違う道
維月は、複雑な気持ちだった。それを維心に言おうかと悩んだが、やはり言っておいたほうがいいと思い、夜に湯殿から帰って来た維心に、維月は歩み寄った。
「維月?何か懸念のあるような顔ぞ…どうした?」
維月は頷いた。
「本日、私は気になることを聞きましたわ…この次元の維月と話しておったのですが。」
維心は頷いた。
「主はこの三週間というもの、毎日昼はそうではないか。今更にどうした?」
維月は、維心と共に椅子へ座った。なんと言えばいいのだろう。
「あの…この次元の維心様は、この次元の維月のことをどう思っていらっしゃるのでしょうか。」
維心は話題が変わったので驚いたが、答えた。
「特に変わりはないようぞ。未だピンと来ぬと言っておるな。」
維月は少しほっとしたような顔をした。維心は眉を寄せた。
「なんだ?あの維月は何を言っておったのだ。」
維月は渋々話し始めた。
「あの子…義心と会っているようですわ。それも、あの子のほうから頼んで、かなり楽しみにしていて。あの、今日も…きっと会ってるんじゃないでしょうか。」
維心は驚いて言葉を失った。義心だって?
「あの、この次元の維月は…義心を選んだと申すか。想い合うていると。」
維月は慌てて手を振った。
「まあ維心様、そうではありませんの。ただ、あの子は私ですから…あんなふうに言う時の気持ちはわかるのですが、きっと義心に恋をしているのではないかと…。義心がどう思っているかまで私にはわかりませぬわ。」
維心は立ち上がった。
「ヤツが主を気に入らぬはずはあるまいに。この次元の義心も、やはり義心であったのだからな。我の妃を取ろうとは…。」
維月は眉を寄せた。
「維心様?まさかこの次元の維月も妃に迎えようと考えておられまするのか。」
維心は驚いて維月を見て、慌てて言った。
「そのようなつもりはないぞ!我はただ…シンのことを考えたのだ。奴はほんにおっとりと構えておるゆえ。」
維月はため息を付いた。
「維心様…どんな可能性も考えてみるべきです。私達の次元の私は維心様の妃でしたが、もしかしてこの次元の維月はそうではなかったのかもしれませんわ。私達が干渉して良いものではありませぬ。わかっておいでですか?」
維心は、じっと考えていたが、頷いた。
「主の言う通りよ。あの維月が義心を選んだとしても我は何も言えぬわ。」
維月は頷いた。
「そうですわ。なので、落ち着いてくださいませ。」
維心は立ち上がった。
「だがの、少し様子を見に行ってみようぞ。気になるではないか…別次元の我らに関わることであるから。」
維月は苦笑して立ち上がった。
「わかりましたわ。では、姿と気配を消してくださいませ。共に参りましょう。」
維心は頷くと、維月と自分を気で包み、そして気配を消して、日の落ちた宮の中を二人で歩いて行った。
この次元の維月は、じっと待っていた。
月はもう、真ん中に昇っていた。約束の時間はとっくに過ぎていたし、時間を30分過ぎたら、自分は仕事で来れないということなので、部屋へ帰るように義心には言われていたが、それでも維月は帰る気になれなかった…義心に、どうしても会いたかったのだ。
いつも宮で見かけても、声を掛けることは出来ない。神の世では、男女があまりに仲が良いといけないらしい…なので、普段は我慢していた。一晩中待っていても、きっと疲れない。維月はそう思った自分がおかしかった…まるで、私は恋しているみたいではないの。
そして、自分の考えにハッとした。確かに、私は義心のことを考えるととても胸が高鳴って、そして会いたくてたまらなくなる…でも、義心はそうではないようだった。いつも落ち着いていて、そして穏やかだった。
約束の時間から、もう二時間以上過ぎようとしている。それでも、維月はそこに座っていた。気で自分の身を温めるが、それでも冷え込んでしまう。まだ、気を使うことに慣れていないせいだ。
維月が手に白い息を吹きかけていると、その手を掴む者が居た。
「まさかと思うたら」義心だった。「我と約したであろうが。時間を過ぎたら帰るのだ。体を壊してしまうであろうが。」
義心はまだ甲冑のままだった。仕事から帰って来たばかりなのであろう。維月はうれしくて、満面の笑顔で義心を見上げた。
「まあ…来てくれたのね!とてもうれしいわ。」
義心はその笑顔に戸惑った顔をした。そして、冷え切った手を自分の手から気を出して温めた。
「さあ、今日はもう部屋へ帰るのだ。このように冷え切ってしもうて。」
