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次元

龍の宮には、二人の維心、維月、そして蒼、十六夜が碧黎を待っていた。十六夜は少し疲れているような出で立ちで、椅子に深く座っている。維月は気遣わしげにそちらを見た。

「十六夜…大丈夫?」

十六夜は力なく笑った。

「次元を押さえるってのは想像以上に力を使う。ましてオレは月の宮の結界も作ってるからな。いくら無限に力があるとは言っても、こうして人型になるとさらに力を使ってダルいんでぇ。まあ、死ぬこたないから心配するな。」

維月は十六夜の横に座り直して手を握り、自分の方の力を十六夜に向けた。十六夜は、お、という顔をした。

「…楽になった。でも、裏の力まで使ったらお前がダルくなるんじゃねぇかと心配で…。」

維月は微笑んだ。

「大丈夫、私はここに実体化している他に、力を使ってないから。裏の力も使って。」

十六夜は微笑んで維月の肩を抱いた。

「あんまり無理すんな。」

それを見たシンが、少し不機嫌に言った。

「…おかしいの。維心が同じ事をしておっても何も感じぬのに。何やら腹が立つわ。」

維心が苦笑した。

「それも道理よ。我とて同じゆえの。」

十六夜は笑った。

「お前達はほんとに同じだな。」

「あら、同じでないところもあるのよ?」と維月は言って、二人を振り返った。「ね?」

二人は意味ありげに笑う。十六夜はフンと横を向いた。

「なんだよ、仲良くなりやがって。オレは次元押さえるのに必死だったのによ。」

「はいはい、怒らないの。」と維月は十六夜を撫でた。「わかってるわ。」

十六夜はじっと維月を見ると、口付けた。維心とシンは二人共にグッと眉を寄せる。それを見て、十六夜は笑った。

「これはオレの特権だぞ?別に誰が見てても関係ないもんな。」

蒼がそれを見て呆れたようにため息をついた。今、どんな状態かわかってるのかよ。

「…碧黎様が来た気がするけど。」

四人はハッとしたように神経を研ぎ澄ませた。確かに、気が近付いて来る。

しばらくして、碧黎が陽蘭を連れて窓辺に現れた。碧黎は言った。

「すまぬ。こやつがどうあっても来ると聞かんでな。」と陽蘭を振り返った。「説き伏せるのも面倒で連れて参ったわ。」

陽蘭は満面の笑みを浮かべて十六夜と維月に抱き付いた。

「おお吾子よ!会いたかった。我のことも母と呼ばぬか。」

維月は戸惑いながら言った。

「お、お母様、お久しぶりでございまする。」

それを聞いた十六夜も、居心地悪げに横を向いて言った。

「お袋、相変わらず遠慮がねぇな。もう子供じゃねぇ。」

それを聞いて、陽蘭は目を輝かせて碧黎を振り返り、そして抱き締める腕に力を込めた。

「おお誠、母よ。なんと嬉しいことか。」

シンが立ち上がった。

「維月の母上であられるか。我は別次元の維心、ご挨拶が遅れてしもうて申し訳ない。我はあちらで、維月を妃としており申した。」

陽蘭は驚いたようにそちらを見た。

「…なんと。こちらの維心より、よほど気が利くではないか。」と維月を見て、「主はこちらへ嫁に行くと良いの。母のことも気遣ってくれそうであるしの。」

十六夜は大笑いしている。維心は憮然として、シンはきょとんとしていた。碧黎が陽蘭を諫めた。

「さあ、今日はそのような事を言いに参ったのではない。おとなしくしておる約束ぞ。こちらへ。」

