006
「何を話しているのかと思えば……」
案の定、イリアには呆れられてしまった。
退くに退けなくなった感のあった篝さんを説得すること20分。
まるで見計らっていたかのように上がってきたイリアに話したら、やっぱり呆れられた。
「あれと話をしていたことはひとまずいいとして……。あなたももう少し気を付けるべきでしょう。あれの反応は予想できたはずですよ?」
「面目ない……」
今回ばかりは全面的に同意。
余計なことさえ言わなければあんなことにはならなかった。
それにしても篝さん、どうして急にあんなことを言い出したりしたんだろう。
俺の欲しいものを探るためじゃあるまいし。
(そういう意味なら……)
思い当たる相手が、もう一人。
「? 私の顔に、何か?」
「んーん、なんでも」
イリアもイリアでどうしたんだか。
小城のSOSメールもおそらく、イリアに関係しているもの。
それ以上のこてゃ未だに何一つとして分からないままだけど。
「とにかく、あれと話をするなら気を付けることですね。何があるか分かったものではありませんから」
「そんな、篝さんのことを危険物みたいに……」
「この間の打ち上げの話を聞いておかしくなったのは紛れもない事実でしょう」
「まあ、それはそうだけども」
正直、あそこまでとは俺も思っていなかった。
篝さん、そういうのがしたいなら言ってくれればいいのに。
……いや、中学生を連れまわす大学生はさすがにヤバいか。絵面が。
部屋に上がらせてもらったし、今更感もあるけど。
(……まさか焼肉が食べたかったなんてことはないだろうし)
さすがにそれはないと思う。その筈。
こっちに来た時には他の店に案内した方がいいかも。
「ちなみに、イリア? 一つ思いついたことがあるんだけど」
「そこまでする必要などありませんよ」
「早い早い。まだ詳細も言ってないから。俺」
「あなたの考えていることならわかりますよ。……あれに気を遣おうとしたでしょう?」
「気を遣うなんて程のことでは……」
「そう思っているのはあなただけですよ」
……やっぱりバレてそう。
どうしてこうも鋭いんだか。
具体的には、なんて訊いたところですらすらと答えそうな雰囲気がある。
「あら、言ってみましょうか?」
「だから人の頭の中を読むなっての」
「顔に書いてあっただけですよ」
「またそういう……」
とんでもないフライングをかましておいて、よくもまあ。
これで志向をのぞき見していないなんて言われても説得力がない。
……そんな便利な魔法は、確かにないけど。
「……本当に、そこまでのことはできませんよ」
「え?」
――ふと、イリアの雰囲気が変わった気がいた。
「あなたの考えていることを全て知ることができれば、どれだけよかったことか……。今でさえ、小さな疑問を解消することもできないのですから」
篝さんに呆れていた時のような食う期間は、消え失せていた。
頬杖をついて俺を見るイリアの顔は、さっきまでとはまるで別人のようだった。
「……本当にそんなの、お互い様だよ」
そんなイリアと目が合ったせいか――気付けば、そんな言葉が口から出てきた。
「俺だって、まだイリアのことを全部わかっているわけじゃないんだし。ちょっとしたころに驚かされることなんて、いくらでもある」
「あら、いいんですよ? 私はすべてを明かしても」
「……それが言葉通りの意味じゃないってことくらい分かるからな。さすがに」
「えぇ、そうだと思って言いましたから」
知りたくないと言えば、嘘になる。
ほとんど戻ったというイリアの記憶。
その全貌を、俺もまだ知らない。
イリアも積極的に話そうとはしなかった。
「ですが……確かに、そうかもしれませんね。幻滅されたくないという思いがあるのも事実ですから」
「そういうことに気をつけなきゃいけないのはむしろ俺の方だと思うけど」
「そんなことはありませんよ? あなたの言う欠点も、私には可愛く見えるくらいです」
「凄まじく嬉しくない……」
そんな話を聞いてどう喜べと。喜べるか。
イリアが顔をしかめようと、俺だって譲るつもりはない。
「では訂正しましょう。今のような部分だけは直してもらう、ということで」
「今の、というと?」
「照れ隠しが無理矢理なところです」
「じゃあ却下。照れ隠しじゃないから。あれ」
「む……」
何度不満そうな顔をされても、本当のことなんだから。
こういうところだけはイリアに改善してもらった方がいいのかもしれない。
少し極端すぎるところだけでも、せめて。
「もう少し素直になってくれてもいいんですよ? 従順であってほしいとまでは思いませんが」
「大丈夫。頼まれ手もそんなことはしないから」
「……それはそれで困りますね」
「おいこら」
「冗談ですよ」
……俺も訂正。変な企みもそこそこのところに留めておいてほしい。
何食わぬ顔でごまかそうとしていたけど、本気だ。
さっきのイリアの目は本気の目だった。
「私はありのままのあなたがいいんですよ。捻じ曲げようだなんて思うものですか。えぇ、決して」
「さっきの一言がなかったら素直に信じられたのに……俺も」
本当に、あれさえなければ。
「なるほど……原因は先程のあれですか……」
……何か、嫌な予感が。
イリアの目が据わっている。
キレた美咲とは全く別のカテゴリに分類されそうな不穏さがある。
「ではいっそ、都合の悪いことは忘れてしまいましょうか?」
その正体は、悪い意味で迷いのないイリアの笑顔が教えてくれた。
「お前にとって、だろ。……試さなくてもいいからな?」
「……本気にしなくてもいいでしょう」
イリアの性格的に鈍器なんて使わないだろうし、分からない。
分からないから距離を取らざるを得ない。
「マジな目をしておいて……」
「さて、なんのことでしょう」
口ではそう言いながら、イリアはそっと視線をそらした。
どこっからどう見てもアウト。有罪だ。
「何も企んでなどいませんよ。えぇ、全く。疑われても痛くもかゆくもありません」
「だといいけど……」
……まあ実際、それはないか。
もし仮に、万が一そんな芸当ができたとして。
消そうと思いたくなることくらい、他にもあるだろうし。
その手の記憶もしっかりと頭に残っているから――
「……あなたが望むのなら、今すぐにでも試せますよ?」
思わず、両手を挙げかけた。
「の、望む? 俺が」
不気味さのある笑顔のイリアに見入られて、おもわずそのまま。
「そうでしょう? あなた自身の恥ずかしい記憶を消し去ってしまいたいというのであれば……私の側に、協力を拒む理由はありませんから」
「……さすがに勘弁」
……今度こそ、白旗を上げざるを得なかった。




