第7話|初めてのお使い
騙されたーー!」
渡された地図を頼りに隣町へたどり着き、商店街らしき通りを歩いていた俺の目に飛び込んできたのは――
パンジーナの種 一袋300リラ
と書かれた看板だった。
「三つ買ったら、100リラしか残らないじゃんか……」
手元に残った一枚の硬貨を眺め、思わずため息が漏れる。
あのじいさん、騙されてくれる奴が俺しかいないから頼んだんじゃないか?
『面倒ごとに巻き込まれてくれる』
そんな言葉が脳裏に蘇る。
「気に入ってるとか言ったくせに……」
きっと村の連中にはこの手口が知れ渡っていて、通用しなくなったのだろう。だから新入りの俺をカモにした。
花屋の店主が、エルドの使いだと告げた途端に呆れた顔をしたのも納得がいく。
まんまと騙された。
「今頃、腹抱えて笑ってんのかな」
あのじいさんの顔が浮かびそうになり、慌てて想像を振り払う。これ以上考えると余計に腹が立つだけだ。
「それにしても……色々あるな」
武器屋に薬草屋、見たこともない食べ物。
村とは違い、この街はまるでRPGの始まりの町のようだった。人通りも多く、店の前には人だかりができている。
街とはいえ、うちの村とは大違いだ。
「すみません、なんでこんなに人が多いんですか?」
煙管をくゆらせながら欠伸をしている、比較的暇そうな店主に声をかけた。
背の高い赤髪の女性で、気の強そうな雰囲気をしている。店先には壺や敷物などが並び、どうやら骨董品を扱っているらしい。
「質問するなら何か買っていきな。話はその後だよ」
なるほど。客を選ぶ店だ。買わない客には圧をかけ、ふるいにかけるタイプらしい。
周囲を見れば、骨董品好きらしい常連客が静かに品を眺めている。
「すみません、今手持ちがなくて……さっき種を買ったらほとんど無くなっちゃって。次来た時は必ず買うので、話だけでも聞けませんか?」
ただでさえ機嫌が悪い。ここで無駄な買い物はしたくない。というか、100リラで買える物など、この店にはなさそうだった。
店主は俺を物色するようにじろじろと眺め、ため息をつく。
「……まあいいだろう」
店主は煙を吐きながら言った。
「この街――カララッサは、東の地域とテール王国を繋ぐ中間地点だ。竜車や馬車の行き来が盛んでな。東からも、他の地域からも物が集まる」
なるほど。それで色々な服装の人間がいるわけか。
「だからウチも品揃えがいいってわけさ」
ちゃっかり宣伝も忘れないあたり、さすが商人だ。
「それにしても、旅行者というより傭兵みたいな人が多いですね。治安が悪いんですか?」
鎧姿の衛兵や武装した連中が目につくのが気になっていた。
「おまえ、何にも知らねぇんだな。本当に大丈夫か?」
呆れたように言いながら、店主は煙管を咥え直す。
「王国が近いうちにでかいことをやらかすって話だ。その警備で周辺の街は物々しくなってんのさ。こういう時期は、ろくでもないこと考える奴が増えるからな」
「へえ、なるほど」
話を聞きながら店内を見回していると、100リラコーナーなるものを見つけた。あれなら俺でも買える。
「さっきから質問ばっかりの割に、気の抜けた返事しかしねえな!」
「まあまあ。あ、そこの100リラコーナーの人形、見ていいですか?」
「てめー、ちゃんと話聞いてんのか?」
「この人形ください」
「はい毎度……って、金持ってんじゃねえか!! 殺すぞ!」
そう言いながらも、きちんと袋に入れてくれるあたり、根は悪くない人らしい。
「すみませんでした! 今度はもっと高いの買います!」
一瞥もせず、そのまま走って店を離れる。完全に調子に乗っていた。
――そのツケが回ってきたのか、人とぶつかった。
「いてて……大丈夫ですか?」
苦笑いしながら顔を上げる。
「大丈夫! そっちこそ怪我ない?」
ぶつかった少年は、邪気のない笑顔を向けてきた。
黒髪に、きりっとした目。まるでこの世に悪など存在しないと信じているような、真っ直ぐな顔だった。
「……」
いつもなら苦手だと思うタイプのはずなのに。
なぜか――その少年がやけに眩しく見えた。
「?」
不思議そうにこちらを見る少年。
違和感。
何かがおかしい。知っているような、知らないような感覚。
「すみません、急いでるんで……あ、幸せになってくださいね」
そう言い残し、少年は突然走り去った。
何かを追っているようにも見える。
宗教じみた言葉だけを残して。
「……もしかして」
思わず呟く。
「日本人か?」
――まさかな。
俺以外に転生者がいるはずがない。
転生者は一人。そういうものだ。
返事はない。
質問にもならない呟きは、風に紛れて消えていった。




