036
「――っ」
再び、桐葉は跳んだ。
力いっぱい地面を蹴って、森の中を這うように駆け抜けた。
木と木にぶつからないよう、しかし翼を広げることはなく。
桐葉が耳を澄ませても、聞こえてくるのは風を切る音ばかり。
それか、地面に降り立ったその瞬間に響く鈍い音。
かれこれ数分。
見える景色にも変化の兆しはなく、どこへいるのかさえ見失いそうになる。
(いい加減に、向こうも動いてくる筈……。このまま待ってたって、決着が着くわけでも――)
「そこにいたか!」
そこにとうとう、異物が紛れ込んだ。
(ない、よな!)
桐葉の周囲は、瞬きする間もなく燃え上がった。
「……《氷壁》」
それでも、桐葉が作り上げた氷の壁を溶かすには至らなかった。
封魔石に込められた《火炎》が消え去るまで、桐葉の《氷壁》は術者を守り続けた。
「さすがに、気付かれちゃいますよね。これでも頑張ってたつもりだったんですけど」
「頑張りが過ぎたからすぐに分かった。あれだけ派手に動き回れば、離れていてもすぐに分かる」
「それは確かに」
しかし炎が消えても、更に封魔石が砕けることはなかった。
魔力の動きさえ、ひとつもなかった。
桐葉がそうしているように、自らが持ち込んだそれに手をかけ睨んでいた。
(……さすがにこれはちょっと想定外、かも)
周囲を探る。
しかし決して、目の前の相手から意識を逸らしてはならない。
相手が近寄ろうとすればその分後ろへ退き、左に動けばそれを追う。
相手の姿が木の影に隠れてしまわないように。
自らの姿を相手の視界から消し去ってしまうために。
(こんなところを、意味もなく一人で走り回る筈もない……。この前の様子を見ても、強行突破を仕掛けられたら不利なのはこちら……)
2943と、2811。
それぞれチームのリーダーとして登録されている二人。
そのことを意識しながら、着かず離れずの距離を保つ。
隙を見逃すまいと睨み合う。
しかし両者の間の沈黙は、長くは続かなかった。意図的に破られた。
「何人いるかと思えば……一人か。意外だったな」
「お言葉ですけど、そう言うそちらも一人じゃありませんか。てっきりこの前みたいに俺に人数をかけるのかと」
「最初はそのつもりだった。……君の残した封魔石のせいでそれができなくなったが」
「それでもこっちが不利なことに変わりはないですけどね」
口を開いても、やるべきことに変化はない。
状況の変化はまだまだ小さい。
(……やはり、どこにもいない……? だが、見捨てたとはとても……)
小さな葉の音すら聞き逃さないよう耳を澄ませ、一挙手一投足も見逃さない。
小枝を踏み抜く音に、ブザーが紛れ込むことはない。
現時点ではまだ、他に脱落者は出ていない。
(てっきり隠れてこっちを狙ってると思ったんだけど、どこにもいない……。持ち込んだ荒れを仕掛けてるなら、さすがに見えるだろうし……。皆、ぶつかってないといいけど……)
その事実は小さな安堵をもたらすと同時に、不安となって襲いかかった。
脱落していないにもかかわらず、姿が見当たらなかった。
今この瞬間に自分のことを狙っていてもおかしくない相手チームのメンバーの影さえも掴めずにいた。
(まさか、戦闘を彼に全て押し付けた……? この人数差でも勝機はあると踏んで、身を隠したというのか……?)
頭の中に浮かび上がった懸念が、口を塞がせる。
目の前の相手の言葉が届かないからこそ、唇は固く結ばれた。
この場での1対1は、実は双方にとって想定外。
しかし現時点で、相手がそうだという確信はない。
(俺のことを探すなら、こんな風にバラけさせたりしないだろうし……。イリア達狙い? 今ならまだ頭数で勝ってるから?)
考えに考え――そうすることで、自らの結論を導き出そうとしていた。
(この前みたいにしてやろうとか思ってやがるなら――)
やらせるものかと、桐葉は一層右手に力を込める。
(そこまで浅はかなことを考えているのなら――)
しかし、最終的に取った行動は――奇しくも同じだった。
「「ッ!?」」
お互い、相手に向かって正面から封魔石を叩きつけたのだ。
(くっ、やはり向こうも……!)
(痺れを切らしてくると思った……!)
衝突の衝撃で砕けた封魔石は、丁度二人の中間地点で砕け散った。
手にしていた封魔石も、また同じ。
相手を打ち破る可能性を少しでも上げるためには、避けられない選択肢。
その時だけは、それが双方に悪いように働いた。
爆発同士が打ち消し合うことはなく、むしろその威力を強めてしまった。
(このっ――)
当然、今更その程度のことで怯みはしない。
「――くらいっ……っ!」
封魔石が起こした炎へと、桐葉は迷いなく飛び込んだ。
「何ッ――!?」
そんな桐葉の姿が、動揺を誘った。
「――ォおおっ!!」
その勢いを乗せた封魔石は、弾けると同時に地面さえも吹き飛ばした。
桐葉の手で、叩きつけるように放たれた三つの封魔石。
それらは地面に突き刺さるや否や、盛大に弾け飛んだ。
(魔法も!? いや……!)
それは一瞬、あらかじめ込められ以上の力を発揮したと誤解させた。
(さすがに、近すぎた……っ)
両者を軽々吹き飛ばす衝撃が、そう思わせた。
一方は防壁を盾に、もう一方は飛び退くことで凌いだ。
結果として、一瞬だけ近付いた距離は――またしても、同じだけ開いてしまった。
「……やはり、今ここで撃破させてもらう。この前の借りもあるのでな」
「それはこっちも同じですよ……っ!」
もっとも、その距離が保たれた時間は僅かなものだった。
((押し切る!))
その場に留まるようなことを、しなかった。
「――阻め、《氷壁》!」
逃げ場を奪い、爆発の衝撃をより手中させるための塀が聳え立つ。
「――蹴散らせ、《暴風》!」
しかし桐葉の手を離れた封魔石は、次の瞬間空を舞った。
それどころか。
(危な……っ!?)
桐葉の手を離れた封魔石は、彼の足元に舞い降り爆ぜた。
彼が回避したのは、寸でのところだった。
「……避けるか」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ……!」
しかし動きが鈍ることはない。
相手がそうであるように、桐葉もまた、安易な決着を許すつもりなどなかったのだ。




