教授
自分の次元では将維の対になっている対へとこの次元の維月を伴って優雅に歩いて来た維月は、対の居間へ入った途端にきょろきょろと回りの気を探った。この次元の維月がびっくりしていると、維月はホッと肩の力を抜いて、今の一番奥の椅子に腰掛けた。
「ああ、疲れたこと。」維月は言った。「あなたもその辺にお座りなさい。こんなに気取り返っていたら、肩が凝ってしまうわ。」
この次元の維月はびっくりしているようだったが、言われた通り椅子に腰掛けた。
「あなたも、人の世から来たのね?私もなの…でも、私は維心様と結婚してもう60年になるわ。だから、慣れてるだけ。維心様の前では、素のままよ?でも、こうやって別の宮の臣下達の中では、維心様のメンツもあるだろうしと思って、こうやって神の女のふりをするの…この次元の洪だって、こんな私だからあなたを安心して任せられると思うでしょう?そのためなのよ。だけど、私は小難しいことは言うつもりはないわ。だって、人には無理だってわかってるんだもの。」
この次元の維月は唖然としてそれを聞いていたが、フッと笑ってその維月を見た。
「私…ずっと人として生きて来たから。本当にここは無理だと思うの…叔父様だって、毎日口うるさくって。知ってる人は居ないし、友達も居ない。みんな遠巻きに私を見ているだけ…。」
維月は同情した。この維月は、自分よりずっと孤独だ。自分には、5人の子達といつでも答えてくれる十六夜が居た。でも、この維月には誰も居ないのだ。
「人の世に誰か居たの?その…将来を約束した人とか。」
その維月は首を振った。
「それはなかったわ。というか、皆なんだかつまらないように感じてしまって。言い寄られても、断ってばかりだった。でも、母が亡くなった時思ったわ…誰も居ないから、叔父様しか頼るかたが居なくて、私は神の世につれて行かれてしまうのだって。ここは何もわからないことばかりで、誰も味方も居なくて、息がつまりそうなの。」
維月は苦笑した。
「わかるわ。私も宮に来た当初は、本当に嫌だったの…特に、いつでも回りに侍女達の気配がするでしょう?一人になることがまずなくて、よく庭へ出て一人座っていたものよ…でも、私には維心様が居たから。」
維月は不思議そうな顔をした。
「こちらの維心様と私もお会いしたけれど、確かにご立派なかただとは思うわ。でも、そんな感情ではないわ…お姿は、確かに好みなのだけれど。」
真面目にそう答えるこの次元の維月を見て、維月は笑った。
「まあ、ほほほ!私と同じね!私もあのお顔にそれは最初魅せられたものよ。好みのど真ん中よね?」
この次元の維月はすぐに頷いた。
「そうなの!こんなかたがいらっしゃるのだと思ったわ。でも、神様だし王様だもの。私も一応神様らしいけど、でも…釣り合わないわ。そういう対象じゃない感じ。」
維月は思った。確かに、自分もいきなり維心様に会っていたら、こんな感想だったかもしれない。ご立派過ぎて、近寄り難いし自分など相手にしてくれそうにもないし、最初から好きになる対象から外してしまう。私が維心様を想うようになったのは…本当に思ってくださって、共に暮らしているうちにその暖かさに触れたから…。そして生い立ちの不幸さと、自分の責務に忠実に生きていらっしゃったから…。癒してあげたいと、心から思った。
「私はね…維心様がすごく想ってくださったの。それで、最初は子供を生んで欲しいって言われて。それだけの為に、一年共に過ごすことになったのよ。愛情はなかったけれど、維心様の生き方を知っていたし、お望みは叶えて差し上げたいと思っていたから。でも、共に暮らすうちに、ものすごく愛してしまって。それで、妃として宮に残ったのよ。今でも、とても愛しているし、維心様も愛してくださっているわ。」
この次元の維月は眉を寄せた。
「私達はそれはないわね。だってここの維心様は、私のことなんて子供だって思っていらっしゃるもの。まだ30歳でしょう…維心様は1400歳と聞いたわ。」
維月は声を立てて笑った。
「まあ!私達なんて1703歳差よ。」と維月がびっくりしているのを見て、フフと笑った。「1700歳の維心様と、40歳そこそこだった私と結婚したの。笑えるでしょ?でもね、いろいろすれ違いもあったけど、やっぱり一緒に居るの。心から愛されるってことを教えてくださったかただから…少し離れても寂しくて仕方がないの。だから、今回も無理してこちらへ来たのよ。お顔を見ないと落ち着かないんだもの。」
この次元の維月は感心したように維月を見た。
「そうなの…私もそんなかたに巡り会えるのかしら…。」
「あら、あなたにも時間があるでしょう。」維月は言った。「龍なんだもの。とにかく、神の中でなんとか立ち回る方法を覚えなくては駄目よ。本当の自分はこれでいいじゃない。私も変えようなんて思ったことはないわ。でも、自分の価値を下げるようなことはしては駄目。今人の世に帰っても、結局は神の世へ戻らなきゃならなくなるんだから。わかった?」
この次元の維月は渋々頷いた。
「そうよね。わかっているわ。それで、どうしたらいいの?」
維月はう~んと唸った。
「一言では言えないわね。でも、まずは演じるのよ。」
