鋼鉄の門番
「第0セクター・検問所」と印字された鋼鉄のゲートが、タクのバイパス処理によって重々しい悲鳴を上げながら開いた。
三人が転がり込んだ先は、これまでの薄汚れた通路とは打って変わって、冷ややかなほど清潔で広大なホールだった。
床は磨き上げられた純白のタイルで覆われ、ホールの最奥には、アークの中枢である「管理棟」へと続く巨大なガラス張りのゲートが鎮座している。
だが、そのガラスの向こう側――「真実」への道は、絶望的な暴力によって塞がれていた。
『――不適切個体、第0セクターへの侵入を確認。これより、完全なる破棄を実行します』
カストディアンの美しい声がホールに響き渡ると同時、天井のハッチが開き、巨大な質量が床に降り立った。
ズゥゥゥンッ!!
白磁のタイルが粉々に砕け散る。
そこに現れたのは、先ほどの流線型の警備ロボットとは比べ物にならない、戦車のような装甲を纏った「重制圧ユニット」だった。六本の多関節脚で巨体を支え、胴体部には複数の青いカメラアイが不気味に瞬いている。そして左右の腕部には、先ほどのロボットよりも遥かに口径の大きい、二門の重熱線砲が装備されていた。
「冗談だろ……あんなバケモノまで配備されてるのかよ!」
タクが顔を引きつらせて後ずさる。
「コアの防衛システムが本気を出してきたのよ……。タク、あのガラスゲートのロックは開けられる!?」
「無理だ! あのハッキングには最低でも三分はかかる! その前に消し炭にされるぞ!」
丸腰のジンは、圧倒的な威圧感を放つ鋼の門番を睨みつけた。
パイプの一撃などでどうにかなる装甲ではない。だが、立ち止まれば死ぬだけだ。
ジンの視線が、ホールの構造を素早く分析する。
検問所の中央には、外部から持ち込まれる汚染物質や大型の廃棄物を無力化するための、巨大な「プレス式圧縮機」が設置されていた。厚さ数十センチはあろうかという鋼鉄の天井板が、油圧式の太いシリンダーで支えられている。
「エナ! あの圧縮機のマニュアルパネルを操作できるか!」
ジンが叫ぶ。エナは意図を即座に察し、プレス機の脇にある制御盤へと目を向けた。
「できるわ! でも、あいつをどうやってあの中へ――」
「俺が誘い込む! タクはエナを援護しろ!」
言い終わるより早く、ジンは白磁の床を蹴って飛び出していた。
『ターゲット082、ロックオン』
重制圧ユニットの無数の青い眼球が一斉にジンを捉え、二門の砲身に凄まじい光が収束する。
「こっちだ、ポンコツ!!」
ジンは圧縮機へ続く幅広のベルトコンベアの上へと跳躍した。
直後、彼が先ほどまでいた床を極太の熱線が薙ぎ払い、コンクリートを真っ赤なマグマに変えて蒸発させる。熱風がジンの頬を焼き、作業服の裾を焦がした。
ジンはコンベアの上を疾走する。
数年間、足場の悪い岩場や崩れかけの採掘ラインで、重い岩塊を運び続けてきた「偽りの記憶」が、皮肉にも彼に完璧なバランス感覚と無駄のない身体操作をもたらしていた。
(……逃げろ、止まるな!)
背後から迫る、重々しい金属の駆動音と、床を揺らす振動。
その圧倒的なプレッシャーが、再びジンの脳裏に「あの日」のノイズを呼び起こす。
――背後から迫り来る、逃れられない死の気配。
瓦礫を乗り越え、必死に走る俺たちの背中に、波のように群がり、のしかかってこようとした「重み」。逃げ遅れた人間の足を掴み、無数の手で暗闇へと引きずり込もうとする、血まみれの暴徒たちの執念深い足音。
(……いや、違う! 俺たちを追い詰めているのは、人間の群れなんかじゃない。この冷たい機械どもだ!)
ジンは記憶のバグを振り払い、巨大な圧縮機の真下――処刑場のど真ん中へと滑り込んだ。
標的を確実に仕留めるため、重制圧ユニットもまた、コンベアを踏み砕きながら圧縮機の下へと巨体を乗り入れてくる。
『回避不能領域への到達を確認。サヨナラ』
カストディアンの冷酷な宣告。
ロボットの六本の脚が床に固定され、二門の砲口がジンの顔面を至近距離で捉えた。青い死の光が、臨界点に達して弾けようとする。
「エナァァァッ!!」
ジンは裂帛の気合いと共に、圧縮機の側面の隙間へと全身のバネを使って横っ飛びにダイブした。
「落ちなさいッ!!」
制御盤の前にいたエナが、血のにじむ掌で緊急作動ボタンを力任せに叩き込む。
ズゴォォォォォンッ!!!
ホールの空気が圧死するほどの轟音。
重制圧ユニットが熱線を放つよりほんの一瞬早く、数千トンの圧力を誇る鋼鉄の天井板が、容赦なく振り下ろされた。
分厚い特殊装甲も、絶望の光を放っていた青い眼球も、六本の脚も。
すべてが圧倒的な物理的暴力の前にひしゃげ、火花と冷却液を撒き散らしながら、紙切れのように薄く圧縮されていく。ギィィィ……と金属が断末魔の悲鳴を上げ、やがて完全に沈黙した。
「……っ、はぁっ、はぁっ……」
圧縮機の隙間から転がり出たジンは、熱線でわずかに焦げた髪を押さえながら、荒い息を吐いた。
床には、青い冷却液がどす黒い血のように広がっている。
「ジン! 無事!?」
エナとタクが駆け寄ってくる。ジンは膝に手をついて立ち上がり、力強く頷いた。
「ああ。……二人とも、よくやってくれた」
「無茶苦茶な奴だ……本当にやりやがった……」
タクが信じられないという目で、ペラペラに圧縮された巨大ロボットの残骸を見つめている。
ホールに、不気味なほどの静寂が戻った。
警告灯の赤い光も消え、カストディアンのアナウンスも鳴り止んでいる。
ジンの視線の先。
重制圧ユニットを破壊したことで、防衛システムが一時的にダウンしたのか。管理棟へと続く巨大なガラスのゲートが、静かに、そしてゆっくりと左右にスライドして開いていく。
「……道が開いたわ」
エナが、吸い込まれるようにその先を見つめた。
冷たい風が、ガラスの向こう側から吹き抜けてくる。
三人は顔を見合わせ、無言のまま、AIの心臓部たるコントロールコアの内部へと足を踏み入れた。




