30.突き放す
「もう体調は平気かい?」
「うん、もう平気だよお父さん!」
「随分と上機嫌だね」
「行ってきます!」
こんな気持ちはいつぶりだろうか?こんなに心が澄んでいるのは。
やっと!やっと!純粋な気持ちで大成君に会える!
私の歩くスピードは次第に早くなっていった。
この頃の私は喜びと緊張で満たされて幸せだった。
でもすぐに甘い考えだったと悟る。
許されないことをしてしまったと。
だからあの場所で終わりにすることにした。
「私は今後一生、同じ気持ちを抱くことはないでしょう」
私は一度目を閉じる。
「私は、柊雫は大成君を愛しています」
私はそう呟いて身体を空中に投げ出した。
「行ってきます」
僕は母さんにそう言って学校に向かう。
そして孤立した席で孤独に過ごす空虚の一日が始まるはずだった。
「お、お久しぶりです大成君!」
お弁当を食べ始めようとすると緊張した様子の柊さんが来る。
「久しぶりだね、体調は平気なの?」
「あ、はい!もう大丈夫です」
この言葉に強がりはないだろう。
本当に元気そうでその笑顔からは眩しすぎるものを感じる。
「よかったらお弁当一緒に食べてもいいですか?」
かつての僕なら即座に了承する場面だろう。
でも前から考えていた通りに言葉を発する。
「ごめん、それは嫌かな」
残念ながら今の僕は殺人鬼だ。
こんな僕と関わるのは柊さんにとってマイナスでしかない。
後々傷つけるぐらいなら最初から拒絶する。
「え、あ、………………」
柊さんは断られると思っていなかったのか急激に表情が曇る。
「り、理由を聞いてもいいですか?」
柊さんの消え入る声にかなり心が痛むがこれから僕はもっと人を殺す。
ここで甘えてはいけない。
「先に僕から聞くんだけど僕の家に来た目的ってなに?」
あの行為に意味があった気はしないが話の展開をするために僕は出来るだけ低い声そう聞く。
「……えっとプリントを届けに――」
「それって本気で言ってる?」
僕がそう言うと柊さんは目に見えて狼狽する。
「ご、ごめんなさい。悪気は……悪気は……」
柊さんはそう言って言葉が止まる。
悪気があったのか?そんな気はしなかったが。
「悪気はあったの?」
「……ごめんなさい」
「悪気はあったのか聞いているんだけど」
僕が更に詰めるように聞くと柊の目が潤んでいく。
「ご、ごめんなさい……悪気はありました」
柊さんは項垂れるようにそう口にする。
「そんな人と一緒にお弁当を食べるのは嫌だよ」
僕はそう言って席を立つ。
「待って!待ってください!お願い……待って」
制止を無視して歩き始めると声はだんだんと弱弱しくなる。
「離してもらっていい?」
僕の腕を両手で掴む柊さんに機械的にそう言う。
「……どうしたら許してくれますか?」
「もう二度と僕に関わらないなら許すよ」
僕が最低な一言を言うと腕は解放されるのと同時に涙が地面に落ちていく。
「ちょっと出雲君、それはいくらなんでも」
「どこがなんでもなの?」
僕は控えめな声を出す空木さんに聞く。
「だって出雲君、言い過ぎてると思うし……」
空木さんの正しい意見を聞きながら僕はあの地獄の日々を思い出す。
そして慣れたように怒りと殺意を思い出す。
「それを君が言うの?」
「っ!」
僕がそう言い放つと空木さんは目に見えて狼狽する。
「教えて欲しいんだけど今更どうやったら人を信じられるの?」
「………………」
集まっていたクラス中の視線が逸れていく。
「ねえ柊さん。どうやって人を信じるんだったけ?」
僕はありったけの殺意を向けて柊さんを突き放す。
「こ、これからの行動で示します!」
何が柊さんにここまで言わせる?どうして諦めない?
