十六話 二月三十七歳《早速仕事人》
「ヴィリくん! 起きてください!」
「坊ちゃん! 大変なのですよ!」
まだ日も昇り切っていない早朝から部屋の扉が勢いよく開き、エレナとエマの二人に叩き起こされた。
「んー……ど…うしたの……?」
「あっ…えっ、と...いいから早く来てください!」
「早く来るのですよ!」
珍しく少し乱暴なエレナにベッドから引き摺り出され、二人に腕を引っ張られながらそのまま部屋を飛び出した。
どこに行くのか―
まだ夢の中なのか―
顔も洗わず―
寝癖もそのまま―
寝ぼけた頭は仕事をせずに―なすがまま、ふらふらドタドタ。
眠い目を擦りながら、宿の外へ連れ出され――
「おぉ! ヴィリ!ようやくお目覚めか!」
聞き慣れた元気な声が僕の耳に飛んできた。
そこにはウェアウルフの赤眼と金眼のフラミルさんが大きく手を振っていた。
「お、おはようございます……?」
寝ぼけ眼のまま挨拶を返し、その先を見て僕は固まった。
連れ出された宿の前には、大勢の人が集まっている。
子どもに老人。
その人達は痩せ細っていたり傷を負っていたり、ぼろ布を羽織る者も少なくない。
その人々はフラミルさんの後ろで身を寄せ合い、余寒の風に晒されて身体を震わせていた。
そして目の前のフラミルさんは満足そうに腕を組んでいる。
「……え?」
異様な光景を目の当たりにして目は覚める。が状況が理解できずに思考が止まる。
「………この人たちは……?」
「あぁ!昨日活動方針を決めたからな!早速困ってる人を見つけて来たぞ!」
おかげで目は覚めた。がやはり意味がわからずフラミルさんに尋ねると事も無げに無邪気に答える。
「えぇ?見つ…け…て?」
あまりにあけすけ、さも当然といった態度に半笑いで聞き返してしまった。
「……あぁ?」
「........」
僕の態度を見たフラミルさんはなにか?といった表情で腕を組み続けている。
落ち着いて彼女に経緯を尋ねるとどうやらフラミルさんは朝早くに僕たちと“困っている人”を探して回ろうと考えていたらしい。
しかし夜の寒さに居ても立っても居られず一人で夜明けを待たずに行動を開始。すると都市中を駆け周りエレナやカイの名前を使い孤児や難民を先導し僕の宿まで連れて来たと自慢気に教えてくれた。
「孤児十八人、難民六人だ!」
さぁ、保護しろと言わんばかりに後ろの人々に手を向けるフラミルさんはまるで褒めてほしい子どものような笑顔だった。僕は思わず額へ手を当てる。
行動力が凄すぎる……
横ではエレナも苦笑している。
「でも酔っ払いや乱暴な人はいないのですよ?」
寒そうにしている子供を見て、部屋に戻り毛布を持って来ていたエマが答えると、その疑問にフラミルさんは胸を張る。
「あぁ!道中の態度で悪そうなのは追い払った!連れて来たのは困ってる奴だけだぞ!」
その辺は妙にしっかりしている。さすが歴戦の冒険者だ。
「と、とりあえず着替えてきます!」
そして急いで身支度を整え、そのままフォーさんのもとへ向かう事にした。
◇
大所帯で押しかけた僕らにはじめは驚いた表情になったフォーさんは黙って事情を聞いてくれた。
事情を聞くフォーさんは真剣な顔から次第に笑みを深めて、話終わると同時に限界が来た。
「ワハハははははははは!」
宿中へ響くほど豪快にフォーさんは笑った。
「やはりフラは流石だなぁ!行動が早い!」
「だろ!」
フラミルさんは得意げに胸を張る。
「いや……流石にこの人数は驚きますよ。どこか泊まれる場所の当てはありませんか?」
あらかた笑い終わるとフォーさんは顎へ手を当てる。
「ーふむ、この人数の孤児や難民は宿も良しとは言わん、なら普通の宿じゃ無理だ。借りるならとりあえず馬小屋か納屋だな。それくらい広くなきゃこの人数は寝られん」
