23.方針
「ほ、本当に行くの?」
「うん、カウンセリングでも問題なかったからね」
僕は母さんにそう言って玄関に手をかける。
「それじゃあ行ってきます」
僕は心配そうな母さんから視線を外して通学路へ出る。
「さてと、初見はどうなることやら」
カウンセリングの時も危うく記憶を見られかけて何十回とやり直す羽目にあったからな。
〈未来予知〉の上位互換なのは違いないが初見で詰むとどうしようもないからな。
「まあ、学校で詰むような状況にはならないか」
学校に刃物を持った敵はいても明確な悪意を持っている敵はいない。
この事実だけで恐怖心は消え失せた。
「……お、おはよう出雲君」
僕という存在に静まり返った教室でたった一人だけ僕に向かって来て沈黙を破る。
「おはよう空木さん」
「えっと、その……い、出雲君の席はあそこになったの」
空木さんは言いにくそうにそう口にして一番後ろの窓側に一つだけある席を指差す。
「なんか席が圧倒的に少ないね」
僕は試しにそう聞いてみる。
一番後ろの列の席がガラリと無くなっているからだ。
「えと、その転校しちゃって」
「そっか、わざわざ教えてくれてありがとう」
「う、うん」
僕はお礼を言って警戒する様子の空木さんの横を通り過ぎて自分の席に座る。
そして何事もなかったかのように朝のホームルームが始まり授業が行われた。
観察して分かったことは山田君、長谷川さん、西念さん、雷君、僕が殺した悪魔を含めて計5人が教室から姿を消していた。
そして〈重力の勇者〉はのうのうと教室でふんぞり返っていた。
今回起きた事件は大きく取り上げられることはなかったからだ。
「結構時間経ったんだけどな」
昼休みになって図書室で本を読んでいるが柊さんが来る気配がない。
「いったい君は何なんだ?」
僕をいじめてきた人で〈重力の勇者〉以外の人はいじめた理由も理解できるし恨みは一切無い。
しかし柊さんは謎だ。たまに会った時に本について話す、良好な関係だと思っていた。
柊さんがいじめに関わることはなかった、だが事が起こる少し前にいきなりピッキングをして接触をしてきた。
そして何を差し置いても悪魔から名前が出てきた。
「仕方ない、先生に直接――」
「おい無能」
本を閉じて立ち上がろうとすると苛立ちを隠そうともしない〈重力の勇者〉がいた。
「どうかしたの結城君?」
「ちょっとこっちに来い」
相変わらずの命令口調でそう言われる。
「……分かった」
僕は苛立つ気持ちを押さえておとなしく後をついていく。
向かっている場所は確実に僕をいじめていた旧校舎の空き教室だ。
旧校舎は本当に人がいない。いじめをする為にあるといっても過言ではない。
「何で結城君は僕をいじめたの?」
「あぁ?ちっ雑魚はどいつもこいつも理由理由うるせえな。弱肉強食に文句を言って何の意味があるんだ?」
〈重力の勇者〉は苛立ちながらそう答える。
どうやら脅されたわけでもなく単純にクズだったらしい。
「……ものは試しだ」
僕は小さくそう呟いて僕の前を歩く無防備な背中に勢いよく隠し持っていた包丁を突き刺す。
「あ?お前……何してんだ?」
〈重力の勇者〉は完全に油断していたらしく間の抜けた声を出す。
「っ!?」
僕は対象的に苛立ちの声を出す。
突き刺した包丁は背中に届くギリギリで進まなくなった。
「そんな気はしてたけど!」
そう吠えながら包丁を握り直して二撃目を放つが壁に当たったような鈍い感覚が持ち手に襲う。
「っ雑魚が!」
「グハッ!」
〈重力の勇者〉が焦りながら吠えると僕は地面に叩きつけられる。
「残念だったな無能。非力なお前じゃ俺は殺せない」
〈重力の勇者〉は煽るようにそう言うと僕の髪を掴んで顔を覗き込む。
「その目は……そうかそうか復讐か?」
そう言う〈重力の勇者〉はあまりにも醜悪な顔をする。
「愛華が死んだ時は何が起きたのかと思ったがどうやら本当に自殺らしい」
本来ならば意味深な言葉だがこいつが悪魔の使い魔だってことは知っている。
「はぁ、お前は実に滑稽だな無能。その様子じゃどうして俺がお前が無能だってことを知っているか分かっていないんだろう?」
〈重力の勇者〉はそう言って心底楽しそうにする。……まずいな、話し始めるぞ。
「お前は愛華の能力は〈未来予知〉だと思っているだろうがそれは違う」
案の定使い魔は話し始めると悪い笑顔を浮かべる。
「愛華の能力は〈霊能力〉だ、この能力は幽霊との会話を可能になる。幽霊は好奇心の塊らしく、無能が引っ越して来た。っていうのは随分と噂になっていたらしい」
しょうもない話が始まるかと思っていたが案外そうでもなかった。
