第22曲 はじめてのおつかい ~in フリギア王国~
何と1万3000字超え。これは二十日間かかっても仕方ないね!
はい、仕方なくないですね。すいません。
フリギア王国、トラベラー市場。活気ある市場の隅にある樽の側に怪しき二つの影が忍んでいた。
「………なあ、何故俺達はここにいるんだ?」
「愚か者め、眷属達のお使いを見張るためだ」
「………なあ、何故俺達は隠れているんだ?」
「莫迦者め、我々の存在を気取られれば眷属達が買い物どころではなくなってしまうだろう」
「………なあ、これ俺いるか?」
「戯け者め、生贄無くしてどう眷属達の暴走を止めれると?」
「なるほど、完璧に理解した。俺が成し遂げるべきこともな」
そう言ったジルバは悟ったような表情と共に、メイビスへ向き直り────
────死に晒せ!この外道がアァァァ!!
────ゴハァッ!!
───綺麗な線を描き、アッパーカットをお見舞した。
その一撃は確かにメイビスの顎を捉え、砕かんばかりの力を叩き付けた。その膂力たるや何たるか、技のキレは最早プロの領域に踏み込んでおり、ジルバの才能を表していた。
「フッ、やるではないかジルバよ。良い右アッパーであった」
「黙れ外道!お前最初からこの為に俺を呼んだな!どうりで知らないにしては買い物がやけにスムーズなわけだ!」
そう、メイビスは買い物の仕方を知らないというていでジルバを呼んだが、店に着くや否や、手早く商品を品定め、慣れた手つきで金を払い、知らないにしては出来すぎた買い物をやってのけたのだ。それもそのはず、ジルバを呼んだ理由はこの為だけなのだから。
「その通りだともジルバ。しかし、今更気付いたところでもう遅い。OTUKAIは既に始まっているのだ。」
「クソッタレめ!」
などと悪態をつきながらもジルバはこの場を離れず、頭を片手で掻き毟ると、腹を決めたように隠れながら眷属が訪れるであろう店を監視し始めた。
「お前には村を救ってもらった大恩がある。これはそれへの恩返しだ。勘違いするなよ、別にお前の為にやるんじゃないんだからな」
「フッ、素直でない奴だ」
ツンデレ乙である。
「ふむ、そろそろ誰か来てもいい頃だと思うが……む?」
ふと、大通りに目を向けてみると人混みの中、頭一つどころか肩まで飛び出した者がいた。頭からフードを被っていて顔が見えづらいが、あの猫背は間違いなくホルンだろう。どうやら既に買い物を終えたようで、何かを探して彷徨っている。その様子は傍から見ると不気味なので辞めて頂きたい。
「おい、メイビス。あれは確かホルンじゃないか?」
「うむ。あれだけの巨躯、間違いなくホルンだろう」
「一体何を探してるんだ?」
「さぁな」
ジルバもあの巨躯がホルンだと気付いたようだが、うろうろと大通りを彷徨うホルンを不思議そうに見ている。メイビスも何を探しているのかと辺りを見回して見たが、案の定何も分からない。
「む?おい、急に居なくなったぞ」
すると突然、先程まで大通りを彷徨っていたホルンの姿が見えなくなった。何処に行ったのだろうと探していると、背後に気配を感じた。と、同時に何者かがジルバの背中を指でトントンと叩いた。
「ん、何だ。ホルンを見つけたか?」
そうしてジルバは振り返ると、そこには二メートルを越す巨体がジルバを見下ろしていた。フードから覗く目には隈が色濃くついており、瞳は真ん丸で深淵を覗き込んだように虚ろだった。簡単に言うとホラーだった。
「─────!!!!!????」
「む、バレてしまったか」
ジルバがホルンを視認すると声にならない悲鳴を上げた。しかし、メイビスはまったく驚いた様子はなく、覗いていたことがバレてしまったことで、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「買い物が、終わった……」
「そうか、良くやったな。偉いぞ」
「ファナ、いない……」
「ファナならまだおつかいの途中だ」
ホルンはメモにあった生活用品をメイビスに手渡して、二人は呑気に会話しているが、ジルバは心臓を手で押さえ、尋常ではない速度で脈打つ鼓動を鎮めることに必死だった。