「俺、探してくる!」
「アル!」
その言葉を聞いた瞬間にアルが勢いよく立ち上がり、止める間もなく街へ一目散に駆けていった。
続いてエレナも立ち上がる。
「私は怪我をしている人を診ます!」
彼女はすぐ子どもたちの方へ走り出す。
「服が足りねぇな!俺、買ってくる!寒そうなの放っとけねぇ」
ロベルもそう言うと街へ駆けていく、皆が自然と動いていた。
誰かの指示でもなくそれぞれが自分に出来ることを考えて。
僕はその光景を見つめ思わず笑みが溢れた。
僕もやるべきことをやろうとと思い立ち上がる。
「フラミルさん、頼まれごとお願いしてもいいですか?」
「おぉ!なんだ⁈」
「えっと、これくらいで足りると思うんですけどこれをアルとロベルに渡して来てもらえませんか」
先ずは飛び出した二人の元に数枚の金貨を届けてもらう。
「これだけか?他にやることは無いか?」
「これが終わったら宿でこの人達のご飯を作ってもらえないか聞いて来て貰えないですか?」
「おぅ!任せろ!ついでにエフも起こしてくるぜ!」
さらに金貨をフラエフさんに預けてお願いする。
「よし、僕も」
心配ごとに手を打ってエレナの隣へ座るとエレナは怪我人の治療を始めていた。
「大丈夫です、順番に診ていきますから」
「慈愛の光よ、 彼者の痛みを癒やせ ──Heal」
小さな光が怪我人を包み込む。
淡い光で次々と人々を癒してゆく。
ありがとう。
そんな声があちこちから聞こえてきた。
◇
エイルド商業都市の兵舎に一人の女性がフードを深く被ったまま、慌てた様子で駆け込んできた。
「大変です!助けてください!」
兵士たちが顔を上げる。
「どうした?」
女性は息を切らせながら叫んだ。
「孤児を集めている人たちがいます、人身売買をするつもりの様なのです!」
兵士たちの空気が一変する。
「何だと!?」
「場所は!」
「街外れの宿です、今ならまだ間に合います!」
隊長らしき騎士が剣を取る。
「行くぞ!」
「ご婦人!感謝する!」
数人の騎士が一斉に兵舎を飛び出す。
女性はその背中を静かに見送る、そして誰にも聞こえない声で笑い出す。
「ふふっ……」
「レギさんに頼まれた仕事だと言っていだけど、こんなことであのピクシーに貸しが作れるなら安いものね」
フードから覗く女の口元が歪む。
「後は牢屋の中で死んでもらえばいいかしら」
「その手配も、先に済ませておきましょ」
女は踵を返し、人混みの中へ静かに姿を消した。
◇
早朝からの慌ただしさは、まだ続いていた。
怪我人の治療をしていたエレナは老人の手をとっていた。
「これで最後です」
淡い光が傷を包み込み、痣がゆっくりと消えていく。
「…すまなかった………」
老人が涙を浮かべて深々とエレナに頭を下げた。
「いいえ、無理をしないでください」
詫びる老人にエレナは優しく微笑む。やはり孤児の頃の知り合いなのか治療する間に何人もの人がエレナに謝罪する姿や安心するような姿を目にした。
彼女はその度に「もう、いいですから」「仕方がなかったんです」と話していた。
あまり人の過去を詮索するのは気が引ける、それが辛い思い出なら尚更だ。僕はエレナ達の会話をなるべく聞かないように治療をしていた。
その隣の列ではロベルが買ってきた衣類をエマが仕分けてカイが一人ひとりへ配っていた。
「この人のはこっちのサイズのほうがいいのですよ!」
「どうぞ!」
子どもたちは服を抱えて嬉しそうにしている。
ぼろぼろだった服しか持っていなかったのだろう。
新品とは言えないが、寒さがまだ続く今の時期にはそれでも十分だった。
「着替える前に身体を拭きましょう」
プクリ―
掌へ魔力を集めて、いくつもの水球を浮かび上がらせる。そして次第に温水に変えてゆく。
