035
「……さすがと、言うべきですか。この短期間でこれほど仕上げさせるとは……」
賞賛の言葉を口にする火村の表情は、微かに引き攣っていた。
2811側の脱落者は既に二人。
この展開は火村にとって、まったくの想定外だったのだ。
(何をしている、揃いも揃って……!)
最大の利点が潰されてしまったのは間違いない。
だがしかし、それでも勝てると踏んでいた。
力の差は歴然だと言う絶対の自信があった。
無論、これまでの期間に調整は重ねた。
前回の結果から、天条桐葉を最大限警戒する方針を固めて臨んだ。
(最初に封魔石を投げ込んだのも、離脱後の追撃も、どちらも他の生徒達……。何故あれが気付けなかった……!?)
しかし、それもこれも、今こうしている間にも崩されつつあった。
初撃で大きく乱され、天条桐葉が飛び込んできた。
その動きに火村が受け持つ生徒達は対応できなかった。
「今後のために、出来れば教えていただけませんか。最初に森の中へ飛び込んだ時と言い……まるで別人のようです。どのような手品を使われたのでしょう?」
「手品なんかじゃありませんよ、火村先生。彼らの努力の結果です」
「ま、またまた、そんな……ご謙遜を……」
――それだけでどうにかできるものか!
叫びたい気持ちをどうにか抑え込む。
あまりにも現実離れした話だと何度も自分に言い聞かせることで、抑え込んだ。
「謙遜でもありません。彼らが自分達で相談し合った結果です。……特別なことなんて、本当に何もしていませんよ」
「い、いいじゃなありませんか。隠さなくても。こちらから指示はできないんですから」
「本当に隠していないんです。嘘だと思うなら、終わってから彼らに聞いてみてはどうですか?」
「い、いやあ……それは……」
――太腿を抓って、正気を保った。
このままでは敗北してもおかしくないという焦りが、火村の頭を覆い尽くそうとしていた。
数的有利な状況だったにもかかわらず、脱落させられた。
勇み足で飛び込んでしまったのも原因ではあるが、脱落させられたことに変わりはない。
(どうする、どうする……!? この状況で打開――いや、こちらからの干渉など確実に露見する……)
人数バランスを逆転されようものなら、それこそ勝ち目は一気に薄くなってしまう。
そんな予感が火村の中に居座り続けていた。
(何か……何か手はないのか、手は!!)
依然として、2811はペースを乱されたままだった。
――前日。
「……風の魔法でも思ったよか飛ぶもんだなー……」
自らが投げた時以上の勢いで飛んで言ったゴムボールを眺め、小城はしみじみと呟いた。
「その、調整は大変だけど、これなら遠くからでも届くと思って……。天条くんみたいに力があれば、そのまま投げた方がいいと思うけど……」
想像を上回る効果。
それを提案した三凪本人は、小城にすかさず待ったをかけた。
しかし。
「……こっちの方が飛距離あるくね?」
「同感。というかこんな距離を投げたりしたらどこに飛ぶか分からない」
風の魔法は、封魔石に見立てたゴムボールを空へ導き――目標地点に、落とさせた。
設定された距離は50メートル。
落下地点を指定した輪の中心に、ゴムボールを正しく導いたのだ。
それこそ、力任せに投げようものならどこに飛ぶか分からない。
届いたとしても、明後日の方向に飛んでしまっては意味がない。
もし仮に、投げた時より時間がかかるとしても――こちらを採用しない理由が一つもなかった。
「おいおい、しっかりしてくれよー? 迷うのはオメーだけにしてくれよなー」
「そこまで言うならどっちが正確に飛ばせるか試そうか。五発勝負で」
「んなことしなくても俺は東雲式でやるし」
「それを言うなら俺はギリギリまで近付けばいいし」
無論、それも決して楽なものではない。
三凪のように正確なコントロールがなければ、的確に落とすのは難しい。
50メートルという距離自体、決して短いものであることは疑いようがない。
それ以上ともなれば、普通に放った魔法でも正確に撃ち抜くことは容易ではない。
「あっ、セコっ! それはさすがに反則だろー?」
「そっちがそうくるならって話だよ」
実際、宏太は三凪ほど正確に運ぶことはできなかった。
それでも力任せに投げるよりははるかに確実だったが。
「そんなことで競うくらいなら、むしろ手持ちを減らすべきですよ。数を増やしたためにあなたの機動力が落ちては元も子もありません」
「その、着いてから投げる分を少しでも多く残しておいた方がいいと思う……」
それもこれも、全ては初撃で流れを掴むためのものだった。
2811が桐葉を警戒してくるのは火を見るよりも明らか。
であれば、と、彼らはその警戒を逆手に取ることを目論んだ。
2811側に、前回の様に居場所を掴ませないことが大前提。
その上で、長距離から封魔石の攻撃を行う必要があった。
「くっくっくっ。だとよ、リーダー?」
「それなら最初の狙撃はよろしくな?」
近過ぎず、遠過ぎない位置。
そこから桐葉の強襲に先駆け封魔石を一度に討ち込む算段だった。
そこへ、少しでも確実性を上げるためにと三凪が提案したのである。
「でもイリアも東雲さんも大丈夫? それで魔力を一気に使ったりしたら……」
「おい待て俺の心配はどうした」
「え? 素手で投げるんじゃ?」
「無茶言ってんじゃねーよ!?」
無論、懸念がないわけではなかった。
魔力を残しておけば、いざという時に自身の防護に使える。
それを先に消費すれば、自らを守る手段を減らすことにも繋がってしまう。
「そんな、俺はただ、小城ならできると思ったから言っただけで……」
「おうそれ俺の目見て言ってみろや」
「あんなこと言うんだからそのくらいはやってみせろっての」
大きな負担ではないが、小さくもない。
しかしそれを誤魔化すために封魔石を使うというのも、また難しかった。
「うっかり輪ゴムを持ち込めたらなぁ……。その辺りの木を上手いこと使って撃てるんだけど」
「それこそバレたらまずくねぇ? 監視カメラで見られんだろ」
「輪ゴムくらいなら偶然持ち歩いてても大丈夫そうじゃん? その場で思いつきましたって」
他の道具を持ち込めば、それこそ反則。
現地にある材料を使って作成するというのも、現実的ではない。
「うっわ、出やがった真っ黒天条……」
「さすがにその、危ないから止めた方が……」
「そんな準備をするまでもありませんよ」
そうして、最終的な結論はやはり同じところに落ち着いた。
三凪の魔法を参考に、できる限り精度を高めた。
――そうして彼らは、その日の勝負に臨んだのである。




