震動
相変わらずの震動は続いていた。
碧黎はまだ瞑想から覚めない。どこまで深く探しに行ったのかと思うほどであった。
その報告を玉座で聞いた維心は、洪に言った。
「して、主から見てどうであった。主は気を読むのに長けておるゆえ地の宮へ行かせたのだぞ。」
洪は顔を上げた。
「はい。碧黎様の気は、そこには有りませんでした。つまりは意識は抜け出て他の場所へ参っておるということなのでしょう。これほど長く不在なことはないと、陽蘭様もそれは心配なされておられました。」
維心は考え込んだ。
「…まさか碧黎に限って戻れずに居るなどということはないであろうが、確かに長いな。」
横に立っていたシンは言った。
「思い込むのは良くないぞ。碧黎とてこの次元の住人、次元を出れば皆条件は同じと見た方が良い。」
維心はシンを見た。
「確かにそうだが、恐らくこの次元最高の力を持つ碧黎ですら戻れぬとあらば、我らに何か出来るとは思えぬ。主はどう考える?」
シンは顎に手を置いた。
「…そうよの、こちらから呼ぶよりないのではないか。迷うておるなら、次元の狭間に向けて我らが力を放てば、それを頼りにこちらへ向かえるのではないか。」
維心は頷いた。
「そうよの。迷うてないにしても、それを見てこちらへ戻って来るやもしれぬ。どちらにしても早よう戻ってくれなければ、十六夜も押さえきれなくなるであろうし、何よりこの次元自体の壁が修復不可能になる…そうなれば、崩壊への道をまっしぐらよ。」
維心は立ち上がった。
「次に月の宮で亀裂を見つけたら知らせるように伝えよ。そこより我らが力を放つ。」と洪を見た。「主は月の宮で待機してすぐに知らせよ。」
洪は頭を下げて立ち上がった。シンがそれを見て言った。
「待て」
洪が驚いて顔を上げた。シンは維心を見て、小さく後ろへ首を振った。維心は立ち上がって玉座の後ろへ回る。維月がそれを、気遣わしげに見ている。
「どうした?」
維心が問うと、シンは言った。
「あの洪は我の次元の洪より老いておる。今地の宮から帰ったばかりの洪をやるのはどうであろうか。公李…は死しておるのだったな。兆加では駄目なのか。」
維心は洪を振り返った。確かに疲れているような風情だ。維心は振り返ると、洪に言った。
「兆加に行かせよ。主はこの宮に待機せよ。」
洪はホッとしたように頭を下げた。
「はは!」
洪が下がって行くのを見ながら、維心はソッとシンを見た。本当によく見ている…我とは違う。
維心は並んで戻りながら、シンに言った。
「居間へ来ぬか?話がしたい。」
シンは驚いたような顔をしたが、頷いた。
「それは良いが、主は我がそちらへ行くとややこしいゆえと言って、いつも我の所へ来ておったのではないのか。」
維心は苦笑した。
「たまには良いではないか。」
シンはまだ納得がいかない様子ではあったが、黙って維心の居間へとついて来た。
椅子に座ると、維心は言った。
「シン、我らは全く同じなようでそうではない。」維心がそう言うと、維月は横で驚いたように維心を見た。「…わかっておるのよ。我は己の責務のほか興味なく来たゆえ、臣下を気遣うなど維月をめとった後からやっと少しずつ身に付き始めたぐらいで、今日の洪のことにしても、全く意識に上らなんだ。なぜにこうも違うのであろう。」
シンは目を丸くした。そして少し考えると、言った。
「…そうよの、恐らく我の場合、義明の死に立ち合えたからではないかと思う。」
維心は驚いた顔をした。義明とは、維心が小さな頃から面倒を見てくれたその当時の筆頭軍神で、父を殺した後も、維心がなぜそうしたのか理解し、共に闘い、そして宮の中では守ってくれた、義心の曾祖父に当たる男だ。王として他の龍に認められたのも、この最も力のあった義明が維心を王として敬っていたからだった。だが、維心は人の世の災害の復興のために地を建て直す気を正しに行っていて留守のうちに、義明は世を去った。最後には立ち合えなかったのだ。
「維月の中にある主の記憶を見たぞ。」シンは同情するかのように言った。「我の次元では、災害より義明が死する方が早かった。ゆえ、我はその死に立ち合えた…最後に義明と話し、あれの思いを知った。ゆえ、それから我は臣下を特に大切に考えるようになったのだ。そこで、主と我はその考え方にそのズレが出たのであるな。」
維心は頷いた。我は義明の死により、さらに責務に忠実に生きて行くことを選んだ。本当なら帰りたかった龍の宮…だが、気を正すのが先だと考え、義明の死に間に合わなかった。それゆえ、その申し訳なさから、余計にそうならざるを得なかったのだ。
「…そうか。それが分岐か。」
維心がそう呟くように言うと、維月が気遣わしげに維心の腕に触れた。維心はそれを振り返って微笑んだ。
「大丈夫よ。主は心配性よの。」
