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第2話 酔っ払いとタクシーと時の籠

 あの、背中に冷気が走るような壁ドン、顎クイから数時間。

俺、藤城涼介は、目の前でグラスを傾ける男を呆然と見つめていた。

「どうした、涼介。全然箸が進んでいないじゃないか。」

かつての引っ込み思案な面影を完全に消し去った唯人は、仕立ての良いシャツの袖を軽くまくり、いかにも仕事が出来る男といった風情でウイスキーのロックを喉に流し込んでいる。

案内されたのは、銀座の少し敷居の高そうな個室居酒屋だった。



 パーテーションで仕切られた空間で、唯人はプロジェクトのサブチームリーダーらしく、スマートに注文をこなし、俺のグラスが空けば自然な動作で酒を注いでくる。

「いや……あまりに唯人が変わったから、ちょっと驚いてて。」

俺がそう苦笑混じりに言うと、唯人はふっと口元を歪めた。フレンチのシェフが描いたソースのような、計算され尽くした冷たい微笑だ。


「変わらない人間などいないさ。まして、十数年も経っているんだ。」

「それは、そうだけど……。でも、お前本当に仕事ができるんだな。さっきの資料の件も、うちのメンバーがみんな感心してた。」

「当然だ。子供の頃の俺とは違う。お前の後ろを、ただおろおろしながらついて回るだけのガキじゃないんだよ、俺は!」

唯人の言葉には、どこか棘があった。

それは俺に対する敵意というよりも、過去の自分に対する強い拒絶のようにも聞こえる。


 「あのさ、唯人。俺……。」

「お前は、相変わらず変わらないな。」

遮るように、唯人がウイスキーのロックグラスを傾けて琥珀色の液体を煽った。

「相変わらず、誰にでも愛想が良くて、頼まれれば嫌とも言えず、ヘラヘラと笑っている。中学の頃から何も変わっていない。」

小さな唯人の呟きは周りの喧騒に直ぐに溶け込んでしまったが、胸の奥にチクリと刺さった痛みは、いつまでも残り続けた。


 俺に対して言った事、それは唯人の言う通りだった。

中学時代、高身長でスポーツが得意というだけで、俺は勝手にクラスの輪の中心に担ぎ上げられていた。

けれど、俺自身は特別な人間でも何でもない。ただ、誰からも嫌われたくなくて、揉め事が嫌いで、声をかけてくるクラスメイト全員に「いい顔」をしていただけだった。


 八方美人。それが俺の正体だ。

だからこそ、俺の周囲からあぶれていた唯人、小さい頃から何をするにも一緒にいて、楽しかった思い出を話しているだけで一日が終わってしまう唯人。

俺が良い人になって、クラスの中心に行くにつれて、一人でポツンと浮いてしまっていた幼馴染の唯人。

何故あの時、俺は唯人から目を逸らしてしまったのだ。


 「……そうだな。俺、昔から流されてばっかりで、中身は空っぽだからな。」

自虐的に笑うと、唯人はぴたりとグラスを止めた。

メガネの奥の、冷徹だったはずの瞳が、アルコールの熱のせいか、かすかに揺れている。


 「空っぽなんかじゃない。」

ぽつりと、最初は唯人がそう聞こえるか、聞こえないかくらいの声で呟いた。

「お前は、いつも眩しかった。誰もが藤城涼介を求めて、お前もそれに立派に応えていた。……俺だけが、お前の隣にふさわしくなかっただけだ。」

「唯人?」

「だから、決めたんだ。」

唯人の段々と大くなる声に、周りの人たちが一人、二人とこちらを向いた。

唯人は、一気にグラスの酒を飲み干した。白かった首筋が、一気に赤く染まっていく。

「お前の隣に立って、絶対に遜色ない男になってやるって。誰にも、お前には不釣り合いだなんて、言わせないくらいに……。」

バン、と小気味よい音を立てて猪口がテーブルに置かれる。


そのままの勢いで、唯人は机に突っ伏してうつ伏せに倒れ込んでしまった。

「おい、唯人? 大丈夫か?」

声をかけるが、返事はない。規則正しい寝息だけが聞こえてくる。

「浅井先輩がこんな風に酔うなんて珍しいです、先輩の事をあまり虐めないで下さいよぉ。」

紹介の時に、長谷川とか言った女性社員がふざけ半分と言った感じで話しかけてきた。


「唯人は普段はこんな飲み方しないんですか?」

俺は周りの人に聞いてみた。

「長年、一緒に働いてますけど、浅井君が酒で潰れる所、初めて見ましたよ。」

このプロジェクト設立のために尽力してくれた唯人の会社の専務理事がそう言った。

そこまで専務理事が言うからには、相当の珍事であるようだ。

 さっきまであんなに強気に攻め立てていたエリート会社員は、そう、あっけないほど簡単に、泥酔して酔い潰れてしまっていた。

今度はうちの常務が、

「2人は幼馴染なんだって?浅井(ゆいと)君も藤城(りょうへい)君にまだ言い足りない事があるかもしれんぞ、藤城君が浅井君をタクシーで送ってあげなさい。」

「藤城君、悪いがそうして貰えるかな、こちらの方は、そこの長谷川に任せてもらって。」

相手方の専務理事とうちの常務理事にお願いされた上での唯人を送る事への否やはない。それに唯人にはまだ聞きたい事が色々とあった。

自分は先程声を掛けてきた長谷川という女性に挨拶をして、唯人を店の外に連れ出してタクシーに乗った。

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