諦めてくれ、もうこれ以上傷つけたくないんだ。
「……はぁ」
僕はあまりにもまっすぐな目を見て覚悟を決める。
「消えろって言ってるのが分からないのか?」
一番の低い声にクラス中が静まり返る。
「可能ならお前たちの顔なんて見たく――」
「なら学校に来なきゃいいだろ」
聞き慣れた不快な声が響くと僕を含めたクラス中の視線が集中する。
「逆に聞くけどなんで結城は学校に来れるんだ?恥ずかしいって感情はないのか?」
今まで従順だっただけに〈重力の勇者〉は苛立ちを隠せないらしい。
「どの口がほざいてる!」
そんな怒気を孕んだ声がクラスに響くと僕は地面に叩きつけられる。
「やめてください!」
柊さんは真っ先にそう声を上げる。
「お前は女に守られてばっかだな出雲」
「さすがに学校に守られている人間は言うことが違うな」
「……クソが!」
どうやら癪に触ったらしくもう一度身体が宙に浮く。
「ま、待っ――」
柊さんの制止より早く地面に叩きつけられる。
「だ、大丈夫で――」
「触るな!」
僕は心配そうに歩み寄る柊さんの手を叩く。
「まだ分からないのか!お前らさえ!お前らさえいなければ!」
柊さんはそう簡単に諦めないらしい。リアリティがまだ不十分だ。
こんな僕を守ろうとしてくれる優しい柊さんは普通に生きてほしい。
そうならば小細工無しだ。本音でいこう。
どうせ僕は今後一生誰かに心を許すことも信じることもない。
「なんで僕がこんな目に合わなくちゃいけない!僕がお前らに何かしたのか!どんな理由があって拷問を耐えることを強いる!何でお前らはこんなことをしてのうのうと生きていけるんだ!」
僕がそう咆哮するとクラスは静まり返る。
「……だせぇなお前は、なんでそんな醜いんだお前は」
〈重力の勇者〉は興味を失ったのか教室を後にする。
「ごめんなさい」
柊さんの方に視線を向けると大粒の涙を流して呆然としている。
「私のせいだ、私が弱いからだ、私が最低な人間だから」
柊さんは僕に聞こえない声量で何かをブツブツ口する。
「そうだ私のせいじゃないですか、全部全部私のせいだ」
柊さんは何かを言いながら立ち上がる。
「本当にごめんなさい」
柊さんはそう言って頭を下げると教室から立ち去った。
「あ!あなたは!」
大成が学校に復帰したことで職場に復帰した私は家に帰っていると見覚えのある小さいシルエットを視界に捉える。
「……響香さん」
シルエットは思った通りの柊雫で驚いた目を向けられる。
「……今度はどんな――」
「ご、ごめんなさい!」
私が嫌味を言おうとしたところで頭を下げられる。
「ど、どうしたのよ急に?」
「先日はとても失礼なことをしてしまいました!」
この前会った時とは異なって明らかに狼狽した様子に戸惑ってしまう。
「顔を上げてちょうだい雫ちゃん」
「本当にごめんなさい」
雫ちゃんはそう言うと申しわけなさそうな顔を上げる。
「その件はもういいわ。それで今回は何の用?」
「いえ、特には……」
そう言う雫ちゃんは明らかにオドオドしている。
「じゃ、じゃあ!伝言をお願いできますか?」
「いいわよ。なんて伝えたらいい?」
「あ……」
「あ?」
「……いえやっぱり伝言は大丈夫です」
「そ、そう?」
なんだか釈然としないがまあいい。
「あの響香さん。どうか私と会ったことはなかったことにしてもらえますか?」
「え、ええ分かったわ」
やっぱり変な子ね雫ちゃん。
そう思いながら小さな背中を見送ってから家に入った。
「コンコン、失礼します」
「どうした芽衣?」
「剣吾様。例の高校で再び亡くなった方が出ました」
「……詳しく聞こうか?」
「名前は柊雫、能力は〈速読〉、死因は自殺で記憶が見れません」
「遺伝子は?」
「変化はありませんでした」
「そうか……やっぱり出雲先輩の息子さんは黒じゃないのか?」
「私も記憶を見ましたが雪野愛華は確実に自殺でした。大成君が殺した可能性はあり得ません」
「……だよな」
「記憶が消えているわけでもなくプロテクトがかかっているわけでもありませんでした。あれはどう考えても実際に起こった記憶です」
「はぁ、せっかく見つかったと思ったんだけどな」
ここで〈切断の勇者〉と秘書の会話は終わった。
「何で許されると思ったんでしょう?」
大成君があんな目に遭う原因の私がどうして許されるんでしょうか?
元々あの悪魔に協力した最低な私が彼の傍にいるのはふさわしくないと思うべきだ。
「もう疲れたな」
私はこれ以上何を糧に生きていけばいいんだろう?
「せめてあなたの心のしこりにならないようにしないと」
私はそう呟いてキッチンに行って必要な物を手に取る。
そしてお父さんが帰って来るまで待つ。
「ガチャ!」
「ただいまー」
「お帰りお父さん!」
私は右手を後ろに隠しながら笑顔で出迎える。
「やっぱりご機嫌だな。何かいいことでもあったのか?」
「……全くなかったよ」
私はそう答えて右手隠し持っていた包丁を突き刺す。
「し、ずく?何を?」
「もういいよお父さん。死んで?」
私はそう言って包丁を急所から引き抜く。
「私はあなたの娘であることに嫌悪感しかない」
私はそう言い捨ててお母さんの方に向かう。
「あぁう?し、しず、く?」
「ごめんねお母さん。私限界みたいなの」
私はそう言って血の付いた手でお母さんを抱きしめる。
「本当にごめんね。せっかく守ってくれたのに」
私は頭に触れた後そう言ってキッチンから持ってきた包丁を後ろからお母さんに突き刺す。
「私はお母さんの娘でよかった」
私はそう伝えて返り血を綺麗にした後家の外に行く。
そして例の場所から地面に向かって頭から落ちた。




