005
『マジ頼むかんな。絶対だかんな!』
……何度見ても分からない。
帰り際に小城から届いた一通のメール。
何をどう頼みたいのか、どれだけ考えてもさっぱりわからない。
(聞き返しても『言えない』の一点張りだし……。なんなんだ、一体?)
不安をあおるようなことはやめてほしい。
せめて断片的な情報くらいは欲しい。
推測できそうな程度には。
「何かあるとしたら、まあまず昼だろうけど……」
それ以上のことは俺にもさっぱり。
東雲さんや渡部に聞いてもそうだった。
固く口をつぐんで、その時のことを一切話そうとしなかった。
(いっそ、東雲先生辺りにでも――)
――その時、電話が鳴った。
「?」
誰だろう、こんな時間に。
なったのは、今テーブルに置いたばかりだった組織のケータイ。
音からして、緊急の連絡ではない見たいだけど。
「あ……」
ディスプレイに表示されたその人の名前を見て、思わず声が漏れた。
「――こんばんは、篝さん」
こんな時間にかかってくるとは、思ってもみなかったから。
『久しぶりぃ。元気にしてたぁ?』
優しい声色。
聞いているだけでこっちまでリラックスさせてくれそうな、不思議な声。
「おかげさまで。篝さんの方はどうでした? 最近忙しかったみたいですけど」
『ちょっとだけだよぉ。本当はもっとお話ししたかったんだけど、止められちゃってー……』
「無理もないですよ。気にしてくれるのはうれしいですけど、俺達にばっかり構っていたらご友人やもっと親しい人だって気が気じゃないでしょうし」
『き~り~は~く~ん……? 久し振りなのにお姉ちゃんのことを怒らせたいのぉ?』
「いえいえ、全く。そんなつもりはこれっぽっちも」
……一瞬でそこまで沈まなくても。
さすがにそろそろそっちも落ち着くころだろうと思っていたけど、そうでもないのか。
一応、大きな事件とかはなかったみたいだけど。
『ねーぇ。いつからそんな悪い子になっちゃったのぉ? あんまり酷いと、夏休みに行くのも止めちゃうからねぇ?』
「一応、妹さんのことを言ったつもりだったんですけど……」
『でもぉ、それだけじゃないよねー?』
「疑い過ぎですってば」
妹さんのことを、というのも嘘ではないし。
余計な心配と言われたらそれまでだけど。
なんだかんだ、去年は連絡も取りあってたみたいだし。
『いいんだよぉ。私にはあの子と桐葉君がいるからぁ』
「さすがにそれは妹さんに悪いですよ」
『私がいいって言ってるからいいのぉ』
そんな無茶苦茶な。
俺だって、嫌だと思っているわけじゃない。
それでいいのかと感じずにはいられないというだけで。
(それにしても、篝さんのこの調子……)
どことなく、不自然に思える、ような。
……まさか。
「あの、篝さん? まさかとは思いますけど、酔っぱらったりしていないですよね……?」
『? なんでぇ?』
「あ、違うならいいんです……」
いくらなんでもそれはないか。
篝さんがどのくらいお酒に強いのかは、俺も知らない。
二十歳になった時に飲む飲まないの話はしていたけど、俺もイリアも未成年だし。
「それより、夏の話が聞きたいな、って。大丈夫なんですか? 本当に離れたりして」
『ちゃぁんと調整してもらってるから、桐葉くんは何も心配しなくていいよぉ。楽しみに待っててねぇ?』
「そういうことなら……。案外、どうにでもなるものなんですね」
救援要請にこたえるわけでもないから、難しいものだとばかり思っていた。
篝さん一人が抜けて瓦解するような環境じゃないのはもちろん知ってる。
あそこのメンバーの中で一番抜けたときのダメージが大きいのは橘さん――……なんて話は、いいとして。
『最近こっちは本当に落ち着いてるんだよぉ。今なら桐葉くんが戻ってきても、平気だと思うよぉ?』
「さすがに今になって戻るわけには」
『それもそっかぁ』
今の言葉だけでも、十分だった。
最初から高校を卒業するまではこっちにいるつもりでいた。
橘さんからも、似たような話を聞かされていた。
『でもぉ、本当に大丈夫ぅ? そっちについてから事件ばっかりだったって聞いてるけどー……』
「まあ、どうにか。チームの仲間ともなんだかんだ、やって行けていますから」
『そーぉ?』
確かに色々あった。それはもう、いろいろと。
篝さんが詳細を聞けば飛んできそうなヤツも。
将来的な危険性も考慮したうえで選んだという話だったけど、さすがに組織も完璧な未来予知まではできないだろうし。
『本当、桐葉くんは頑張り屋さんだよねー……。無理なんてしなくてもいいんだよぉ?』
「大丈夫ですよ、本当に。この前も焼肉屋でパーッと打ち合げしましたから」
『え……』
「あっ……」
口を滑らせたと気づいた時には、もう遅かった。
『今の話、本当? そっちの人達と行ったってことだよねぇ?』
「ま、まあ……。チームメイトと、少々……」
特に秘密にしろとは言われていない。
さすがに渡部とか、クラスメイトにバレるのはよろしくない。
まして姫宮先輩の前でなんて口が裂けても言えない。
『それって、いつのことぉ? この前は言ってなかったよねぇ?』
「まあ、こんな風に話したのはそれこそ久し振りのことですし……。行ったのはこの前の試合が終わった後だったので」
『じゃあ最近のことかぁー……』
ただなんとなく、篝さんにも言わない方がいいと、そんな気がしていた。
理由なんて何もない。
あえて言うなら、己の直感。
この間の打ち上げのことはしばらく黙っておこう、と――……そう決めていたのに。
『ねーぇ、桐葉くん?』
「は、はいっ……?」
今にも声が裏返ってしまいそう。
こういう雰囲気になった後の篝さんはいろいろ危険。
理性が蒸発するわけではないけど、気を付けないと――
『何かほしいものとかあるぅ?』
「篝さんに落ち着きを取り戻してもらう方法ですね」
……ヤバい。
さすがに今のは想像の斜め上。
文字だけを拾い上げると危険度が一気に増してしまう。
『そういうふわっとしたのじゃなくってぇ……なぁい? 何か』
「いつもの篝さんが戻ってきてくれるのなら、他には何も……」
『そうじゃないんだってばぁ』
「それ以外にないんですよ。本当に」
橘さん、偶然近くを通りかかったりしてくれないかな。
あの人じゃなくてもいい。
篝さんを止めてくれそうな人なら、誰でも。
「本当、いいですから。別にそれで篝さんへの印象を悪くしたりなんかしませんよ」
『それならご褒美でもいいよぉ? 桐葉くん、頑張ってるもんねぇー?』
「俺以上に必要そうな人がいるみたいなのでその人を先にしてください。マジで」
止まって。
思いとどまってください。お願いですから。
発想からして危険以外の何物でもありませんから。




