24.自答
「とりあえずこの二つの事件を調べるか」
セーブ地点から一週間後までの範囲で起こる事件を調べた結果近場で起こった殺人事件は両手の数程あった。
その中で僕でも対処出来そうなものは二件、そしてどちらもクソだ。
「まずはこっちなんだけど……」
セーブ地点から二日後伊東さん一家の三名が僕の家から電車で1時間程の自宅で変死体となって発見された。
伊東さん一家は一軒家に住んでいて、死亡推定時刻は23時~25時の間。
事件発覚から2週間経過したが進展はなし。犯人像、用いられた能力、共に不明。
「そして何よりも記憶を見ることが出来ない」
前提として警察の記憶を読む能力者は最大1ヶ月見ることができる。
記憶の捏造は勇者の力を持ってしても不可能でせいぜい出来るのは記憶を1分に満たない時間消すか無意味に順番を入れ替えるのがせいぜいだ。
警察の発表によると伊東さん一家の全員は頭部を激しく損傷していて記憶を見れる状態ではないらしい。
記憶を見れない事件はかなりの頻度で起きているがどれも凶器が見つかったり容疑者の記憶を調べることで解決されている。
だがこの事件はただの殺人事件ではない伊東さん一家の遺体は意味不明な状態だったのだ。
三人の遺体に共通しているのは刺し傷、ひっかき傷、打撲痕が多数ありそのどれもが自分、もしくは家族の誰かによって付けられた傷跡なのだ。
そして頭部の損傷は自ら地面に何度も打ち付けた結果できたものらしい。
伊東さん一家の評判はかなり良く、こんな事が起こる要素はない。
「意味不明だな」
この事件をまとめたノートに書かれた傀儡死事件の文字をなぞる。
この事件が傀儡死事件と呼ばれる理由は似たような事件が半年~一年周期で10年前から起こっているからだ。
そしてどの被害者も戦闘に向いている能力者ではない。
「まあ、本命はこっちだな」
ノートのページをめくりながらそう呟く。
セーブ地点から6日後僕の家から二駅のところで氷梅 凛さん16歳が自宅で遺体で見つかった事件。
遺体には性的暴行を加えた痕があり、死因は絞殺だと考えられている。
記憶を見たところ犯人の姿は映っておらず急に映像が暗転したことから、背後からか姿の見えない何者かに一瞬の内に気絶させられたと考えられている。
氷梅凛さんの能力は〈氷の造形家〉で戦闘向きではない。
家族の記憶を見たところ事件の関与は認められず、自宅に侵入した痕跡や戸締まりで抜けた場所もない。
「つまり自宅で家族以外の外部の人間によって殺された事件……か」
父さんが言うには入れ替えの能力の線は薄いらしい。
入れ替えの能力ならば自宅の物にマーキングを付ける必要がある。
触れる以外でマーキングを付ける方法は存在せず、入れ替える場合は質量をほとんど同じにする必要があって現実的ではないらしい。
こちらはDNA鑑定も可能な状態なのだが2週間経っても犯人の特定が出来ていない。
そして何より氷梅凛さんの自宅からは何者かの古い指紋が至る所で見つかっている。
「さてと、まずは二日後」
僕はそう言ってノートを閉じる。
はたして僕は30人以上殺している狂人に勝てるのだろうか?
「とりあえず様子見だな」
前もって調べておいた伊東さん一家の家の付近で22時から張り込む。
傀儡死事件はそこそこ有名な未解決事件でメディアの注目度も高く、インタビューが盛んに行われた。
その結果として分かった事は事件が起こった日伊東さんの父親は同僚と飲みに行っていて帰りが遅かったという。
このことから計画的かつ身内の犯行が疑われたが2週間経って捕まっていないなら白だったのだろう。
「……来た!」
人影を視界で捉える。今の時刻は22時24分。
「……なんだ?」
足音が二つあるのもそうだが、シルエットがなんか……変だ。
「ドッドッドッドッドッドッ」
足音が近づく度に心臓の音が加速する。
そしてシルエットは街灯の光に入り込んでいく。
「……?」
僕の視界に映った二人は酔っ払いが肩を組んで互いを支え合っているような姿だった。
「伊東さんじゃない?」
そう思って一息つく。張り詰めた緊張が解けていくのを感じる。
「バッ!」
緊張が解けたその時だった。
俯きながら歩いている伊東さんじゃない40代後半ぐらいの男が顔をバッと上げる。
「っ!」
油断だった、迂闊だった、ここに来るのは30人以上殺した殺人鬼だ。
その猫のように黄色い眼光は鋭く歴戦の猛者であることを容易に僕に悟らせる。
「どうする?逃げるか?」
次は気を抜かないでいれば存在を気づかれる心配は恐らくないだろう。
じゃあ、今の最善手はなんだ?
