43.あの日の惨劇
「はぁ、あっああっあ」
いったいどれぐらいの時間が経ったのだろうか?
お父さんは質が悪いことに拷問を熟知している。
爪を剝がした後は奥歯を抜いていく、そして次は片目を傷めつける。
方法は単純で〈機能の固定〉で目を閉じることを許さずに虫刺されを目薬のように落とすだけで普通の人間には耐えられない苦痛になる。
「そろそろ本番といこうか」
叫び過ぎて声が出ない二人にお父さんは包丁を取ってウキウキで言い放つ。
「や、めてよお父さん。もう十分でしょ?これ以上慶を傷つけないで!」
「指は生えるのかな夏美?」
お父さんが冷たくそう言い放つ。
「やめて!慶は医者になるの!それだけはダメ!」
「もう既に片目が見えないから変わらないさ」
お父さんはそう言い放つと慶君に包丁を持たせる。
「それと〈傷の肩代り〉が医者になるのは父さんは反対だ。使い捨ての残機に成り下がるだけだよ」
お父さんは怖い顔でそう言うと慶君の腕を夏美の指めがけて振り下ろさせる。
「あああああああああ!」
さっきまで喉を痛めて声が出なかったのにも関わらず今までで一番の絶叫が響き渡る。
「な、夏美!今直してやるか――」
「平気!」
震える声の慶君の言葉を遮って夏美はそう叫ぶ。
「平気だから。慶が傷つく必要はないよ、指を無くしちゃだめ。その手は多くの人を守るものだから」
「……そっか」
慶君は優しい声でそう呟くと聞くに絶えない声を出す。
「美しい、美しいよ二人とも!さすがお父さんの子だ。この期に及んでまだそんな表情が出来るなんて」
お父さんは無くなった慶君の指を止血しながらそう吐き出す。
「……あ、れ?」
夏美は疑問の混じりな声を出す。
その理由は簡単で指が再生しているのだ。
「俺は夏美が笑っていられるなら何でもいいんだ」
慶君は悪魔とは違う誰かを守るために命をかける赤黒いオーラを纏い男前な表情をする。
「……なるほど文字通り肩代りに至ったのか」
お父さんは嬉しそうにそう言うと再び包丁を手に取らせる。
「無い指で肩代りは出来るのかね?」
お父さんがそう言うと慶君の腕は意思に反して再び包丁を振り下ろす。
「っああ!?」
私はさっきと同じ絶叫が響くと思って目を背けていると耳にした声は疑問混じりの声だった。
「……あぁ」
顔を上げて捉えた光景は切られた指が元通りなっている夏美と声を必死に押し殺す二本の指が切り落とされている慶君だった。
「切り落とされた瞬間から肩代りしていけば痛みは緩和されるか。そして肩代りの位置の選択か、よくぞここまで能力を昇華させた!お義父さんは慶君を誇りに思うよ!」
恍惚な表情の悪魔はそう言うと拷問のスピードを加速させていく。
それに伴って二人の悲鳴の頻度も早まった。
「……慶!慶、嫌!嫌ぁ!死なないで!」
夏美は大粒の涙を流しながら手と足の指が無くなって身体中に深い切り傷まみれの慶君に向かってかけていく。
「あぁ、そうだ!その表情だよ夏美!まだ理解が及んでいない、まだ助かるという希望がギリギリで支えているその表情!たまらないよ」
悪魔は二人への〈機能の固定〉を解除して抱きしめ合う二人を快楽で狂った表情で見守る。
「ごめん夏美、一つだけお前に噓をついていたんだ」
「喋らないで!今助けを呼ぶから!」
そう言って携帯を探す夏美を慶君も立ち上がって力強く抱きしめる。
「最後に聞いてくれ夏美」
「い、いや、最後じゃない!最後じゃ、ない、よ」
夏美の声はだんだん弱々しくなって瞳からの涙が止まらなくなる。
「聞いてくれ夏美。俺の能力は正確には〈傷の肩代り〉じゃないんだ」
「……え?」
慶君は予想外のことを言うと夏美の肩を指の無い両腕で掴む。
「自分に傷を移すことに特化しているから〈傷の肩代り〉みたいなもなのなんだ。可能な大きさは紙で切った程度の傷だっだからさ」