「い、いいいいつのまににににににに」
壊れた玩具のようにジルバは声を震わせながらも、何とか声を絞り出した。しかし、未だに心臓は伸縮を異様な速さで繰り返す。
その回答にホルンは無表情でぶっきらぼうに「今」、とだけ答えたが、ジルバは納得がいかない。つい先程まで監視していたのにその身長で誰にも気付かれず、店の合間に隠れている自分達の後ろに回り込むなど不可能だとでも言いたげにしているので、そこにメイビスが割り込んだ。
「これはホルンのスキル、《見えざる者》の効果だ。ありとあらゆる者の視界から消え失せる。故に、ホルンが自力で姿を現さない限り誰も此奴には気付けない」
そう説明すると、同調するようにホルンが頷く。それに対してジルバは「心臓に悪い能力」と評した。メイビスも否定はしない。今でこそ慣れたものだが、以前、ホルンにこれを発動している時に声を掛けられ、身体が跳ね上がったのは苦い思い出である。
すると、ジルバがまだ落ち着かない鼓動を宥めながらも此方に向き直った。
「《見えざる者》の効果は分かったが、何故それを発動しているんだ?」
その問いにメイビスは少し考えるような素振りを取ると、「いずれ教える時が来るだろう」と言い放ち、微笑んでみせた。その微笑みはまるで悪魔が人間を地獄へ引きずり込まんとするような、寒気を感じるものだった。
取り敢えず、ジルバの心臓も通常のペースで稼働を再開したようなので、新たにホルンを仲間に加え、張り込みを続行する。今、監視しているのは魚屋。もう少しすれば、カオスとパンドラがメモに書いた当面の食料を買うはずだ。
すると、カオスの姿が見え、魚屋の前で魚を吟味していた。
「おう!お嬢ちゃんいらっしゃい!何か欲しいもんはあるかい?」
「えっとー、成人向けのほっぺたが落ちるような美味しいお魚くださいー」
「ははは!こいつは面白い注文だ。あいよ!お嬢ちゃん可愛いからこいつはおまけだ」
「わーありがとうございますー」
「また来てくれよな!」
とんとん拍子で買い物が進み、カオスはおつかいを完璧にやり遂げる。しかし、魚屋の主人よ。その子はお嬢ちゃんじゃなくてお坊ちゃんなんだ。
「ふむ、カオスは何事もなく終えたな。偉い偉い」
「いや、今の注文何?成人向けの魚なんてあるの?」
「あるのだよきっと。カオスの心の中に」
「無いなら無いと言え」
そう言った風に談笑していたメイビスとジルバの二人は、別の場所に向かい、来るであろうパンドラを待ち伏せようとした。しかし、その場から離れる直前何故かパンドラの姿が見え、同じように魚屋の前で魚を吟味し始める。パンドラに魚系の食料は頼んではいないはずだが一体何の用だろう。
「おう!兄ちゃんいらっしゃい!何か欲しいもんはあるかい?」
「んーそれじゃあ!」
満面の笑みを浮かべながらパンドラは注文を告げる。
「聖人向けの命が落ちるような毒々しい毒魚を一匹!」
「確保」
「了解」
その後、パンドラはオルフェウス殺害未遂事件の犯人としてメイビスによって連行された。
◆
メイビス達は今、人気のない路地裏で五人揃って話していた。
「ふぅ、これで後は六人か」
「ああ、何事も無ければ良いが……」
「うん!僕も心の底からそう思うよ!皆のおつかいに祝福あれ!だからね、カオスっち。この拘束から僕を解放してくれないかな?」
「メイビス様の命令だから駄目ですー」
そこには、透明なスライムの状態になったカオスの身体の中にその身を沈め、胸の辺りから顔だけ出した状態で喋るパンドラの姿があった。
「カオス、頭も沈めてしまえ。もう喋らせるな」
「はいー」
「お願い許してメイビス様!僕が悪かったよ!これからは改心して卑怯で外道なことはせず、出来るだけ直接的な清々しい暗殺を心掛けるから」
「よし、永久保存コースだ」
「はーいー」
「なんてこった!」
パンドラには少しの間頭を冷やして反省してもらおう。千年くらい。
