捜索
緋月が怯えながらも疲れ切ってうとうとしていると、気配がした。ハッとして目を上げると、そこには先程の観が侍女らしき女を一人連れて立っていた。
「なんと豪気な。」観はフッと笑った。「このような状況で眠れるとはの。緋月よ、主は我が部下達に殺せと言われているのだぞ?龍王にここへ討ち入って来る材料を与えるなと言うのよ。我もその通りだと思う。」
緋月は観を睨んで、それでもじりじりと後ろへ下がった。殺される…でも、きっと私の気を探って、誰かが来てくれるはずなのに…。それまでは生き延びなくては。
観は傍に座った。
「それから、ここには仙術で気を遮断する膜が掛けられてある。誰も主を助けには来ぬ。なぜなら、主の気が外へ漏れないからだ。ここにこんな屋敷があることすら、他の神には気取られぬ。もちろん、それは主の父であろうとも同じよ。期待しても無駄であるぞ。」
緋月は、考えを見透かされたようで、赤くなった。では…だからお父様もお兄様もここへは来られないの?私がどこに居るのか、誰にもわからないから…。
観はため息を付いた。
「あの、帥明は龍王を恨んでおる。なぜならあれは鳥であるからだ。先の戦であれの一族は討ち滅ぼされた…ここへ流れて来たやつを拾ったのが我よ。なので、余計に主が憎いのであろうの。つまりは、主は我らに龍王の皇女だと知られてはならなかったのだ。今教えても先のないことであるがな、それは覚えておくとよいぞ。」
緋月は、そうだったのか、と思った。本当に自分は何も知らない…。宮の中のことしか…。それなのに、宮を飛び出したりして。でも、殺されるのに、今更そんなことを知ったって…。
観は刀に手を掛けた。
「残念であるが、主は死なねばならぬ。おそらく父王も兄も、もう主のことは諦めておるであろうな。ここは龍王が干渉していない地域だ。おそらく治安も一番悪いであろう。こんな所で消息を絶って、しかもこれほど子供の主が龍王の子だと言ったとしたら、その場で殺されるのは常識であるからな。心配せずとも、遺体は見つかるようにしておいてやるゆえ。死して宮へは帰れるであろうぞ。」
観は刀を抜いた。緋月は必死に立ち上がって、後ろへ退いた。観は顔をしかめた。
「我は女子供を殺すのは慣れて居らぬ。主の父とは違うゆえな。じっとしておった方が、苦しまずに済むと思うぞ。」
緋月は覚悟した。逃げる場所もない。助けも来ない。そして、気を失っていて力も使えない。こんな私が、こんなに戦いなれて居そうな男相手に、勝てるはずはないのだ。
その知らせに、炎嘉は驚いた。緋月が行方不明?
「…その状況であるなら、最早命は無いのではないか。」
炎嘉が言う。将維は首を振った。
「まだ生きておると父上が申しておりました。道を通っていないので、わかるのです。気を遮断する膜の中に居るので、我らには分からないのですが…しかし、時間の問題であるかと。それでも、ぎりぎりまで探してやりたいので。」
将維は言った。炎嘉は頷いた。
「…我もそうよ。」と立ち上がって刀を腰に挿した。「我も行く。座って話しておる暇はないわ。」
炎嘉は、緋月が維月に似ているというので、最初の数年はよく龍の宮へ様子を見に行ったものだった。最近は忙しくて見ても居なかったが、緋月は小さな頃から良くなついて、本当に娘のようだった。ならば間に合わぬとわかっていても、最後まで探してやらねばならぬ。
南の結界の外は、炎嘉が在位中も悩みの種だった。
あの辺りの治安の悪さは知っていたが、領地が広くてそんな所にまで気を配っている暇はなかった。維心も同じなようで、己の領地以外は、お互いに放置していた。もちろんあまりに酷い時は炎嘉も討伐に出たが、そこはわかっているようで、あの辺りの神達は、龍や鳥が乗り出して来るようなことは決してしなかったのだ。
それが、おそらくは知らずにだと思うが、緋月という龍王の皇女をさらってしまった。おそらく、殺すしかないであろう。そうしなければ、緋月から知られて、維心に一族もろとも消されてしまう。わかっているからこそ、維心も将維ももう諦めたかのような状態なのだ。せめて、我が探してやらねば。
炎嘉がその辺りに到着すると、回りは龍の軍神達でいっぱいであった。皆必死に探しているようだが、緋月の気はまったく感じられない。炎嘉は、まだ軍神達が到達していない所を探そうと、そちらへ足を向けた。
上から気を探るが、なんの気配も感じられない。下へ降りて歩いてみたが、回りは木々が生い茂るばかりで、何もなかった。膜のことを思い出すと、炎嘉は今でも後悔する…維月を戦の折りにさらって、その中に閉じ込め、誰にも取られないようにと抱え込んでいた時…。思えば、自分は正気ではなかった。それでも、そうせずには居られなかった…。結局は、将維が助けていた我が子華鈴に鳥族の周波数を読まれ、場所は発覚してしまった。あの時見つかっていなければ、今の自分はない。
炎嘉はふと、鳥族の周波数を思った。こんなものは気休めでしかない。だが、その緋月をさらった中に、鳥族の気を持った者が居れば…?