「こんばんは、伊東さん」
僕は物陰から出て手を振りながら挨拶をする。
どうせ死んでも戻るだけだ。やるだけやればいい。
「………………」
僕の挨拶に返ってくるのは動揺や警戒ではなく沈黙、そしてそのまま横を通り過ぎるつもりらしい。
「失礼しますね」
僕はそう言いながらもう一人の方の顔を確認しようと近づく。
「やっぱり――」
伊東さんの顔を確認すると殺人鬼が勢いよく顔を上げて鋭い黄色の瞳を向ける。
「バチ!」
向けられた殺意と敵意に驚いていると右肩を勢いよく掴まれる。
「痛っ、離せ!」
上半身を勢いよく折るように回して掴まれた手から逃れて距離を取る。
「はぁ、何で高校生ぐらいの子供がいるんだ」
殺人鬼はダルそうにそう言うと険しい表情で目を閉じた伊東さんを地面に寝かせる。
「……これが能力か」
さっき掴まれた右肩がいっさい動かない、だが右肘と指なんかは動く。
恐らく触れた場所を動かなくすることが出来る能力だ。
「伊東さんから離れてもらっても?」
右手は肘を曲げ、動く左手だけを前に構える僕を殺人鬼は鼻で笑う。
「そんなブサイクな状態でよく吠えれるね少年」
殺人鬼は黒の髪を揺らしながら爽やかな笑顔でそう言いって両手を軽く握って前に構えながら近づいてくる。
殺人鬼の身長はかなり高く体格はしっかりしていて父さんと同じ熟練を感じる風貌をしている。
そして何より殺人鬼が近づいているのに敵意や殺気を感じない
「なんだ、ちゃんと子供じゃないか」
殺人鬼は笑顔でそう言うと殺気を剝き出しにして右手を勢いよく振りぬく。
「っ!」
辛うじて左手で逸らすことには成功したが意識から逃れた左手に首を掴まれる。
「ぐぁ、離せ」
「いいよ」
殺人鬼はそう言うと素直に手を離す。そして一瞬の内に視界から消える。
「下!」
そう思って蹴りを合わせようと下を向こうとするが首が動かない。
「遅い」
仕方なしにコンパクトに蹴ろうとするが軸足を掴まれて足首が動かなくなって後ろに転倒する。
「これで詰みだ少年」
殺人鬼は僕の頭に何かが刺さった痕のある手を乗せて笑顔でそう言うと僕は全身が全く動かせなくなる。
「ついて来てもらうよ少年」
殺人鬼が僕を立たせながらそう言うと僕の右足を両手で持って一歩前に出して次に左足を前に出す。
「何をしているんだ?」
「すぐに分かるよ」
再び頭に手が乗せられると僕の足は勝手に前に進んでいく。
さっきの行動は能力の発動に必要なことだったらしい。
「さて少年、君の能力はいったい何だい?」
伊東さんと同様に肩を組まれると耳元でそう言われる。
「能力を聞いてどうするんだ?」
「正直に話してくれるなら楽に殺してあげるよ」
殺人鬼は全く怖くない爽やかな笑顔でそう言い放つ。
「君だって痛いのは嫌だろう?」
ここでの正解は相手を怒らせずに下手に出て情報を聞き出すことだ。
僕はまだこいつの能力すら分かっていない、出来るだけ次に繋げることが重要だろう。
「僕の能力は〈霊能力〉だ」
「〈霊能力〉?私を馬鹿にしているのか?」
殺人鬼は〈霊能力〉の名前を出した途端に鋭い殺気を含んだ目を向ける。
「う、噓は言ってない!」
「じゃあ何で君は今こんな状況になっているんだ?」
殺人鬼は呆れた様子でそう言うが正直困る。
ただ単純に僕が殺人鬼に負けただけなんだが。
「何で理解できていないんだ?君はいくつだ?」
「高1だが」
僕がそう答えると殺人鬼は明らかに頭を抱える。
「高校生?……君はいったい何者なんだい?」
どうして殺人鬼はこんなに混乱しているんだ?