僕は魔力制御で水球をいくつも浮かべて故郷を思い出していた。こんな所で里での訓練が役に立つなんて思いもしなかった。
「順番に使ってください」
「身体を綺麗にしてから着替えましょう」
ロベルとエレナはタオルを配り子供の清拭や着替えを手伝ったりと忙しく動き回る。
フラミルさんとエフティルさんは宿の主人へ食事を頼みに行って―
「作ってはやるが人数が多いから食材を買ってきてくれ」
―そう頼まれて二人は街へ買い出しへ向かっている。
アルはいまだ街中の宿やを駆け回っていて戻っていない。
少しずつ慌ただしさも落ち着き始めた、その時だった。
「取り押さえろ!」
「だから何のことだと言っているだろ!」
「うぉぉぉぉぉ!」
宿の表から何人もの怒号とフォーさんの声が響く。
「何だ!?」
僕たちは顔を見合わせる。
次の瞬間。
ガシャーンと何かがぶつかる音が聞こえた。
僕はこの場をロベル達に任せて慌てて表へ飛び出した。
◇
表に出ると宿の前では騎士たちがフォーさんへ一斉に飛び掛かっていた。
「止まれ!」
「抵抗するな!」
「うおぉぉ!」
フォーさんは巨大な身体を捻るだけで騎士を弾き飛ばしていく。掴み掛かられては投げ飛ばし、剣を振るわれては避ける。
まるで暴れる牛だ。
しかし――。
腕、肩、脇腹。
相手は複数の騎士、避け切れなかった剣がフォーさんの身体を浅く裂いて赤い血が滲んでいた。
「何をしてるんですか!」
僕は思わずショートソードを抜き、フォーさんの前へ飛び出した。
すると――。
「バカ野郎!」
後ろからフォーさんの怒鳴り声が僕に飛ぶ。
「剣を抜くな!」
その大音声に思わず動きが止まる。
「でも!もう向こうは剣を抜いてます!何があったんですか!?」
僕はフォーさんに背中越しで叫んだ。
フォーさんは騎士の一人を軽く押し返しながら吐き捨てる。
「ちっ!俺たちが人攫いだとよ!人身売買目的で孤児を集めてるとか抜かしやがる」
「えっ!?」
思いもよらない単語と濡れ衣に言葉を失う。
「な、何でそんな話になるんですか!」
「知らん!こいつら人の話も聞かずに掛かって来やがった!」
フォーさん自身も心当たりはないらしい。
「仲間はエルフだ!魔法に気を付けろ!」
騎士たちが一斉に僕へ剣を向ける。完全に興奮して僕らに殺気を向けていた。誤解ですと言っても、とても話が通じる状態ではないと感じた。
「殺すなよ!蹴散らすだけでいい、そのうち敵意がねぇことも分かる筈だ!」
「……はい!」
僕はショートソードを鞘へ戻す。
剣ではなく魔法で止める。
右手をかざし魔力を巡らせる。
「烈風よ、舞い乱れよ──Gale Vortex」
「前が見えない!」
「どこにいる!逃げる気か!」
「慌てるな同士討ちになるぞ!」
突風が騎士たちの周りで吹き乱れ隊列を乱す。
「エルフだ!エルフから狙え!」
「ゔぉぉぉ!」
風の障壁のお陰で一気には来なくたった騎士だが、まばらに障壁を突破する騎士がいた。風の障壁を抜けて僕に切り掛かる騎士を体術で受け流す。
騎士は上段の構えで突っ込んでくる。
僕は腰を落とし数歩前へ出ると慌てた騎士が素早く袈裟斬り。
僕は右手でツバを逸らしそのまま後ろに引くと騎士は僕の後方へと飛んでゆく。
それを見ていた後続の騎士は素早く剣を下げてそのまま横薙ぎ一文字。
僕は騎士を投げ飛ばした姿勢のまま上体を逸らし腰を落とす。
僕の横顔スレスレで剣が過ぎると避けられ瞠目する騎士の首に僕の右足の回し蹴りが当たる。
そのまま気を失い崩れる騎士。
「なっ!気を付けろ!このエルフは拳闘士だ!」
誰が拳闘士だ!まだ誰も殴ってない!などと心の中で思いながらも騎士の鎧が痛そうなので素手で殴るつもりはそもそもない。
