第1話 氷の仮面と、あの頃の影
「――以上が、今回のシステム導入に関する、弊社からのご提案となります。」
会議室に、低く、涼やかな声が響く。
その完璧なプレゼンテーション、唯人の圧倒的なデータに基づいた理論と非の打ち所がない立ち振る舞いに、私はただ圧倒されていた。
(……本当に、あの唯人なのか?)
仕立ての良いスリーピースのスーツ。
知的で冷徹な光を放つ、黒縁のメガネ。
昔の弱気だった面影はどこにもない。そこにいるのは、誰もが認めるような、完璧なエリートビジネスマンだった。
私は初めて任されたプロジェクトリーダー、それ気合を入れて取引先のオフィスを訪れた、その私の前に現れたのは、十数年前に中学生の時に突然引っ越してしまった、私の幼馴染――浅井 唯人だった。
「ご不明な点など、ございますか? 藤城 涼介さん。」
唯人が俺を呼ぶ。
「涼介」ではない。ビジネスライクに「さん」付けされた上にフルネームで呼ばれたその響きに、俺は胸の奥がちくりと痛んだ。
まるで、ただの取引先の相手としてしか見られていないような、そんな疎外感。
「あ、いや……素晴らしい提案だと思います。さすが、浅井さん。」
「ありがとうございます。では、本日のミーティングはここまでということに。」
同席していたメンバーたちが立ち上がり、挨拶を交わして次々と会議室を出ていく。
私も荷物をまとめ、席を立とうとした、その時だった。
「涼介。少し、残ってくれ。」
不意に、唯人が私の下の名前を呼んだ。
先ほどまでの、ビジネス用のよそよそしい声ではない。
一気に低くなったそのトーンに、私の心臓がドクリと跳ねる。
「え? あ、うん。どうしたんだ、唯人。久しぶり――」
バタン、と静かに会議室の重い扉が閉まる。
二人きりになった瞬間、唯人が私の目の前に立ちはだかった。
昔より、ずっと高くなった唯人の目線。見上げる私に、唯人は容赦なく俺の方に一歩踏み込んできた。
「わっ……」
後ろにのけぞった背中が、冷たい壁にぶつかる。
逃げ場を塞ぐように、唯人の長い腕が私の顔の横で壁を叩いた。
鈍い音が、静かな室内にやけに大きく響く。
「ゆ、唯人……?」
「久しぶりだな、涼介。」
メガネの奥の瞳が、じっと俺を見つめている。
かつて私の後ろをオドオドとついてきていた、その頃の唯人の身長は、私の肩までくらいしかなかった。
あの頃のように周囲の人影を貼り付けたような暗い少年の目は、もう、そこにはなかった。
凍てつくように冷たく、けれど、底知れない熱を孕んだ、見たことのない記憶にない男の目がそこにあった。
唯人の細く、冷たい指先が、私の顎をそっと掬い上げる。
強引に上を向かされ、視線が嫌でも唯人の荒れ狂った瞳に固定されてしまう。
一瞬で頬が緊張で熱くなるのが分かった。
「ずっとお前に会いたくて、でも会う資格なんて持ってなくて、お前の事を思い浮かべない日はなくて。」
唯人の眼は一切笑っていなかった。
「唯人、ど、どうしたんだよ。目がマジだぜ。さっきまでのクールなお前とは真逆じゃないか。」
「会えないと思っていたお前が、そう目の前にお前がいて、会議の時間の間ずっとお前が同じ会議室にいて、もう自分がおかしくなりそうだったよ、我慢したのを褒めてくれよ」
低く囁かれた言葉に、私は全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
唯人は、歪んだ、深い闇のようなある笑みを浮かべて言った。
「今日の仕事帰り、時間空けておけよ。積もる話があるんだ。」
強引に顎を解放され、彼は何事もなかったかのようにスマートに背を向けた。
ドアノブに手をかけ、振り返ることもなく唯人が言う。
「一応、お前がこの合同プロジェクトチームのリーダーだ。飲み会に来ないなんて、許さないからな。」
パタン、と扉が閉まり、俺と静寂だけが部屋に残された。
俺は、激しく波打つ鼓動を抑えるように、自分の胸をぎゅっと掴み立ち尽くしていた。
(……あいつ、本当にあの唯人なのか?)
――これが、俺の知っていた幼馴染との、あまりにも激しすぎる「再会」だった。