炎嘉は、意識を集中して気を読んだ。
あまり期待して居なかったにも関わらず、何かが意識の端に引っかかった。この辺りに、もしかして鳥族の敗残兵が紛れ込んだのかもしれぬ。炎嘉は、その周波数を捉え、そちらへ向けて進んで行った。
少し行くと、そこには確かに鳥族が居るはずの所に、何もない。炎嘉は訝しんで辺りを歩きまわった。そしてふと覗くと、岩の間から細く光りが漏れている。あの色…!炎嘉はあれが膜だと直感した。この岩の下に、何かある。
炎嘉はそっと、そこへと忍び込んで行った。
そこには、屋敷があった。おそらく、下級の神達が住む館なのであろう。炎嘉が気を抑えて近付いて行くと、探して居た鳥族の男が、その屋敷の居間らしき板の間に座っているのが見えた。こんなところに逃れていたのか。炎嘉は密かにそう思い、屋敷の裏側へと向かった。どこかに入り込む隙があるはずだ。
裏手へ回ると、そこには木戸があった。膜をスッと抜けて入った炎嘉は、木戸を開けて身を滑り込ませた。向こうのほうで、くぐもった声が聞こえて来る…なんだろう。
「我は女子供を殺すのは慣れて居らぬ。主の父とは違うゆえな。じっとしておった方が、苦しまずに済むと思うぞ。」
炎嘉はその声に慌てて相手を見た。そこには、緋月が青い顔をして相手の男を睨んでいた。
「…あなたは、我を殺したくないようなことを言って、結局は殺すのではないの!」
緋月は言った。観は答えた。
「我は個人的には殺したくない。だが、当主として皆を守らねばならぬ。主が龍王の皇女だと知られなければ、知らぬふりをして逃がしてもやれたかもしれぬがな。特に、帥明はガンとして譲らなんだ。仕方がないのだ。」
「恨みなのね。」緋月は言った。「お父様が憎いから、我も憎い。」
観は頷いた。
「その通りよ。主の父は、一族全てを殺すゆえな。文字通り根絶やしにする…だが、我はそれを悪いとは思っておらぬ。そうせねば今の世はなかったであろうことは分かっておるゆえな。しかし、個人の感情はああしてくすぶって残るのだ。分かっていても、許せぬのだ。同じ思いをさせてやりたいとの。」と緋月を見た。「我の父も母も、主の父に殺された。我はここよりもっと西…900年前に滅んだ獅子ぞ。」
炎嘉が物陰でそれを聞いて視線を落とした。あれは我も共に戦った…獅子族が兵を上げ、回りを駆逐してこちらへ侵攻してくるのを押さえようと、維心と共に討った。あの、生き残りと申すか。
「獅子族…?」
緋月は言った。もちろん、聞いた事はない。観は頷いた。
「残ったのは、我と弟の暦のみ。我が跡取りであったので、父は暦を供に宮を出した。だが、あの時まだ100歳にも満たなかった我が、一族の再興など出来ぬ。ゆえ、こうして賊に身を落とし、こんな所で長らえているのよ。恨みなど、もうない。我とて伊達に1000年近くも生きて来たのではないからの。世の理は分かっておる。このまま、我のように生き残ってしまい、どこにも行けぬ者をまとめて生きる道を示し、隠して守って行くのが我の使命であると思うのだ。ゆえ、主を帰せぬのだ。分かるであろう?」
緋月は、あまりの事に絶句した。我のような歳で宮を放り出されて弟と二人、途方に暮れた事だろう。なのに、この神は父を恨んでいないと言う。我なら…我ならきっと、こんな話など聞かず、恨みのあまり殺していただろう。緋月は我知らず涙を流した。しかも、1000年もこんな所で…。
「…では、殺してくださいませ。」緋月は、自分でも驚くほど落ち着いていた。「我は何も知らなかった。父はただ叱るだけの怖い方だと思っていただけだったし…愚かでしたわ。一体どんな経緯を経て、今の世があるのかも知らずに。我など、居なくなっても世は変わりませぬ。しかし、ここが知れれば、ここに身を寄せる全ての神が困るのでしょう。やっと、居場所を見付けたというのに…。」と、緋月は座り直した。「我はもう、逃げませぬ。観様、どうか一思いにお願い致します。」