「止めてよカオスっち!僕達家族だろう!?家族の命を奪うなんて業を君に背負わせるなんて、お兄ちゃんである僕は絶対許さなごぼぼぼぼ………」
そして、パンドラはカオスの中に完全に沈んでいった。最早彼が日の下を歩くことは少なくともこのおつかいでは有り得ないだろう。
カオスからパンドラの分を含めた頼んでいた食料を受け取り、館へ直送する。
ここまでで、ホルン、カオス、パンドラがおつかいを達成したが、既に疲労を感じる。主に莫迦のせいだが。
そしてその後場所を移動し、我々は新たな眷属の監視の為、服屋を物陰から覗いていた。ここにはノアとメデューサが来るはずだ。そう思い、監視していると、二人の姿が視界に映った。
「ふんふんふーん♪おっかいものーおっかいものー♪」
「……………眠……い………」
そこには、鼻歌を歌いながら上機嫌なメデューサと睡魔との壮絶な戦いに敗北寸前のノアの姿があった。
──余談だが、ノアの背中の脚、もとい爪は体内に収納可能で、収めれば外見は人と変わらなくなる。その為、今はしまっている。──
正しく対象的な二人。普段仲が悪い為、こうして仲を深めれそうな時間を作ってみたのだが、漂う失敗の気配に否と返せない。どうやら既に買い物を終えたようで、服屋から出て来た。
「む、ノアは何処だ?」
ふと、目を離した隙にメデューサの横を行くノアの姿が見えなくなった。何処に消えたのだろうかと、辺りを見回して見たが、何処にも姿が見えない。
「おいメイビス」
「何だ、ノアが見つかったか」
「いやそうじゃなくて、背中背中」
「背中?」
ジルバに言われ、背中の神経を意識すると、微かな重さと暖かみを感じた。何事かと背中を確認すると、そこには静かに寝息をたてる童女の姿があった。
「ZZZZZZ……………」
「ノっさん いつの間に!」
とある龍の依頼の八くらいに出てくる山賊が言ったような台詞が思わず口から飛び出した。しかし背中にいるのは緑のちっさいおっさんではなく癒しの童女、心のオアシス、ノアである。
あそこまで離れた距離から俺を察知し、一瞬で音も立てずにここまで移動し、さらに重さを感じさせない程自然に背中を寝床にするとは。此奴、出来る!
「仕方ない。このまま眠らせておこう」
そう言い、ノアの頭を撫でるとくすぐったそうに、しかし嬉しそうに「んぅ……♪」と声を上げた。
と う と い 。
しかし、このままでは落ちてしまうのではと心配になったが、服をよく見ると途轍もなく細い糸で互いの服が縫い合わされていた。
え、これも一瞬でやったのこの子。何それ、確実にスピードの向こう側の世界じゃね。
ノアの所業に呆気に取られるメイビスだが、ここでノアと行動を共にしていたメデューサのことを思い出した。急にノアが居なくなって不安になったりしていないだろうか。
と、思ったが、オルフェウスとパンドラを当て嵌めたらそうでもない気がしてきた。
「まぁ、メデューサはしっかりした子だから大丈夫だろう」
そんなことを呟きながら、メデューサの姿を探した。すると、先程まではなかった妙な人だかりが目に入った。集まった人々が仕切りに困ったような顔をしている。一体何があるというのだろう。
「少し見に行くか」
メイビスは皆にも騒ぎを伝え、一緒に向かうことにし、メイビス達は目立たぬように気配を殺して、その人だかりへと近付いた。人だかりの中心に近付いて行くと、段々と声が聞こえてきた。それは、高音で耳に良く響き、近付く度にその音量を上げていく。そして、人だかりの中心に辿り着いたメイビス達はその声の正体を目の当たりにした。
「うあぁぁぁぁぁん!!あぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
そこには地面にへたりこみ、大声を上げて泣く女児の姿があった。というかメデューサだった。
「お、お嬢ちゃん。どうしてそんなに泣いているんだい?」
「ノア、居なく、ヒグッ、なって、グズッ、ノアがぁ、メイビスさまぁ…………うあぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
