42.お母さんからの手紙
私がお父さんの本性を知ったのは16回目のループの時だった。
この世界の私と大成君の関係は友人を超えた関係になっていた。
「ただいまー」
学校が終わって家に帰るがその日は室内にお母さんがいなかった。
「……え?お母さんどこ行ったの?」
こんなことは今までなかったので大きく取り乱す。
お母さんは夏美お姉ちゃんが亡くなった日から壊れてしまった。
ある程度の日常生活はお父さんの〈機能の固定〉で補助すれば送れてはいるが外出なんて難易度が高いことは出来ないだろう。
「どこいるのお母さ――」
私がそう言い終わる前に私の視界は室内からお墓に変わる。
「……ここは?」
状況を理解できずに周りを見ると見覚えのある場所だということに気づく。
「はぁ、はぁ、あ、うぅ雫」
「お母さん!?大丈夫?」
息を大きく切らしているお母さんに急いで駆け寄る。
「お母さん、能力使えたの?」
お母さんの能力は〈召喚〉で、マーキングを付けた対象と呼び寄せる場所の距離に応じた時間だけ呼び寄せる時間がかかる能力だ。
かなり集中する能力らしく使えないものかと思っていた。
「はぁ、こ、こに、みぃて」
お母さんは途切れ途切れにそう言って夏美お姉ちゃんのお墓の土台にある石を外す。
「……これは?」
空洞の中にあったのは小奇麗な缶だった。
「あ、けて!開けて!」
「う、うん」
私はお母さんの勢いに混乱しながら缶を開く。
「これは……手紙?」
中に入っていたものは茶色の封筒だった。
「読んで!よ、んで!」
お母さんの勢いそのまま封筒を開けて中に入っていた白い紙を広げるとそこには間違いなくお母さんの字があった。
「雫へ。この手紙をあなたが読んでいる頃には私は狂ってしまっているでしょう」
お母さん手紙はこの一文から始まった。
「あの日は週末で夏美と幼稚園からの知り合いで一年前から付き合っていた氷室慶君が家に来ていたの」
慶君が家に来るのは珍しいことではなかったけどそれも小学校までの話で思春期を迎えてからは機会は無くなっていた。
「慶君の能力は〈傷の肩代わり〉で活発な夏美がよく怪我をして泣いて慶君が慰めながら怪我を肩代りすることが多々あって頭を悩ませたわ」
二人が中学生なると遊ぶ機会は無くなったけど図書室で話すことは多かったと言っていた。
慶君は医者を夢見ていて夏美が珍しく本気で勉強しているのが記憶に強く残っていた。
「夏美は何とか慶君と同じ高校に受かって経緯は不明だけど二人は恋人になって高校生になった夏美の顔はいつも楽しそうで幸せそうでお母さんは安心できたの」
親からしたら笑顔で毎日いてくれるのはこれ以上ない幸せなことだわ、でもお父さんはそうじゃないの。
お父さんは幸せな顔を悲痛や絶望に変わるのを好む頭がおかしい人だったの。
「夏美が二年生に上がる頃には表情に幼なさが抜けて母性のある大人の表情をするようになって成長を感じると同時に手から離れていく寂しさがあったわ」
そんな気持ちを抱きながら歯車はあの地獄の日へ向けて回っていく。
「今日慶君が来るんだよね?」
「うん!慶にぃにが来るの!」
雫が元気よくそう答えるとお父さんは雫に近づくと頭を撫でる。
「教えてくれてありがとう雫」
「………………」
お父さんは雫にお礼を言うと今度は私の方に向かってくる。
「慶君とは長らく会ってないな……いったいどんな男に育ったのかな?」
「しっかりとした真面目な子だから、雫だって懐いてるでしょ?」
お険しい表情をするお父さんに呆れつつそう言うとお父さんは勢いよく近づいてくる。
「男っていうのはな二面性を持っているんだ。表は真面目でも裏では狂った獣のような一面を持っているものなんだ」
「はぁ、そんなこと言わないの。まあ、気持ちは分からなくないけどね」