半年間で親しくなって〈霊能力〉の能力で無能が引っ越して来たこと、この学校に入学してクラスが同じことを幽霊を介して入手したっていう設定らしい。
「はぁ全く、目の前で襲えって言ったのは愛華の方だってのに政府の犬共は俺のことがどうやら嫌いらしい」
使い魔はそう言うと楽しそうだったのが一変する。
「一か月分の記憶を見てそのような事実は確認できなかっただぁ!その一か月で何回ヤったと思ってんだ!」
〈重力の勇者〉は僕を地面や壁に叩きつけながらそう叫ぶ。
「ったく、愛華の念写は便利だっただけに惜しいな、心も喰いそこねたしな」
「念写?」
「幽霊に念じさせて写真を撮るんだ。お前の守護霊に命じれば惨めな写真が取れたんだがな」
なるほど写真はそういう設定か。
「はぁ、お前はつくづく惨めだな」
〈重力の勇者〉は興味を失ったのか僕の横を通り過ぎる。
「次にこんなまねをしたら殺す」
そう言い残して〈重力の勇者〉は去っていった。
「案の定殺せないか」
僕は廊下に寝転びながらそう呟いた。
「今回の収穫は十分だな」
〈重力の勇者〉は常に自分の周りに重力の壁を作っていること、柊さんは転校したわけではなく体調不良で入院しているらしい。
「とりあえずリセットだな」
そう呟いて電車に乗ってすぐの所にある橋の上から飛び降りる。
「いっつ!」
視界と意識が回復すると首に激痛が走る。
「どのタイミングでセーブしたんだっけ?」
最後のカウンセリングが終わってすぐだから――
「コンコン。夜ご飯できたわよ大成」
扉がノックされたかと思うとぎこちない母さんの声が聞こえる。
そうだ、風呂から出てセーブしたんだった。
「はーい」
僕はそう返事をして母さんと一緒にリビングに向かう。
「その、大成?学校はどうするつもりなの?」
「そのことなんだけどもう少し考えていい?」
前回とは異なり今回はそう答えておく。
「そ、そうね。それがいいわ」
母さんは学校に行くと言った時とは対象的に安心したような声を出す。
「やあ大成、カウンセリングはどうだった?」
リビングに入ると父さんにそう聞かれる。
「平気だって先生に言われたよ」
「そうかそれは良かった」
父さんはそう言って安心した表情をした。
「そうだ大成、覚えているかな――」
同じだ。二回目だ。もう知っている従兄弟のことを再び父さんは話す。
もちろん父さんは悪くない父さんにとってこれはまだ話していない事なんだ。
「東京のホテルにて後藤小春さん26歳が首を絞めらて殺害された事件ですが――」
普段なら右から左に流れていくようなありふれたニュースが何故だかハッキリと耳に残る。
今僕の意識の全てはアナウンサーが淡々と読み上げていく内容に向かう。
そしてだんだんと心臓の鼓動が早まっていく。
「大丈夫かい大成?」
「ご、ごめん父さん」
父さんの心配そうな声で僕はハッとする。
「無理して食べなくていいからね」
「ううん、食欲が無いわけじゃないんだ」
僕は心配そうな母さんにそう言って勢いよくご飯をかきこむ。
そしてそのまま心配そうな二人を尻目に急いで夕食を済ませる。
「ごちそうさま!」
そう言って僕は席を立って急いで自分の部屋に向かう。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
僕は自分の部屋に入るとうるさい心臓を押さえて床に座り込む。
「僕じゃ〈重力の勇者〉は殺せない。今の僕のスペックは無能なんだ」
それは試してみて十分に分かった事、今の僕じゃどうしたって〈重力の勇者〉になれない。
圧倒的な力が欲しい。もうあんな惨めになりたくない。
〝じゃあどうしたらいい?”
「簡単だ……僕は魔王なんだ」
一つの能力じゃ〈重力の勇者〉は殺せない。
でも二つなら?三つなら?四つなら?可能性はあるんじゃないか?
そして僕には能力を複数個持つことが許されてしまった。
「能力が欲しい。〈セーブ&ロード〉以外の唯一無二の能力が欲しい!」
僕は子供の頃から心の底から思っていたことを叫ぶ。
〝じゃあどうしたらいい?”
「……人を殺して奪えばいい」
僕はありふれた強盗事件や殺人事件を耳にするたびにずっと思っていた事があった。
そんな事に使うぐらいならその能力を僕にくれよ!
そう心の底から思っていた。
「……僕は理不尽が許せない」
この世には普通に生きていた正しい人の未来が自分勝手な悪魔に奪われる事が日常的に起きている。
とても正気じゃない間違っている。
「あぁそうだ、奪えばいいそして同時に守ればいいんだ」
こんな思考は一般的にはダメなのかもしれない。
「ピコン」
だけど僕はもう心に決めた。
「僕は理不尽を振りまく殺人鬼を殺す」
この物語は英雄譚ではない魔王の物語なんだから。