問い掛けた何処かの店の店員に、泣きながら何とか内容を伝えようとするも、不安が襲い掛かり、耐え切れなくなり、大声を上げて泣いてしまう。集まった人々はどうしたものかと皆、頭を抱えていた。
そして、メイビスは膝から崩れ落ちた。
一番しっかりしていると思っていた子が一番頼りない子だった。死神の眷属が街中で迷子になって大泣きしたという事実に顔を覆いたくなったし、メデューサに勝手なイメージの押し付けをした過去の自分を呪い殺したくなった。
ついでに言うとオルフェウスとパンドラを前提としたことがそもそも間違っていた。
しばらく頭を抱えていると、メイビスは唐突に立ち上がり、一般的な父親を頭に思い浮かべ、中心に居るメデューサの下へと向かう。
「ああ、こんな所にいたのか。心配したぞ我が子よ」
「ん、あんたこの子の親御さんかい?」
「ええ、買い物の途中目を離した隙に離れてしまって、探しても見つからず途方に暮れていたのですよ」
メイビスは、子供とはぐれた親として、その場に乗り込んだ。確かにメデューサはメイビスの家族であり、子供であるので間違いではない。
すると、メデューサが此方に気付き、メイビス様、と言いそうになるが、口元に人差し指を当て、静かにという合図をする。流石に公衆にこの名が知れ渡るのは今は不味い。メデューサは口を開きかけるも、直ぐに閉じ、代わりとばかりにメイビスの胸に飛び込んだ。
「グスッ……ヒグッ………」
「おお、こんなに怯えて可哀想に。もう大丈夫だからね」
メイビスはメデューサを抱き抱え、その背を優しく擦る。その姿はまさに親子そのもので、とても絵になるものだった。もしその絵に題名を付けるとすれば、『父と娘』という名が良いだろう。
「皆さんどうもすいません。お騒がせしました」
「いやいやそんな。これ以上煩くしちゃあそっちのお嬢ちゃんにも悪ぃしな。お嬢ちゃんも、もうはぐれねぇようにな」
そんな親切な何処かの店の店員にメデューサはこくりと頷く。
「では、私はこれで」
そう言い放ち、メイビスは即座にその場を後にする。後に残った人だかりも、既にばらけており、何時もの市場に戻るのだろう。
そして、人だかりを離れたメイビスは他の皆の下に戻っていた。この時、メイビスはかつてない疲労を抱えていたが、顔には出さず、平静を保っていた。
「ふむ、何事もなくやり過ごせて良かった。しかし、何か引っかかるな………」
そう呟くメイビスは、安堵しながらも、何処か違和感を覚えていた。何故か、人々の目がとても優しげで穏やかなものだったからだ。いや、それだけなら別に良い人達だったからで説明がつくので問題ないのだが、彼等の視線が此方に向いているが、目が合わないのだ。まるで、見ている場所がズレているかのように。
それに店員の言葉にも何処かおかしな点があったような気がする。そっちのお嬢ちゃんってどっちのお嬢ちゃんなのだろう。
しかし、その謎は直ぐに明らかとなった。
「おい、メイビス」
思考の海を漂っていると、ジルバが声を掛けてきた。
「どうでもいいが、何時までノアを背中に貼っつけとくつもりだ?」
メイビスの背中には未だに、穏やかに眠るノアが引っ付いていた。
あっ。
そしてメイビスは全てを察した。そして、公衆のメイビスに対するイメージは『二人の娘を持つ苦労人の父親』で定着された。
◆
その後、ノアとメデューサの買った服を館へ直送し、一行は思いの外大所帯になって来た為、隠れることを辞め、普通に大通りを歩いていた。最早、陰からひっそり見守るということは頭から抜け落ちている。
そして、杖となったジャダを持ち、カツンカツンと音を鳴らすメイビスの背中にはノアが、胸にはメデューサがしがみついている。
「いや、待て何故だ」
ふと、冷静になって考えると違和感しかなかった。
「何故って、ノアが眠って、メデューサが甘えているからだろう」
何を今更、とジルバは平然と返しているが、今の服装を見てから言って欲しい。
今の俺の服は全身黒ずくめで、上半身に童女と女児を装備している。
あれ、事案かな?