そう言いながらも、目は嬉しそうだ。シンがそれを見て言った。
「だがの、そうやって維月が傍に居るようになって、主も少しは心に余裕が出たのではないか?」とからかうように言う。「それに、人の世のことも大きいかと我は思う。我の世に、闇はなかった。黒い霧を生むような人はただ一人も居らず、ゆえ月は居ない。人は皆、穏やかで素直だ…未だ神を信じ、信仰を捨ててはいない。ゆえ神も穏やかで、人を強く守る。戦争というものが、ここの人の世ではあるであろう?我の人の世にはなかった。皆神に祈るゆえの。その人を守る為、神同士が戦うことはあったがな。強い神を信じている人ほど、それに守られて平穏に暮らせるゆえ、龍の宮の回りは大変なことになっておったの…人が皆我が領地へ入って来るゆえな。なので、気の乱れも少なかった。主のように人も神もと心砕かずに済んでおったゆえ。我には余裕があったのかもしれぬ。」
維月はそれを聞いて驚いた。戦のない、そして闇を生まない人の世。どれほどに穏やかなのだろう…。しかし、シンはため息を付いた。
「しかしの、ここの人の世を学んでおって思ったのよ。あれでは、人は神の家畜のようであるとの。己の意思は皆無と言っても良い…なんでも我らに聞くゆえな。ここの人は皆、欲望という向上心を持っておるの。生活は便利になって、神の知らぬようなものを作り出しては、己の生活を豊かにしようと努力する。それが、あの次元の人にはないからの。神の知らぬものなど、人は作らなんだわ。それが人にとって良いのかどうかと考えると、我には分からぬ。」
そう言われてみればそうかも知れない…。維月は難しいものだなと思った。維心は言った。
「それは人の選んだ道よ。我もそこまでは口出しはせぬのだ。ゆえ、人の世が荒れておっても特に手出しはせぬ。戦が起こって居っても、放っておいたしの。人の選択に手出しをしても仕方がない…あやつらにはあやつらの道があるのだろうて。それで滅びようとも、仕方がないと思うておる。」
シンは頷いた。
「そう、我らとは違った生き方があるのだからな。まして命は短い。我もその意見には賛成であるな。」と、窓から見える空を見上げた。「もしも戻ることがあるなら、我もあまり人とは対話せずにおく方が良いのかも知れぬと思うわ。もう、滅びた世ではあるがな。」
そう、維月も感じていた。維心も優しいが、シンは細かい所に気が付くので、もっと優しく見える。維心は自分の気が付くことには気遣ってくれるので、維月は感謝していたが、シンがあまりに些細なことも覚えていて気遣ってくれるので、同じ維心でも違うのだと驚いてはいたが、まさか維心自身がそれに気付いていたなんて。
「お二人共、維心様には違いありませぬわ。」維月は言った。「私はどちらも慕わしいと思っております。だって、維心様なのですもの。」
二人は驚いたような顔をして、同時に眉を上げた。そして顔を見合わせると、フフと笑った。維月は腰に手を当てて膨れた。
「まあ!お二人とも、嫌ですわ。何がおかしいんですの?」
維心は言った。
「すまぬ。確かにそうであるな。我であるから、良いのか。」
シンも笑った。
「ほんに主は。神の女はそのようにはっきりと言わぬぞ。ましてどちらも慕わしいなどと。せめて己の夫だけにすれば良いものを。」
「それが維月の正直なところよ。まあどちらも我であるからの。選べぬのも道理であるわ。」
維心は言って、維月に頬を摺り寄せた。維月はまだ憤っている。
「維心様ったらそのようにからかわれて。私はお慰めしようと思ったのに。」
維心はまだ笑ったままで言った。
「わかったわかった。そのように怒るでないぞ。充分に元気になったゆえな。」
維月はまだ少し怒っていたが、二人の維心は両側からそれを抱き締めて、維月の頬に唇を寄せた。維月はその瞬間困ったような表情になった。
「まあ維心様…」
フフンと維心は笑った。
「そら、どちらに応えようか困るであろうが。」
シンも言った。
「別に我は両方共でも良いがの?」
維月は真っ赤になって身を縮めた。
「もう…お二人とも意地悪ですわ!」
二人は尚も声を立てて笑った。維月はそれがあまりにも楽しそうなので、諦めたようにため息を付くと、微笑んでその様子を眺めた。きっと、維心様にご兄弟が居たら、こんな感じだったのかもしれない…。
日が沈んで、月が出て来ていた。
次の日の朝早く、知らせが駆け込んで来た。
「王!月の宮より、新しい次元の亀裂が入ったとの報告がございました!小さなものであるらしいのですが、直に開いて参ります、お急ぎください!」
維心は飛び起きてさっと袿を羽織った。
「維心様!私も…、」
「主は居れ!」維心は叫ぶと部屋を飛び出した。「シンは!準備は出来ておるか!」
