44.過去から今の私へ
「何……これ?」
手紙を読み終えた私は思わずそう呟く。この内容が現実だと思いたくなかったからだ。
「これが本当なら何で私は生きているの?何で慶君が犯人になってるの?何でお父さんは捕まっていないの?」
次々と浮かび上がる疑問を混乱を解消するために口にする。
「し、ずく!に、にげて!」
「……逃げるってどこに?警察に――」
「ダメ!ぜえったいぃ、ダメー!」
お母さんは絶叫するように私の服を力強く握りながらそう叫ぶ。
「と、とりあえず今直してあげるから」
私は面食らいながらそう言ってお母さんの頭を触れようとする。
「嫌!いやぁ!」
「大丈夫だよお母さん。記憶は見ないから」
「い、やぁ、いやだ!」
お母さんは深く鋭い真剣な目を私に向けて暴れる。
「そっか、そうだよね」
手紙の内容から考えるとお母さんの脳は記憶することを放棄している。つまり私が手紙を読んだことを認識しているか怪しい。
そしてこのタイミングでお母さんが手紙を私に見せた理由は考える必要もなく大成君だ。
私の顔に幸せが宿ってお父さんに狙われる可能性を察知したからこの状況が生じたのだ。
「何でなのお母さん?」
どうして私にそのことを壊れる前に言わなかったのだろう?少なくとも夏美お姉ちゃんが死んでから1ヶ月はお母さんは普通のように感じた。
お母さんは私の能力を知っている。最初から私が〈機能の固定〉を解除しておけばお父さんは逮捕されて慶君に冤罪がかかることもないはずだ。
「分からない、分からないよ私には」
お母さんが何故苦しむ選択をしたのかも分からないしお父さんをどうしたらいいのかも分からない。
「そんなことは今はどうでもいい!」
私は自分に言い聞かせるようにそう言うとお母さんの頭に触れて〈機能の固定〉を解除する。
「あ、あぁ?し、ずく?」
お母さんは頭を押さえながら私を見て名前を呼ぶと飛びつくように私を力強く抱きしめる。
「愛してる。愛してるわ雫」
「お、母さん?」
私はお母さんの信じられない行動に目元が熱くなっていくのを感じる。
「ごめんね、本当にごめんね。あなたが苦しんでいる時お母さんは何も出来なくて」
「う、あ、お母さん。お母さん!」
私は今まで耐えてきたものが決壊して目から大粒の涙を流しながらひたすら泣いた。
自分でも分からない程泣いた。そして私は泣きやむと一緒に家に帰ってお母さんに料理を作った。
そしてあまりにも多くのことがあったせいか私はご飯を食べてすぐに眠ってしまった。
「いい人に会えたのね雫。本当に良かったわ」
お母さんは眠る私の頭を撫でながらそう言う。
「本当に愛してるわ雫」
お母さんはそう言って私の額にキスをする。
そして次の日目を覚ますと机の上に一枚の手紙が置いてあった。
「……お母さん?」
私は引き寄せられるようにその手紙を手に取って内容に目を通していく。
「拝啓 雫へ」
最初の一文はそう始まった。
「こんなダメなお母さんでごめんね。こんな方法しか思いつかなかった私を許してください」
次の文章はそう書かれていた。字が滲んでいて読みにくかった。
お母さんは死んだ。高い所から頭から落ちて死んだ。お母さんの死体の近くに頭を激しく損傷したお父さんの死体もあった。
「ははは、やっぱりこの世界は本当にクソだね」
私は光を失った目をした血まみれなお母さんにそう呟いた。
「うん?ここは?」
「おはよう雫。悲しい夢でも見たのかい?」
涙で霞んだ視界に笑顔のお父さんを捉えると一気に血の気が引いていく。
「……幸せだった頃の思い出を少しね」
私は歯を食いしばってそう言う。
「それは良かったお父さん嬉し――」
「取り繕わなくていいよ人殺し」
私がそう言うとお父さんは驚いた顔をする。
「……知っていたのかい?」
「傀儡殺人鬼ってお父さんのことでしょ?」
「……どうやってそれを知った?」
お父さんは怖い顔をすると低い声でそう聞く。
「中学生に眠れない夜って案外多いんだよ」
