第2話|魔王は笑う
突然、祠が光を放った。
ユウトはそこに希望を見てしまい、思わず手を伸ばす。
――それが、この世界にとって最悪の選択になるとも知らずに。
触れた瞬間、祠の石板に巨大な亀裂が走った。次の瞬間、眩い光が溢れ出し、空気そのものが震え始める。
「わ、なんだ――!」
嫌な予感が胸をよぎる。しかし、それを理解するより早く、祠は爆ぜた。
砕け散った岩片は、まるで意思を持つかのようにユウトの体だけを避け、四方八方へと飛び散る。周囲の木々が次々となぎ倒され、森に轟音が響いた。
直後、黒い霧のようなものが吹き荒れる。
それは生き物のように蠢きながら、何かを探すようにユウトの体へとまとわりついた。
そして、その中心から――低く、愉悦を含んだ笑い声が響く。
――クク……実に愚かだな、人間。
声は耳ではなく、直接頭の中に流れ込んできた。生理的な嫌悪感が背筋を這い上がる。
「だ、誰だ……!」
吐き気を覚えながらも、ユウトは叫ぶ。
――我は“魔王”。数百年前、この祠に封じられし存在だ。
魔王。
その言葉の意味を理解するより早く、黒い気配が一気にユウトの体内へ流れ込んだ。意識を侵食し、体の主導権を奪おうとする。
指先が、自分の意思とは関係なく動き始める。
――体を寄越せ。貴様のような脆弱な肉体でも……今の我には十分だ。
「ふざけるな……! やめろ、勝手なことするな!」
冗談じゃない。
死ぬ覚悟はした。だが、自分の体を他人に好き勝手されるためにここまで来たわけじゃない。
これ以上、尊厳を踏みにじられてたまるか――ハリボテのような自尊心でも、手放すわけにはいかなかった。
――我が支配に下ることを光栄に思うがいい。
魔王の力がさらに強まる。
一つの肉体を巡り、二つの意思が激しく衝突した。内側から軋むような痛みが全身を貫く。
――く、くく……意外とやるではないか。
「……負けるか……!」
数十秒だったのか、数分だったのか。
時間の感覚はすでに曖昧だった。ただ、終わりの見えない押し合いが続く。
やがて――限界が訪れる。
力を使い果たしたのは、どちらも同時だった。
ユウトと魔王、二つの意識は同時に途切れる。
倒れ込む寸前。
「だ、大丈夫かっ!?」
朧げな意識の中で聞こえたその声に、わずかな安堵を覚えながら――
ユウトの意識は、深い闇へと沈んでいった。