観は、緋月をじっと見た。これはやはり、龍王の血筋。
「…袿を脱げ。」
緋月は驚いた顔をした。しかし、着物が邪魔になるのかと、袿を脱いで、床に置いた。観はつかつかと歩み寄って来てそれを拾うと、連れて来ていた侍女に放り投げて着せかけ、その侍女を声を上げる暇もないほど素早く、刺し殺した。
「な、何をなさいます!」
緋月は叫んだ。まだ血の滴る刀を片手に、観はその侍女に術を掛けた。呆然とする緋月の目の前で、侍女は瞬く間に緋月の姿になった。
「…行け。元より、我は主を殺す気などない。もっとも、主があまりに愚かな女ならすぐに殺したがの。」と、炎嘉の潜む辺りを見た。「早く連れて行け。直にこれが、偽物と気付かれる。」
緋月はそちらを見た。刀を抜いた炎嘉が、物陰から顔を出した。
「…気付いておったか。」
観はフッと笑った。
「膜を通った時にな。ここも引き払わねばならぬわ。早く行け!」
炎嘉は頷くと、緋月を小脇に抱えて飛んだ。かなり上空に上がってから、観の声が微かに聞こえた。
「女が逃げた!龍が一匹紛れ込んでおったぞ!変わり身の術を掛けられた!」
しかし、その時には炎嘉は龍の軍神達にみとめられ、皆こちらへ寄って来ている最中だった。緋月はわざと気を失ったふりをして、そして炎嘉も何も言わず、軍神達を全て引き連れて龍の宮へ戻って行った…観達が、無事に逃げられる事だけを思って。
「緋月!」
維月が走り出て来た。炎嘉に抱かれた緋月に、一目散にに駆け寄って来る。
「ああ炎嘉様!なんとお礼を申し上げればよろしいのか…。」
維月は涙を流して炎嘉を見た。炎嘉は頷いた。
「膜は我が一番知っておるのかもしれぬの。あの中に鳥の残党が混ざっておったゆえ、その周波数を辿って探し出せた。緋月はよく頑張ったぞ。」
維月は頷いた。
「早く部屋へ。」
維月は侍女達に言い、侍女達は緋月を輿に乗せ、召し使いが運んで行った。炎嘉はそれを見送り、維月に向き直った。
「維心は?」
維月は頷いた。
「居間におりますわ。自分に責任があると思われたようで…維心様は悪くないのに。」
炎嘉は歩き出しながら苦笑した。
「あやつらしいよの。だが、無事であったではないか。」
維月は頷いた。
「はい…でも、緋月と会うには今少し時間をと。もう、命は無いのだと思っておられたようなので…。」
炎嘉はため息を付いた。
「さもあろう。我ですら、報せを聞いた時そう思ったわ。しかしの…主も聞くと良い。今から維心に話すゆえ。」
維月は戸惑ったような顔をしたが、頷いた。
「はい。」
維心の居間へ続く回廊に入った時、炎嘉はぐいと維月を押すと、横の応接間へ入った。緋月は驚いて炎嘉を見た。
「炎嘉様…?このような時に…。」
「このような時にしか主には会えぬ。」と維月を抱き寄せた。「この数ヵ月、姿も見なんだではないか…一度きりぞ。」
炎嘉は維月に深く口付けた。維月はじたばたとした…すぐそこの居間に維心様が居るのに!しかもこの状況で…炎嘉様ったら!
ふと、急に解放されて維月はハアハアと肩で息をした。知らぬ間に息を詰めていたらしい。目の前では、維心が炎嘉を睨んで、気で押さえ付けていた。
「…炎嘉。緋月を見付けたのでなければ、今頃放り出しておったところぞ。」
炎嘉はフフンと笑った。
「…なんだ、元気ではないか。安心したわ。」と真剣な顔をした。「主に話がある。」
維心はため息を付いて踵を返した。
「…来るが良い。寄り道しよって。」
炎嘉は、維心について歩いて行く。維月も慌ててその後ろについて行った。