もう実質的に火の粉は払えているはずだ。
「何で君が混乱しているのかな?」
殺人鬼はそう言って大きなため息をする。
「じゃあ聞くけど、君はどうしてこんな時間にここにいたんだい?」
「それは……それはあなたの殺人を止める為」
あぁ、そうか。殺人鬼からしてみれば計画を実行するタイミングで高校生ぐらいのガキがいきなり現れたのだ。
10年間捕まっていないこの殺人鬼からしたら警戒の対象でしかない。
「やっぱり知っているのか……なおさら何故私は捕まっていないんだい?」
「捕まえようと思ったら返り討ちにあったからでは?」
そう聞き返すと殺人鬼はまたため息をつく。
「私の正体を明かして事件が起ころろうとしている現場を押さえたんだ。ここまでの捜査が出来る能力者を警察は危険に晒したりしない」
言葉にすると確かにその通りかもしれない。
この殺人鬼だけに限らず逮捕されていない犯罪者は無数に存在している。
今起こっているのは犯人の特定と犯行現場の先回り。異質以外の何物でもない。
「だから君が現れた時は終わりを悟ったよ」
殺人鬼がそう言うと視界に大きな遊具が映る。
「公園?」
「その通りだけど目的はここじゃない」
殺人鬼はそう言って遠くで暗い光を放つ方向に向かう。
「……なるほど」
連れてこられた場所は公衆トイレ。
人気は一切無く、監視カメラも無い。
これから起こる事は想像したくないな。
「最後に確認するけど君は警察関係者なのかい?」
「違う」
「それは安心した」
殺人鬼は笑顔でそう言って僕の腕で僕の首を絞めさせる。
「な、なんで人を殺すんだ!?」
自分の命に手がかかるのを察知して掠れた声でそう聞く。
「……つくずく変な奴だな」
殺気を放つ殺人鬼はそう呟くと首を絞めさせるのを止める。
「楽に死なせてやろうと思ったんだけどな!」
怒りを見せる殺人鬼はそう言って僕の頭を地面に叩きつける。
「ぐぁ!」
「さらばだ愚かな少年」
殺人鬼は冷たくそう言いいながら僕の首に触れると声が出せなくなる。
「……噓だろ!」
声は出せないがそう呟く。
上半身がゆっくりと上がっていく。
「バキ!」
視界が一瞬だけ正面を捉えると落下して額に激痛が走る。
「バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!」
そんな鈍い音が無人の公衆トイレで鳴り響く。
「バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!」
いったい何回頭を打ち付けているんだろう?もう痛みを感じなくなってきた。
「バキ!バキ!バキ!バキ!バキ!バキ――」
「っ!……はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
セーブ地点に戻ると僕は思わず頭を押さえていた。
大丈夫、頭に穴は空いていない。
「そうか、ああやって記憶を消していたのか」
僕は自分の身を抱き寄せながらそう呟く。
脳が無ければ記憶は読み取れない、それに自発的に打ち付けさせることで足が付かない。
「……怖い」
僕を傷つける人間に共通していたのは明確な悪意があった。
でもあの殺人鬼には悪意が無かった。笑顔で僕を殺そうとした。
「……殺すことを何とも思っていないんだ」
僕はどうだろうか?
いざ殺せる場面に至ったとして本当に殺せるのだろうか?
そして殺した事実をセーブ出来るのだろうか?
とてもじゃないが笑顔で人は殺せないだろう。