維月ははたと立ち止まると、くるりと背を向けた。
「まだ、顔を見たばかりなのに。嫌。私はまだ帰らないわ。」
義心は困って維月をこちらへ向かせた。
「維月…我はまた戻らねばならぬのだ。長くここに居ることは出来ぬ。聞き分けてくれぬか。」
維月は、じっと義心の顔を見ていたが、ぽろぽろと涙を流した。
「義心様…私は、とてもお会いしたかったのに…。」
義心は、どうしたらいいかわからなかった。なぜに泣くのだ。
「我だって、主と話したいと思うておる。だが、職務があるのだからの。」
維月は、下を向いた。
「また…来週まで待たねばなりませぬか?」
義心は、少し考えた。このままでは、維月は帰りそうにない…風邪をひいてしまうかもしれない。
「わかった…今宵、仕事が終わったら、主を迎えに行こうぞ。なので部屋で待っておれ。」
維月はぱあっと明るい顔になった。
「本当に?きっとでございまするよ!」
義心は苦笑して頷いた。なぜに自分は、維月に弱いのだろう。維月は嬉々として部屋へ帰って行った。
維心はそれを維月と共に見て、複雑な気持ちだった。あの維月は、間違いなく義心を愛しているように見える。一方義心は、よくわからない…あれは、表情にあまり表さないからだ。気の変化もわからなかった…これは夜も、見届けなくては。
「維月、このままあれが仕事を終えるのを待とうぞ。」
維月はそんな維心に苦笑した。きっと気になって仕方がないのだろう。でも、あれはこの次元の維月なのに。
心なしか、肩を抱いている維心の腕に力が入っている。維月は仕方なく、最後まで付き合うことにした。
一方この次元の維月は、今度は部屋で義心を待っていた。庭に向かって開いた窓の前で、じっと空を見て待ち続けていた…義心は嘘は言わない。どんなに遅くなっても、きっと来てくださるはず。
そう思って、窓辺でうとうとしていると、目の前に何かが降り立ったのを感じた。慌てて顔を上げると、義心が着物を着て立っていた。
「こちらへ。」
義心は小さな声で言った。維月は頷くと、窓からそちらへ向かって飛んだ…つもりだったが、まだ慣れないので落ちただけだった。義心が慌てて腕に抱き留めた。
「主はなんと危ないことか。もっと力の使い方を学ばねばならぬ。」
維月は、義心の腕に抱かれて少し赤くなった。
「もっと練習しまする…。」
義心はため息を付いた。そして維月を下へ降ろすと、自分も芝生に降り立った。維月はそんな義心に寄り添った。
「寒い…。」
義心は慌てて維月を抱き寄せた。
「寒いか?やはり無理をしておるのであろうが。我の気で守ろうぞ。」
維月はまた赤くなった。だが、今度は義心の体に腕を回して抱きついた。義心は驚いて維月を見た。
「…そんなに寒いのか。」
義心からの気の流れが増える。維月は首を振った。
「義心様…」と維月は思い切ったように、義心の腕の中で義心を見上げた。「お慕い致しておりまする。私は…ご迷惑だとはわかっておりながら、義心様を待たずにはいられなかったのです。」
義心は、維月から流れて来る気に、その気持ちが本当であることを知った。義心も、この気には惹かれてならなかった。仕事がどんなに忙しくても、気になって仕方がなかった…それが、こういう気持ちなのだろうか。自分も、維月を望んでいるのか…。
「…我などを?」義心は言った。「なぜにそのような…我はただの軍神でしかない。維月…我などを選んでも、主は苦労するぞ。仕事ばかりで、屋敷にもなかなか帰ることが出来ぬであろうしの。」
「では、私もここに住みまするから」維月は言った。「私をお傍に…それとも、お気を悪くなさるかたがいらっしゃいまするか…?」
義心はすぐに首を振った。
「我は独身よ。なぜにそうであるかと言うと、我がこうして仕事ばかりしておったからであるな。なので、これからも待ちぼうけさせることがあるやもと…。」
維月はじっと義心を見上げた。
「それでも、私は待ちまする。」泣きそうな顔だ。「ずっと待っておりまするから…。」
義心はじっと考えた。我だって、最初に会った時から、この気に惹かれていた。頻繁に話すようになって、その飾らない様子にさらに惹かれていた。友と思うておると思っていたので、絶対に我の気持ちは気取られないようにと…。
「維月。」義心は、維月の頬に触れた。「では、我の妻になるか。我と共に生きて行くか?我はずっとこのように忙しくしておるかと思うがの。」
維月は涙を流しながら頷いた。
「はい。義心様が帰っていらっしゃる所で、私は待って居とうございます。」
