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讒訴  作者: 静谷悠
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 李昰は、()の人である。若くして親を失い、困窮して(ちょう)に流れ、幸いに就いた邯鄲(かんたん)の下級官吏の職で口を(のり)していた。ところが、ある冬の夕べ、路頭に迷っているかに見えた母子を雑踏に見いだしたことから運命が変わった。

 十ばかりと思える少年は、咳き込む母を支えつつ道を急いでいた。雪が降りしきるなか(けがわ)も皮帽もなかった。にもかかわらず、着ている(うわぎ)は綿の入った豪奢なものであり、窮民とはとても思えなかった。臘祭(ろうさい)の前とあって、趙の首都邯鄲の中央通りは、市の賑わいに溢れていた。その中で、身を寄せ合う母子の姿は、いささか目立った……

 声をかけたのは、むしろ咎めるためであった。官吏として彼は、怪しい者を然るべきところに引き渡すことに、何のためらいもなかった。ところが、振り返った少年は、こう言い放った。

「おぬし、町官吏か」

「そうだ」

「その身分に満足しているのか」

 目ばかり大きい、痩せた少年は、見透かすように頬をゆがめた。「どうだ。今、おれを救えば、十年後には国の重職に取り立ててやるぞ――悪い取引ではあるまい」

「何を以ってそれを言うのか」

 この少年、只者ではない、――と思いながら、それでも李昰は冷笑してみせた。素直に驚きを表すには、彼はいささか偏屈ではあった。「穀物蔵の鼠は、安閑として肥え太り、便所の鼠は犬にも人にも怯えて暮らす。貴君がいかに高貴な生まれか知らぬが、そのように今日の宿にも困るありさまで、どのような十年後を迎えるつもりなのだ」

 しかし、少年の頬に浮かんだものは、もはや嘲笑となっていた。「同じ言葉を返そう、邯鄲の町官吏よ。貴君のいるところはまさに便所であろうに」

 李昰は、息を吸い込んだ。あろうことか、自分の齢の半分にも満たぬ少年に、彼は言い負かされていた。咳を収めて母が(たしな)めた――「小凌(シャオリン)、言葉が過ぎますぞ」

「いえ、母君よ」李昰は苦々しく遮ったが、口元には微笑があった。「ご子息の勝ちです。分かりました、この夜は我が家でお過ごしください。さして歓待はできませぬが」

「名を聞いていなかった」

 尊大に、少年は問うたが、もはやそれが不似合いとも分不相応とも、李昰は思わなかった。彼は型通りに礼を表し低く応えた。「李昰、字は 斯令(スーリン)

 そのとき、瞬間の木枯らしが、彼の言葉を半ばでさらっていった。

「何と言った? (スー)?」

 怪しげな母子を(かくま)うというときに、街中で本名を大声で繰り返したくもなかった――彼はそのまま頷き、雪降る小道を我が家に導いた。


 行き先の当てができたとかで、一月もせずに母子は彼の元を去ったが、そのときには、もはや李昰の運命は変わっていた。「貴君のいるところこそ便所であろうに」と嘲笑(あざわら)った少年のまなざしは、彼の脳裏にしつこく残った。

 十年後に取り立ててやる……などという言葉を、本気にしたわけではない。しかし、十年後に自分が同じく町の小役人であったとしたら、あの少年がどのように育っていようとも、胸を張って相見(あいまみ)えられぬとのみ思った。或いは少年は母とともに野垂れ死んでいるかもしれず、或いは、仇なす者の刃にかかって露と消えたかもしれなかったが、それは李昰一人の胸にある矜持だった。

 彼は楚の賢人、荀子(じゅんし)の元に赴き、彼から帝王の術を学んだ。そも人の持って生まれた性は悪である、なればこそ礼と法を以て律すべしと説く荀子の教えに、彼は感銘を受けた。李昰のもともとの哲学を、それは美しく言葉にしていた。欲を持つから人は相争い、情を持つから傷つけ合うのである。こと、国を治むるにあたってそれらは害にほかならず、理性によって自身という国を人が治むること、少なくともそう努力することは、生まれてこの方李昰が()った生き方に他ならなかった。その理知を買われたからこそ、小役人とはいえ天涯孤独の彼は職を得てここまで生きてきたのである。