「くっ!一人で相手をするな!囲め!」
今度は複数同時に来られる、が同士討ちにならない様に配慮された攻撃は懐に入ってしまえば対処もさほど難しくない。先ほどと同じ様に鎧の隙間に攻撃を入れる。
脇や前腕内側、急所を手刀で刺すとポロポロと剣を落とす騎士。たまに落とさないで耐える人にはベルトのバックル目掛けて僕の剣の柄頭をドスっと押し込む。すると悶絶し倒れ込む。
しかし何度足止めしても援軍は次々と増えていく。
兵舎からさらに騎士たちが駆け付け、宿の前は完全に包囲されてしまった。
「はぁ……」
僕は思わずため息をつく。
(何なんだこの状況はコレいつまで続くの……)
◇
その後も二度とほど増援が来て、今三度目の増援が到着した時だった。
「待て!」
騎馬で駆けつけた一人の若い騎士が馬から飛び降りた。
「やめろ!やめるんだ!戦闘止めー!」
その静止命令は僕らではなく襲い来る騎士に向けられていた。
僕らに向かい合う騎士の前に飛び出したのは青年の騎士、一声で周囲の騎士たちが動きを止めた。
今度はなんだ?と思っていると青年騎士はフォーさんと僕を交互に見つめて来たと思ったら短く息を吸い目を見開いた。
「あなた方はもしや!....昨年、領主様を魔獣から救ってくださった方々ではありませんか!」
静まり返る宿の前。知り合いか?と思い記憶を辿っていると僕らに向かって青年騎士が深く頭を下げた。
「私はあの時、子爵様の護衛を務めておりました」
そうか、この人は以前、僕らが助けに入った魔獣襲撃の時に子爵の護衛にいた騎士の一人か。
「私は普段は子爵家に仕えておりますが、多数の騎士が出動したと聞き、駆け付けたのです」
そして周囲へ振り返る青年騎士。
「剣を収めろ!この方々は領主様の恩人だ!」
青年騎士の発言に先程まで正義感いっぱいに戦っていた他の騎士が青ざめ、ざわつきだす。
その様子を見てようやく誤解が解け始めたとホッと胸を撫で下ろす。
◇
しばらくして、騎士たちは一列に並び、深く頭を下げていた。
「この度は誠に申し訳ありませんでした!」
青年騎士さんは今にも地面へ額を擦り付けそうな勢いだ。
「問題ない!こちらも結局のところ被害は皆無だったしな。ハハハ!」
そう言って笑うフォーさんは腕や肩からはまだ血が流れている。
「本当に大丈夫なんですか?結構斬られてますよ?」
「これか?」
フォーさんは傷口を眺めながら鼻で笑った。
「闘技場で剣闘士をやってた頃に比べりゃ、かすり傷にもならん。朝の良い運動になったくらいだ」
その言葉に騎士たちはさらに申し訳なさそうな顔になり、青年騎士さんは再び頭を下げた。
「後日、子爵様へ正式に報告いたします」
「謝罪と謝礼も改めてお届けさせてください」
フォーさんは笑みを浮かべ片手を挙げていた。
「気にするな!今度からは確認してから突っ込んで来い」
その一言に騎士たちはさらに申し訳なさそうな顔になった。
やがて騎士たちは何度も頭を下げながら兵舎へ戻っていく。
◇
「さて、傷の手当てでもするか!」
ようやくフォーの手当てができると思いフォーさんの後に続いて宿へ戻ろうと振り返る。
向かう先、宿の入り口でこちらを見ていた人物がいた。
物陰からこちらを覗いていたエレナの姿が目に入る。
「エレナ?」
彼女は青ざめた顔で立ち尽くしていた。
視線はフォーさん、正確には傷だらけフォーさんの腕。
そこから流れる血に釘付けになっている。
「ふ、フォー……さん……」
その声は震えていた。
今にも倒れてしまいそうなほど、顔から血の気が引いていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
楽しんで頂けたら幸いです。




