」
「はい、その通りです」
王太子は僕らを見つめて静かに頷いた。
「国としても支援したい。しかし現実問題として、全てを国庫から賄うことは難しい…」
王太子の表情が僅かに曇るとその説明を宰相さんが引き継ぎ話し出す。
「と言うのも、もし王家だけが特定の施設や個人へまとまった資金を出せば、他の貴族や商人たちから必ず反発が起こる。ですので、自立できる仕組みを一緒に作りたいのです。そこでヴィリアル殿、エルフならではの特産品などはございませんか?」
「継続的な収入源となるものが望ましいのですが」
宰相さんの提案に僕は腕を組んで森での暮らしを思い返す。森での特産と言うと弓とか?でもそれはレプラコーンの人達やエルフが作るだけで職人さんの技量で出来が決まるから微妙か?子供達に教えるには里から職人さんを連れて来ないといけないしそもそもそんなに弓が売れるのか?など少しだけ考えたけどイマイチ決め手が思い浮かばない。そもそも里の特産って何だ?と黙って考え込んでいると
「酒だ、酒はどうだ⁈」
黙って聞いてたフォーさんが急に渋めの声を出して提案して全員が驚いて振り向く。
「酒……ですか?」
宰相さんが聞き返す。
「あぁ、エルフの国でしか飲めん酒もあるだろう!」
「その生産か販売の許可がもらえんか?」
……それ、自分が飲みたいだけじゃ…僕は心の中でそう思ったが他の三人の反応は違った。
「エルフ秘伝の酒!……」
王太子が目を輝かせ。
「それはぜひ飲んでみたい!」
宰相さんも頷いた。
「王都でも十分な価値が見込めます。私も完成したら、ぜひ一杯いただきたいものです」
子爵さんまで乗り気だった。
思い付きだったはずの案は、その場で大きく動き始めた。
その後、具体的な話し合いが進み現在保護している人数であれば、施設の維持費は月に金貨四十枚ほど、そのうち半分となる金貨二十枚を王家が継続して支援することとなった。さらに王太子は申し訳なさそうに提案してくれた。
「全額を支援できぬ代わりに、一つ提案がある。エイルド商業都市に、現在使われていない元商人の屋敷が一軒ある。これを孤児院として譲渡しよう、クラン所有となる為拠点兼用でも良い」
僕は思わず息を呑む。
「さらに都市の城壁外には、およそ十ヘクタールの農地がある。現在は遊休地だ、開墾も自由とする。足りなくなれば、その時にまた相談しよう」
僕は立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!必ずこのご恩に報いてみせます!」
王太子は穏やかに微笑み、静かに頷いた。
「恩に思わずとも良い、今回のは褒賞なのだから。だが期待しているぞ、ヴィリアル殿。その孤児院が、王国の未来を育む場所となることを」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
楽しんで頂けたら幸いです。




