第11話|英雄
胸の奥で――黒い靄が蠢いた。
――力が欲しいか?
(……ッ! ふざけるな……!)
――このままでは少女が死ぬぞ。何も救えぬまま、目の前で失う。
(黙れ、俺は……そんな……!)
――また守れぬのか?
「……ッくそッ!!」
魔物に潰されたエルドの姿が浮かぶ。少し躊躇い、ユウトは体を引きずりながら残った左手をリリナへ伸ばした。
「逃げろリリナぁぁッ!!」
が、その声は魔物の咆哮に掻き消され――
牙が振り下ろされる。
それと同時に、黒い靄が――ユウトの胸を割って広がった。
――取引だ。
我の力を貸してやる。
その代わり貴様の感情を、“心” を少しずつもらう。
(何だそれ、体を寄越せじゃねぇのか)
――気が変わった。
――選べ。少女の命か、貴様の心か。
考えるまでもなかった。
(……くれてやるよ。そんな心なんか……!)
――よかろう。
黒い靄がユウトの欠損した腕にまとわりつき、失われた筈の右腕となる。
血管が黒く染まり、熱が爆発するように力が湧いた。
「う……おぉぉぉッ!!」
ユウトは跳ね起き魔物へと向き直る。
鍬を掴み、魔物の横腹へ叩きつける。
鈍い音が響き魔物が宙に吹き飛ぶ。
「リリナ!!」
「お兄さん……っ!」
泣きそうな顔をしながら、リリナがユウトに抱きつく。
ユウトはそのまま魔物を睨む。
(殺さねぇと……また来る……!)
黒い力が全身にまとわりつく。
視界の端が黒く染まり、鼓動が速くなる。
「うああああああッ!!」
「ユ、ユウトくん!? お、落ち着――」
村長が叫ぶが聞こえない。
周りの声はもう聞こえない。
ただ目障りな存在を振り払った。
「どけ!!」
怒鳴り声が、自分のものとは思えなかった。
鍬が黒く光り、魔物を叩き伏せ――
その頭蓋骨を砕いた。
ぐしゃり、と生々しい音が響く。
血が地面に飛び散り、リリナが息を飲む。
「お……おにい……さん……?」
(……やりすぎだ。わかってる)
ただ、無視できないほどの爽快感がユウトの身を包んでいた。同じように黒い闇が、まだ腕にまとわりついている。
その闇が囁いた。
――良いぞ、人間。
もっと力をやる。
もっと心を寄越せ。
(黙れ……ッ)
ユウトは歯を食いしばり、震える手を握りしめた。
黒い靄がゆっくりと胸へ戻り、消えていく。
「……大丈夫だ。もう終わった」
一部始終を見ていた村長が止めに入るが、その声は震えていた。
村人たちが恐る恐る近づき、否、少し離れたところで立ち止まり声をかける。
「ユ……ユウトくん……今のは……?」
「なんだ、その黒い……」
怯えと戸惑いの視線が混じる。
「いや、いまのは……えっと……」
わかっている、みんな俺を見て怖がってる。
だけど何をすべきかわからない。
また自分は余計なことをして、墓穴を掘ったのだ。
あの時と同じように……
ただ、リリナだけは、ユウトの袖を掴んで離さなかった。
リリナが震える声を絞り出す。
「……お兄ちゃん……助けてくれて……ありがとう。でも……大丈夫……?」
俺は少し考えて、でも誤魔化しきれなくて答える。
「……俺は……もう大丈夫じゃないかもしれない」
そんな俺を優しく包む手に安らぎを求めてしまった。
「……お兄さんは、怖くなんかないよ」
言葉はそう言ってくれるのに――
小さな手は、震えていた。
(……ごめん)
胸の奥に、ひどい罪悪感が広がった。
それが、最初の代償だった。