異世界であるはずなのにパトカーのサイレンの幻聴がする。
あとどうしてホルンとカオスも当たり前のような顔をしてるの?気付いて。これ異常なんだよ?
とは思っても普段がこういう感じなので、仕方がないからもうこの二人は気にしないことにする。
メイビスは胸にしがみついているメデューサを一瞥すると、優しく頭を撫でた。その顔は穏やかなものであり、慈愛に満ちていた。
「メデューサ、寂しかったか?」
「………………………………うん」
「そうか。一人にして、すまなかった」
それは消え入りそうな程か細い声であったが、メイビスは聞き逃さなかった。暫く頭を撫で続けていると、漸くメデューサは手を離し、地面に足をつけた。その顔には涙の跡が塩の結晶となり残っている。
「もう平気か?」
「うん」
「そうか。偉いな、メデューサは」
「えへへ」
メイビスはメデューサの頭をまた撫でる。それに対しメデューサは、嬉しそうに歯を見せて笑った。そこには泣いていた彼女の姿はなく、何時もの強気で何処か幼いメデューサの姿があった。
「何はともあれ、あと四人か」
「ファナちゃんとーテレサちゃんとーオルフェウスくんとーリーベちゃんですねー」
メイビスの呟きにカオスが残りのメンバーを答えてくれる。うむ、全員何かやらかしそうな気がする。ちくせう。
残りのメンバーに不安を抱えながらも、探しだそうと歩み出すと同時に、ホルンが呟いた。
「あそこから、ファナの気配を感じる」
「む?」
すっ、と一方向を指差し、そこにファナがいることを伝える。ファナの気配をどう感じたのかは気になるところだが今は置いておく。メイビスはその指の先を辿ると、そこは飲食店だった。予想はしていたが、やはりこの市場の食事を満喫しているようだ。そう思いながらメイビス達はその店に赴き、扉に手をかけ開いた。そこには確かにファナがいた。
「おかわりー!!」
「ばかな……百人前を一瞬で……」
「こいつ、まだ頼むつもりか……!?」
「フライパンを持つ腕が………もう………」
「やめてくれ……もう注文しないでくれ……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
そして周りには力尽きた店の店員が地に伏し、呻いていた。中には発狂している者もいる。その光景はまさに地獄絵図であり、異様な状態からか店の中だけが異界と化したような錯覚を覚えた。
メイビスは静かに扉を閉めた。
「さて、あとは三人だな」
「いや、待てえぇぇぇぇぇ!!」
その場から足早に去ろうとするメイビスをジルバが止めた。その顔は鬼気迫るもので、事態は深刻であることを改めて感じさせられる。だからこそ逃げたい。
「何だ、何か異常でもあったか?」
「異常しかないわぁ!」
「そうか?私にはただの日常にしか見えなかったが」
「あれのどこが日常!?」
「ファナが食べ盛りなのはいつものことだ。フハハハハハハ。食費が辛い」
覇気のない様子でそう言うメイビスの顔は酷く疲れており、目はいつもより死んでおり、虚ろで何も写していなかった。元々、精神面がそこまで強くないメイビスにとってこれまでの眷属達の所業は、確実にストレスをその身体に募らせていた。
気の所為か身体もいつもより重い気がした。と思えば、ノアが引っ付いていることを思い出した。何時になったら起きるのだろうこの子。
杖で身体を支え、立ち尽くすメイビスの姿は娘に振り回される父親のようであった。
ふと、眷属の方を見るとホルンがいないことに気付いた。何処に行ったのだろう、という疑問は浮かばなかった。そんなことは既に分かりきっていたから。メイビスは重い身体を動かし、飲食店の扉から中を覗いた。
「おーかーわーりー!」