義心は優しく微笑んだ。
「維月…。」
義心は維月に口付けた。維月はそれを受け、義心に抱きついた。義心はそれを抱き留めて、しばらく深く口付けた後、そっと維月を抱き上げると、そのまま維月を自分の部屋へと連れ去った。
それを、気配を消した維心と維月はこちらで見ていた。維心がじっと黙っているので、維月は心配だったが、維月はそっと声を掛けた。
「維心様…お部屋へ帰りましょう。もう、確かめることは何もございませぬわ。」
維心はハッとしたように維月を見ると、頷いて、対へと引き上げて行った。
部屋へ帰ると、維心はまだじっと黙っていた。奥の間の寝台に入っても、まだ何かを考えていて、おそらく無意識なのだろうが、維月を抱き締めてじっと黙っていた。維月はその長い沈黙が気になったが、何も言わずに抱きしめられていた。すると、維心が小さく震えているのを感じた。
「維心様…?具合でもお悪いのですか?」
維月が驚いて維心を見ると、維心はやはり小刻みに震えながら、維月をじっと見つめた。何やら思い詰めたように見える。維月は居たたまれずにもう一度言った。
「維心様?いかがなさいましたか?お寒いのですか?」
維月は気を使えないので、せめて体温でと維心を胸に抱きしめた。維心は維月の胸に抱かれて、目を閉じて言った。
「…可能性が見えて、恐ろしかったのよ。」維心は、小さな声で言った。「あれは、我の世でも起こり得たこと。何しろ我は最初から、主とべったり一緒であった訳ではないからの。もしも主が先に義心に出逢って、そして我の知らない所で義心と心の交流をしておったなら…主は義心を愛し、そして我は主を奪う為、神の世での理通りに義心を斬り殺し、そして、それが理解できず我を許せない主に一生拒まれて…。」維心は、維月を抱く手に力を入れた。「なんと恐ろしいことか。一歩間違えば、我はそのような道に踏み入って居ったことぞ。こちらの維心は、まだあの維月を愛してなどおらぬ。なので、あれはこれで終わりであろうな…この次元では、主は義心と共に歩くのだな。」
維心は、ただ自分の次元でもその可能性があったことに怯えていた。あの頃は、人の事など何も分からなかった。なので何の躊躇もなく維月を得るために義心を殺していただろう。その後永劫に続く拒絶を思う事もなく…身は得ても、心は固く閉ざされたまま、このような幸せを感じることすら許されずに、苦しみ続けねばならなかった…。なんと恐ろしいことか。この心を得られないなど、まるで身の内を焼かれるようだ。十六夜が心を重要視することが、維心には今身に沁みて分かった。身を繋ぐ事が何であろうか。心が伴って初めて幸福を感じるのではないのか…。
ただ黙って自分を抱き締めている維心に、維月は言った。
「維心達…そのように起こらなかったことに怯えないでくださいませ。今はこうして、共に居るではありませぬか。私が愛しているのは、維心様でございます。維心様は、どの次元の維月もご自分のものになさるおつもりでいらっしゃいますの?私が居れば良いとは言ってくださらないのでございますか?」
維心は顔を上げた。
「我は主が居れば良い。」維心は言った。「ただ、怖かっただけだ。我は何も知らなかった…やはり、十六夜の言うように、もっと人の世も学ばねばならぬ。これからも、主のことを失うようなことがないように。可能性は全て潰して行かねば。」
あまりに真剣にそんなことを言う維心に、維月は苦笑した。今更私が維心様から心を離すなんて思っておられるとは…。
維月は、身をクルリと回すと維心を下敷きにした。維心は驚いてこちらをじっと見ている。
「本当に…いつまでもそのようなことをおっしゃって。どれほど愛しているのか、わかっていらっしゃるでしょう?」
維心は真面目に答えた。
「わかっている。だが、それでも我は…、」
「ストップ」維月は人っぽく言った。「もう、いつまで経っても信じてくれないのだから。そういうかたは、こうしてやる!」
維月は上から押さえつけるように維心に口付けた。維心はびっくりして少しジタバタしたが、そっと維月の背に腕を回した。唇は重ねられたまま、維心は維月が自分の腰ひもをするすると解いて行くのを感じた。維心は心の中で微笑んだ…そう、維月は我を自ら求めてくれるほど愛してくれておるのだ。
維月の柔らかい手が自分の肌に触れる。維心は維月を抱き締める手に力を入れた。
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