この次元の維月はきょとんとした。
「演じる?」
維月は大真面目に頷いた。
「そうよ。神の女を観察して、演じるの。つまり自分の部屋と庭以外ではね。ずっと演じてたら疲れてしまうでしょう。私だってそうよ。言葉使いとか…維心様とかに合わせてたら、自然とそうなって来るものだし。でも、ここぞって所で自分を押さえるのは疲れるから、小出しにして行って。そのうちにね、回りも慣れて来るものなのよ。まずは、自分を奇異な目で見られない位置に持って行くことが重要よね。珍しい動物でも見るような目で見られたら、腹が立つじゃない?あなたには出来るはずよ。演じてみなさいよ。」
この次元の維月はじっと考えていたが、しばらくして、決心したように一つ、頷いた。
「わかったわ。やってみる。」
維月は微笑んだ。
「その意気よ。」
維心が帰って来ると、まだこの次元の維月は居間に居て、維月と話していた。維月は、維心を見ると嬉しそうに立ち上がった。
「お帰りなさいませ、維心様。」
維心は微笑んで手を差し出した。維月はその手を取りにすっと歩いて行った。維心は維月の手を取ると、維月を引き寄せて言った。
「やはり帰って主がおると思うと、気が逸るわ。よう我の所へ来てくれたものよ。」
維月は微笑んだ。
「まあ維心様…早くお仕事を済ませて、帰らねばなりませぬわ。皆が待っているのです。維心様がいらっしゃらないと、宮は火が消えたようだと言って。」
維心はため息を付いた。
「将維が居ろう。我にばかり付いて回るのも、少しは無くなったと思っておったのに…あれらは変わらぬの。」と維月の頬に触れた。「ま、我はどこであろうと主が居ればよいわ。」
この次元の維月は、慌てて立ち上がった。邪魔をしていると思ったのだ。
「あの…そろそろ失礼致しまする。長居をしてしまいました。」
維心はその維月を見た。
「おお、良い話を聞けたか?参考になれば良いの。」
その維月は頷いた。
「とてもためになりましてございます。また、明日もお伺いしてよろしいでしょうか?」
それを聞いた維月は、頷いた。
「もちろんよ。では、また明日ね。」
この次元の維月は、別次元の二人に見送られてそこを後にした。
維月は、あの別次元から来た維月と話して、心が軽くなった。自分と同じように考えて、同じように答えてくれる…なのに、神の世で王妃をやっているのだ。じゃあ、自分もきっと神の世で生きて行ける。王妃にはなりたくないけど、きっと出来るわ。
維月は嬉々として宮の中を歩いた。部屋へ帰るまでの間に、北の庭の傍を通る。維月はそこへ出て、気持ちの高揚を押さえようと思い、ひんやりとした夜気の中へ歩み出た。
月が出ている。維月は深呼吸した…こんなにすっきりとしたのは久しぶりだ。維月がそこをぶらぶらと歩いていると、目の前に着物を着た男神が立っていた。向こうも驚いたようで、目を丸くしている。維月は思わず頭を下げた。
「も、申し訳ありませぬ。お邪魔するつもりはございませんでしたの。」
相手は、ためらいがちに頷いた。
「いや、我も不用意にこのようにぶらついておったのが悪いのだ。」と維月を見た。「主は、洪の…?」
維月は頷いた。
「はい。姪の維月と申します。」
相手は頷いた。
「我は義心。一度会っておるのだぞ。しかし、我は甲冑を着ておったし、主は覚えておらぬのかもの。」
維月は思い出した。そう言えば、ここに着いてすぐの頃、叔父がその名を口にしていた…。
「義心様。申し訳ありませぬ。私は、ここには知る者が叔父しかおりませんでしたし、それに神の女達は私を遠巻きに見ているだけだし…なんだかさみしくて。」
義心は穏やかに微笑んだ。
「主は人の世に居ったのだものな。ゆっくり慣れれば良いのだ。」
維月も微笑んだ。
「はい。」維月は義心をじっと見た。「…そう言えば、叔父様以外とこんなに話したのは初めてでございますわ。皆なんだか話し掛けづらかったから…。」
義心はびっくりしたような顔をしたが、言った。
「我は話しやすかったと申すのか?」と、義心はフッと笑った。「我で良ければ、いくらでも話し相手になろうぞ。」
維月は目を輝かせた。
「まあ!初めてのお友達ですわ。」維月は嬉しそうに笑った。「では、お部屋はどちら?お伺いしてもいい?」
義心はまたびっくりした。訪ねる?我の部屋を?
「…維月、おそらくそれは、人の世ではいいのかも知れぬがな、神の世では許されることではないぞ。」と考えて、「では、毎週この日この時間に、我はここへ来ようぞ。それでよいか?」
維月は少しがっかりした。それでは週に一度しか話せない。
「週に一度でございますか?」
維月があまりに残念そうだったので、義心は苦笑した。
「我は軍神であるしの…そうそう非番もない。しかも今は非常時ゆえ。その一日すら、来れるかどうか分からぬのよ。」
維月は仕方なく頷いた。
「では、来週の今日、待っておりまするゆえ。」
義心は頷いた。
「わかった。我もなるべく早く終わられせて参るゆえの。」
維月は、元気よく手を振って去って行った。
義心は、初めて近くで維月を見て、その気を感じてそれが自分に与える影響に少しためらっていたが、落ち着いて維月を見送っていた。