中では未だにファナが追加の注文をしており、地獄と化した店内を更なる恐怖で満たしていた。そして、音もなくファナに近付いていく男が一人。
「ファナ、帰ろう」
ファナの側まで来たホルンは静かに声を掛けた。すると、今までおかわりを要求し続けていたファナは、一瞬きょとんとした様子を見せるが、直ぐに笑顔を浮かべ、元気良く返事をする。
「うん!」
ファナは席から離れ、ホルンに擦り寄った。さしものファナも、ホルンには敵わないということだ。
ホルンによりファナは無事回収され、おつかいはファナが飲食店に入る前に済ませていたようで、メモの品は買ってあった。ファナからおつかいの品である食器類を受け取り、それをまた舘へ直送する。これでファナのおつかいは完了だ。
「後はテレサにオルフェウスにリーベか……」
引き続きこのまま三人を探そうと思い、メイビスは足を踏み出し、見覚えのあるエメラルドグリーンの髪が目に入った。メイビス達はその人影に近付き、
「ねぇねぇ、ボク。お姉さんといい事しない?」
「お姉ちゃん誰ー?」
「いやそれ事案ゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
──少年をナンパしていたテレサにジルバがドロップキックをかました。
そのままテレサは慣性の法則に従い、ごみ捨て場へと吹き飛んで行く。ジルバはその身のこなしで軽やかに着地し、メイビスは未だに状況が飲み込めず、困惑している少年にしゃがみながら笑顔で話し掛ける。
「やぁ、少年。この辺りには怖いお化けが出るから近寄らない方がいい。油断してついて行ったら食べられてしまうからね(色んな意味で)。」
「え。何それ、怖い」
「そうだろう?だから今すぐお母さんの下に帰りなさい」
「うん、分かった!ありがとう、おじちゃん!」
手を振りながら走り去って行く少年に、メイビスも手を振り返してその後ろ姿を見守る。後少し遅かったら手遅れだったであろう無垢な少年の純潔を守れて良かった。
「おいおい、ジルちゃん。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死んじまうぜ?」
すると、ごみ捨て場から自力で脱出したテレサが何食わぬ顔でやって来た。
「何処が恋路!?ただの事件じゃねえか!!死ね!お前が狼に蹴られて死ね!」
「ていうか、私達今日の朝知り合ったばっかだよね?何でそんな遠慮ないの?あとこれからも宜しく」
「犯罪者に遠慮もクソもあるかこちらこそどうぞ宜しくぅ!!」
テレサの言葉の一つ一つに乱暴ながらも丁寧に返すジルバ。例え知り合ってすぐだとしても見過ごせない所業があった。と、彼は語る。
「もういい、ジルバ。後は私が言おう」
「メイビス……」
すると、メイビスがジルバを下がらせ、テレサの目の前に立つ。その姿は威風堂々としており、眷属を統べる者としての威厳に満ち溢れていた。
「テレサ、貴様は──」
そして、メイビスは口を開く。
「腐女子ではなかったか?」
「いや、そこおぉぉぉぉぉ!!?」
その言葉にジルバは絶叫した。威厳に満ち溢れた言葉が飛び出すと思っていたジルバだが、飛び出したのは下世話な質問だった。これにはジルバもツッコミを入れざるを得ない。
「いや、確かに屍体愛好者でもあったはずだが、かと思ったらショタコンだし、結局貴様の性癖は何だ?」
「あーそれ私も気になってましたー」
「謎」
「何なの?気にならない俺がおかしいの?俺が異常なの?」
メイビスに賛同するカオスとホルンに、ジルバは己の常識を疑った。ちなみに、メデューサとファナは言葉の意味が分からず、ノアは寝ている為会話には参加していない。
「フッ、さしものメイビス様も分からないようだねぇ、私の性的嗜好が」