慶君はそう言いと悪魔に向かい合う。
「俺の能力は〈傷の入れ替え〉だ」
慶君がそう言うと悪魔は血しぶきを上げて膝をつく。
「がは!あああ!」
悪魔は腹部に深く開いた傷を押さえながら絶叫する。
「……くたばれ!」
今がチャンス!と言わんばかりに致命傷でなくなった慶君は悪魔に殴りつける。
「……腰が入ってないよ慶!」
殴られた悪魔は一切怯むことなく立ち上がって構える。
「戦闘の経験はあるかい慶」
「お父さん!もう抵抗しないで!」
今にも飛びかかりそうな悪魔に包丁を持った夏美がそう叫ぶ。
「止めるわけないだろう!こんないいところで!」
悪魔はそう言うと慶君に距離を詰めてコンパクトなパンチを繰り出す。
「っ!」
「夏美!こっち!」
私は刺しに行こうとする夏美にそう叫ぶ。
「……分かった!」
一瞬で理解した夏美は私の方に走って包丁を前に突き出す。
「召喚」
私は腕を伸ばしてそう言ってお父さんを呼び出す。
「ぐぁ!」
悪魔はギリギリで反応すると手のひらで包丁を受け止める。
「そのまま持ってなさい!」
私は夏美にそう叫ぶと今度は足で悪魔を呼び出すことで包丁を手のひらから抜く。
「ちっ!」
悪魔は苛立ち見せると私を潰すために足を後ろに引く。
「召喚!」
「それは連発出来ないはずだろ?」
一撃目を空振らせると悪魔はそう言って軸足を速やかに入れ替えて再び蹴りが飛んでくる。
「……そうだよな。子供の為に命をかけるのが母親ってものだよな由美」
「夏美!早く、けい、さつ……を」
私は二撃目も空振りにさせると前を向いた。
「……噓」
「目を開けて!慶!」
視界に映ったのは光のない瞳をして口が半開きになっている慶君を抱き寄せる夏美の姿だった。
「……やっぱり血を流し過ぎていたか。本当に惜しかったな、腹筋に力を入れた状態で固定しなかったら今頃慶のようになっていた」
悪魔はそう言いながら夏美の元に近づいていく。
「慶は死んだよ夏美」
「違う!」
夏美はそう叫ぶと頭を押さえて激しく首を横に振る。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」
生気の抜けた瞳から大粒の涙を流す夏美は掠れた低い声で否定し続ける。
「あぁ、それだ、それだよ夏美ぃ」
悪魔は快感に打ち痺れるような絶頂するような表情でそう呟く。
「……そんな」
私は目の前の地獄を受け入れられずにそんな声を漏らす。
「グサッ」
「……あ」
私の意識が夏美から逸れたタイミングで足元にあった包丁が夏美に突き刺さる。
「……何でこんなことしたの?」
夏美は包丁に視線を向けることなくそう尋ねる。
「その絶望した表情になるのが見たかったんだ」
「そっか」
夏美はそう呟くと腹部に刺さった包丁を引き抜いて悪魔に向けて突き出す。
「……私が報いを受けさせたかったな」
突き出した包丁を止められた夏美はそう呟くと私達の方を向く。
「愛してるよお母さん、雫」
夏美は笑顔でそう言うと瞳から光を失って後ろに頭から倒れた。
「あぁ、ああああああああああ!」
「……やっぱり由美はその表情がいいな」
悪魔は嬉しそうにそう言うと私の頭に手を乗せる。
「今、由美は娘の受けた苦痛と絶望した娘の表情をフラッシュバックしているところだろう?」
悪魔は楽しそうにそう言うと〈機能の固定〉を発動する。
「脳のフラッシュバックは続けて、これから起こる惨事以降記憶させない」
「や、やめ――」
「今後これを打ち破れるのはあの全知全能ぐらいだろうな」
私は過去の記憶からその言葉の意味を理解する。
「つまり今後一生夏美と慶と雫の死を頭の中で繰り返し続けるんだ」
私はこの一言で悪寒が止まらなくなる。
「さあ、最後の仕上げといこうか?仲間外れは悲しいだろ雫?」
悪魔はそう言って雫の方に向かっていった。