「そうだねこんなこと言っちゃダメだね」
お父さんがそう言って項垂れるのを見て視線を外すと頭を触られる。
「…………?」
全身が動かなくなって声も出せなくなった状況を理解できずに目を横に動かす。
すると白い煙と酸っぱい匂いが鼻につく。
「男には裏があることなんて直哉に教えられただろう由美?」
夫からのその一言で身体中から嫌な汗が吹き出していく。
「直哉は全てを捨てて一人の女性を愛することに決めた。でも直哉は死んだ」
夫は淡々と言葉を発する。
「俺はあの時、いや違うか。俺の母親が目の前で殺された時だな」
夫との接点は私が子供の頃からあって一瞬で何を指しているのかを理解する。
夫と直哉の母親は幼い頃に父親を含めた三人の目の前で殺されている。
「あの日の記憶は今でも思い出すよ忘れたくても忘れられない。誰しもそうだろう?心の傷は死ぬまで一生消えない魂を侵すものだ。フラッシュバックなんて言葉があるだろう?些細なきっかけで最悪を思い出すんだ。だから俺の親父は自殺したんだ」
夫のお父さんは二人が能育に入学した後一人暮らしになって一年が経過したぐらいに遺書を残して自殺をしたのだ。
遺書の内容は謝罪の言葉と守れなかったこと、取り返しのつかないことしたと今も悔やんでいること、一人にはこの家は広すぎると書かれていた。
「俺はあの地獄はもちろん辛いし思い出したくない。でもあの日の父さんの表情が忘れられないんだよ」
だんだんと夫の声が震えておかしくなっていく。
「幸せそうで明るいあの顔が悲痛で絶望した顔に変わるあの瞬間が忘れられないだ」
嫌な予感は的中したようでこれから夫が何をしようとしているのか察してしまう。
「……そ、れだ、けは!」
「やっぱりある程度は打ち破れるんだね」
いつも通りの優しい夫の声がすると後頭部に痛みが走って意識を失った。
それから起きたことは夏美も同じように動けなくして椅子に座らせて慶君が来ると後ろから同様に動けなくしたのだろう。
私が目を覚ますと視界に映った光景は向かい合うように座っている気を失った二人と雫が真横にいる様子で、私は腕を縛られて口をガムテープで塞がれていた。
「目が覚めたようだねお母さん」
「んー!んっんー!」
私は全力で身体を動かそうとジタバタするが〈機能の固定〉で動かなく状態で身体中の機能が止められてほとんど身体が動かない。
声も辛うじて出るが喉が抉れたように痛い。
「今回のメインはお母さんじゃないけど……いい表情になってきたね」
お父さんはそう言うと私から視線を外して夏美達の方に近づいていく。
「……うん?ここは?」
「おはよう夏美」
「あ、うん?えっと……どうなってるのかなお父さん?」
夏美は腕を後ろで縛られている状況を理解出来ずに首を傾げならそう尋ねる。
「んー!んー!んんー!」
「……え?お母さんどうしたの?」
夏美がこっちの声に気づいてそう尋ねたタイミングでお父さんは正面からどいて慶君の姿を見せる。
「……慶?そ、そうだ!今日は慶が遊びに来ていて、それで……」
夏美はまだ状況を理解出来ていないのか思い出すようにブツブツ呟く。
「いい男を選んだな夏美。慶君は直哉と同じタイプだよお父さんの〈機能の固定〉を打ち破れるぐらい意志強いんだから」
お父さんはそう言うと慶君の肩を叩いて起こす。
「……ん?」
慶君は目を覚ますと夏美と同様に困惑した顔をする。
「は!夏美!だいじょ、うぶか?」
慶君は正面に広がる光景を見て声のトーンを落としていく。
「今は大丈夫だよ慶君。“今"はね?」
お父さんはニヤリとした表情でそう言うと包丁を取り出す。
「お、お父さん?な、何を持ってるの?」
「見たら分かるだろう夏美?」
お父さんはそう言って慶君の後ろに立って首に包丁を回す。