維心の声が遠ざかって行く。維月はため息をついた…危ないと言って、次元の件には絶対に関わらせていただけない…まあ、落ちたのだから、仕方がないけれど。
シンは知らせを受けて同じように着替えて出て来たところだった。髪は束ねておらず、起きてそのまま袿を羽織っただけなのは維心と同じようだった。
「維心!すぐに飛ばねばまた大きくなるぞ!」
「わかっておる!」維心は叫んで手近な戸から庭へ飛び出した。「ついて参れ!」
維心が龍身になって飛び上がって行く。シンも同じように龍身を取ると、二頭の龍は月の宮へ向けて飛び立って行った。思った通り、二人とも気は凄まじく大きかった。
蒼は空を見上げた。
二頭の大きな龍がものすごい勢いで飛んで来る。あれは維心様達だ…!蒼はその気の大きさに、遠くに見えるのに圧力を感じた。こちらの宮の軍神達も、緊張気味にそれを迎えるべく待機している。
案じていたが、二頭は結界に入ると人型に戻り、軍神達について亀裂の場所まで案内されて行った。
「見つかった時はほんの数センチだったのですが、このように。」
蒼は説明した。維心は頷いて、今や二メートルほどに開いた亀裂に向かって手を上げた。シンも同じように手を上げる。
「力をまとめようぞ。倍の強さで発しられるゆえ。」
シンが言うのに、維心は頷いた。二人が呼吸を整えて息を合わせると、その暗い次元の狭間に向けて、一気に気を放出した。
その光は、一本の太い線になって、次元の狭間を貫くように走る。しばらくそうしていた後、維心は言った。
「…一度断続的送ってみようぞ。一つ数えて、二休む、で行こう。」
シンは頷いた。途端に、力はまるで点線のように途切れ途切れでその狭間へと流れて行く。あちらは、こちらからは何も見えない…なのにまるで宇宙空間のような無限の広がりを感じた。蒼は、思った。もしかしてこれでは、この広い中のどこに居るかわからない碧黎に届くなどとは思えない…。
狭間に向かって開いた亀裂は、その力に反応して開くスピードを上げた。見る間に五メートル、六メートルと大きくなって来ている。回りのものも吸い上げられ始めた。
「維心様!これ以上は無理です!閉じられなくなる!」
シンと維心は眉を寄せて、額にうっすらと汗を浮かべて目を閉じて集中していた。蒼はもう一度叫んだ。
「維心様!閉じなければ!」
シンのほうが答えた。
「…今少しぞ。」目を閉じたままだ。「しばし待て、蒼よ。主の力で押さえよ。」
蒼は手を上げてそれ以上開かないように月の光で押さえ付けた。だが十六夜も言っていた通り、物凄い力で引っ張られている…こんなものは気休めでしかない。
じりじりと幅を広げてくる亀裂と戦いながら維心達を見ると、維心が目を開いた。
「こちらぞ!」と何かを引っ張るようなしぐさをした。「早く参れ!」
シンも目を開く。そして、手を上げて大きな光りを出し、それで亀裂を包んだ。
「塞ぐ準備をする。蒼、もうよいぞ。」
蒼の負担がガクンと減った。シンは光をグッと縮めてそれを閉じに掛かる。しかし、それでは力不足のようだ。維心はまだ、何かを狭間の中に探して見ている。
「早く来い!閉じるぞ!」
その刹那、大きな光がそこから飛び出した。それを見るか見ないかの内に、維心もシンに合わせて光りを出し、次元の亀裂は一気に縮まったかと思うと、何もなかったように、消えた。
維心とシンは、その場に膝を付いた。
「ほんにもう…最近は疲れることばかりよ。」
維心は言って、そこに浮いている大きな光を見上げた。蒼はそれを見て、十六夜が月に帰る時に取る光にそっくりだと思った…ただ、十六夜はもっと小さい。
《実行部隊の苦労が身に沁みたものよ。》その光は言った。《早く早くと言われても、我にはあれが精一杯であったしの。我はどれほど遠くからここへ戻ったと思うておるのだ。…が、感謝する。戻れぬ所であったわ。》
維心は頷いた。
「やはり迷っておったのか。主の帰りがあまりにも遅いゆえ、我らは戻ってもらわねばと思うての。」
その光が頷いたような気がした。
《しかしおかげでたくさんのことを知ることが出来た…教えてくれる存在があることに気付いての。この次元も危ういのだな。我はとにかく、一度本体へ戻ってから、改めて主らに話しに参る。こっちの維心にも、話さねばならぬ…次元は、残っておったゆえ。》
シンは驚いた顔をした。あの、我の世が残っていたと。
「それは…一体、どんな状態であった?」
《それはまとめて話すゆえ。とにかく、我は力を著しく消耗してしもうた。今夕には参る。龍の宮で待て。》
その光はスッとそこを出ると、飛び去って行った。
本日から、新・迷ったら月に聞け2とも連動した外伝・龍の恋その後 http://ncode.syosetu.com/n1822bq/を連載致します。全12話です。またそちらもよろしくお願い致します。