陽蘭はふて腐れたように頷くと、名残惜しげに碧黎に従ってそちらへ座った。碧黎は言った。

「待たせたの。まず、そっちの維心の次元、残っておったぞ。しかも、我らの干渉に合うたのが幸いしたのか、少し時が巻き戻った状態で存続しておる。」

シンは身を乗り出した。

「時が止まっておるのか?」

碧黎は首を振った。

「いや。ざっと見て参ったが、次元の崩壊が始まった頃から…まだ龍の宮が形を残しておったゆえな…その時点からまた、時を進めておる…崩壊はなかったかのように。」と維月と十六夜を見た。「ただ、月が力を失っておった。全ての力が無く、空の状態よ。主らが力を呼んだりしたゆえ、あれは覚醒したのかもしれぬ…そして、次元の崩壊を止めるために全ての力を注いだのだ。そうとしか考えられなんだ。時の巻き戻しを止めたのは我の力であるが、少し巻き戻った後、崩壊を止めたのは月よ。」

十六夜は考え深げに目を泳がせた。

「…確かに、月にはなんだか意思があるように思う時がある。オレ達は月だが、あれに寄生してるだけでな。碧黎と陽蘭から作られた命だったのが、碧黎の力で月に上げられた訳だからよ。月に元々何かの意思があるかもな。前にオレ達が死にかけた時に他を捨てて助けようとしたのは陰の月だったから、勘違いだったかと思ったが、月に何か意思があるなら、あの次元の月が、オレ達を認識して目覚めたとしてもおかしくない…。」

碧黎は頷いた。

「そうだ。月は必死にあの次元を守ったのだ。まあ、月は死なぬゆえ、今は仮死状態であろうがな。そのうちに回復するだろうが、どのぐらい掛かるものか。」

シンは碧黎に言った。

「では、皆はどうしておる?」

「様々よ。」碧黎は言った。「死んだ者もおるし、巻き戻された時まで生き延びていた者は助かった。ただ、主が居らぬゆえ…未だ混乱はしておるの。」

シンは立ち上がった。

「…帰らねば。宮を立て直さねばならぬ。」

碧黎は手を振った。

「まあ落ち着くのだ。とにもかくにももうあの次元は無事であるのだ。こちらの次元を修復せねばならぬ…欠片は見付けたぞ。主ら二人の力が必要ぞ。我も力を貸すゆえ。」

シンは仕方なく座った。碧黎は続けた。

「ではの、明日朝、月の宮で次元の修復に入る。その後、この維心の次元へ送り届けようぞ。」

蒼が口を挟んだ。

「そのように簡単に見つかるのですか?碧黎様でもあれほどに時間の掛かった事なのに。」

碧黎は微笑した。

「約したからの。」皆の虚を突かれた表情に、碧黎は笑った。「なに、大きな意思に出逢うたのよ。話しはせなんだが、意思は伝わって来た。それに夢中で戻る道が分からぬようになっておったのだ。」

維心が言う。

「大きな意思とは…何かの命か?」

碧黎は首を振った。

「わからぬ。ただ、あれは別次元の維心達が時の繰り返しに落ち込んでおるのが不憫であったらしい。何とかしようと、力を持つ我らを関わらせたのだそうだ。悪気はなかったようだがな。それにより我らの次元が損傷したことを懸念しておったわ。ゆえ、元に戻すために、次元の欠片も、あの次元も、すぐ隣に配置すると約した。たくさんの事を知っておったゆえ、我も意志疎通に夢中でな。しかし、あれに促されて維心達が呼んでおるのを知り、急ぎそちらへ向けて戻ったのよ。」と遠い目をした。「また意思を繋ぎたいものぞ。」

