表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リヴァイバー・ゼロ  作者: 風降よさず
First Match
311/596

028

「この辺りも概ね異常は無し、っと……」


 ごくごく真面目に記録を付ける桐葉の姿は、三凪から見て遠かった。


 桐葉はただ、やるべきことを淡々と成しているだけ。

 物理的に距離が開いたのは、三凪が足を止めたからに他ならない。


 そして彼は――やはり、そのことにもすぐに気付いた。


「ごめん、東雲さん。ちょっと速かった? ……もしかして、どこかが痛かったり?」


 左手に持った黒の手帳をさっと畳んだ桐葉は、三凪のことを斜め下から覗き込んだ。


 そこには当然、三凪に対する非難など微塵もない。

 本心から体調を心配しているのだということは、三凪の目にも明らかだった。


「そ、そういうわけじゃなくて。だ、大丈夫です。本当に」

「? ならいいけど……」


 どこか不思議そうに三凪を見ながらも、最終的に桐葉は納得したようだった。


 どこかに不調があるわけではない。

 ただ、不思議で仕方がなかった。


 今まさに彼女が置かれている状況こそが、想定外そのものだったからだ。


「何かあったらすぐに教えて。この辺り、ベンチとかもそんなに多くなさそうだし」


 大通りを行き交う車の走行音が響く小さな路地。


 まだ午前中にもかかわらず、そこには桐葉と三凪以外の人影はない。


 三凪から見て右手側、大通りに面したビルの向かい。

 そこに整列して駐車された車の主が、この時間に戻ってくることはない。


 あまりに人の気配がない場所だからこそ、組織の中でも警戒の目は向けられていた。


 過去には一度、発生装置を仕掛けられたこともある。


 首都圏とは比べ物にならない人口の少なさも、この状況に一役買っていたわけだが。


 決して複雑な道などではない。


 しかし慣れない者にとっては迷路同然。

 そしてそれは、この春この町へやってきた桐葉も同じだった。


「あ……それなら、大通りを渡った先に、公園が……」

「……マジ?」

「ま、まじです……」


 そんな桐葉には、当然ながら土地勘もない。


 三凪にとっても、知らないわけではない程度の場所。


 桐葉が全く未知の環境と感じてもおかしくはなかった。


「でも、大丈夫? 公園なんてリストにないけど」

「そ、そっちはその、他の人がしてくれると思う……」

「ああ、それで。……全然知らなかったな……」


 彼の反応が、全てを語っていた。


「じ、地元の人もあんまり行くような場所じゃないから……。近所の人は、たまに来てるみたいだけど」

「さすが、詳しい」

「そ、そんな……。私は別に……」


 桐葉といえど、この町の全貌を短期間で把握できる筈がない。


「いやいや、東雲さんのおかげで助かってるのも本当だよ。さっきなんて……な?」

「あ、あれはその……仕方がないと思う……」


 それを踏まえてもなお言葉が詰まるのを、三凪自身、感じていた。


「本当、ここへ来るだけでもすっかりお世話になって。なんとお礼を言っていいやら」

「お、お礼なんて……」

「いやいや、言わせて。ありがとう。東雲さんが止めてくれなかったらひとしきり迷ってただろうし。俺」


 道中、桐葉は何度か道を間違えた。

 まるで狙ったように逆の方向へと向かおうとしたのである。


 その度に三凪が訂正し、今に至るのである。


「そんな感じで、お互い様ってことで。……俺の方が助けられる率高そうだけど」

「そ、それこそ私の方が……。天条くんが道を覚えるまでのことだから……」

「道……道かぁー……」


 ……演技など出ないのは明らかだった。


 今日や明日のことでないだろうと言うのは、三凪も薄々ながらに感じていた。


「ま、まあその話はこのくらいにして……東雲さんには、こっちをお願いしてもいい? 何かあればお互い、すぐに相手を呼ぶってことで」


 ――誤魔化すように、桐葉はそっと空色の手帳を三凪に向け差し出した。


 組織の中ではごくごく日常的に起こる頼み事。


 その時の桐葉の姿は、堂々と自らの提案を通し切った時とは似ても似つかなかった。

 良くも悪くも。


「そ、そのくらいなら……」


 最終的に、姉は桐葉の要求を呑んだ。

 だからこそ、こうして三凪は桐葉と町へ繰り出していた。


 最後、小声のやり取りは聞こえなかったものの――三凪はまたしても、桐葉に驚かされることとなった。


 彼女の姉も、決して特別頑固というわけではない。

 しかしあのような形で、桐葉の提案をほぼ全て受け入れたというのは三凪にとって意外な出来事だった。


 何より、桐葉があれほどまでに通そうとしたことが意外だった。


(……天条くん、どうしてあそこまで……)


 確かに桐葉の指摘はもっともなものだった。


 同居中の衣璃亜とは、中学の頃からの付き合い。

 同性の宏太とは、トレーニングをはじめ自身よりも深い付き合いがあるのは間違いない。


 それは三凪も薄々感じていたことだった。


 そしてそこへ、桐葉は前向きとも取れる提案を持ち掛けた。


(……でも、あんな風に言ってくれるなんて、思わなかったな)


 道を間違えやすい(ほうこうおんち)というだけでないのは、三凪にも分かった。


 衣璃亜と桐葉の関係に割り込むなど、他者にできることでもない。


 だからと言って、宏太とのように遠慮のない――なさ過ぎる――関係というのも、どこか違うと感じていた。


 桐葉との間に限ったことではなかった。

 ただ、他の二人とは親密に見える桐葉との距離が一番開いているように感じたのも事実だった。


 そんな、二人がそうだからという感覚があるのも一つ。

 しかしそれ以上に、三凪個人が天条桐葉という少年との関係に悩んでいた。


(この前、観察してた時はそこまで乗り気じゃなかった筈なのに……。あの時と今とで、そんなに違わない、筈……)


 その差は何だろうかと悩めば悩む程、手の動きは鈍る。


 確認事項は決して多くない。

 桐葉の姿も、少し顔を出せばすぐに見つけられる。


(嫌だったわけじゃ、なかった……?)


 手を完全に止めることはなかったものの、意識はそちらから逸れていく。

 そのまま、次第に思考へ没頭していき――


「東雲さん?」


「ぇ…………?」


 ――傍までやって来ていた桐葉に、すぐ気付くことができなかった。


(う、嘘、もう終わって……?)


 桐葉の手にはもう、手帳はない。

 それは彼の確認作業が完了したことを意味していた。


 対して、自身はまだ半分も確認できていない――そんな焦りに、三凪は駆り立てられた。


「あ、ぁ、ごめんなさい、まだその、終わってなくて……! 今から、すぐ――」

「落ち着いて、一旦落ち着いて。そんな謝らなくていいから」


 これ以上時間をかけるわけにはと慌てて屈もうとした三凪を、桐葉は止めた。


 数は決して多くない。

 とはいえ更に二手に分かれてしまえば桐葉に大部分を任せてしまうことになる。


「こっちはたまたま、何もなかったみたいで。それなら早く終わらせてしまおうかと」

「で、でも、何もなかったのはこっちも……」

「あれ、何か考えごとしてなかった?」


(き、気付かれてた……)


「その……ごめんなさい。天条くんのことで、少し……」

「俺?」


 しかし桐葉はそれもこれも――何一つ、気にする素振りは見せなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