お父さんが誰かを殺しに行く時は私を眠っている状態で固定する。
そうすれば私が起きることはなくて安全だからだ。
「睡眠薬を混ぜておいたんだけどな」
お父さんは苦笑いをしながら両手を挙げながらそう言う。
「これなら説明する必要はないか」
お父さんは不快な表情でそう言うと私の正面からずれる。
「いい男を選んだな雫。〈機能の固定〉にちゃんと抵抗出来ていたよ」
「大成君を離して」
私は椅子に縛られている大成君と遠くで縛られているお母さんを見つけると自然と拳と喉に力が入って睨み付けながらそう言う。
「そんな表情も出来るのか雫。お父さんは嬉しいよ」
お父さんは私の顔を撫でるように触れてそう言い放つ。
「やっと、やっとだ!やっとあの時の快感を感じられる!夏美が殺された時は諦めようと思ったがそれ以上の表情を雫がしてくれた!」
お父さんは興奮が行き過ぎたのか発狂したせいで大成君が目を覚ます。
「ん?ここは……」
「おはよう大成君」
まだ状況を理解できずに目をパチパチさせる大成君にお父さんは笑顔で挨拶する。
「何でここにいるんだ傀儡殺人鬼!」
「雫に聞いた通りだよ出雲君」
どうゆうこと?私は大成君にお父さんのことは全く話していない。
何で大成君はお父さんが人殺しだってことを知っているの?
「どうして実の娘に手を出すんだ!」
「君は家族を亡くしたらどんな気持ちになるのだろうね?」
「そんなもん考えたくないぐらい辛くて悲しいに決まってる!」
「もちろん私も同じ気持ちだよ大成君」
「だったら――」
「でもこの世に子供を愛せず虐待やネグレクトをする親、ましては泣き叫ぶ子供を見殺しにする親さえもいるだろう?」
お父さんにそう言われて大成君は言葉を止めて睨み付ける。
「だから自分の子供を虐げて快楽を得るものがいてもいいだろう?」
「いいわけないだろ!柊さんを何だと思っているんだ!」
大成君は私の記憶の中でも匹敵するものがない程の鬼の形相でそう叫ぶがお父さんは嬉しそうにする。
「……柊さん?」
嬉しそうにしていたのが一変して逆にお父さんが大成君を睨みつける。
「どうして苗字呼びなんだい?それにさん付け?」
「そんなことはどうでもいい!」
「そうだ、今はどうでもいいな」
お父さんは冷たい声でそう言うと大成君の人差し指を裏返すようにして折る。
「大成君!」
私は目の前の光景に思わずそう叫んでしまう。
「……こんなくだらないことが楽しいのか?」
大成君は少し痛い顔をしてからそう聞く。
「ああ、本当に楽しいよ。娘のこんな表情見たことがないからね」
「見たくないものなんだけどな」
大成君がそう悪態をつくと次は中指を折る。
「……指を折られて叫ばない高校生には会ったことがないな」
その点には私も同意だ。指を折られる痛みに耐えられる程痛みに慣れていてほしくない。
「じゃあ、こうしようか」
お父さんはそう言うと次は私の人差し指を掴む。
「柊さん!」
大成君は私の変な形になった人差し指を見て叫ぶ。
「……雫もなのか?」
お父さんは理解の出来ない表情でそう呟く。
理解出来ない理由は単純で私も叫ばないからだろう。
「まあいい、やりたい事はこれじゃない」
お父さんはそう言って私のロープを外すと大成君の指を握らせる。
「いや、嫌だ」
これ以上大成君を傷つけたくない。この状況は私のせいで生まれてしまった。
私のせいで大成君は普通の生活を送れなくなったんだ。
私がいなければ充実した高校生活を送って過去を清算するまではいかずとも過去を振り切って自信を持つことが出来た。
私がいなければ大成君は悪魔に目を付けられることはなかったのに。
「柊さん!」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると優しい表情をした大成君を捉える。
「今まで本当によく頑張ったね」
大成君が優しい声でそう言うと私は涙を流しながら骨が折れる感触に苦しんだ。




