第13話|別れ
悲鳴が上がったのは、沈んだ太陽が完全に姿を消した頃だった。
家の風呂を沸かすため、外で薪を運んでいた時だ。
「魔物だああああ!!」
叫び声を聞いた瞬間、血の気が引いた。
村の外から響く、異様な咆哮。地面が揺れ、広場の銅像がかすかに震える。
「リリナ! どこだ!」
胸の奥が焼けるように熱くなる。
気づけば、足は勝手に走り出していた。
「じいさん。リリナはどこだ!」
途中で村長を見つけ、半ば怒鳴るように問い詰める。
しかし村長は慌てる様子もなく、静かにこちらを見つめていた。
「落ち着け、ユウトくん。君は何もしなくていい」
「落ち着いていられるか! 魔物が出たんだぞ? また前みたいなことになったらどうする!!」
そうなる前に、俺が助けなければならない。
あの力を使ってでも――村を、リリナを守る。
だが村長は、申し訳なさそうに首を振った。
「一週間前、リックが勇者を呼びに王国へ向かった。もうすぐ戻ると連絡が来ておる。だから、お前は動かない方がいい」
……何を言っている?
一週間前に、勇者?
リックは寝込んでいたはずじゃなかったのか。
「勇者?」
思わず聞き返す。
「ああ。テール王国の王、アーサーが十人の勇者を集め、魔王討伐に動き出したそうじゃ。何かあれば報告するよう言われておる。その勇者に力を借りに行かせた」
テール王国。魔王討伐。
頭の中で言葉が噛み合わない。
「……まさか、俺を疑ってるのか?」
「違う。魔物の件を相談しに行っただけじゃ。ただ……お主の力が危険なのも事実。次に同じことが起きたら、どうなるか分からん。相談できる者を連れてくるべきだと思ったのじゃ」
その言葉に、怒りが滲んだ。
(危険すぎる? 勝手に決めておいて、何が分かってくれだ)
「だったら話してくれればよかっただろ! 結局…俺を信用してないだけじゃないか!」
――もういい。
「信じてたのに……ここにいていいって、言ってくれたくせに……」
何も聞きたくなかった。
全部を拒絶するように、村長から視線を逸らす。
今は、とにかくリリナだ。
「どけ。俺は行く」
村長を押し退け、再び走り出す。
「くそ……なんでまた魔物なんて……!」
叫び声の方へ。森の近くだ。
助けなければならない。俺が役に立つと、証明しなければ。
「おい、魔王。力を貸せ」
――…………
返事はない。
「聞いてるのか? なあ、力貸せって」
――………………
「くそったれ」
急に黙るなよ。
もういい。とにかく行くしかない。
人だかりが見え、足をさらに速める。
自分の顔が笑みに歪んでいることにも気づかずに。
森の入口。
地面に倒れ、動かないリリナ。
その周囲を、巨大な狼型の魔物の群れが囲んでいた。
「……あ……っ……」
血に染まる姿を見た瞬間、理性が吹き飛んだ。
「リリナ!!」
考えるより先に、身体が群れへ飛び込んでいた。
魔物たちが一斉に襲いかかる。
骨が折れる衝撃。爪が肩を裂き、腹を裂き、首筋を掠める。
痛い。
熱い。
怖い。
――死ぬ。
それでも。
「……こいつだけは……絶対に……守る……!」
血で霞む視界の中、リリナへ手を伸ばす。
だが――
「…………ダ……メ…………」
その手は、拒まれた。
「リリ……ナ?」
血に染まる少女の顔は怯えているように見た。
"魔物"ではなく"自分"に
その事実が、胸の奥を凍らせる。
お前も、俺を拒絶するのか。
お前も、俺を拒絶するのか。
否定するのか。
存在を許してはくれないのか。
違う。きっと見間違えただけだ。
魔物と俺を間違えただけだ。そうに決まっている。
そうでなければ――俺は、何のためにここまで来たんだ?体を裂かれる痛みに耐えて。
守りたいと願って。
ここにいていいと信じたくて。
俺を信じてほしい。
俺がいていいんだと、証明させてほしい。
だから、だから、だからだからだから…
俺を、嫌いにならないでほしい。
リリナが、声にならないかすれた声を絞り出す。
「お……にい……ちゃ…………」
そして。
「……こな……で」
その拒絶を意味する言葉が、最後の支えを焼き切った。
次の瞬間、黒い炎が身体を包み込む。
「――ああああああ!!」
苦痛でも、快楽でもない。
ただ、感情が焼き潰されていく。
視界の中の少女が、ただの肉の塊のように見えた。
耳元で、魔王が囁く。
――代償は、恐怖と孤独。
――それがお前の力の燃料だ。
心の闇が深まるのと同時に、辺り一帯が火の海へと変わった。