すると、勝ち誇ったような笑みと共にテレサは口を開いた。
「教えてあげようじゃないか。屍体愛好者、腐女子、ショタコン。その全てを含む我が性癖を!」
その言葉に一同唾を飲み込む。訪れる沈黙の時間が場を支配し、緊張感を増す。そして今、謎に満ちたテレサの性癖が明かされる。
「私の性癖、その名も全性的嗜好愛好者!私は全ての性的嗜好を網羅している!つまり、私は全ての性的嗜好者の頂点に立つ存在ということさ!ふはははははは!!」
「いや、それ人として底辺の存在ィ!!」
テレサの暴露にジルバの鋭いツッコミが飛んだ。こうして白日の下に晒されたテレサの性癖は凡そ人外として相応しいものだった。ただし、人としては最低のものであった。
「あはは、まぁメイビス様達がここに居る理由は分かるから私も協力するぜ」
おつかいの品である医療用品をメイビスに渡しながら、テレサはメイビス達に協力すると宣言した。頭のいい彼女にはこちらの目的などお見通しだったようだ。
「という訳で、あそこ」
すると、テレサはスっと手を上げ、指を向けた。その先には大勢の人集りがあり、何やら催しがあるようだった。
「何だ、あれは?」
メイビス達は何があるのかとザワザワと騒がしくしているその人集りに近付いた。そこにはみすぼらしい装いの者達が集まっており、少なからず臭いもした。メイビスはその中の一人を捕まえ、事情を聞くことにした。
「すみません。これは何の集まりですか?」
「あん?何でも偉い神父さんの演説があるそうだぜ」
その言葉を聞いた瞬間、メイビスは人混みの中に割り込んだ。男に礼を言っていないが、今はそんなことは捨て置き、人集りの中を掻き分け進んだ。そして、漸くその最前線に到着したメイビス達の目の前には案の定、オルフェウスがいた。木箱の上に立ち、堂々と構えている。すると、唐突に彼は口を開いた。
「かつて、神は人を作ったと言われている」
その言葉に騒がしかった場が静まり返る。その低く、響き渡る声は、一瞬で場を支配した。皆が次に続く言葉に期待する。
「故に、人は神を偉大なものであると信じて疑わぬ。
だが、本当にそうか?」
その問いに、皆が驚愕する。神を信じるはずの神父が、神への疑いを口にしたのだ。その問い掛けはまるで、神は信じるに値しないと言っているようである。
「神が貴様等の信仰に報いたか?
崇拝に応えたか?
祈りを聞き届けたか?
否、断じて否である!!」
目の前の神父の糾弾に、皆が引き込まれる。その姿は余りにも堂々としており、その表情は怒りを顕にしている。
「神は何もせず、ただ天に座し、人々の信仰を嘲笑うのみである!」
神父の言葉に、皆の神への不満、怒りが募る。そうだ、神がいるなら何故自分はこんなみすぼらしい装いで家畜のように無様に生きているのだ、と。勿論初めから全員がそう思っていたのではない。しかし、感情とは伝染するものだ。そして、神父はここで皆に問う。
「貴様等はそれを許容出来るのか?その信仰の尽くを裏切られ、まだ神を信じられるのか?」
その問いに、皆の心が一つに纏まる。声を上げ、天上の神に突き付ける。『許せない。信じられる訳ない』と。
「ああ、そうだろう。許せぬだろう、信じられぬだろう。
ならば剣をとれ、怒りを示せ。今こそ、天に座すだけの怠惰な神々に裁きを下す時!!」
その言葉に皆が肯定の意を示す。しかし、不安が未だに拭い切れない。それも仕方の無いことだろう。彼等は、全知全能なる神を打ち倒さんとしているのだから。だが、そんな不安さえもかの神父は見抜き、払拭する。
「案ずるな!我々には神などより偉大な“死を司る御方”がついている!かの御方は崇拝を望まず、施しを求めない。ただ、貴様等から死を遠ざけ、神々に死を与えてくれるだろう!