「な、何をしているのお、お父さん?」
「何をするつもりだと思う?」
お父さんは縋るような声を出す夏美にそう聞くと慶君の首に少し包丁を当ててゆっくりと引く。
「……お、お父さん?」
夏美は現実を理解出来ないのか震える声を出す。
「んー!んんー!」
「……ん?あ、お母さん」
私が必死にもがいていると横にいた雫が目を覚ます。
「おはよう雫」
「あ、お父さん!……と慶にぃに?」
雫は首からの出血と血を浴びた包丁を見て言葉が濁る。
「雫も起きたことだし始めようか」
お父さんはそう言うと慶君の手を縛っていたロープを切り落とす。
「何をするつもりだ!」
慶君は今まで見たことがない程怖い顔をしてそう叫ぶ。
「さあ、これを持とうか慶君」
赤くどす黒いオーラを放つお父さんは慶君の声に耳を傾けることはなく慶君の手に包丁を持たせる。
「んー!んーんー!」
お父さんが本気ということを理解した私はどうにかして止めないと思うがマーキングを付けている相手はこの場にいる慶君を除いた三人。誰か助けてくれる人を〈召喚〉するのは無理だった。
「〈傷の肩代り〉を使うのは自由だよ慶君。まあ、それが正解とは言えない気がするけどね」
お父さんはそう言うと慶君を立たせて夏美の方に文字通り歩かせる。
「どれがいいかな慶君?リストカット?指を切り落とす?何でもいいよ?」
「っ!」
心底楽しそうに狂ったことを言い放つお父さんに誰もが言葉を失ってしまう。
「お、お父さん!な、何か怒らせることをしちゃったなら謝るよ」
「大丈夫だよ夏美。お父さんは全く怒ってないから」
お父さんはそう言うと慶君を包丁を引く動作に固定してひたすら包丁を引かせる。
そしてその手を夏美の腕めがけてゆっくりと落とさせる。
「や、やめろ!」
慶君はそう叫んで抵抗しようとしても〈機能の固定〉は無慈悲にも軽く夏美の腕を切りつける。
「あぁ、だ、大丈夫か夏美?」
夏美の痛みの声と滲む血に慶君は震える声を出す。
「うん!大丈夫だよ慶!」
元気よくそう言う夏美の表情は強がりもあるがそれ以上に慶君を想う慈愛に満ちた表情だった。
「……そっか」
慶君は表情を緩ませてそう言うと腕の傷を肩代りする。
「……素晴らしいな二人共。この状況をそんな美しい表情が出来るのか」
お父さんはそう呟くと慶君の手から包丁を取ってペンチを持たせる。
「お父さん!もうこんなこと止めて!」
夏美は心からそう叫ぶがお父さんには響かない。
「〈傷の肩代り〉はどこまでの効果範囲なんだろうか?剝がれた爪を生やせるのかな?」
お父さんはそう言うと慶君にペンチを持たせて夏美の人差し指に引っ掛ける。
「……っ!」
慶君は自分の手にかかる爪を剝がす感覚に顔を引きつらせながらペンチを上に持ち上げる。
「あああぁあ!」
ブチッ!という音と同時に夏美の人差し指の爪が剝がれて苦痛な悲鳴が上がる。
夏美にはさっきのように腕を軽く切った痛みとは比にならないほどの激痛が走っているだろう、拷問の時に爪を一枚剥がせば吐くか吐かないかは分かるぐらいには痛い。
「あっ!あぁああああ!」
どうでもいい事を考えていると今度は男の子の声で悲鳴が上がる。
「爪は生えないようだね~」
自分の夫から発せられたと思いたくないような不快な声が聞こえて二人を見ると、二人共爪が剝がれてはいるが夏美の方は傷口が無くなっていて痛みは消えている様子だった。
「ダメだよ慶!慶まで苦しむ必要はない!」
「お、お母さん?な、何が起きてるの?」
あまりにもリアルな声に普通の状況でないことを本能を悟った雫が泣きそうな顔を向けてそう尋ねる。
「ちゃんと見ておくんだ雫。お姉ちゃん達の魂の躍動を」
お父さんはそう言い放つと更なる拷問を始めた。