陽蘭がふてくされたように言った。

「もう、戻ってからそればっかりよ。まるでその意思と共に居たいような感じぞ。」と、立ち上がるとくるりと踵を返した。「我は去ぬ。」

碧黎は慌てて止めた。

「待たぬか。そうではない。」と他の面々を振り返った。「では、また明日の。月の宮で待て。」

碧黎は陽蘭を追って慌ただしく出て行った。十六夜がそれを見送ってため息を付いた。

「だから、親だと思って欲しかったら、もっと落ち着けっての。」

維月は苦笑した。

「でも、あの母上が私のモデルなのよ?所々似てるんじゃない?」

十六夜はそういう維月をチラッと見た。

「…確かにな。だがお前はあそこまで自分勝手じゃねぇよ。」と立ち上がって蒼を見た。「さあ、もうひと踏ん張りだぞ、蒼。明日まで次元の壁を守り抜こうや。」

蒼は頷いて立ち上がった。幾分顔色が悪い。

「蒼?あなたもなの?」

維月が心配そうに聞く。蒼は首を振った。

「十六夜ほどじゃないよ。オレはただ、十六夜の力がぶれないように下で調整してるだけだ。十六夜から見たら、大きな枠でしか力を降ろせないから、それを下で細かく振り分けてオレが形を調整してるんだよ。四六時中それを意識の中に置いてるもんだから、頭が疲れちゃって。」

十六夜は頷いた。

「お前、人だったしな。いくつも集中しておかなきゃならないなんて、疲れるとは思うよ。だが、もう少しだ。」

蒼は頷いた。

「わかってる。大丈夫だ。」と維心達を見た。「では、また明日月の宮でお待ちしております。」

二人の維心は頷いた。十六夜は言った。

「シン、お前とは明日でお別れだな。短い間だったな。」

シンはハッとしたように顔を上げた。

「…そうであるな。世話になった。」

十六夜は笑った。

「オレはお前にゃ何もしてやってねぇ。」と維心を見た。「じゃあな、維月は連れて来るな。またなんかあったらたまったもんじゃねぇ。」

維心は頷く。維月は抗議した。

「まあ、どうして?もう何もないじゃない!」

「駄目だ!」十六夜はぴしゃりと言った。「お前な、オレ達がどんな思いをしたかわかってるのか。挙句にこれだぞ。ここに居ろ!来たら承知しねぇからな。」

維月はぷうと膨れたが、亀裂に落ちたのは事実なので何も言えなかった。

そして、蒼と共に月の昇った空へと消えて行った。

シンは、維心を振り返った。

「世話になったな、維心。我は自分の次元に未来をもろうたらしい。あちらを立て直して統治して行かねばならぬ。」

維心は微笑して頷いた。

「良かったではないか。我も、こちらでは大層助けてもらったことよ。主が居ったからこそ、次元の修復も出来ようほどに。」と、侍女達が迎えに来たのに気付いて、維月を見た。「侍女が来た。主は先に湯殿へ参っておれ。我はシンと話しがあるのだ。」

維月は渋々頷いて、侍女達に促されて湯殿へ向かった。それを見送ってから、維心はシンに言った。

「座ると良い。」

シンは座った。

「維心」シンは言った。「これから、我も主と同じように、また時を刻んで行くことが出来る。主は今1800歳と言うたな。」

維心は頷いた。

「そうよ。炎嘉は1700歳で死に、そうそう、最近知ったが、箔炎が生きておるぞ。1500歳であった。」

シンは驚いたような顔をした。

「なんと。とっくに死したと思うておったのに。」

「我もよ」維心は言って笑った。「なので、炎嘉が死しても主は独りではない。」

シンはその意味を知って、頷いた。

「そうであるな。主は、炎嘉が死した時、維月が傍に居ったのか。」

維心は頷いた。

「結婚して間無しであったな。ゆえに耐えきれた。だがまあ、この世ではまた炎嘉は転生して参って、今は龍になって我が臣下に一応、なっておる。あの性格ゆえ、記憶を持って転生したらどうなるかわかるであろう。」