故に、かの御方に続け!かの御方こそ、眩いだけの光などではなく、全てを優しく抱擁する暖かな闇を与えてくれる者だ!
故に続け!!我等が“死神”に!!!」
『ウオオォォォォォォォォォォォォ!!!』
その希望の言葉に皆が雄叫びを上げる。神に裏切られ、信仰を失った彼等は、新たなる神を見つけた。対価を払わずとも、自分達を救ってくれる確かな神を。かくして、彼等の神を倒す戦いが始まった。
その場に顔を両手で覆う彼等の神がいることも知らずに。
「増えちゃったよ、死神信者」
「言うな。余計に辛い」
そう呟くジルバは横にいる憐れな死神に同情の視線を送った。
その後、集まっていた人々はオルフェウスから死神信者の証である髑髏の仮面と黒のローブを授かり、その場を後にした。残ったのは木箱を片付けるオルフェウスと立ち尽くすメイビス達だけである。
すると、こちらに気付いたオルフェウスが手を振りながら小走りで駆け付けた。
「これはメイビス様!いらしてたのですね。どうでしたか、俺の演説は。いやはや、始めはただ職を失った聖職者に教えを説いていただけなのですが、いつの間にやら彼処まで大勢になってしまい、俺も熱が入ってしまいました」
「あ、これおつかいの品です」と思い出したように大量の書物をメイビスに手渡したオルフェウスにメイビスは、書物を館へと送った。
「………よくやった」
最早メイビスはそれしか言えなかった。
◆
その後、特に何も言えず、オルフェウスを連れ、メイビスはジルバとジャダに励まされながらリーベを探した。
「お前の苦労は分かってるから。辛いのは分かるから。だから元気出せ、な?」
『メイちゃん様頑張って!』
「………ああ、無性に酒が飲みたい」
「ああ、帰ったら付き合ってやる」
『ええ、アタシも付き合うワ!』
精神面を手酷くやられたメイビスはその威厳を失っていた。ここまで眷属達による問題は様々なものであり、どれも確実にメイビスの精神を削っていた。そこでオルフェウスによる演説である。最早心が死ぬ。
しかし、おつかいはまだ終わってはいないとメイビスは己を奮い立たせる。
「リーベを探すまでは、私(の心)は死なぬ……!」
「おお、その調子だメイビス!」
『流石はアタシの使い手!』
少しずつ回復して来た精神により、何とかメイビスは立ち上がった。
すると、ファナが声を上げた。
「あっちからリーベのにおいする!」
「よくやったファナ!」
曲がり角の向こうを指差すファナに労いの言葉を掛け、メイビス達は駆け出した。すると、また人混みが見えたが、メイビスは最早その程度では驚かない。ここまでの経験で眷属達の問題行動にも耐性が付いてきた。故に、この程度で今のメイビスの心を倒すことは叶わない。
そして、メイビスは人混みを抜け、リーベを見付けた。
「こちらは衛兵の者です。只今、公然猥褻の犯人を護送中です。危険ですので近寄らず、道を開けてくださーい」
頭から布を被せられ、両手を拘束されながら、公然猥褻罪で衛兵に連れて行かれるリーベを。
メイビスの心は死んだ。
「メイビスウゥゥゥゥゥゥ!!!」
うつ伏せに倒れたメイビスに、ジルバが悲痛な叫びを上げ、それは沈み始めた太陽に吸い込まれ、消えていった。
「スヤァ……………………」
メイビスの背中で眠るノアの寝息だけが、静かにその場に溶けて行った。
おつかいの内容
メイビス…家具
ホルン…生活用品
カオス…食料(肉・魚)
パンドラ…食料(野菜・穀物)
ノア…衣服(大人用)
メデューサ…衣服(子供用)
ファナ…食器類
テレサ…医療用品
オルフェウス…書物
リーベ…観葉植物
まさかのリーベ逮捕。ナゼナノダロウ?
ホルンの秘密についてはいずれ。