 ここで彼は、韓の公子である韓非(かんぴ)と、同輩として出会った。


「なんだ、今更そのような遺物を読んでいるのか」

 と、韓非は無愛想に言ってのけた。李昰の手元に紐解かれていた「論語」を見ての言である。

「師は本来儒家だ。まして、我々がいずれ言論で打ち負かすべき相手は、およそ儒家の論客だ。学ぶ価値はある」

 平静に李昰は言い返したが、内心では苛立ちを禁じ得なかった。李昰自身、歯に衣着せぬ論客と自らを以て任じてはいたが、それは各方面を慮っての計算された演出であって、自分の言が刃となって誰を貫こうが一向に構わぬと言わんばかりのこの同輩を、彼は苦手としていた。韓非は鼻を鳴らした。

「敵を知るといえば聞こえはいいが、如何(いか)に法を整え臣を()べるべきかを論じるのが先だ。空を仰いで肥溜めに落ちるばかりだぞ」

「貴君こそ、その口の利き方を何とかせぬと、正しいことを言ってもいずれ主君に聞き入れられぬことだろう」

 李昰は忠告のつもりで言ったが、韓非は言い捨てた。「巧言令色(すくな)し仁、とそこに書いてあるのではないか」

 仁よりは礼を重んじるのが師の教えだと言い返そうとして、李昰は言葉を飲んだ。言を争う時間が惜しい。かような男が師の覚えめでたいのは忌々しいことだ――と、彼は思い、次いで自分を戒めた。そのような妬心(としん)こそ、人間というものの(さが)、すなわち悪に他ならず、人為を以て律すべき感情に違いない。

 いずれ、その場所で生を終えるつもりはなかった。磨いた知を武器に、己を試す時を彼は待った。その未来に、韓非の姿はないはずであった。

  

 実のところ、十年も待つ必要はなかった――


 趙国の勇、呂不韋(りょふい)の庇護により、凌政の父である眞異人が太子となり、まもなく眞王として起った。数年後、異人が急な病に生命を落とすと、年若い凌政が、呂不韋を相国として王となり、当時春秋七国の中でもっとも強大と言われた眞国を治めることとなったのである。


 (あの、小凌(シャオリン)が――)


 己に告げた言葉どおり、一国の主となった。李昰は身を震わせた――そのころには、少年の面影は既におぼろとなり、声音も思い出せなくなってはいたが、あの大きな強い(ひとみ)――内心を見透かすようなするどさだけは、消えることがなかった。そのまなざしは、相も変わらず李昰に問うていた。おまえは、便所の鼠として生きるつもりかと。

 大国眞の代替わりを受けて、他国は連合しようとしていた……政情が落ち着かぬうちに、一挙に攻略するのは有効な手であり、実際、六国に一度に攻められれば、いかな眞とはいえ今度こそ敗北が現実味を帯びた。

 相国呂不韋がいるとはいえ――あの小凌が、それに相対するのだ。敗ければ、無論国体は(こわ)れ、その象徴たる凌政は、その親族に至るまで遡って鏖殺(おうさつ)されるに違いなかった。


 李昰は、師に別れを告げた。


 呂不韋は人材を求めていた。各国の遊説家(ゆうぜいか)が集うなかで、しかし、李昰は不安を抱かなかった。大国眞が必要としているのは、紛れもなく、師荀子が奉じた法であり、それを分からぬ相国ではなかろうと思った――このあたり、同輩韓非よりも、遥かに彼は恵まれていた。


 それは、凌政十八歳、李昰三十六歳の年の春だった……咸陽(かんよう)宮の中庭では、(あんず)が白く雲のように香り高く咲き誇り、強い風に花びらが舞い上がった。

 呂不韋が、「王に(まみ)えさせたき者がございます」と、凌政の視線を導き、平伏する李昰を示した。

「顔を上げよ」

 言ってから、若き王は微笑んだ――

「なんだ、おまえか」

 李昰は、言葉が出なかった。

 たったの一月、共に暮らしただけの――七年も前のことを、王は覚えていたのである。青年は笑った。

「まだ、十年には、三年足りぬぞ。(スー)

 笑みを宿した王の眼は、大きく強く、あのときと変わらなかった。しかし十八の凌政は、背が高く、強健な身体の若者となっていた。おそらく、李昰より僅かに背が低いくらいか――

 敢えて、諧謔(かいぎゃく)の微笑を、李昰は浮かべた。そうでもしなければ、己が保てないような気がした……

「あと三年の後に、眞が未だ健在かいささか疑問に思われましたので」

「毒舌も変わりないな」

 しかし、青年の微笑はむしろ底しれず穏やかだった。「だが、己の舌でたった今危ういと言った、その国に仕えようという忠を、誉れとしよう。よく来た、……肅」

 彼のその言葉を聞いたとき、李昰は、おのれがもはや逃げられないこと――自分の生命を最後の一滴までも、その若者に捧げざるを得ないことを知ったのだった。


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