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リヴァイバー・ゼロ  作者: 風降よさず
First Match
309/596

026

「……あいつ、ほんのちょっと道踏み外すだけでもとんでもないナンパ野郎になりそーだな……」


 扉の外から一部始終を見守っていた小城は、思わずため息をついた。


(天条のやつ、あーいうこともできたのな……)


 三凪へかけた言葉も、普段の桐葉からはかけ離れたものだと感じていた。

 話を聞いた時には想像もつかなかったこの状況に、宏太は頬を引き攣らせた。


「言っていい冗談と悪い冗談がありますよ」


 しかし、それ以上に穏やかではいられない――と、宏太は思っていた――筈の衣璃亜は、そうではなかった。


 あくまでも普段と変わらぬ声色で、数歩後ろから宏太を窘めた。


「あなたも、彼のことは少なからず知っている筈です。今回の件についても説明した筈ですよ」

「いやまぁ、確かに聞いたけどよ? そん時はこんな感じになるとは思ってなかったっつーか……」


 しかし宏太にとっては、まさかの事態であることに変わりはなかった。

 そんな彼の態度は、当然のように衣璃亜にもはっきりと伝わっていた。


「そもそも、桐葉がそんなものになる筈がないでしょう」


 ――宏太自身は全く意図しない形で、引き金を引いてしまった。


「……お、おう?」


 一瞬にして、衣璃亜の雰囲気が変わった。

 それにつられるようにして、周期の空気もたちまち張り詰めたものへと変化していった。


「あり得ません。起こる筈がありませんよ。見ず知らずの他人を口説いて回るようなことをする筈がないでしょう。あの桐葉が」

「そりゃそー……かもな?」

「『かも』ではありません。事実です」


 念押しするように繰り返す衣璃亜の態度に宏太が違和感を覚えた時にはもう、既に手遅れだった。


「アレらに襲われているのであればもちろん助けるでしょう。この組織の一員としての行いかどうかなど関係なく」


 透き通った声には次第に棘が紛れ込み――宏太が「しまった」と思った時にはもう、彼の逃げ場は失われていた。


「で・す・が、その後であってもあなたの言うようなくだらない行為に及ぶ筈がありません。えぇ、断じてありません」


 まな板の上に置かれた魚の気持ちというものを、宏太はその時始めて思い知らされた。


 いつ、最後の一言が告げられるか分からなかった。

 背後から聞こえているその声が一歩、また一歩と迫っているような気がして仕方がなかった。


「まさかとは思いますが……そんなことをすると、思っていたわけではないでしょう? 浅くない付き合いのあるあなたが。桐葉のことを」

「そ、そりゃそーだろ。あいつ、ナンパとかそういうの苦手そうだもんな?」


(――やっべぇえええええっ!!!)


 宏太は自身の冷や汗を隠すだけで精一杯だった。


 仮に気付かれたとして、何か影響するとは思えない。

 今さらその程度のものを隠したところで、この状況が改善してくれる筈などないのである。


「感心しませんね。そこまで分かっていたのにあんなことを言うなんて。私と桐葉の関係を何だと思っているんですか」


(――どっちも駄目じゃねーかよ!)


 あの一言を発してしまった時点で、宏太の運命は定められたも同然であった。


 聞いた限りでは穏やかに思える言葉も、宏太の周囲から温もりを奪うばかり。

 会えて少しずつ追い詰められているような気さえしていた。


(……天条、ヘルプ。マジで。さっきの全部謝っから。マジ助けて)


 どれだけ強く願っても届かないことを知りながら、それでも小城は祈った。


 虎の尾を踏んでしまった野だと気付いても、もう遅い。

 三凪とのやり取りに区切りがつくその瞬間を待つばかりである


 現状を思えば決して願うべきではないと知っていたがが――追い込まれるあまり、三凪と桐葉の二人に助けを求めた。


「な、なぁ、衣璃亜ちゃん? 今のってやっぱ、天条のこと馬鹿にされたからキレたっつーわけじゃ……」


 衣璃亜の剣呑な雰囲気の原因が、軽薄な未来の桐葉を思い浮かべたことだけではないと、

宏太も薄々勘付いていた。


 なり振りなど構っている場合ではない。

 せめてそちらだけでもと思ってのことだった。


「……だとしたら、それが何か?」


 ――その結果、見え見えの落とし穴に見事嵌った。


「どうしてそんなことを聞かなければならないのでしょう。解せませんね」


 衣璃亜の声は、宏太自身聞いたことがないほどに冷ややかなものだった。


(……あっ、コレ詰んだわ)


 据わりきった目が、宏太を見ていた。


 全てをたちまち吸い込んでしまいそうな闇が、宏太を捉えていた。

 当然、宏太があがいたところで逃れられるようなものでは断じてない。


(やっべ、やべぇって。キレた衣璃亜ちゃんってこんな怖ぇーの? いつもの雰囲気どこいった??)


 衣璃亜が呆れる姿はこれまでに何度も見て来た。


 それは主に桐葉に向けられてのものだったが――衣璃亜のそういう姿も、宏太は知っていた。


 そんな宏太でさえ、今の衣璃亜の雰囲気には体が震えた。


「もし万一、仮にそうだったとして……その差が、あなたに影響するとでも? する筈がありません。えぇ、全く。何一つとして」

「けどさすがに、全くないっつーことは……」

「ありませんよ。微塵も」


 私というものがありながら――そんな衣璃亜の声が、聞こえた気がした。


 小城が予想した通りのものだった。

 悲しいほどに、彼の予想は的中してしまっていた。


「分かりましたか? 分かったでしょう。分かったなら頷きなさい」

「う、うっす!!」


 もはや宏太に、選択肢など残されていなかった。


 衣璃亜の剣幕にすっかり押されっぱなしだった。


 背筋を伸ばし、敬礼し――宏太は、その時だけは外聞をかなぐり捨てた。


(衣璃亜ちゃんだけは怒らせないようにしとこ……)


 たった今、宏太の中に忘れようのないものとして刻まれたものに比べれば、屁でもなかった。


「け、けどよ、天条のヤツ急にどーしたんだよ。あいつ、あんなこと言い出すなんてキャラじゃ、なくねぇ……?」


 その程度のことを訪ねるだけでも、小城は綱渡りをしている気分だった。


 宏太はその時、衣璃亜に睨まれたことのあるという新聞部長を心から尊敬した。


 宏太が見た限り、姫宮という上級生は相変わらずだった。

 衣璃亜から冷たい目を向けられても、だ。


 とてもそんなことはできそうになかった。


「…………そんなところで何してんの? 二人して……」


 宏太にしてみれば、桐葉のそのひと言は――何者にも代えがたい、救いそのものだった。


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