シンはクックと笑った。

「そうよな。しかし、あれも悪気はないのよ。なので扱いづらいのであるが。」

維心とシンは笑った。ひとしきり笑った後、シンは言った。

「のう、維心。主が前に我に言った、我の次元の維月であるが…。」

維心は、ああ、という顔をした。

「そうよの。時が進み始めたということは、主の維月も現れるかもしれぬ。」

シンは下を向いた。

「しかし…我の次元では月は居らぬし…。」

維心は微笑んだ。

「何を申す。のうシンよ。我にとって、維月とは運命であったと思うておるのよ。出逢うべくして出逢った。ゆえ、我に維月は不可欠なのであるな。他は何が端折られても、維月だけは形を変えても、我の前に現れると思うておる。主の維月も、間違いなく現れると思うぞ。なぜに言い切れると言われると難しいのであるが。」

シンは、なんとなくわかった。確かに、維月は現れる。きっとそうなのだ。

「…1700歳か。長いの。あと300年はある。」

維心はフフンと笑った。

「我はそこまで待った。がしかし、主は維月を先に知ってしもうたゆえ、無しでおる300年はつらいの。何、義心も先に生まれたような世であるのだ。維月だって先に生まれて来るやもしれぬぞ?待つのだ。我が待ったようにの。待った甲斐はあったぞ。」

シンは月を見上げた。

「ああ。待っておるよ。責務を果たしながらの…あの崩壊した宮を建て直して、民を落ち着かせてを考えたら、おそらくアッと言う間であろうて。維心、感謝するぞ。我は兄弟が居らぬが、居ったらこんな感じであったかと思うた。」

「己であるのにか?」維心は笑って言った。「しかし、我もそうよ。なんでも共に解決できる、己と同じ力を持つ者とは、なんと心強いものか。」と、ふと維心は黙った。そして、言った。「明日、我も共に向こうへ参ろうぞ。しばらく滞在しても、時を越えればまた普通にこちらへ戻ることも出来るゆえ…あの乱れた世は、一人では面倒ぞ。我が居れば、おそらくかなりの速さで修復出来よう。」

シンは驚いた顔をしたが、頷いた。

「それは助かるの。臣下は驚くであろうて…しかし、心強いことには変わりない。」

維心は立ち上がった。

「では、明日の。我も湯殿へ参って、休む準備をする。」

シンは頷いた。

「我も宮を修復させるとき、露天風呂を作らせようぞ。あれは良いの。」

維心は笑った。

「維月が風呂が好きなゆえ。いつか来る維月のためにも、それは良い考えであるわ。」

立ち去ろうとする維心を、シンは呼び止めた。

「維心。」維心は振り返った。シンは目が合った維心から、逸らすように下を向くと、言った。「言いづらいことではあるが…我はもう、ここには戻らぬ。戻る前に、維月と過ごさせてはくれまいか。」

維心は眉を上げて、しばらく考えるように立ちすくんだ。そして、ため息を付いた。

「…仕方がないの。」維心は苦笑した。「主には恩もある。何より主は我であるから。維月が良いと言えば、今夜行かせようほどに。」

シンは顔を上げた。維心は微笑して踵を返した。

「ではな。」

シンは、同じように微笑んで、その姿を見送った。


その夜、維月がシンの部屋へやって来た。

「…維心様…?」

シンは微笑んで維月に手を差し出した。

「維月…来てくれたのだな。」

維月はシンの手を取った。シンは自分の腕の中に維月を抱き締めると、唇を寄せた。

「我は…我の次元の維月が出現するのを待つことにしたのだ。だが、これで主とは別れであると思うと…どうしてももう一度主と共に過ごしとうて。」

維月は頷いた。

「皆までおっしゃらないで。わかっておりまする。もうすぐお別れとは言っても、また会えるのでございまする。私はこちらの維心様…同じ維心様です…と一緒に居て、維心様はあの次元の私と共に。ずっと共ですわ。それをお忘れにならないで。」

シンは頷いた。

「そうであるな。次元のいたずらで後先が乱れたが、それでも我らが出逢うことには変わりない…」とシンは維月を抱き上げた。「さあ、では、しばしの別れぞ。その前に、奥へ参ろうぞ。」

維月は黙って頷いた。シンはそのまま、維月を連れて奥の間へと歩いて行った。

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